風祭文庫・モラン変身の館






「マサイ戦士・オレアザン」
(第3話:復活したシン)

作・風祭玲

Vol.043





「ねぇ…真子ぉ、あなた焼けたんじゃない?」

親友の知美があたしに声をかけたのは、

3時間目の数学の授業が終わり

4時間目の体育のために体操着へ着替えているときだった。

「えっ?そっそうかなぁ…」

あたしはそんなに気に止めないような返事をしたけど、

最近、自分の肌が日に焼けたように黒く変色してきていることには気がついていた。

「どこかで悪い遊びでもしているんじゃないの?」

と彼女は半分茶化したが、

私は「なぁに言ってんのよ」と言って軽く受け流した。

着替え終わってグラウンドに向かう途中、

自分の腕の色をしげしげと見てみたが

明らかに私の肌の色は以前と比べると違っていた。

そう…ほんのひと月前までの私は色白でどちらかといえば

華奢な女の子だったんだけど、

先月・16才の誕生日を過ぎたあたりから

急に肌の色が徐々に黒くなりはじめ、

さらに、最近では体に筋肉がついてきて、

肩や腹筋が盛り上がって来ていた。

そんな私の様子に他の友達は

「真子ってなんだか健康的になってきたね」

と言ってくれるけど、

私は何にか変な病気にかかったようで気味が悪かった。


4時間目の体育はバレーボール、

クラスの女子が6人づつのチームに分かれて競技をすることになった。

あたしは知美と同じチームになり、

そして、試合開始。

「ほら、真子」

っと知美が上げたトスをレシーブしようとしてジャンプしたとき、

私の上半身は軽々とネットの上に出てしまった。

「えっ?」

思いがけない視野の変化に戸惑ったために

ボールを叩くタイミングを逸した私はそのまま着地した。

「真子、すごい!!」

試合そっちのけでみんなが集まる。

「ねっ真子、も一回飛んでみて」

と他の子が言う。

その子の発言をきっかけに他の子達も同じことを言いだした。

仕方なく私は再度ジャンプしてみると、

今度はへその下までがネットの上に出てしまった。

「すっごぉ〜ぃ」

感嘆の声と拍手がぱらぱらと鳴った。

「バレー部に入れば、即レギュラーよ」

と別の子が言ったが、なかなか散会しない様子にしびれを切らせた先生が、

「ほら、何をしているのっ、試合を続けなさい」

と声を上げたので、スグにその場は散会となった。

結局、試合は私のチームが最後まで勝ち残ってしまったが、

昼休みの時間は私の話題で持ちきりになった。

しかし、わたしはなぜか弁当には手を着けずに買ってきた牛乳ばかり飲んでいた。

なぜか知らないけど、お弁当を食べる気がしなかったからだ。

放課後、一緒に帰った知美が

「真子ぉ、やっぱり、へんよ、一度お医者様に診てもらったら?」

と心配そうな顔であたしに言うと

「そうねぇ、一度診てもらおうかなぁ」

自分の腕を見ながら私は答えた。


家に帰ると、着替えをそこそこに姿見で自分の姿を見てみると、

肌の色がさらに増し、黒みがかってきているようだった。

「あたし、どうしちゃったんだろう」

昼間のことなどを思い出しながら、姿見に映っている自分の姿を眺めた。

「真子?、

 夕飯はどうする?」

「うん、いま行く」

しかし、夕飯もあまり食べなかった。

父さんも母さんもあたしの様子を心配そうに見ていた。



翌朝、

起きて自分の姿を見たとき私は愕然とした。

肌の色が昨日までの褐色を通り越して墨のような色になっていたが、

それよりも、体が大きくなり手足が伸びて袖口やズボンの裾が

肘や膝をやっと隠す程度になっていたことに驚いた。

「こっこんなことって…」

わたしはパジャマを脱ぎ捨てると鏡に自分の体を映してみた。

すると、鏡に映し出された私の身体は女性と言うより、

男性のスポーツ選手のような逞しい体つきになっていた。



その日は体調が悪いと言って学校を休んだ。

母さんは心配して部屋に入ろうとしたけど、

こんな姿を見せるわけにもいかず部屋のドアに鍵をかけると、

頭から布団を被って震え、

「なんで……」

しばらくの間考えていると、

あるひとつの出来事が頭に浮かんだ。

「そうだ、あのデパートのときからだ」

それは先月、ふと立ち寄ったデパートの展示会で起きた不思議な出来事だった。

あの時あたしは友達との待ち合わせの時間つぶしに展示会を見ていると、

突然、会場内が影がかかったように薄暗くなると人が騒ぎはじめた。

「どうしたんだろう?」

と思って暗がりの中、壁伝いに歩いていくと、

突然ガラスの割れる音とともに

「ぎゃぁ〜」

という断末魔とも取れる叫び声。

「なに?」

あたしは声のした方を見ると、

小さなボールのような光の玉があたしに向かって一直線に飛んで来て、

パン

っとあたしの身体にあたるとはじけて消えた。

「なんなの?、今のは」

呆気にとられていると、会場を覆っていた影がうそのように消えた…

「まさか、あの光の玉が」

と思ったとき、

『そうだ』

突然、男の声が部屋に響いた。

「えっだれ?」

あたしは頭を出すと辺りを見回した。

『私の名はシン、お前はあのときマサイの呪いを受けた』

「マサイ?」

『そうだ…』

「うそよ」

『さぁそれはどうかな…

 時が経てばお前の姿形は変わっていき、

 やがてマサイの戦士になる』

「やめて…」

しかし、その言葉の通りあたしの身体の変化はさらに進み、

徐々に男の身体へとなっていった。



「お願い…元の…女の子の身体に戻して…」

黒光りする肌、

たくましく盛り上がった筋肉、

股間にそびえ立つペニス、

朱泥が塗り込まれ結い上げられた髪、

夕方、日が沈む頃、

あたしはマサイ族の男になっていた。



『ほぅ、すっかり勇敢なマサイの戦士になったな』

再び声が聞こえてきた。

「お願いです、

 なんでもしますからあたしを元の姿に…」

あたしが声の主に懇願すると

『それはお前次第だ』

「え?」

『お前が私の手となり足となれば、

 お前の身にかけられた呪いは解いてやろう』

「本当ですか?」

『あぁ、それでは早速動いてもらおうか』

というと、あたしの目の前に1本の槍がすぅっと現れた。

『その槍を受け取るがいい』

あたしは言われるまま手を伸ばして目の前の槍をつかんだとたん

ズンッ

「あぁぁぁぁぁ」

槍からもの凄い力があたしの体へと流れ込んできた。

「くぅぅぅぅぅ」

あたしはそれに耐えた。

ビシビシビシ

身体の筋肉が波打つ

そしてそれが収まり再び静寂が戻ってくると、

部屋には朱染めのシュカを巻くマサイ族の戦士が立っていた。

「グルルル…」

だが、すでにあたしの目は人の目ではなく、

獲物を求める獣の目となっていた。

『フフ、”モラン・カーラ”に入ったな、

 ようし、今からお前にマサイの名前を授けよう。

 私の名を与えた、オレラシン!

