風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第8話:拾い者)



作・風祭玲


Vol.076





初めに…

この話を読む前に

”マサイの館:アザン・シリーズ”

を読まれますとちょっぴり人間関係が判ります。




ザッー

雨の夕暮れ…

堤防沿いの道を2人のセーラー服姿の少女達が傘を差しながら歩いていく、

「あ〜ぁ、もぅ1週間も降り続いているよ、この雨」

「そうですわねぇ」

「早く晴れないかなぁ…」

「そろそろお日様もみたいですしね」

「うん」

恨めしそうに空を見上げる少女の名前は、

野田茜と巫女神夜莉子の2人。

「ねぇ晴れたら何をしたい?」

茜の問いかけに、

「そうですわねぇ…

 まずは、お掃除にお洗濯…」

と夜莉子が答えていると、

バシャッバシャッ

と激しく水を叩く音が川から聞こえてきた。

「何の音?」

「魚が跳ねているにしては変な音ですわ」

「行ってみようか」

茜が言う間もなく、

ザザザザ

二人は堤防を駆け下り、

河原の草むらをかき分けて行った。

そしてようやく川岸にたどり着いたとき、

茜と夜莉子は意外な光景を目にした。

キキキキ

不気味な声を発する奇妙な生き物と、

翠色をした髪の裸の女性が川の中で揉み合っていた。

「大変!!、人が…」

「待って…」

飛び込もうとした茜を、夜莉子が制止した。

「どうして?」

「よく見て…」

そう言って夜莉子を見つめる茜。

パシャッ

大きな音がしたので再び川に視線を戻したとき、彼女は驚いた。

「うそっ、人魚?」

川面の上を大きくジャンプしている人魚の姿が茜の目に映った。

「本当にいたんだ…

 でも、なんで?

