風祭文庫・モラン変身の館






「マサイ戦士・オレアザン」
(第4話:オレアザンの記憶)

作・風祭玲

Vol.044





「へぇ、そうだったんですか…」

あたしは夜莉ちゃんと枕を並べると、

マサイの戦士になったときの経緯を彼女に説明していた。

「香坂クンまでマサイの戦士になってしまうとは大変だったんですね」

あたしの話をじっと聞いていた彼女はしきりに感心していた。

「そっ、それほどもないんだけど……」

夜莉ちゃんの関心ぶりにあたしはちょっと恥ずかしくなっていた。

「コトの詳細は判りました。

 もしも、あたしの力が必要となったときは何なりと申し出てくださいね」

と夜莉ちゃんが笑顔で言うと、

「うん、ありがとう」

あたしも笑顔で答えた。

「あらら、すっかり遅くなってしまいましたね」

時計を見た彼女は

「では、おやすみなさい」

と言って布団にもぐると、わたしも

「あたしの話を聞いてくれてありがとう。

 じゃぁおやすみ」

と言うと布団をアタマからかぶった。



その夜、夢を見た。

その中でわたしは広いサバンナの平原の中に立っていた、

「きれい…」

ふと周りの景色に見とれていると、

さっと、目の前を二人の人影が足早に駆け抜けていった。

「えっ?」

わたしの視線が人影を追うと、

まるで人影を追跡するように彼女の視点が移動した。

人影はぐんぐんと迫り、やがて二人の様子が手に取るように判った。

一人は炭のように黒い肌、朱染めの布を腰に巻いただけの粗末な衣服・シュカ、

そして、長く赤茶けた髪をたなびかせた、

そうあたしが良く知っているマサイ族の青年。

そしてもぅ一人は彼よりも体つきが一回り小さいものの、

首に重そうなビーズの様な飾りを幾重にも巻き、

剃り上げた坊主頭、

そして彼よりも裾が長いシュカを腰に巻いたマサイ族の女性だった。

二人何かに追われているように盛んに後ろを気にしながら懸命に走っていた。

わたしは二人に後を追いながら後ろを見てみると、数人の男達が追っていた。

「あの二人、この男達に追われているんだ…」

そう直感したわたしは二人に

「早く逃げて」

と叫んだけど二人には届かないようだった。

やがて女性が躓き倒れた。

男が駆け寄る。

「オレアザン、私に構わないで先に逃げて」

「何を言うんだセイ、お前は私と一緒に来るんだ」

オレアザン?…オレアザンって

と思うまもなく、二人は追っ手に囲まれた。

オレアザンはセイの肩をギュッと抱きしめた。

やがて、後から動物の毛皮をかぶった一人の男が現れた。

「シン…」

オレアザンの口からその男の名前が漏れた。

シン…ってあのオロイボニのシン?、

この男が…

それを聞いてあたしは驚いた。

「オレアザン、なぜ私の元から去る」

「シン、お前の考え方は間違っている。

 私はお前とはこれ以上一緒にいられない」

「オレアザン…」

シンはセイを見ると

「すべてはこの女の仕業か」

と呟く

「まて、セイは関係ない」

とオレアザンはシンに訴えた。

しかしシンは男達に顎で合図を送ると、

男達は槍を構える二人に迫ってきた。

「オレアザン、もぅ一度聞く、

 私の元に戻ってこい」

「シン…

 それは出来ない」

と言いつつオレアザンは首を振った。

