風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第9話:憧れの人魚)



作・風祭玲


Vol.079






「じゃぁ、行って来るから、あとお願いね」

「うん、行っていらっしゃい」

母・綾乃と兄・櫂の姿が消えた海を見つめると、

「はぁ…

 あたしも人魚になって竜宮へ行ってみたいなぁ…」

水城香奈はそうつぶやくと腰を上げた。



翌朝

ドタドタドタドタ

バン!!

「沙夜ちゃん大変!!」

血相を変えて巫女神夜莉子が沙夜子の部屋に飛び込んできた。

「ん? なぁに?」

安眠を破られた沙夜子が寝ぼけ眼で答える。

「”なぁに”じゃないのよ、泉が大変なのよっ!!」

「ふわ? 泉?……?」

「もぅ、泉が干上がっているのよっ」

夜莉子のこの一言で、沙夜子の眠気が一気に吹っ飛んだ。

「……なぁにぃ?

 泉がどうしたってぇ」

コトの重大性に気づいた沙夜子は飛び起きると、

一目散に泉へと向かった。

「マイのヤツ、今度は何をしでかした!!」

そう怒鳴りながら沙夜子が泉に来ると、

昨夜まで満々と水をたたえていた泉は完全に干上がり、

鯉や金魚が底で飛び跳ねていた。

「なっっ!!!

 マイっ、マイっ、どこだ!!」

沙夜子は泉の中にいた人魚・マイを呼んだが、

彼女の姿は見えなかった。

そのとき

フォン

沙夜子の足下の水たまりが微かに光った。

「ん?

 まさか…」

沙夜子はすかさず水たまりに手をかざすと、

水たまりの中からマイの声が聞こえてきた。


「サヤ、ちょっと乙姫さまのところに行って来ます

 すぐに戻ってきますので、
 
 心配しないでください」


水たまりの水はマイの声を幾度も繰り返した。

「まるで留守番電話ね」

夜莉子が感心しながら横から言う、

「あんの馬鹿野郎!!

 ここで、道を開きやがったな…」

「道って?」

「ん?

 あぁ、ある程度力がある人魚は
 
 竜宮へ一気に飛ぶことができるんだ」

「へぇ…」

「で、飛ぶときに使うのが”水の道”と言う術なんだけど…

 それを使うにはそれなりの水がいるから…

 ったくぅ、あいつ…
 
 ここの水をごっそりと持って行きやがった」

「すごいんだ、マイさんって」

「でも待てよ…

 マイのヤツ”水の道”を使えるほど力があったっけ?」

沙夜子はしばらく考え込むと、

「……まさか」

沙夜子はなにか心当たりがあるかのように母屋へと向かって行った。

そして、

「ないっ」

と大声をだした。

「沙夜子ちゃん、どうしたの?」

「あいつ”海神の輝水”を持って行きやがった」

「あらら……」

「マイっ、戻ってきたらお仕置きだ!!」

沙夜子の声が朝の巫女神家に響いた。



で、巫女神家でその一悶着が起きる少し前…

「ふわぁぁぁぁ」

目を覚ました香奈がベッドの中で大きく背伸びをしていた。

そして、窓に手を伸ばすとカーテンを開けた。

朝日が部屋の中に差し込む。

「う〜ん、今日もいい天気だわ

 休みの朝というのはいいものね」

と言っていると、

ザッボーン

庭から大きな水音が響いた。

「え?

 なに?なに?」

あわてて、香奈が庭先に飛び出して見ると、

なんと庭中が水浸しになり、

また、庭の隅にある池の水が大きく波打っていた。


「なによ?

 これ?」

香奈はそう言いながら波を打っている池へと行くと、

池の中で一人の人魚が気絶していた。

「え?人魚?

 なんで、ここに?」

香奈は訳が分からず、

その人魚を池の中から引きずり出すと、

「ねぇ、ちょっと…ちょっと」

と顔を叩いて起こし始めた。

「うっうぅぅぅぅん

 あれ?
 
 ここは、竜宮……」

「竜宮城じゃないわよ」

香奈はキョロキョロしている人魚にそう言った。

「え?

