風祭文庫・人魚の館






「翠色人魚」
(第3話:乙姫)



作・風祭玲


Vol.063





「う〜ん…

 ん?

 …そうだ、学校!!」

ガバっと飛び起きると、

目に飛び込んできた景色はいつも見慣れている景色とは違っていた。

「え?

 ココどこ?」

左右を見ると、僕はどこかの一室で寝かされ、

そして、まだ水の中にいることに気付いた。

「あっあれ?

 え〜っと…」

直前の記憶を思い出してみると、

「そうだ、

 確か竜宮の乙姫様の所で妙な化け物に出会って…

 で、あいつと格闘になって、
 
 刀のようなものでやっつけたんだっけ…

 ってことは、ここは竜宮?」

僕はフワッと浮き上がり出口に向かって泳ごうとした時。

ズキン

と左腕に痛みを覚えた。

「痛ってぇ…」

左腕を見ると大きな傷があり、血が滲み出ていた。

「あの化け物と戦っていた時に出来た傷か…」

さらに全身をよく見ると至る所に擦り傷や切り傷あって、

まさに満身創痍と言う言葉がぴったりの状態だった。

「あぁ〜ぁっ、

 傷だらけだなこりゃぁ

 でも、あいつに食われなかっただけでも良しとするか」

僕はあの化け物との死闘を思い出していた。

「気付かれましたか…」

見ると出入り口のところに一人の少女が立っていた。

「えっと、どなた?」

僕が訊ねると、

「無礼者、このお方は竜宮の主”乙姫様”なるぞ、控えろ」

と言って数人の人魚が入ってきた。

「やめなさい

 私はこの方に用が会ってきたのです。
 
 おまえ達は下がりなさい」

そう乙姫は言うと、

仕えの者は渋々乙姫様に頭を下げると部屋から出て行った。

乙姫は僕に近づくと、

「仕えの者の無礼、

 許してあげてください

 みな、昨日の騒ぎで気がたっているモノですから」

と丁寧に僕に謝った。

白衣を纏い、翠色の長い髪をゆっくりとたなびかせる姿は、

どことなく神々しい感じがした。

乙姫様の姿にしばし見とれていると、

「まぁ、そんなに硬くならなくてもいいんですよ」

乙姫様はやさしく言う。

僕はあることに気付くと、

「すみませんでした

 あそこが宝物庫だったとは知らずに
 
 目茶目茶にしてしまって……

 あのぅ、どのような罰も受けるつもりです」

跪いて乙姫様に謝った。

「そうですか」

乙姫様はそう言うと、急に鬼を思わせる厳しい表情になり、

「それではそなたに罰を与えます……」

まるで腹の底に響くような声を放った。

「ひぇぇぇぇぇぇ」

僕は思わず縮み上がった。



「………なんてね」

「え?」

さっきのやさしい表情に戻ると、

「そんなに傷だらけになって海魔と闘い、

 まして”竜牙の剣”を封印を解いた者に罰を与える。

 なんてことは出来ませんよ」

と言いながら、僕の体をそっと撫でた、

すると不思議なことに症状の重い左腕の傷を残して、

程度の軽い他の傷は次々とスッと消えていった。

「すごい…」

驚いていると、

「私にもぅ少し力があればその腕の傷も消せるのですが」

と済まなそうに乙姫様が言うと、

「いえ大したことは無いですよ、こんな傷は……あははは」

「そうですか」

「それに、罰を受けなくてならないのは私の方です」

「え?」

「この館のすぐそばであのような海魔が巣くっていながら

 気付かなかったなんて…乙姫失格です」

乙姫様の表情が曇る。



「カナ……いえ、櫂さんとお呼びした方がいいかしら」

「え?知っているんですか、僕のこと」

「えぇ、実は貴方に会うのはこれで2回目…

 と言うのはご存じでした?」

「えっ、2回目…というと、1回目は?」

と僕が訊ねると、乙姫さまは、

「あれは…貴方が人魚に成り立てのとき…」

「あっ、池の中で聞いた、あの声っ」

「はい、そうです」

「そうかぁ、あの声って乙姫様の声だったのか」

「ようやく、会えましたね」

「でも、僕にやってもらうことって…」

「それは、貴方が”竜の騎士”としての

 力が備わっているからです」

「”竜の騎士”?」

僕が訊ねると、

「”竜の騎士”とは”海神の巫女”と共に