 だってここは海から結構あるのに…」

驚きの声を上げている茜をよそに、

「するとあの奇妙な連中は、

 以前沙夜ちゃんが言っていた
 
 ”海魔”というものみたいですね」

水に潜った人魚を追って海魔が追いかける。

「助けなきゃぁ」

首飾りに手を置こうとした茜に、

「その必要はありません」

と夜莉子は言うと、

すっとスカートのポケットに手を入れると、

6枚の札を取り出し、

そして、印を切ると手にした札を海魔目がけて投げ込んだ。

ピーン

札は海魔の上で六角形に並ぶ。

「邪悪な者達よ、この場より消え去れ」

そう叫んだ瞬間、

パッキーン

それぞれの札から細い光が伸びると互い札を結びつけると、

それは光の結界となり、

川面にいる海魔を次々と吸い上げ飲み込み始めた。

「すごい」

茜は驚きの声を上げる。

ぐぉぉぉぉぉ…

すべての海魔を飲み込むと結界は札と共に静かに消滅した。

「ふぅ

 光縛術が利いたようでよかったですわ…」

ホッとするの持つかの間。

「そうだ、あの人魚!!」

茜が川面を探すと、

少し離れたところでその人魚の尾鰭が浮かんでいた。

「ねぇ、動かないみたいだけど」

「行きましょう」

二人は傘を放り出すと水に濡れるのを構わず川の中へと入っていった。

そして、傷だらけになり動かなくなっている人魚を見つけた。

「どーしよう、死んじゃったのかな?」

「そうでもないみたいです」

「え?」

「ホラ、微かですが呼吸をしています」

と夜莉子が人魚の肩のところを指さすと微かに動いていた。

「とにかく」

そう言うと、夜莉子は川の中から人魚を引きずり出した。

「どうするの?」

茜の問いかけに、

「私のところで治療をします」

そう夜莉子は返事をすると、

「うんしょっ」

っと人魚を抱き上げ始めた。

「あっあたしも手伝う」

二人でぐったりしている人魚を

なんとか抱き上げて岸までは来たものの、

「ねぇ、でも、どうやって夜莉ちゃんちまで運ぶの?」

と茜が訊ねると夜莉子は、

「う〜ん、困りましたわねぇ

 ここから運ぶとなると人目に付きますし…」

彼女は困惑しながらしばし考えていると、

何かを思いついたらしく、

「そうだわ…」

と言うなり携帯電話をとりだすと、

どこかと話し始めた。

「…では、お願いします」

と言って電話を切ると

「茜ちゃん、なんとかなるようです」

と茜に向かっていった。


キッ

やがて、堤防上に一台の車が止まると男の人が出てきた。

「こちらですわ」

夜莉子が大きな声を上げながら手を振る。

「よっ夜莉ちゃんいいの?」

茜が心配そうに夜莉子に訊ねるが、

「えぇ、大丈夫ですわ

 あの人は大間さんと言って、

 私の仕事のいわばパートナーのような人ですから」

「夜莉ちゃんの仕事のパートナーって」

「つまり、あっちの方の?」

「えぇ」

夜莉子は笑顔で頷く、


「夜莉子さん、どしたのですか?」

大間はそう言いながら夜莉子達に駆け寄ってきた。

「実はこの方をウチまで運んで欲しいんです」

と言って草の上でぐったりとしている人魚を指さした。

「これは…」

「恐らく、沙夜子ちゃんの関係者だと思うのですが、

 ご覧の通り大ケガをなさっているようで…」

大間は驚きながら人魚の様子を見ると、

「なるほど…

 確かに大ケガをしているようですね」

そう言うと人魚を担ぎ上げ、

車の方へと歩きはじめた。

「さっ、茜ちゃん、私たちも参りましょう」

夜莉子は茜の手を引いて男の後に続いて車に乗った。



「ふぅ〜っ

 お風呂頂いちゃってごめんね」

湯から上がったばかりで上気している茜が、

隣で体を拭いている夜莉子に礼を言う。

「いえいえ」

「私こそ、茜ちゃんにとんだご迷惑を掛けてしまいましたわ

 濡れてしまった制服は私の方で
 
 クリーニングに出しておきますから…」

と言うと、

「いっいいのよ、

 あたしは自分の意志で川に飛び込んだんだから…」

と茜は言うと

「でも、きっかけを作ってしまったのは私の方ですわ」

「いいって……」

押し問答がしばらくつついたところで

「そう言えば夜莉ちゃん、人魚は?」

と言う茜の問いかけに、

「えぇ寝ているみたいですわ」

と庭の方に視線を投げかけた。

巫女神家の庭には湧水がわき出している泉があり、

人魚はその泉の中で静かに眠っていた。


「それにしても困りましたわ…」

「え?」

「沙夜子ちゃんがいれば

 彼女の手当の方法や扱い方も判ったでしょうに」

「えっ?、沙夜子さんいないんですか?」

「えぇ…」

「数日前にふらりと出かけたまま行方不明ですわ」

「いっ、いいの?」

茜は驚くが、

「えぇ、いつものことですから…」

と当たり前のような顔で夜莉子は答える。

「なら…いいんだけど」


翌日