 そうお前はマサイ戦士・オレラシンだ。

 さぁお前が闘う相手の所に連れてってやる。

 さぁ私と一緒に来るがいい』

ガッシャーン

私は声に操られるように槍を握り締めると、

窓を突き破り夕暮れの街へと飛び出していった。



「あ〜疲れた」

「そうねぇ、男子は遊んでばっかだし」

「まったく、学園祭の準備ってどうしてこう女子にしわ寄せがくるんだろうねぇ」

日はすっかり沈み、星が天を賑わすころ、あたし達はようやく学校から出てきた。

今度の週末は年に一度の学園祭、その準備に追われあたし達はすっかりクタクタだった。

「ねぇ、茜っ、剣道部の出し物ってなんなの」

「え?、さぁ知らないわよ」

「第一あたしは剣道部員じゃないもん」

「あらあら、ダンナ様が所属しているクラブの出し物を知らないとは、

 ちょっとひどすぎませんか?」

「だっ誰がダンナよ」

「まぁ、今の発言聞きました?、美津子さん」

「えぇ、聞きましたとも、これは重大発言ですね」

「みっちゃん、ともちゃん、あのねぇ…」

あたしが困っていると、後ろを歩いていた夜莉ちゃんが口を開いた。

「剣道部の出し物はバレリーナ・喫茶だそうですわ」

「バレリーナ・喫茶?」

「それってマジ?」

「はい」

あたしは一瞬、白いバレエ衣装を着て客の応対をしている

香坂クンの姿を連想すると思わず噴出した。

そんな私の様子を見たともちゃんが

「ところで、夜莉ちゃん、今年もやるんでしょう?」

「え?」

「恋占い」

「そうそう、去年夜莉ちゃんに占ってもらった人が百発百中だったので、

 女子はみんな手ぐすね引いて待ってるって話よ」

「そんなぁ」

「ねっ、あたし、いまから予約入れておくから一番最初に占って、」

「えぇ〜っ」

夜莉ちゃんが困っている様子に、あたしが話を逸らそうと、

「でも、夜莉ちゃんの巫女装束似合っていたわよね」

と言うと、

「………」

夜莉ちゃんは顔を赤くすると俯いてしまった。



「じゃぁ、明日、バイバイ」

と言ってみんなと別れようとしたとき、

夜莉ちゃんがあたしのところに駆けて来ると、

「茜ちゃん、黒い影が茜ちゃんに迫ってきています。注意して…」

と一言言うと、走り去っていった。

あたしはその場に立ち尽くすと

「黒い影って…なに?」

っと彼女の言っていたことを考えていた。


ニィ〜

「あれ?、シンバどうしたの?」

ネコの鳴き声に気が付いて足元を見ると、

いつのまにかシンバがあたしの足に擦り寄っていた。

「おいで…シンバ」

そう言いながらシンバ抱き上げようとしたとき、

フッーっ

っと、シンバは身体を丸くし威嚇を始めた。

「どうしたの?」

キィーーン

突然、胸元に仕舞っていたマサイの首飾りが激しく反応した。

「これって……」

「!!」

とっさに振り向くと、人気のない路上に一人の黒い人影が立っていた。

街路灯にうっすらと照らし出されたその人物を見たとたん

「マサイ…」

あたしはそう直感した。

「…香坂クン………じゃない、あなたはだれ?」

すると彼はいきなり私に迫ってきた。

「なに?」

ヒョン

私の目前に来たとき、彼の槍が空を切った。

「!!」

あたしは飛び上がって避けたとき

パシーン

仮の身体がはじけると、

あたしは朱泥で染めた髪を結い上げ、

朱染めの衣装・シュカを身に纏うマサイ戦士になっていた。

「…待って、あなたとは闘う気はない」

と彼に呼びかけたが、

「グルルルル」

相手はあたしの声が届かない様子だった。

『”モラン・カーラ”に入っている』

オレアザンの声が響いた。

「モラン・カーラ?」

『そうだ”モラン・カーラ”はマサイ戦士が心の中を闘うことだけに集中した状態