 あれ?」

やがて、人魚は自分が場違いなところにいることに気づくと

「……キャァァァァァァァ」

っと悲鳴を上げた。



「はいどうぞ…」

「あっすみません」

人魚は香奈から出されたお茶を一口すすると、

「あちっ」

と言って湯飲みをおいた。

「結構ぬるくしたんだけど、駄目見たいね」

「すみません」

恐縮している人魚に、

「で、これの説明してくださる?」

香奈は庭が水浸しになった理由を尋ねた。


「はぁ…

 あたしもよく判らないのですが…

 恐らく竜脈の節にぶつかってしまったのかも…」

「竜脈の節?」

「えぇ、地中には竜脈と言う水の流れがあって、

 その池が丁度竜脈の節なんです」

と言うと人魚は池を指さした。

「ふぅぅん」

香奈が池を眺めていると、


「あっ、あのぅ…」

人魚が香奈に尋ねてきた。

「なに?」

「私を見て驚かないですか?」

「あぁ別に…

 うちでは人魚は当たり前だからね」

「え? そうなんですか?」

「まぁね、あたしの母さんが人魚だから…」

と香奈が言うと、

「と言うことはあなたも人魚なんですね」

「香奈って呼んでいいよ、

 いや、あたしは人魚じゃない

 人魚は兄貴がやっている」

と言うと香奈は庭を見た。

「あっ、あたしはマイと言います…

 そうなんですか

 お兄さんが人魚……って…え?」

マイが香奈を見ると、

「珍しいコトみたいよ」

「そうですね」

「でも、香奈さんはお母さんの血を引いているんですよね」

「そうだけど」

「それなら、変身できても…」

「あっ、あたしは無理

 兄貴が人魚やっているから出来ないんだって」

と香奈が言うと、

「いえ、血を引いてれば……

 出来ると思いますが…」

「え?」

「…そうだ」

何かを思いついたマイが一つの玉を香奈に見せた。

「”竜玉”?」

香奈の答えにマイは首を横に振ると、

「竜玉に似ていますが

 これは”海神の輝水”と言う人魚の神器です」

「海神の輝水?」

「はい」

マイは”海神”の輝水を香奈に手渡すと

「まずはそれを持って精神を落ち着かせてください

 そして、
 
 頭の中で身体の鍵を開けるところを想像してください」

と言った。

「鍵ねぇ…

 ……………」

香奈は目を瞑るとマイに言われたように精神を集中し始めた。

「……………」

時間が静かに過ぎていく、

ピク

佳奈の身体が微かに動いた。

「!!」

「気を取られないで」

香奈はそのままの状態でさらに続けた。

イィィィィィン

”海神の輝水”が微かに反応し始める。

「やっぱりあたしの見たとおり…」

マイはじっと佳奈を見つめた。

キィィィィィィン

反応が徐々に強くなってきた。

サワサワサワ

香奈の髪がざわめき出す。

ピキィィィィィィン

やがて”海神の輝水”が力強く反応し始めると、

香奈の髪の毛は長く伸び、

さらに翠色へと変化した。

「なに?」

「驚かないで、

 いまあなたは人魚へと変化しているの」

「ウソ…」

「落ち着いて、もぅすぐ身体の変化が始まります」

そう言う間もなく香奈のお尻に肉の突起が現れると、

見る見る伸び始め、

スカートをたくし上げるようにして表に出てきた。

その一方で彼女の脚は短く変化し、

足先は徐々に鰭へと変化していった。

あっあっあっ

香奈は自分の身体の変化を唖然として見ているだけだった。

大きく成長した尻尾に鱗が生え始めるのと、

同時に尻尾の先に尾鰭が姿を現す。

脚は完全に腰鰭と化し尾鰭を飾る。

さらに手に水掻きが生え揃うとと香奈は人魚へと変身した。


「そんな……

 あたしが人魚に……」

香奈は信じられない表情で

人魚になった自分の身体を見つめていた。

「香奈さんは人魚になる力が足りなかったんです

 ですから、
 
 ”海神の輝水”の力で補ってあげれば……
 
 と思ったのですが…

 やっぱり、
 
 あたしの考えたとおりだったみたいですね」

そうマイが説明すると、

香奈は大喜びでマイに抱きつき、

「すごい、マイさん!!

 あたし、母さんに人魚の血の話を聞いた頃から

 いつかは人魚になれるって思っていたんだけど

 それが、兄貴に取られてしまってガッカリしてたのよ、

 でも、こうして人魚になれたなんて……

 ………嬉しいっ!!」

そう言ってしばらくの間香奈はマイに抱きついていた。


「ねぇ、カナさん、

 一つ提案があるんですが」

マイが香奈に尋ねた。

「何?」

「竜宮に行ってみますか?」

「え?」

「いいの?」

「えぇ、たぶん大丈夫だと思います」

「ぜひ行きたい」

「けど、どうやって?」

「海まで行くのは大変だし…

 ”水の道”を使いましょう」

「ただ、水が少ないですね」

とマイは池の水を眺めた。

「え?、水が要るの?」

「はい、少しばかり」

「それなら」

と言って香奈はホースを這いずりながら池へと延ばすと、

水道の水を池に流し込み始めた。

「これでいいでしょう」

「まぁ、いいかな?」

マイと香奈は池の水に浸かった。

「じゃぁ行きますよぉ」

マイが”海神の輝水”を手に念じると

パァァァァ

池の水が光り輝きはじめた。

「水術・水の道」

マイがそう言った瞬間、

ザザザザ

水が大きな壁となって立ちがあると、

二人は包みこむみ。

そして、ゆっくりと沈み込み始めた。


二人が水と共にその姿が消えた頃、

街の広範囲で大規模な断水が起きた。



おわり


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