風祭文庫・モラン変身の館






「マサイ戦士・オレアザン」
(第6話:二人の決着)

作・風祭玲

Vol.046





「ごめぇ〜ん、待った?」

体育館で待っていた香坂クンと合流すると、

彼は開口一番

「オロンギの杖は?」

と尋ねてきた。

「はいコレ」

と言って手にしていた新聞包みを見せる。

「よぅし…じゃぁ、シンとの決戦と行きますか」

香坂クンがマサイの首飾りに手を当てようとした瞬間。

「待ってください」

と夜莉ちゃんが制止した。

「え?」

香坂クンが夜莉ちゃんを見ると、

「ココで闘っては学校に迷惑が掛かりますし、

 みんなを巻き込むおそれがあります。」

「うん、あたしもその方がいいと思って…」

とあたしと夜莉ちゃんが交互に言うと、香坂クンはあたし達の後ろを指さして、

「しかし、シンはそうは思っていないみたいだぞ」

と言った。

そこには、朱染めの衣装・シュカをまとった半裸のマサイ戦士が立っていた。

「うわぁぁぁ、

 ヤバ!!、

 もぅ来ちゃったの」

「オレアザン、殺す…」

マサイ戦士はそう言い放つと、

手にしていた槍を構え、

タタタタ…

と駆けて来る。

「ちぃ〜っ」

それを見た香坂クンは素早くマサイ戦士になると、

槍を手に持ち果敢に応戦し始めた。

カン、カキン、カカン、カン

体育館の中に槍と槍がはじきあう音がこだまする。

最初のうちはマサイ戦士に押されていた香坂クンだけど、

さすがは剣道部の次期主将だけあって、

闘いは香坂クンが徐々に優勢になってきた。

「香坂クン、頑張ってぇ」

あたしは賢明に応援する。

「茜ちゃん、そろそろ封印の準備をなされた方が…」

と香坂クン優位が決定的になったのを見定めた夜莉ちゃんが催促した。

「うん」

あたしはそう返事をして、

マサイ戦士になろうとしたとき、

ガヤガヤ

と体育館に生徒達が入ってきた。

「え?

