風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第5話:真奈美)



作・風祭玲


Vol.065





キュォォォォォン……

ステンレス製の電車は軽い電子音を上げながら軽快に走る。

最近大量に導入されているみたいだけど、

僕はいまひとつコレが好きになれない。

なぜって、それは妙に安っぽいところかな…


車窓から見える海をみながら、

僕は竜宮で起きた出来事を思い返していた。

人魚達の城、”竜宮”…

乙姫様…

海魔…

などと考え進めていくと気が重くなっていくが、

ふと、竜宮で出会ったマナという少女を思い出すと、

思わず心が和む。

「そう言えば彼女、

 僕と同じ高校に通っている。って言ってたっけ」

竜宮でマナと話していたコトを思い出した。

「しかも、同級生か……

 彼女じゃないけど、
 
 やっぱり何処のクラスか気になるなぁ…

 探してみようか…」

などと考えていると、

電車は学校の最寄り駅に到着した。

僕が通っている高校は、

その駅から歩いて10分ほどの高台にある。


ガラッ

教室のドアを開けると、

「おーす、皆の衆、元気だったか」

と言いながら僕は教室に入って行った。

「おぅ、水城か、

 昨日はどうした、風邪か?」

坂上が昨日の欠席の理由を尋ねてくると、

「いや、実はな…

 昨日、海の底で化け物と一大決戦をしてきたんだよ。

 で、これがその名誉の負傷!!」

と左腕の包帯を見せながら真顔で説明すると、

パン

丸めたノートで頭を叩かれた。

「なにバカ言ってんだよ、お前は…」

「あっバレタ?……」

「あったり前だ…」

自分の席について、

隣の奴としゃべっていると、

「おはよ」

そう言って美作さんが教室に入ってきた。

「マナちゃん、誰かに似ているな…

 と思ったらそうか美作さんに似ているのか」

そう思いながら彼女の顔じっと見ていると、

「ダンナ…

 ストーカーは行けませんぜ」

と坂上に釘を刺された。

「誰がストーカーじゃ」

「あはは、冗談冗談」

「そういえば、美作さんも昨日休んだんだよなぁ」

「そうなんだ」

「…水城くんっ、きみぃ」

いきなり坂上がドアップで迫ってくると、

「へ?」

「彼女とお付き合いしたいんでしょう?」

「まっまぁ…」

「だったら、

 ”そうなんだ”
 
 なんて言うセリフを言うんではなく、

 直ぐに見舞いに行くっ」

と言って僕を突き飛ばそうとした時。


「あっ、坂上君、

 昨日はごめんね」

彼女の方からこっちに来た。

「風邪でもひいたの?」

坂上が訊ねると、

「うん、まぁ、ちょっとね」

といいながら鼻の頭を掻くと、

「で、今日、人魚撮影に行くの?」

と尋ねてきた。

「あぁやるよ…」

と坂上は軽く返事をすると、

「じゃぁ…

 あたしも一緒についていっていい?」

と聞いてきた。

「なっ…」

彼女の意外な発言に僕は思わず驚いた。

「どうする?、水城君」

坂上が腕で僕の横腹をつつく、

「くっそぅ」

僕が睨み付けると、

「あれ?、どうしたの水城君、そんなに恐い顔をして」

と彼女は僕に話し掛けてきた。

「えっ、いや、あはははは…」

とりあえず作り笑いをしたものの、

スグに坂上が

「ん、水城の奴な実は…

 …モゴモゴ…」

と言い出したので、慌てて僕が奴の口を押さえると、

「なんでもない、なんでもない」

とその場を繕った。

「?」

「………ぷはぁ」

口を押さえられ、顔が青くなった坂上が

僕の手をむりやり払い除けると、

「俺を殺す気かぁ……っ」

と怒鳴り声を挙げた。

「あっ、すまん」

一言謝ると、

「ったくぅ、

 で、どうすんだ?
 
 お前は」

と僕の予定を聞いてきたので、

「美作さんとお前を二人っきりにすると危ないからな、

 俺も行くよ」

と答えた。

「まったく……」

坂上があきれた顔をした。


昼休み

僕はふらりと校舎内を歩き回った。

この生徒達の中にあのマナが居るのか思うと、

居ても経っても居られないからだ。

「こんなんで、見つかったら苦労はしないな」

そう思いながらも僕は歩いた。

そのとき、前方からまるで誰かを捜しているような

素振りをしている美作さんを見つけた。

「あれ?美作さん…

 誰か探しているのかな?」

”切っ掛けを作れ”という坂上の声が頭に響いた。

ギシッ

体の関節の音を軋ませながら、

僕は平静を装って彼女に近づくと、

「みっ、美作さん、どうしたの?」

思い切って声をかけた。

「えっ、あぁ、水城くん?

