風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第10話:マイの受難)



作・風祭玲


Vol.084





ニィ…

ニィ…

ネコの鳴き声が巫女神家に響き渡ると、

「沙夜ちゃん?」

夜莉子がひょっこりと沙夜子の部屋に顔を出した。

「なに?」

夜莉子の声に本を読んでいた沙夜子が顔を上げると、

「あれ?…………」

夜莉子は沙夜子の部屋の中を見回し、

そして首を傾げると、

「どうした?」

その理由を小夜子が尋ねる。

すると、

「あのね、

 ネコの声がしたから…

 てっきり沙夜ちゃんの所かなっと思ってね」

と夜莉子は説明をした。

「ネコ?」

「うん」

夜莉子の言葉に小夜子がキョトンとすると、

ニィ…

ニィ…

再びネコの鳴き声が響き渡った。

「そう言えば、さっきからなにか鳴いているな…」

その泣き声に沙夜子が気づくと、

「どこかな?」

と夜莉子が周囲を見回した。

ニィ…

「ん?庭…みたいだな…」

その泣き声が庭より聞こえていることに

沙夜子はそう言いながら首を伸ばして庭の方を眺めた。

ニィ…

ニィ…

鳴き続けるその声に

「行ってみよう」

夜莉子はそう言うと、

トタタタタタ

っと庭へ駆け出して行った。

「おっおいっ」

沙夜子も読んでいた本を置くと

夜莉子の後に続いて庭に出た。

そして、

「一体、何処で鳴いているんだろう」

そう言いながら夜莉子と沙夜子が探していると、

「…キャハハハハ、

 やめて…くすぐったいよ」

と言うマイの声が聞こえてきた。

「マイ?」

「まさか…」

二人が顔を合わせると急いでマイの泉へと走っていく、

そして、

「あっ!!」

屋敷の奥にある泉まで来た時、

泉のそばの芝生の上で人魚のマイが数匹の仔ネコと戯れていた。

「マイっ、あんた何やってんの?」

夜莉子がマイに問いただすと、

「あっ、夜莉ちゃんっ、この子可愛いよ」

と言いながらマイは尾鰭をピンと上に跳ね上げると、

そこに噛みついている一匹の仔ネコを夜莉子に見せた。

「ほら…」

ニィ…

「可愛いってお前……」

沙夜子も呆れながら言う。

「その仔ネコ達はどこから連れてきたの?」

仔ネコを見ながら夜莉子が尋ねると、

「そこの陰に居たから連れてきたの」

とマイは返事をして生け垣を指さした。

確かに泉と生け垣の間にマイが這いずった跡が残っていた。

「親ネコは?」

「知らない…」

「知らないって……」

「そばにいただろう?」

沙夜子の言葉にマイは首を横に振る。

「とにかく、早くその仔ネコ達を元いたところに戻しな」

沙夜子がマイに忠告をすると、

「いや」

マイはそう言いながら仔ネコを抱きしめた。

「ダメっ、早く返すんだ」

そんなマイの姿に沙夜子が子ネコを取り上げようとすると、

「ダメッ」

マイは子ネコをがっしりと抱きしめ離さなかった。

「ちょっと、沙夜ちゃん」

「なに?」

「少しぐらいならいぃんじゃない」

それを見かねた夜莉子が沙夜子に言う。

「しかし……」

「少しぐらいいいじゃない」

「えぇ…

 仕方が無いなぁ…」

夜莉子の説得に沙夜子が折れると、

「じゃぁ、マイちゃん

 ちゃんと生け垣の所に返しておくんだよ」

夜莉子はそう言い残して、沙夜子の手を引き母屋に帰って行った。

二人の姿が消えた後、

「さっ、これで遊べるね」

ニッコリと微笑みながらマイが仔ネコに言ったとき、


ナァーオ


生け垣の所からトラジマのネコが姿を現した。

「なによっ」

姿を見せたトラジマに向かってマイが睨むと、

ニィーニィーニィー

仔ネコ達は一際盛んに鳴き始めた。

「え?、

 あなた達のお母さんなの?」

仔ネコの反応にマイは思わず聞き返すと、

ファーオ

ついにトラジマは毛を逆立たせ、マイに威嚇しはじめた。

そして、そのトラジマの鳴き声に応じるかのように、

ナァーオ…ナァーオ…

っと生け垣より続々とネコが出てくると、

「ひっ……」

あっと言う間にマイはネコの集団に取り囲まれてしまった。

「わっ、分かったわよ、ちょっと借りてただけじゃないの」

ネコたちの威嚇にマイは渋々仔ネコ達を地面に下ろすと、

タタッ!!

仔ネコたちは一斉に親ネコ目がけて走っていった。

「ほらっ、ちゃんと返したから…ね」

親猫の元へと戻っていった仔ネコを見送りながら

マイはそう言って泉の方へ這いずろうとすると、

いつの間にか泉の所にも沢山のネコが座っていた。

「なっ、なによ」

ジリジリと間合いを詰めるネコ達。

「あっ、あのね…

 まさかあたしを食べる気?

 言っておくけどね、

 あたしは美味しくないからね」

迫ってくるネコの群れにマイはそう言ってみるが

しかし、

ギラッ

ネコ達の目は明らかにマイを敵視していた。

「ひっ!」

その目にマイは怯えるが、

しかし、まだ人化の術が思うように使えないマイにとってはすでに逃げ場はなかった。


ナァーーーオ


マイを追い詰めた後、

トラジマの一声大きい鳴き声が上がると、

フギャッ

間合いを詰めていたネコ達は一斉にマイへと飛びかかる。



「キャァァァァァァァァァァっ」



間髪居れずにマイの叫び声が上がると、

「なんだ?」

「どうしたの」

沙夜子と夜莉子がマイの悲鳴を聞きつけ慌てて飛び出して来ると、

すでにマイをおそったネコ達は姿を消し、

噛み傷や引っ掻き傷で満身創痍のマイ一人が泉の側でグッタリしていた。

「ちょちょっと、マイちゃん」

それを見た夜莉子が慌てて駆け寄り

そして、マイを抱き起こすと、

「うっ……

 よっ夜莉ぃ…

 うわぁぁぁぁぁぁん」

ようやく気がついたマイは夜莉子に抱きつき大声で泣きはじめた。

様子から何が起きたのか察知した沙夜子は

「だから言ったろうが…

 早く仔ネコを返しておけって…」

とあきれた顔で生け垣を見ると、

トラジマの母ネコが気持ちよさそうに仔ネコ達に乳を与えていた。


にゃん



おわり


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