 なに」

あたしは慌てて先頭の子に駆け寄ると、

「入っちゃぁダメ」

と制止した。

「え?、

 だって、実行委員会から体育館で学園祭の説明があるって言うから…」

と口にしたとき

「キャァっ、なにあれ?」

とほかの子が闘っている香坂クンとマサイ戦士を指さして騒ぎ始めた。

「マズイ」

そう思った瞬間。

『フフフフフ』

とシンの不気味な笑い声が響いた。

すると、闘っているマサイ戦士の身体から黒い霧がわき起こると、

体育館に入ってきた生徒達を次々と包み込み始めた。

「これって…」

あたしはあのコンパニオン達を襲った霧を思い出した。

「あっ、茜ちゃん……」

後ろからともちゃんの声がしたので振り返ると、

ともちゃんとみっちゃんが呆然とした表情で立っていた。

「ともちゃん、ダメ、スグにここから…」

と言ったが、

二人が着ていたセーラー服が見る見るシュカへと替わり、

身体つきもメキメキと逞しい男の身体へと変わって行くと、

「とっ、ともちゃん、みっちゃん…そんなぁ」

さらに、ほかの生徒達も二人と同じように次々とマサイ戦士へと変身していった。

「グォォォォォォォ…」

マサイ戦士になった者達は皆うなり声を上げると、

あたしと夜莉ちゃんに迫って来る。

「どっ、どうしよう」

「困りましたわ……」

あたしと夜莉ちゃんは生徒達が変身したマサイ戦士達にすっかり取り囲まれていた。

「のっ、野田ぁ」

人垣の向こうから香坂クンの叫び声が響く、

「…オレアザン、どうしよう…」

とそのとき、



「翠玉波っ!!!」

と言う叫び声が挙がると、

シュゴ−ン

津波のような翠色の波動が体育館を駆け抜け、

「キャァー」

その衝撃波を聞いてあたしは思わず夜莉ちゃんにしがみついた。

しばらくして

「もぅ大丈夫ですよ、茜ちゃん」

そう言う声に恐る恐る目を開けてみると、

あたし達を取り囲んでいたマサイ戦士達が皆なぎ倒されていた。

そして、彼らの姿がマサイ戦士から元の生徒の姿に戻っていく様子を眺めながら、

「すごい…」

あたしが感心していると、

「夜莉子っ、

 お前がついて居ながらなんだこのザマは…」

と言う声が体育館に響く。

「え?」

声の主を見てみると、

そこには腰まである長い黒髪に白衣に緋袴の巫女装束、

手には開いた扇を持った少女が立っていた。

「沙夜ちゃん!!」

少女を見た夜莉ちゃんはそう叫ぶと、

少女の元へと駆けてゆき、そしてギュッと抱きついた。

「沙夜ちゃん来てくれたんだ、嬉しい〜☆」

「こっコラっ」

少女は嫌がっているようだったが、

しかし夜莉ちゃんはなかなか離れず、

そしてついに、

「えぇぃ、離れんかっ」

と思いっきり突き飛ばしてしまった。

「酷〜ぃ、姉さんを足蹴にするなんて…」

起きあがりながら、

夜莉ちゃんが文句を言うと、

「なっ、いいか夜莉子っ、

 俺はお前を姉だなんて思ってはいない。

 と言うことを何度も言っているだろうが」

「まぁダメよ、

 女の子が俺だなんて言葉を使っちゃぁ」

「誰が女の子だ、

 第一、俺は好きこのんでこんな格好をしているわけじゃぁないんだぞ」

「もぅ、沙夜ちゃんって素直じゃないんだから…」

「人の話を聞け」

「あのね、沙夜ちゃん、

 人間運命を運命を受け入れなければならないときってあるのよ」

「こらっ」

「だから、沙夜ちゃんも素直に自分の運命に従うべきだと姉のあたしは思うの…」

「おいっ」

「あっ、あのぅ…」

話のとぎれにようやく口を開いたあたしが問いかけると、

「はいっ、なんでしょう?」

と夜莉ちゃんが返事をする。

「話がよく見えないんですけど…」

「あっ、ごめんなさい」

「紹介しますわ、妹の沙夜子です」

と夜莉ちゃんは少女を紹介すると、彼女はプイと横を向いて、

「…俺は認めていないぞ」

と一言言う

「どっ、どうも

 で、なにやら複雑な事情があるようで…」

と訊ねると、

「えっと、

 実はちょっと前まではあたしのお兄ちゃんだったですけど、

 いまは見ての通り妹をしていますの…」

「へ?…兄?…妹?

 それって………」

「まぁ、その話は話すと長くなりますので、また日を改めてと言うことで」

「はっはぁ…」

なんだかあたしは、触れてはいけない夜莉ちゃんの秘密に触れてしまったような気がした。



「ところで、沙夜ちゃん」

「ん?」

「ひとつお願いがあるんだけど……」

「なに?」

「ここで、例の結界を張って欲しいんだけど」

「え?、あぁ水縛結界のことか?」

「うん」

「なんでまた」

「茜ちゃん達があの方と心おきなく戦えるようにですわ」

と言うと夜莉ちゃんはある一点を指さすと、

そこではマサイ戦士の姿をした香坂クンと

シンによって作られたマサイ戦士とが間合いを取ったまま対峙していた。

「おいっ、お前ら俺のことを忘れていたろう」

対峙しながら響くその声を聞いて、

「あっ、いっけないっ、

 香坂クンのことすっかり忘れてた」

あたしはようやく気づくと、

「あはは、ごめん」

香坂クンに向かってあたしは謝ってみせる。

すると沙夜子さんが、

「出来るけど、

 水縛結界にはそれなりの水が要るぞ、あるのか?」

と尋ねると、

「それなら、ホラあそこの水を使いましょう」

そう言って体育館の隣にあるプールを指さした。

「仕方がないな…」

プールを眺めながら沙夜子さんはため息をついてみせると、

「香坂さん、場所を移動しますわ」

そう夜莉ちゃんが声を張り上げてみせる。

「判った、

 で、どこに?」

夜莉ちゃんの声に香坂クンが聞き返すと、

「プールですわ」

と夜莉ちゃんは声を上げた。

「OK」

すると香坂クンは一瞬の隙をついてマサイ戦士が構えていた槍を絡めるようにしてはじき飛ばすと、

「よし、行くぞ」

そう言うとプールへ向かって走りはじめる。

そして、あたし達も彼に続いて体育館から出ると、

スグ後から飛ばされた槍を拾い上げたマサイ戦士が追って来た。

すると、

「作戦通りですわ…」

夜莉ちゃんが後ろを振り返りながら言い、

あたし達はフェンスを飛び越えてプールサイドに降りると、

沙夜子さんは早速手にした扇を広げ、

それを口元に持ってゆき呪文を唱え始めた。

フォン…

扇から蒼いオーラが放たれ始め、

その勢いが強くなった頃、

プールの水がザワザワと波打ち始めた。

そして、

ハッ!!