 うん、ちょっと人ね…」

突然声をかけられたせいか、

美作さんはやや慌てた様子でそう答えた。

「捜していたの?」

「うっうん」

「じゃぁ、僕が呼んできてあげようか」

と僕が申し出ると、

「えっ、いっいい…

 ありがとう」

そう言うと、彼女はそそくさと立ち去っていった。


ガーーン

彼女の素振りに僕はショックを受けた。

「うわぁぁぁ…、

 余計なことをしてしまったぁ」

僕は思いっきり後悔の念に駆られた。



放課後…

僕と美作さん・坂上の3人は友石海岸にいた。

しかし、昼間のこともあって、

僕は彼女のそばに近寄れなかった。

そんな気持ちを紛らわそうとして、

「坂上っ、あの岩か?

 人魚がいたという岩は…」

沖合いにわずかに浮かんでいる岩礁を指して僕が言うと、

「良く分かったなぁ」

坂上が感心しながら言う、

「いや、なんとなくね」

と答えた。

やべぇ…

そういや、アイツどこの岩って言ってなかったっけ…

と思いながら岩礁を眺める。

「凄いカメラね…」

美作さんが坂上のカメラを見て盛んに感心している。

「まぁね…」

得意気になる坂上、

「でも、潮風に晒し過ぎるとカメラ壊れるぞ」

と僕が言うと、

「だから君にそれを持ってきてもらったんだろう」

と僕の肩に下げている鞄を指差した。

「これを使うのか?」

「当然…」

「なになに?」

美作さんが僕の鞄を覗き込む、

昼間の失点を取り返そうとして、

「人類文明が生んだ最高傑作、ビデオカメラです」

とおどけながら、鞄からカメラを取り出して彼女にみせた。

「へぇぇぇぇ…

 ちょっと貸して」

と彼女は言うとビデオカメラを弄くり出した。

「最新型の耐水耐圧型のカメラだよ

 水深500mまでの動作保証がされているんだ」

と説明をしていると、

「!」

カメラについていたある傷を見た時、

彼女の表情が変わった。

「水城君、そのカメラ……」

「どうかした?」

「これって水城君の?」

「正確に言うと親父のなんだけどね、

 いまは僕専用になっている。

 だって、コレをうちで使いこなせるのって僕しかいないから…」

と答えると、

「そう……水城君専用なんだ」

「まぁね」


「おぉい、喋ってないで早くカメラをもってこいよ」

坂上が声を上げる。

「あいよぉ」

っとカメラを坂上に渡した時。


「ねぇ、もう一つ聞いていい」

美作さんが再び尋ねてきた。

「なに?」

「左腕…怪我しているの?」

「あぁこれ?」

左腕のケガを指さすと、

「名誉の負傷だってさ…」

カメラをセットしながら坂上が答えた。

「なんでも、海の底で化け物を退治してきたんだよな、水城」

「おいおい、余計なことを言なよ」

「そう…なの…」

すると彼女は何かを確信したように、


「水城君……

 乙姫様から頂いた剣は持ってる?」

と尋ねてきた。

坂上とカメラの調整をしていた僕は、

「あぁ、この鞄の中に入っているよ」

というと鞄から”竜牙の剣”の柄を取り出すと、

「ほれ」

と言って彼女に見せた。

「ふぅぅぅぅん、

 そうなんだ……」


「なんだ、それは?」

柄を見た坂上が僕に聞いてきた。

「何って”竜”……えっ?」

驚いて美作さんをみると。

彼女はにっこりと笑うと

「カナさん、みっっけ」

と言った。

「えっ……あっ」

「……ひょっとしてマナ……さん?」

僕が美作さんを指差して声を上げると

彼女は首を縦に振った。

その時潮騒の音が随分とやかましく聞こえた。



「ん?、ん?」

「なんだ?」

「コラ、水城っ説明しろっ」

坂上一人がその場に取り残されていた。



おわり


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