茜はいつもと同じように登校していた。

「おはよう、茜ちゃん」

「みっちゃん、おはよう」

「あれ?、茜ちゃん、制服が…」

「え?、まぁ、昨日ちょっと濡らしちゃって」

と説明していると、

「おはようございます。」

夜莉子が登校してきた。

「あっ、夜莉ちゃん」

茜が声を掛けながら夜莉子に近づくと、

「ねぇ、あの人魚どうなった?」

と小声で人魚の安否を尋ねた。

「えぇ、それがまだ寝てますわ」

「…そうなの」

ちょっとがっかりした表情に茜がなると、

「目覚めましたら、ちゃんと茜ちゃん教えますから」

と夜莉子は耳打ちした。

「そう?」

茜の表情に明るさが戻る。



「ただいま帰りました」

夜莉子が学校から帰ってくると、

大間が飛び出してきて、

「夜莉子さん、丁度良かった」

「どうしたんです?」

「人魚が目を覚ましたんだけど、ちょっと…」

と困惑した表情で夜莉子に言った。

「え?、目を覚ましたのですか?」

夜莉子は急いで泉に向かったが、

そんな夜莉子を待ち受けていたのは、

怯えて警戒をしている人魚の姿たっだ。

「今日、目覚めてからずっとあの調子なんです」

大間が説明をすると、

「困りましたわねぇ…」

夜莉子もどう接すればいいのか判らなかった。


「夜莉ちゃん、人魚が目覚めたって?」

連絡を受けた茜がやってきたが、

「あっ、茜ちゃん、実は…」

と人魚の現状を説明した。

「えっ?」

「怯えているの?」

「そのようです」

夜莉子は思わずため息を吐いた。

それからも、夜莉子と茜は人魚の心を開こうと、

あの手この手を使ってみたが、

なかなか人魚は夜莉子達に心を開らこうとはしなかった。


「困りましたわ…

 人魚の餌付けがこんなに難しかったなんて」

すっかり自信をなくした夜莉子は半分愚痴にも似たセリフを吐く、

「しょうがないわよ、

 もしも立場が逆だったら私もあぁなるかもよ」

茜は夜莉子に自信を失わせないように言葉を選びつつ喋った。

「でも…」

そのとき、

「ただいまぁ」

と言う声が玄関から響いた。

「!!」

「あの声は…」

「沙夜ちゃん!!」

茜と夜莉子は部屋を飛び出すと玄関に向かって走り出した。

ドタドタドタ

「沙夜子ちゃん!!」

「はぃ?」

飛び出してきた二人の気迫に沙夜子は驚いていた。



「え?、人魚を拾ったって?」

「何処で?」

「末広川でよ」

「そこの?」

夜莉子と茜は首を縦に振る。

「まさか…」

沙夜子は”信じられない”と言う表情で泉をのぞき込むと、

サッー

彼女の顔から血の気が引いた。

「まっまっマイ!!」

そう声を上げると、身体を少しずつ泉から遠ざけようとしたが

その声に気づいた人魚が、水面に顔を出すと、

「サヤっ!!」

と言う声とともに、

バシャッ

と泉から飛び出すと沙夜子に抱きついた。

「すごい…」

人魚の意外なジャンプ力に茜は目を丸くする。



「あ〜ん、怖かったよぉ〜サヤ」

人魚は沙夜子に抱きつくと泣き始めた。

「マイ、なんで…お前がココに?」

沙夜子の様子は見るからに困惑していた。



「で、マイ、なんでお前はこんな所にまで来たんだ?

 しかも、海魔共に襲われたって聞くじゃないか」

人魚・マイが落ち着いた頃を見計らって、

茜と夜莉子、そして沙夜子の3人はマイから事情を聞いていた。

「………」

「別に”乙姫さまの使い”

 ってわけでも無いみたいだし

 用事がないのならさっさと海に帰れ!!」

と沙夜子はマイに強く言うが

「海には帰らない!!

 ここで、サヤと一緒にいる」

マイは開口一番、そう言い放った。

「…………馬鹿野郎、

 ココでは人魚は飼えないぞ」

「いやだ、帰らない」

「帰るんだ」

「いやだ」

二人の平行線の議論に

「ねぇ、マイさんって言ったわよね、何で海に帰らないの?」

茜がマイに質問をした。

「約束したんだもん…」

「え?」

「みんなと…」

「どういう約束を?」

「サヤのところで”術”の勉強をするって」

「”術”の?」

茜と夜莉子が沙夜子の方を見る。

「お前まさか…」

「そうよ、

 あたしに”術”の勉強をした方がいいって言ったのはサヤの方じゃない」

と言った。


ポン

夜莉子は沙夜子の肩を叩くと、

「どうやら、そもそもの発端は沙夜子ちゃんの方見たいですわね」

「え?」

「沙夜ちゃん、ウチでも一匹ぐらい人魚は飼えるから

 ちゃんとマイちゃんの面倒を見るんですよ」

そう言うと夜莉子は、

「茜ちゃん行こう」

と言うとさっさと母屋へ入っていった。

「おっオイ」

「わぁぁぁぃ」

マイ喜びながら沙夜子に抱きつく、

「ちょっと、まって…」

そこには人魚に抱きつかれた沙夜子の姿があった。

「よろしく、サヤ…」



おわり


← 7話へ 9話へ →