と言う気合いのかけ声にあわせて扇をプールに差し向けた途端、

静かだったプールの水がドンと言う音と共に数本の水の柱が立ち上がると、

たちまち壁を作り上げてプールサイドとの空間を遮断して見せる。

「ほぇぇぇぇ〜スゴイ」

「さぁ、茜ちゃんに、香坂さん、その中ならご存分に戦えますわ」

と出来上がった水縛結界を見ながら夜莉ちゃんが言うと、

「先に行くぞ」

香坂クンがそう言って先に入り、

彼の後を追ってマサイ戦士が飛び込んでいった。

「ありがとう、

 夜莉ちゃんに沙夜子さん…」

私は彼女たちにお礼を言うと、

胸元の首飾りに手を当てマサイ戦士へと変身した。

「へぇ…」

それを見た沙夜子さんが感心する。

そして、”オロンギの杖”を持って結界に飛び込もうとしたとき、

「茜さん、

 コレを持っていって、何かの役に立つ」

そう言って、沙夜子さんが胸元からある物を取り出し私に放り投げ、

パシッ

あたしはそれを受け取ると結界へと飛び込んだ。



「いまのって、

 ひょっとして海精族(人魚)の神器「海神の輝水」じゃない?」

夜莉ちゃんが驚いた顔で沙夜子さんに尋ねると、

「まぁね」

と素っ気なく答える。

「…何時の間にそんな物を」

「うふふふふ…さぁ?」

沙夜子さんは含み笑いをして答えた。



沙夜子さんが作り上げた結界の中は表で見ていた以上に広く、

陸上競技場が一つ入ってしまうほどの広さだった。

「うわぁぁぁ、広い…

 ところで香坂クンは何処?」

マサイ戦士の姿になったあたしは結界の中を香坂クンの姿を求めて探していると、

カン、カキン

槍同士がぶつかり合う音が聞こえてくるなり、

激しく動く二人の人影が見えてきた。

「香坂クン!!」

あたしが声を上げたが、

彼はあたしに気が付かない様子だった。

『コウサカは”モラン・カーラ”に入っている。』

とオレアザンの声が響く。

「モラン・カーラ?」

「あたしも”モラン・カーラ”に入らないとマズイかなぁ」

『いや、アカネが”モラン・カーラ”に入ってしまえば

 ”オロンギの杖”を使うことが出来なくなる』

「じゃぁ、このまま見てろっていうの?」

『………』

体育館と違って誰にも遠慮する事のないこの空間での闘いは長時間に及んだ。

「香坂クン、疲れないかなぁ」

あたしは、彼の体調を心配した。

『それは大丈夫だ、

 ”モラン・カーラ”になっていると疲れを知らない、

 数日間ずっと戦える』

「そっそうなの…」

「でも、あのマサイ戦士ってあたし達と出会った頃から

 ”モラン・カーラ”に入ったままだよね、大丈夫かなぁ」

『私もそれを心配している』

「え?」

『いくら”モラン・カーラ”といえども、

 あの戦士の”モラン・カーラ”は長すぎる』

『これ以上”モラン・カーラ”を続けていると、

 それを解いたときの反動で下手をすると命に関わるかもしれない。』

「じゃぁ、スグにやめさせないと」

『”モラン・カーラ”は本人の意志でないと止めることが出来ない。

 しかも、あの戦士はシンによって”モラン・カーラ”に入っているから、

 まずシンを倒さなくては…

 しかし、シンを倒すにはあのマサイ戦士の”モラン・カーラ”を止めさせなくてはダメだ』

「じゃじゃぁ、打つ手なしってこと?

 そんなぁ」



そのとき

《野田さん、野田さん、聞こえるか?》

突然、沙夜子さんの声が響いた。

「え?、

 沙夜子さん、何処にいるの?」

《そこにはいない、外から話しかけている》

「へ?」

《さっき渡した”海神の輝水”をつかえ》

「海神の輝水?」

あたしは結界に入る前、沙夜子さんから渡されたモノを取り出した。

それは、真珠色の輝きを放つピンポン玉の様なモノだった。

「これのこと?」

《そうだ、いまあなたが闘っている相手は要するに何者かに操られているんだろう》

「うん、そうだけど」

《”海神の輝水”は呪縛されている者を解き放つ力がある》

「じゃぁ、あのマサイ戦士の”モラン・カーラ”を止めることが出来るの」

《あぁ、たぶん》

「で、これはどうやって使うの」

《歌を歌え》

「歌を?」

《どんな歌でもいいから。とにかく相手を癒すつもりで歌を歌え…》

「判ったわ、ありがとう沙夜子さん」

『出来るのか、そんなことが』

「とにかくやってみる」



そう言うと、あたしは心を落ち着けると歌を歌い始めた。

すると、手にした”海神の輝水”が光り出した。

私はそれに構わず歌い続けると”海神の輝水”のなかから歌声が響きだした。

その心が洗われるような透き通る歌声に

「え?、誰が歌っているの?」

と思っていると”海神の輝水”がスゥーっと私の手から放れ、

徐々に大きくなると人の形へと変化し始めた。

「なに?

 人?