そして手にしていた槍を持ち替えすと、

素早く男達の槍を次々とはじき飛ばした。

しかし、シンの口元は逆に笑い始めた。

「!!」

「あぶない」

私は思わず叫んだ

ズッ

オレアザンの横にいたセイが崩れるように倒れる。

「セイッ」

オレアザンの叫び声が響き、

セイの身体には一本の槍が突き抜けていたのであった。

「ひどい…」

「シン、貴様ぁ」

オレアザンの目が獣の目に変わった。

「これって…そうだ、あの時のマサイの戦士の目だ」

あたしは夕べ会ったマサイの戦士を思いだした。

「そうだ、その目だ。

 私が欲しかったのはその目なのだ。

 オレアザン、

 お前には永遠の命をやろう」

満足そうにシンはそう言うと、

自分の手をオレアザンに向けてかざして見せる。

しかし、オレアザンは槍を握りしめてシンへと突撃し始めたのであった。

「フフフ…」

笑い声と共にシンの手先から光の筋がこぼれ始める…

「やめてーっ」

そう叫んだ瞬間、あたしはハッと目を覚ました。



ここは………

「そうだ、あたしは夜莉ちゃん家に泊まっていたんだっけ」

隣で寝ていた夜莉ちゃんを見ると、

彼女の姿はそこにはなかった。

ガラっ

夜莉ちゃんの姿を探して雨戸を開けると

巫女装束に身を固めた夜莉ちゃんが庭を掃除している。

「あっ…」

探していた彼女の姿を見てあたしはホッと胸をなでおろすと、

「おはようございます、茜ちゃん」

彼女はあたしに気が付き微笑みながら挨拶をする。

「おはよう、夜莉ちゃん。

 あっ、あたし手伝うよ」

と言って庭に降りようとすると、

「あっ、ちょっと待ってくださいね」

と言って夜莉ちゃんはあたしを引き止めると

手にしていた箒を庭に置いて急いで部屋に戻り、

しばらくして一着の巫女装束を持ってきた。

そして

「コレに着替えてくださいさいな」

と言ってあたしに手渡す。

「え?、

 これって着替えなきゃぁいけないの?」

渡された巫女装束を手に私が尋ねると、

夜莉ちゃんは首を縦に振り、

「いいえ…茜ちゃんの巫女装束姿をぜひ一度見たくて…」

そう微笑みながら言う。

「あ………そうなの」

ザーッ…

ザーッ…

あたしと夜莉ちゃんは掃除場所を神社の境内へ移動して掃除を始めた。

朝の冷たいが空気が気持ちいい…

「ねぇ、オレアザン、起きてる?」

『なんだ?』

「あの夢ってオレアザンが見せたの?」

『私ではない、

 この「場」がお前に見させた』

「いろいろあったんだ」

『…………』

「悲しい夢でしたわねぇ…」

気が付くと夜莉ちゃんがそばに立っていた。

「よっ夜莉ちゃん、知ってたの」

「はい、こういうことって初めてなんですが、

 どうやら私も茜ちゃんに同調してしまったみたいで、
 
 茜ちゃんの後ろから拝見させてもらいました」

「ところで、オレアザンさん、

 セイさんとはどういう関係だったんですか?」

「えっ、夜莉ちゃんってオレアザンと話せるの?」

「なんとなく…ね」

夜莉ちゃんはにっこりと微笑む。

『セイは私の親同士が決めた許嫁だった』

「まぁ」

『私にシンの誘惑から目をさませと諭したのも彼女だった』

「そうですか」

「それで、シンは彼女を目の敵にしていたのですね」

『………』

「ねぇ、オレアザン」

『ん?』

