風祭文庫・モラン変身の館






「マサイ戦士・オレアザン」
(第5話:オロンギの杖)

作・風祭玲

Vol.045





西に傾いた日が落ち、爪の先のほどの月が西の空に現れた頃、

博物館は時間通りに閉館した。

やがて職員達が次々と帰宅し2・3人の警備員が巡回しはじめると

3人の人影が博物館の横をさっと横切っていった。

3人のうち2人は黒い肌の身体に朱染めに衣装・シュカを巻き付け

長い槍を手にしたマサイ族の戦士と、

もぅ1人は巫女装束に身を固めた少女だった。

彼らが目指すところはただ一つ、

博物館の隅にひっそり建つ”アフリカ民族館”。

広い館内を警備員の目を気にしながら小走りで走り抜け、

ようやくこの建物に着いたときは既に夜の10時を周っていた。

「ねぇ、ココでいいの?」

「えっと、はいココですわ」

「よおし……」

マサイ戦士の1人が壁をよじ登ると、

屋根づたいに鍵を閉め忘れている窓を探し始めた。

やがて一つの窓を探し当てると、

カシャン

と音を立てて中へ潜り込んだ。

ほどなくして、正面玄関の鍵が開けられると、

前で待っていた2人が足早に民族館の中へと入っていった。

昼間でも陰気な感じがする民族館だけど、

夜になるとその不気味さがいっそう増した感じがしていた。

「ねぇ、ココって警備員の人は来ないの?」

マサイ戦士の姿のあたしが小声で尋ねると、

「それは大丈夫ですわ、

 警備員の方々は本館のみを見回っていて、

 この別館には来ませんから」

そう巫女装束の夜莉ちゃんが答える。

館内に入った私達は目的の物が置いてある所へと一目散に向かっていった。

「巫女神っ、どの辺だ?」

前を行く同じマサイ戦士姿の香坂クンが尋ねる。

「えっと、もぅちょっと先ですわ」

「ねぇ、ひとつ聞いていい?」

「はい、なんでしょう」

「夜莉ちゃんはともかく、

 何で私たちはマサイ戦士にならなくてはならないの?

