風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第7話:初日の出)



作・風祭玲


Vol.071





20秒前…

10秒前…

5秒前…

ピッピッピッポーン


新年明けましておめでとうございます。


西暦2000年1月1日は

前評判とは裏腹に呆気なくそして確実に訪れた。

そのとき僕は美作真奈美と共に

初詣に来ていた神社の参道で新年を迎えた。

周りにどよめきが広がったのを聞いて、

「あっ年が明けたみたい」

と真奈美が言う。

「2000年かぁ…なんか実感が無いなぁ」

頭をかきながら僕が言うと、

「そうね、去年っていろんな事が一度に起きたから

 なんだか1年経ったって感じがしないね」

真奈美がそう答えた。


…去年の春先に人魚の能力に目覚めて、竜宮城・乙姫・マナ

憧れだった彼女と秘密の共有……そして、

彼と彼女の関係に無事発展…

まぁ、決算をするとちょっぴり黒字だったのが僕にとっての1999年だった。

人の流れに流されて本殿にようやくたどり着いたのが、

それから30分ほど後のことで、

白布で覆われた間口の広い賽銭箱に硬貨を放り込むと、

柏手を叩いて今年の願いを心に思う。


「ねぇ、何をお願いしたの?」

真奈美が僕の顔を見ながら、

「秘密」

と答えると、

「あっズルイっ

 あたしに秘密なんて、櫂ってそう言う人だったの」

真奈美はプッと膨れて僕を睨み付ける。

「いや、そう言うワケじゃないけど、

 ホラ、人に喋ると願いの効力が無くなるっていうじゃないか」

と取って付けたような言い訳をした。

「そうなの?」

「そうそう」

「だから、僕もキミの願いは聞かないつもりだよ」

「ふ〜ん」

彼女はなおも疑いの眼で僕を見つめた。

「まったく、下手なウソをついて……」

「え?」

「何でもないわ」

ちょっと気まずい感じで僕たちは浜辺に出た。

潮の香りがあたりに立ちこめる。



「ねぇ、これからどうする?」

「そうだなぁ…」

「日の出までに時間はあるし…

 このまま帰るのもつまらないしなぁ…」

ナトリウム灯に照らし出されている海を見ながら、

彼女の後ろ姿を眺めていると、

ふと、ある考えが浮かんだ。

「そうだ、面白いところに連れて行ってあげるよ」

「面白いところ?」

「あぁ、そこで見る初日の出もいいかもよ」

と言うと僕は真奈美の手を引き防波堤の先へと進んでいった。

そして人目がないのを確認すると服を脱ぎすてると、

「よっ」

ドボーン

と海に飛び込んだ。

身体が海水に浸かると同時に

僕の身体は人魚・カナへと変身した。

「お待たせっ」

海中から顔をだして真奈美に挨拶をする。

「カナっ、人魚になってどうするの?

 まさか、海の中から初日の出を見るっていうの?」

あきれ顔の彼女に。

「ふっふっふっ」

っと含み笑いをしながら、

「まぁ見ててみ」

「?」

そう言うと、僕は手にしてた竜牙の剣を握りしめ、

「水術………応用編・水の羽衣………」

そう呟いた。

すると、

キーン

竜牙の剣が淡く光ると、

ザッザザザザザ……

周囲の海水が僕を中心にして一気に渦巻く、

「えっ、なになに?」

驚く真奈美。

ゾゾゾゾゾゾ

海水が十分に盛り上がるのを確認すると、

ハッ

とかけ声をかけた。

ザァァバッ

盛り上がった海水から水で出来た巨大な翼が姿を現す。

「うわぁぁぁぁぁ」

「よっしゃっ」

水の手応えを感じると、

「行くぞ真奈美っ」

「え?」

ブワサッ

一回目の羽ばたきで、

盛り上がった水は海水と切り離れて僕の身体を包み込む。

そして、呆気にとられている彼女の腕を握ると一気に飛び上がった。

「すごいっ」

夜景が徐々に小さくなっていく、

彼女もいつの間にか人魚の姿になって僕の身体にしがみついていた。

「水術ってこういうことも出来るんだ」

真奈美から変わったマナが感心しながら言う、

「まぁね

 でも、水術をこういう方面に応用したのって僕が最初かもな」

と言うと、

「そうね人魚が空に羽ばたくなんて…

 乙姫様も思いつかないんじゃないの?」

「うふふふ、かもね」


ドタン

そのころ竜宮・乙姫の館で大きな物音が響いた。

「どうしましたっ」

物音に驚いた仕えの者が飛び込んでくる。

そこで彼が見たのは、

水鏡と共に床に転げている乙姫の姿だった。

「乙姫さまっ」

仕えの者が近づこうとしたとき、

「何でもありません、下がりなさい」

乙姫は半分動揺を隠しながら仕えの者に命令した。

「え?」

「いいから下がりなさい、何でもありません」

そう言うと、乙姫は起きあがった。

「はぁ…」

仕えの者は腑に落ちない表情で部屋をあとにした。

「ふぅぅぅぅ」

乙姫は水鏡に映っている櫂の姿を見ながら、

「海彦様の”天足”ならいざ知れず、

 水術で空を飛んだのは貴方が初めてですよ」

っと呆れながら呟いた。


ひゅぉぉぉぉぉぉ

水を通して風の音が聞こえる。

眼下に島が見える。

夜景でよくわからないけど恐らく伊豆のどれかの島だと思う。

「ねぇ、何処に向かっているの?」

マナが尋ねてきた。

「小笠原っ」

僕が答えると、

「えっ、小笠原っ?」

彼女が驚きの声を上げる。

「日の出を見たあと

 小笠原でクジラと遊ぼうかと思ってね

 いや?」

と聞くと、

「ううん、

 イヤじゃないけど……

 でも、この方向で合っているの?」

とマナが言う。

「大丈夫だよ、

 ほら、あそこに飛行機が飛んでいるだろう?」

と言うと飛行中の旅客機を指さした。

「あれは、方向から恐らくグワムあたりに向かっていると思うから

 アレについていこう」

「アバウトねぇ」

「あはははは…」

やがて東の空が白み出す。

「あっ、もうすぐ夜明けだ」

空は漆黒から徐々に青みが差し、そして赤く染まると、

オレンジ色の蜜柑のような太陽が姿を現した。

「うわぁぁぁぁぁ、初日の出」

マナが声を上げる。

「コレまで見たどの初日の出よりも一番いい!!」

「そう?」

「うんっ」

やがて眼下に朝日に染まる島影が見えてきた。

「小笠原に着いたよ」

僕がそう言うと

クジラたちが踊っている輪の中へと無事着水した。



おわり


← 6話へ 8話へ →