 アカネ、お前も早く”モラン・カーラ”になるんだ』

とオレアザンは言う。

「そっ、そんなことを言ったって」

その言葉に私は困惑していると

「オレアザン、殺すっ」

マサイ戦士はそう言い放ち私に飛びかかってきた。

「キャッ」

私はとっさに彼を避けようとしたが、彼の方が素早かった。

「しまった」

たちまち腕を捕まれた私はいとも簡単に投げ飛ばされる。

「痛ぅー」

地面に打ったお尻をさすりつつあたしはスグに起きあがったが、

しかし、そのときには目の前には彼が繰り出した槍が迫ってきた。

「やられる!!」

一瞬、そう思った時、

「邪悪な者よ、この場から去れ!!」

一枚の札が私とマサイ戦士との間に投げ込まれると光の壁となって彼を襲った。

「ぐわぁぁぁ」

瞬く間にマサイ戦士ははじき飛ばされると、

槍を拾いその場から消えるように立ち去り、

「茜ちゃん、大丈夫?」

の声と共に見ると目の前に夜莉ちゃんが立っていたのであった。

「夜莉ちゃん?」

「茜ちゃんのことが心配だったので戻ってきました、

 戻ってきて正解だったようですね」

彼女の姿を見るとあたしは安堵感からかへたり込んだ。

夜莉ちゃんはクスっと笑うと

「でも、その姿の茜ちゃんに会うのは初めてですね」

「え?」

夜莉ちゃんに指摘されて、

自分がマサイの戦士の姿になっていることに気が付いた。

「あっあっあっ、あのねぇ、

 こっコレにはいろいろ訳があってね、そう、そうなのよ」

わたしは後で考えると全く言い訳にならない言い訳を夜莉ちゃんに賢明にしたが、

夜莉ちゃんは微笑みながら

「だいたいの顛末は判っていますわ、

 それよりその姿で外にいると風邪を引いてしまいます。

 あたしのうちに来てください」

と言うと歩き出した。

「いいよ、あたしスグに元に戻るから…」

と言って首飾りに手を当てて念じたが、

しかし、何も起こらなかった。

「え?」

再度やってみたが結果は同じだった。

「そんなぁ」

「何も起こらないのは、きっと「新月」のせいですわね」

と夜莉ちゃんが言った。

「新月?」

そういえば、今朝、香坂クンが

「野田、今日・明日は新月だから気をつけろよ」

と言っていたのを思い出した。

「あぁっ、しまったぁ」

「では決定ですね」

夜莉ちゃんがにっこりと微笑んだ。



夜莉ちゃん家に来るのは、コレで2回目。

それにしても大きなうちだ、

「巫女神」と書かれた表札が掛かる門をくぐると、

「あっ、ちょっと待ってください」

と言うと、懐から一枚の札を私の差し出すと、

「コレを持っててください」と言って渡した。

「?」

あたしが受け取ると夜莉ちゃんが呪文を唱えると、

札から青白い光を放ち始め、あたしの身体を包み込み始めた。

「な…に?」

「お休み中の月の力をちょと借りました。これで元通りの茜ちゃんですよ」

と夜莉ちゃんが言ったので、

やがて光が収まった後、自分の姿を見ると制服姿の野田茜の姿になっていた。



「夜莉ちゃん、すご〜ぃ」

「あそこで、この呪法が使えれば良かったのですが、まだまだ力不足で…」

「いいよ、でもホント夜莉ちゃんって凄いんだ」

あたしはしきりに感心した。

「では、参りましょう」

そう言うとあたし達は家の中へと入っていった。



巫女神家を見下ろす高台、そこに一人のマサイ戦士が立っていた。

『とんだ邪魔が入ったな』

「グルルルル」

『そう急くな、今は時期が悪い』

……あたし、どうしたらいいの?

真子の声にならない叫びが夜空に響いた。



つづく


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