 別に、いつもの格好でも良かったんじゃないの?」

「……それはですねぇ

 …マサイ戦士さんの姿の方が目立たないからです。

 それに、もしも警備員の方と出会った時にも有効ですし」

「なにそれ?」

それにしても、夜の博物館って結構怖い。

何しろ陳列してある品々が昼間見ても不気味なのに、

夜こうして暗がりで見ると一層不気味さを感じる。

っとそのとき、前で人影が動いた。

「ひぃぃぃぃぃ」

あたしが驚きの声を上げたとたん、

「し〜ぃ」

っと口をふさがれた。

「ごめんなさい」

小さく言って、人影を見ると自分の影だった。

近づいて、ガラスに映るマサイ戦士の姿を見ながら、

「もぅ驚かさないでよっ」

っと思わず文句が口に出る。

「巫女神、どの辺だ?」

「えっとですねぇ」

夜莉ちゃんと香坂クンが打ち合わせを始めた。

あたしはかがみ込むと、

「はぁ、マサイ族の戦士になったこともショックだったけど、

 まさかドロボーをすることになるなんて、もっとショックだわ」
 
と呟いた。

今度は夜莉ちゃんが先頭に立って陳列ケースを一つ一つ探し始めた。

「ねぇ、夜莉ちゃん」

「なぁに」

「随分と張り切ってない?」

「うふふふふ」

「え?」

「だって、怪盗さんになるなんて、あたしの夢だったのですもの」

「はぁ?」

「ル○ンにキ○ッツ○イ・セ○ントテ○ル・ジ○ンヌ……

 その方々の仲間に入れるなんて夢のよう」

夜莉ちゃんの目はすっかり向こうの世界に入り込んでいる状態だった。

「だから茜ちゃん、お互いに頑張りましょうねぇ…」

と言うとあたしの手をギュッと握りしめた。

「おい、野田、巫女神ってこういうヤツだったけ?」

香坂クンがあたしに尋ねてきた。

「うっうん、あたしもいま知ったわ」

フンフンフン

鼻歌を歌いながら探している夜莉ちゃんの姿を

呆気にとられながらあたしは眺めていた。

やがて

「あっ、ありましたわ、『オロンギの杖』が…」

の一言に、

「え?、ホント」

と私と香坂クンが詰め寄った。

「ほらココに」

と彼女が指さした先に確かに「オロンギの杖」と書かれた紙と、

一本の杖が置かれていた。

「オレアザン、”オロンギの杖”ってコレ?」

あたしが尋ねると、

『たぶん…』

と言う返事が返ってきた。

ガラスを開けようとしてガラス戸を左右に押してみたが開かない、

どうやら鍵が掛かっているようだ。

「どうする?ガラスを割るか?」

と香坂クンが聞いてきたので、

「物を壊すのは良くないよ」

とあたしが答えると、

「じゃぁどうする?」

「う〜ん」

「あたしに任せて…」

と夜莉ちゃんが前に出ると手袋をはめカチャカチャと鍵をいじり始めた。

「うわぁぁ、本格的だなぁ…」

香坂クンがしきりに感心する。

やがて

「開きましたわ」

と言う声と共にカラカラっとガラス戸が開いた。

「はぁ〜才能だねぇ…」

「さっ、茜ちゃん、杖をとって下さい」

と勧められたので、あたしがそっと手を中に入れ、杖に触れたとたん、

フォン……

……ビシビシビシ

っと杖からオーラが吹きだし激しく反応した。

「ひっ」

慌てて手を引っ込めると、

「本物だな、コレは…」

香坂クンが呟く

「よし、じゃぁ、僕が…」

と言って代わりに香坂クンが手を差し込むと、

パァ〜〜ン

っと手をはじいた。

「痛ぅ〜っ」

香坂クンが痛みをこらえながら手を引っ込めると、

「野田、どうやらお前でしか触れないようだな」

と言うと、私にそれをとれと合図した。

私はおっかなびっくり手を入れると、再び激しく反応する杖を取り出した。

「くぅぅぅぅ」

やっとの思いで取り出すと、杖の反応は消えた。

これがあのマサイ戦士をオロイボニ・シンの呪いから解き放つ”オロンギの杖”かぁ

わたしはまだオーラを放っている杖をしげしげと眺めた。

「さぁ、仕事は終わりました。急いでここから出ましょう」

と夜莉ちゃんが言うと、

そっとガラス戸を閉め、再び鍵をかけるとその場を立ち去った。

そして、警備員に見つからないように博物館から脱出すると、

あたしは緊張感から解放されたせいか、ヘタっと座り込んだ。

「ご苦労様でした」

っと夜莉ちゃんがあたしに手を差し出した。

あたしは杖を握りしめながら

「もぅ、こういうのは勘弁ね」

と笑いながら言うと、あたし達は夜の街の中に消えていった。



翌朝

あたしは眠い目をこすりながら登校した。

いよいよ明日から学園祭、

今日の授業は一切なく学園祭の準備に割り当てられてていた。

「おふぁよぉ〜」

半分寝ぼけながら、教室に入ると、

「おはようございます」

と夜莉ちゃんの元気な声が響いた。

「うわぁぁ〜元気だねぇ、夜莉ちゃん」

あたしは彼女のパワーに感心していると、

「えぇ、日頃から鍛えてますから」

「ふぁぁぁ、スゴイ」

「どうしたのですか?」

「え?、いやぁ、寝たのが3時を回っていたから、完璧に寝不足で…」

「あらぁ、いけませんわ、寝不足はお肌の大敵ですわ」

「でも、それは夜莉ちゃんも一緒でしょう?」

「えぇ、でもあたしは3時間も寝られれば問題は無いですから」

「へぇそうなのぉ〜」

と言うとあたしは机の上に突っ伏してしまった。

「あらあら困りましたわ、どうしましょう」



どれくらい寝ていただろうか、ふと寒気を感じたのでハッと目を覚ますと

「もぅよろしいのですか?」

と夜莉ちゃんの声。

「あれ?あたし…」

周囲を見回すとあたしは教室の隅で寝かされていた。

そばに夜莉ちゃんが付き添ってくれていた。

「茜ちゃんが徹夜で準備をしていた。と言ったらみなさんがそこに運ばれて…」

教室の時計を見ると10:00を少し回っていた。

「あたし、一時間寝てたんだ」

「そうですわねぇ」

「ねぇ夜莉ちゃん」

「はい?」

「感じる?」

夜莉ちゃんはにっこりと笑うと、きつい目線で

「えぇ、感じますわ…

 あの方はスグそこにいますね。

 例の杖は持ってきましたか」

「うん」

「香坂クンは?」

「先に行ってますよ」

「え?もぅ」

「はい、じゃぁ私たちも行きますか」

と言うと、あたしと夜莉ちゃんは立ち上がると、

「すみませーん、ちょっと体育館の方に行ってきます」

と準備をしているクラスメイトに言うと

新聞紙でくるんだ”オロンギの杖”を手に取り教室から出ていった。



「あの方は、どちらから参られるのでしょうか?」

と走りながら夜莉ちゃんが聞いてきた。

あたしは、一緒に移動してくる気配を感じながら

「それより、学校内で闘うのは問題があるよ、

 香坂クンと合流したら学校の外に出よう」

と提案すると、

「判りましたわ、そうしましょう」

と答える。

「シン、コレで決着をつけてあげる、オレアザンの分も含めて」

あたしはそう決心すると、手にした杖をギュッと握りしめた。



つづく


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