 我々海精族を守るいわば守護神」

「守護神?」

「そうです、海精族に危機ある時、

 ”竜牙の剣を持った竜の騎士”と、

 ”雷竜の扇を持つ海神の巫女”が現れて、
 
 魔を払いのける。
 
 と昔から言い伝えられて来ているんです」

「知らなかった…」

「そして今はまさに海精族にとって危機的な状況

 ほら、昨日あなたが退治した化け物、

 あれこそが魔”海魔”なんです。」

「海魔……」

復唱すると乙姫様は太古の昔から海精族に言い伝えられてきた

伝説を話し始めた。

「その昔、また地上に人がいなかった頃、

 この海にはたくさんの精霊が住んでいました。


 その頃の精霊は私たちのような決まった姿を持っていませんでしたが、

 精霊の数が徐々に増えるにつれ、

 精霊達の間で勢力争いが始まるようになり、

 数多くの精霊が無駄な争いで消えいく様子に、

 この海を創造した海母様は常に胸を痛めていました。
 

 そして、多くの精霊達が仲良く共存できる道を常に探していたのですが、

 そんな海母様の想いを踏みにじるようにして精霊達の争いは激しくなり、
 
 やがて、海母様をも傷つける様になった頃、
 
 海母様はついにある決断をなさいました。

 
 それは、海母様のもっともそばに仕えていた精霊に、
 
 陸に現れた”人”の姿を似せた身体を与えて後のことを託し、
 
 そして、争いをしているすべての精霊とともに眠りに就くことでした。
 

 それ以降、海の平和はいったんは保たれたのですが、
 
 しかし、眠りに就いた海母様の手から一部の精霊達が逃げ出したのです」
 
「それが”海魔”なんですか?」

僕の問いかけに乙姫様は肯いた。

「逃げ出した精霊達は

 あたし達の手がとどないところで徐々に仲間を増やし、

 我々精霊や陸の人々にも危害を加えるようになりました。」

「そんな話、ニュースでは聞いてないけどなぁ」

「いえ、気付いてないだけです」

「やがて、彼ら・海魔はどんどんと助長して、

 そして15年ほど前についに徒党を組んで
 
 この竜宮に攻め込んできたんです。

 大規模な戦いだったと聞いています。

 戦いは一月近くもかかり、
 
 ようやく海魔の方に敗色の色が出てきた頃、

 悲劇が起りました。
 

 城の表での戦いに気を取られていたスキに、

 数匹の海魔が城内に入り込んできたのです。

 城内に侵入した奴等の目的はただ一つ、
 
 それは、生まれたばかりの海精族の次の長である

 ”海彦”と私”乙姫”を消し去ることでした。

 彼らはやすやすとこの館に取り付くと、

 中にいた者達を次々と始末し始めました。
 
 海魔の襲来に混乱する館。
 
 私と海彦は危険から避けるために、
 
 別々の侍従によって連れ出されたのですが、
 
 しかし、戦いの後ここに戻ってきたのは私だけ……
 
 
 先代もあらゆる手を使って探したのですが、
 
 残念ながらこの館を出て以降の手がかりは未だに……」


「殺されたんですか?」

「いいえ、海彦様は生きています。

 あたしはそう信じています。」

乙姫様はそうきっぱりと断言していた。


「あっ、これをあなたに預けて置きます」

と言うと、

昨日、僕が宝物庫の中で使った刀”竜牙の剣”を手渡した。

「えっ…いいんですか?」

「はい、海魔の脅威が迫っているいま、

 これは櫂、
 
 あなたが持たなくては行けません」

乙姫は僕の手をぎゅっと握り締めてそういった。

僕は手にした”竜牙の剣”を眺めながら

「どこまで出来るか分かりませんが、精一杯頑張ります」

と返事をすると、乙姫様は

「頼もしいですね、ではこれも授けておきます」

と言うと、2本の腕輪を僕に渡した。

「これは」

「”竜の騎士”の甲冑です」

「甲冑?ですか?」

僕が信じられない顔をすると、

「それを、両腕にはめて”竜牙の剣”を構えてみてご覧なさい」

と言われたのでその通りのしてみると、

シュオン

と聞こえるような光が僕の身体を包み込むと、

何時の間にか僕は甲冑を身に纏っていた。

「凛々しいですわ」

乙姫様が僕の姿を誉める。