「夕べあたしを襲ってきたマサイの戦士、

 あれは何者なの?」

『わからない、私も驚いている。

 ただ…』

「ただ?」

『あの者からシンの気配がしていた』

「えっ?」

「だって、シンはあの時あたしと香坂クンが滅したのでは」

『そうだ、そのはずだ。

 しかし…』

とオレアザンが答えると、

コレまで和やかな表情をしていた夜莉ちゃんが急に険しい表情になり、

「茜ちゃん、また見えられたみたいですよ」

と境内の一点を睨み付けた。

「え?」

私がそこを見ると

ゾクゥ

そう、あのデパートの会場で味会った同じ悪寒がした。

「まさか…シン?」

夜莉ちゃんが石を拾うと、

「そこにいるのは判っています。出てきなさい」

と言って放り投げた。

ザッ

榊の葉に石が当たって揺れると、

タン

あたしと夜莉ちゃんの前にシュカを身にまとったマサイの戦士が姿を現した。

「!!」

あたしはとっさに身構えた。

しかし、首飾りがなぜか反応しなかった。

「茜ちゃん、今は力は使えませんよ」

夜莉ちゃんがそっとささやく

「そっか、今のあたしは彼女の力でこの姿をしているんだっけ」

「あの方のことはあたしに任せてください」

と言うと夜莉ちゃんは一歩前に出た。

彼女はじっとマサイ戦士を見つめると

「あなたは……シンさんのようですが、

 シンさん………ではないようですね」

「え?」

『ほぅ、お前は私が見えるのか』

「間違いない、オロイボニ・シンの声だ」

あたしはそう確信した。

「茜ちゃん、あの方はあたし達と同じ女の子です」

「なんですってぇ?」

「どうやらシンに身体を乗っ取られてしまったみたいです」

「どうしよう、夜莉ちゃん」

「困りましたわねぇ…

 迂闊に攻撃するとその方にダメージを与えてしまいますし」



「ぐぅぅぅ…殺す…」

そう呟きながらマサイ戦士は一歩一歩近づいてきた。

「オレアザン、どうしよう」

『シン…貴様』

『ハハハ、

 オレアザンよ、どうする』

シンの笑い声が響くと、

シャッ

突然マサイ戦士が私たちに向かって走り出して来た。

「きゃっ」

わたしと夜莉ちゃんは咄嗟に二手に分かれてかわすものの、

次の瞬間、マサイ戦士は私の襟首を掴み思いっきり玉砂利の上へとたたきつける。

ズシン

「うぐっ

 イタイっ」

「茜ちゃん!!」

即座に夜莉ちゃんの叫び声が上がる。

痛みで身動きがとれなくなった私にマサイ戦士が槍を突き刺そうとしたとき、

ぐおぉぉぉぉ

その声と共に白い影がマサイ戦士に体当たりをした。

「シンバ……お前…」

そこであたしの意識は消えた。



「………」

ふっと目を覚ますと

ライオンの顔が視界一面に広がっていた。

「キャァァァァ」

思わず声を上げてしまった。

「それだけ大声が出せるのなら大丈夫ですわね」

夜莉ちゃんの声がした。

「え?、

 あっあぁシンバだったの」

目の前の顔に向かってそう言うと、

シンバはベロリをあたしの顔をなめ、

部屋の端に歩いていくとごろりと横になった。

あたしは夜莉ちゃんの部屋に寝かされていたのであった。

「夜莉ちゃん、

 あたしをココまで運んでくれたの?」

「えぇ、

 あたしと香坂クンとでね」

「え?」

夜莉ちゃんの口から香坂クンの名前が出てきて驚いた。

「大丈夫か?