 じゃない、人魚!!」

そう、私の目の前で”海神の輝水”は真珠色に輝く人魚になっていた。

そして人魚は歌声を上げながらマサイ戦士の方へと泳いでいった。

すると、

『やっやめろ、

 その歌を止めるんだ』

シンの叫び声が響く、

しかし、人魚は歌を歌いながらマサイ戦士の周りを泳ぎながら回り続け、

ついに

『ヤメロ!!』

その声と共にマサイ戦士は槍で人魚を刺そうとするが、

人魚は繰り出す槍を巧みに避け歌い続ける。

やがて

『グオォォォォォ』

と言う悲鳴と共に、

マサイ戦士の眼がヒトの眼に変わった。

”モラン・カーラ”から抜けたんだ…

と同時にマサイ戦士の身体から押し出されるようにして黒い影が抜け出始める。

『アカネ、あれがシンだ。

 その杖でヤツを突くんだ』

オレアザンの声がするのと同時にあたしは動いた。

『くっ来るなぁ』

マサイ戦士の身体から完全に抜け出たシンが逃げようとしたとき、

ズン

香坂クンの槍がシンの身体を突き刺した。

『なっ貴様ぁ』

「シンっ、

 セイの仇っ、

 この世から消えてなくなれっ」

あたしは”オロンギの杖”で身動きが出来なくなったシンの頭を突いて見せる。

「グワァァァァァァァ」

響き渡るシンの絶叫と共に、

ザザザザ…

シンの身体は崩壊し始め、砂のようになった粒子が足下に山を築き始めた。

そして最後に小さな光の玉が身体から出てくると、

光の玉はスーっと”オロンギの杖”の中へと吸い込まれていった。

やがて砂の山は蒸発するように小さくなっていくと目の前から消え無くなった。



「終わったの?」

あたしが訊ねると、

「あぁ、終わったみたいだな」

”モラン・カーラ”を解いた香坂クンがあたしに近寄りそっと抱きしめた。

『ありがとう』

「え?」

『シンを封じてくれて……』

「泣いているの?」

『………』

オレアザンは答えなかった。



再び人魚の歌声が響きだした。

振り返るとシンが抜けて倒れていたマサイ戦士に人魚が寄り添って歌を歌っていた。

「マサイの戦士…元の女の子に戻れるのかな」

あたしが呟くと、

人魚は光の玉となり、

マサイ戦士の体の中へと入っていった。

すると、マサイ戦士の身体が光り輝き始めると徐々に女の子の姿へと戻り始め、

程なくしてパジャマ姿の女の子になったのであった。



《終わった?》

沙夜子さんの声が再び響いた。

「えぇ、おかげさまで」

あたしが答えると、

《それでは結界を崩すから、

 スグに出てきて、

 出口はそっちだから》

と言うと、少し放れたところに丸い穴がポッカリと口を開いて見せる。

そして香坂クンが女の子を抱き上げて、

あたし達は急いで穴から結界の外へ出ると、

ズゾゾゾゾゾゾ

沙夜子さんが作った水縛結界が崩れ

プールは元の状態に戻っていく。



「お疲れさまでした」

夜莉ちゃんがあたしにタオルを差し出すと、

「ありがとう」

と言って受け取った。

「一息つくのはいいけど、

 早く元の姿の戻ってここから出た方がいい」

と言うと沙夜子さんが体育館を指さした。

体育館では倒れた生徒達を解放している先生やほかの生徒達で騒ぎになっていた。



翌日、昨日の騒ぎは嘘のように学園祭は始まっていた。

あたしは占い師・夜莉ちゃんの助手として押し寄せる女の子達を必死の思いで捌いていた。

昼になると一息入れた夜莉ちゃんが

「茜ちゃん、

 香坂クンの所に行ってみませんか?」

と誘ってきたので、

「そうねぇ……行ってみようか」

と二人連れだって剣道部へと向かうと、

「香坂クン、

 どんな姿で出迎えてくれるのかしら」

夜莉ちゃんが興味津々に言う、わたしは

「さぁ…」

と答えるのが精一杯だった。

「ところで夜莉ちゃん」

「はいなんでしょう」

「昨日の女の子…

 えっと「真子」さんって言ったっけ、

 彼女結局どうなったの?」

と訊ねると、

「えぇ、

 そのことなら、

 沙夜子ちゃんがうまく処理をしたようですわ

 それに真子さんは、

 今回のことはどうやら覚えていないようでしたし」

そう答えると

「そうか、そうだよね、

 それが一番かもね」

とあたしが言う、

「さぁ、着きましたわ」

そう言う目の前には少女趣味的な不気味な看板を掲げた剣道部の店があった。

「…………」

その看板を見たあたしが冷や汗を流していると、

「さぁ、入りましょう」

と言って夜莉ちゃんはあたしの手を引いて中へと入っていった。



つづく


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