「はぁ、そうです……か」

「それから、水術のことはご存じですか」

「水術?」

「えぇあたし達、海精族には水を自由に操る力があります」

「そうなんだ」

「その力を生かすも殺すも貴方次第」

「でも、どうやって」

「水に聞いてみてください」

「水に?」

「そうです、

 水の声に耳を傾ければ、
 
 櫂、貴方の術を作ることが出来ます」

「……」

乙姫様はそう言い残すとすっと去っていった。



「ふぅ」

”竜牙の剣”を片手に乙姫様の館から出てくると

「櫂っ」

と言う声とともに母さんが寄ってきた。

「母さん」

「良かった、身体大丈夫?」

母さんは僕の身体に変なところが無いのか調べ始めた。

「ごめんねぇ、あんたをあんな危ない目に合わせてしまって」

「あぁ、大丈夫だって」



そのとき

「あのぅ、カナさん……」

何時の間にかマナが僕の横に立っていた。

「マナ……大丈夫だった?」

僕が訊ねると

「えぇ、カナさんが守ってくれたから

 昨日は助けてもらってありがとうございました。」

とマナは頭を下げると

「預かっていたコレ、お返しします」

と言って僕にビデオカメラとリュックを渡した。

「そっか、マナさんが持ってくれてたんだ、ありがとう」

と礼を言うと、

「ただ、カメラにちょっと傷が付いてしまって、ごめんなさい」

「えっ、あぁいいよ、この程度は」

と言ったとき、

「あれ?

 カナさん、その腕、怪我をしているんですか」

と左腕の傷を指していった。

「あぁ、これ?

 大したことは無いから大丈夫だよ」

「いえ、いけません」

と言うと、彼女は傷口に吸い付くと、そこを口に含み始めた。

「まっ、マナさん」

「ダメ、じっとしてて」

小さな痛みと、くすぐったさを感じながら、

しばらくそのままの姿勢でいると、


「ふぅ、コレくらいなら大丈夫でしょう」

と言ってマナは口を離した。

するとさっきまで生々しかった腕の傷口が小さくなっていた。

「へぇ……」

僕が感心していると、

「あたしに出来るのは、

 こうして治療をすることぐらいですが」

と恥ずかしそうに言うと、

「あっ、ありがとう」

僕は彼女にお礼を言った。

「それではあたし、地上に戻りますので、これで失礼します」

そういうとスッと泳いでいった。

やがて彼女は先で待っている母親と合流すると去っていった。


「へぇ、櫂もやるじゃない

 可愛い子だったわねぇ」

母さんが横で言う。

「そりゃぁねぇ……

 ここが地上だったらそのままお茶にでも誘うんだけど

 この身体じゃぁねぇ」

と言いながら、人魚の身体を恨めしく眺めた。


「ところで、乙姫様からはなんて言われたの」

と館の中で乙姫様と交わされた会話の様子を尋ねてきた。

「さぁ、なんでも僕のことを”竜の騎士”だといって、

 これをもらった」

と”竜牙の剣”を母さんに見せた。

「えっ」

母さんが驚くと、

「お前があの”竜の騎士”とはねぇ……」

信じられないような顔をして僕を眺めた。

「まぁ、確かに普通とは違っていたけど

 さっ、櫂、帰るわよ」

母さんはそう言うとすっと泳ぎ出した。

「あっちょちょっと」

僕は慌てて母さんの後を追いかけてた。



「櫂、”海神の巫女”と共に海精族のこと頼みます」

乙姫がそう呟いたとき、

「くしゅん」

地上で一人の少女がくしゃみをした。

「沙夜ちゃん、どうしたの?」

姉の夜莉子が覗き込む。

「いや、何でもない」

「そう」

「今回の仕事もなんとか終わったから、

 ホテル住まいも今日で終わりだね」

と夜莉子が言うと、

「そうあってもらいたものだが」

と沙夜が返事をする。

「ここんところ働きづめだったもんね…」

夜莉子は立ち上がるとそのまま部屋から出ていった。

「ふぅ…

 そういえば、一瞬だったけどさっき水が踊ったな…

 ってことはまた一つ、駒が揃ったのかな?…乙姫様」

沙夜はそう呟くと窓から見える海の方を見た。



おわり


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