 野田」

「香坂クン、

 いつここに…」

「おまえ達があのマサイ戦士と闘っているときだ、

 朝、コイツが俺の所に来て妙に騒いだので、

 お前に何かあったのか?…

 と思って急いでコイツの後についてくると、

 ここの神社の境内で倒れているお前に

 あのマサイ戦士が槍を突き刺そうとしているじゃないか、

 いやぁ正直焦ったぞ…

 するとコイツがライオンに戻って、

 そのマサイ戦士に襲いかかるのと同時に俺がお前を助け出すと、

 マサイ戦士のヤツさっさと消えやがった」

そう言いながら香坂クンは庭を見る。

「香坂クン、

 あのマサイ戦士はあたしと同じ女の子なの、

 助けてあげなくっちゃ」

「あぁ、その話は巫女神から聞いたよ」

「それにしてもシンのヤツがまだ健在だったなんてなぁ…」

しばらくの沈黙の後

「………あっ」

とあたしが声を上げた。

「どうした?」

「学校…」

「あぁ、それなら先生に欠席しますって連絡を差し上げましたわ」

と夜莉ちゃんが言った。

「でも、そしたらみっちゃんやともちゃんが…」

「仕方がないけど今日一日、

 あの二人には泣いてもらいましょう」



「あ〜ん

 なんで、茜と夜莉子の二人が休みなのよぉ

 しかも香坂クンまで…」

「誰か手伝ってよぉ」

夜莉ちゃんのその台詞を聞いたとき、

美津子と朋美の悲鳴が教室に響く様子があたしの脳裏に映る。

「はぁ、悪いことをしちゃったな」

そう呟くあたしの横から、

「で、何か対策はあるのか?」

香坂クンがあたし達に向かって尋ねると

あたしと夜莉ちゃんは首を横に振った。

「オレアザンは何か言ってる?」

「あっ」

「おいおい、

 野田、悪いけどオレアザンをちょっと呼び出してくれないか」

「うっうん」

「オレアザン、香坂クンが話をしたいって」

『なんだ、コウサカ』

「オレアザン、本当に手だてはないのか?」

『………』

「う〜ん」

しばらく、考えた後

「シンは確かオロイボニ・呪術者だったよなぁ」

『そうだが』

「オロイボニの力を封じる何かアイテムのようなものはないのか?」

『……無いと言えば嘘になるな』

「え?、

 じゃぁあるんですか?」

あたしが聞き返した。

『私が以前聞いた話だが

 ”ンバギの杖”

 と言うのが呪術者を封じると聞いたことがある』

「それってどこにあるんですか?」

香坂クンが聞くと

『知らない、わたしも見たことがないので、

 それが何処にあるのか、どうすれば使えるのか分からない』

とオレアザンは答えた。

「なんだぁ〜」

ガックリとうなだれる香坂クン

ところが、

「ンバギの杖…ンバギの杖」

夜莉ちゃんが盛んに復唱していた。

「夜莉ちゃん、何か知っているの?」

「う〜ん、どこかで聞いたような…」

「え?

 それってホント?」

「巫女神っ、思いだせないか?」

香坂クンが詰め寄る。

「う〜ん、ちょっと待ってて」

夜莉ちゃんは立ち上がると、

押入を引っかき回し始めた。

やがて、

「あっこれだわ」

の声と共に一冊の本を取り出してくると

それは隣町にある県立博物館のパンフレットだった。

「たしか、ココに…」

と言いつつページを捲ると。

「あった」

夜莉ちゃんはそう声を上げると

「ほらココ…」

と言ってページの一点を指さした。

「どれ?…あっホントだ」

彼女の指先にははアフリカ民族館のページを指し、

そしてそこに

「ンバギの杖」

と言うのが掲載されていたのであった。

「これかぁ」

「オレアザン、コレのこと?」

『さぁ、私は見たことがないので何ともいえないが、

 そうかもしれない』

と答える。

「で、どうする?」

「貸してくれと言っても、貸してもらえるものではないし…」

「となると」

「仕方がない、ココは事後承諾と言うことにしてもらおう」

とアッサリ言う香坂クン

「事後承諾?」

「まぁ、ドロボーさんはいけませんわ」

「泥棒ではない、ちょっと数日間の間貸してもらうだけだ、

 何しろ人の命が掛かっているからな」

「そうなると下調べが要りますね。」

「たしか、ココの博物館に収蔵されている品物のいくつかは、

 先月、デパートの展示会に貸し出されていたから、
 
 ひょっとしたら別の所に置いてあるかもしれないですし」

そっか、あのときあたし達とシンがひき起こした騒ぎで展示会は急遽中止、

展示された物品は傷がないか検査されているんだっけ

「うふふふ…

 これは腕が鳴りますわ」

夜莉ちゃんの妙に生き生きした姿にあたしはちょっと心配になったのであった。



つづく


3話へ 5話へ