風祭文庫・モラン変身の館






「マサイ戦士・オレアザン」
(第2話:シンバが来た)

作・風祭玲

Vol.042





キャンキャンキャン

散歩途中のポネラニアがけたたましく藪に向かって吠え始めた。

「”さくら”どうしたの?」

犬の多々ならない様子に心配した飼い主が犬に訊ねるが、しかし

キャンキャンキャン

犬はさらに激しく吠える。

「こっ、こら”さくら”っ」

そのとぎ

ぐぅぅぅぅぅぅ

犬が吠える物陰から、のっそりと大型の獣が姿を現した。

「きゃぁ〜っ」

飼い主はポネラニアを抱き上げると一目散に駆け出して行く。



翌朝

「おはよ」

あたしは目ぼけ眼で階下のリビングに降りてきた。

「あら、おはよ、茜」

母さんが笑顔で挨拶をする。

「良かったわねぇ…元の姿に戻れて」

「うん、まぁ」

私は適当に返事をする。

「それにしてもどうやって戻ったんだ?」

父さんが腑に落ちない顔であたしに尋ねた。

すると母さんが、

「いいじゃないですか、茜は無事もとの姿に戻れたんですから

 もしも、あのままだったら大変でしたよ」

と言うが、

「…別に、無事に元に戻ったわけじゃぁないんだけどね」

あたしは心の中でそう呟いた。

そぅ、あたしは送られていた呪いの人形のせいで、

マサイ族の戦士になってしまったんだ。

その後いろいろな目にあって、なんとか元の姿に戻れたけど、

でも、この姿が仮の姿だなんて、悲しいよぉ…

などと思いながら朝御飯を食べていると

TVのニュースが謎の猛獣のことを伝え始めた。

なんとなく眺めていると、何処かで見た景色が出てきたので

「あれぇ?ここって…」

「いやだわ、この公園、うちの近所じゃない」

「猛獣とは…大変だなぁ」

と親子3人が口々に感想を言う、

やがて画面は犬を抱いた目撃者のインタビューへと変わった。

「あっ、あの犬可愛い」



「じゃ、行ってきまぁす」

「気をつけるんですよ」

と家を出てしばらく歩くと、

猛獣騒動があった例の公園に差し掛かる。

案の定、公園では警察や報道陣がわんさかと屯っていて、

猛獣探しを演じているようだった。

「オレアザン、聞こえる?」

あたしはアタマの中で声を上げ、

マサイ戦士・オレアザンに尋ねた。

『なんだ?』

「これって、マサイに関係すること?」

『判らない、なぜそのようなことを聞く?』

「いやぁ、マサイ族って猛獣とのつきあいがあるような感じがしたから」

『…………』

オレアザンは答えなかった。

「ありゃりゃ、怒らせたかな?」



学校に着くとクラスの話題は猛獣の話で持ちきりだった。

「おはよ、ともちゃん」

「あっ、おはよ、茜」

「ねぇねぇ、見た?今朝のTV」

「えぇ、見たわよ、猛獣だなんて怖いね」

「ホントホント」

「茜ちゃん、おはよ」

「あっ、みっちゃん」

「でも、あの猛獣ってなんなんだろう?」

「さぁ?」

「TVでも言ってなかったね」

「散々騒いだあげく、その正体はネコでしただったらお笑いだね」

「おはようございます」

「あっ、おはよう、夜莉ちゃん」

「…………」

声をかけてきた夜莉ちゃんがじっと私の姿を見ている。

「どうしたの?」

「あのぅ、茜…ちゃん?ですよね」

「!!」

バレタ?

「あっ、茜だけど…」

と言うと、夜莉ちゃんはパッと笑顔になると

「あっごめんなさい、茜ちゃんですよね…

 あたしどうかしていました、気になさらないでくださいな」

と笑いながらあたしの肩を叩いた。

「どうしたの?」

みっちゃんが夜莉ちゃんに尋ねたが、

「ううん、なんでもありません」

そう言いながら夜莉ちゃんは自分の席へと向かっていった。

「そういえば、夜莉ちゃんって家では巫女をしている上に、

 また霊感も強いって話してたから、
 
 なんとなくあたしの正体に気づいたんだろうなぁ」

と思いながらあたしは彼女を眺めた。

とそのときポンと肩を叩かれた。

「え?」

振り向くと香坂クンが立っていて、

「野田、何をぼぉっとしているんだ?」

と言ってきたので、あたしは首を振り、

「ううん、なんでもない」

と答えた。

そうだ、香坂クンもあたしと同じマサイの戦士になったんだっけ、



昼休み…

お弁当を食べ終わってふと廊下の方をみると、

そこには香坂クンが立っていて、

手であたしに来いと合図して立ち去って行った。

「ちょっとごめんね…」

あたしは席を立つと彼の後を追いかけて付いていくと、

彼は屋上に出ると出入り口の屋根に上った。

「ふぅ〜っ、ここなら誰にも見られないな」

そう香坂クンは言うと、胸元に隠してた首飾りに手を当てると何かを念じた。

すると、パァっと言う光が彼を包み、

光が消えるとそこには朱染めの布・シュカを身体に巻いたマサイ族の戦士が立っていた。

「野田も戻ってみたらどうだ?」

と言われたので、あたしは後ろを向くと香坂クンを同じようにした。

光に包まれたあと、体中に風の感触を感じた。

あたしも彼と同じマサイ戦士になっている。

「はぁ、この姿になると気が楽になる」

そう言ながら、あたしはゴロンと屋根の上に寝っ転がると、

香坂クンもあたしの隣に来ると同じように寝っ転がった。

朱染めのシュカを風に靡かせ2人のマサイ戦士が空を眺める。

青空の中を流れていく雲を見ていると、

実はいまあたしはサバンナの草原で

こうして空を眺めているようなそんな錯覚を覚えた。

「ねぇ、猛獣の話知ってる?」

「あぁ、

 今朝、TVで騒いでいたな」

「オレアザン、なんか言っていたか?」

「知らないって…」

そうか香坂クンって、

あたしがそばにいないと”オレアザン”とは話せないのか。

意外なことを知ったあたしは彼を見ていると、

「………」

「ねぇ…」

「ん?」

「部活、どぅ?」

「どうって」

「えっと、何か感づかれたというとか」

「ん〜っ、そんなことはないかな」

「ただ」

「ただ?」

「先輩から「お前の太刀筋が鋭くなった」って言われたな」

「太刀筋?」

「うん、ひょっとしたらコレが何らかの影響がでたのかも」

と言いながら、自分の身体を指さした。

しばらくの間、あたしと香坂クンはこのまま並んで日光浴としゃれ込んでいた。

キンコーン

予鈴がなると、香坂クンは起きあがり、

「さぁて、じゃぁ午後の授業に臨みますか」

と先に制服姿になると降りていった。

「あん、待ってよ」

あたしも起きあがると制服姿になって後を追いかける。



放課後…

コレといってクラブに入っていないあたしは体育館で剣道部の稽古を眺めていた。

やがて日が落ちて暗くなると、香坂クンが防具姿のまま私の所に駆け寄り、

「野田、俺遅くなるから先に帰っていいぞ」

「え?」

「ほら、例の猛獣騒動があるだろう?」

「あっあたしは平気よ、いざとなればマサイになれば…」

「しっ、あんまりそのことは口外しないように」

「あっ、ごめん」

「うん、だから先に帰ってろ、いいなっ」

そう言うとあたしの所から駆けていった。


しょうがない、今日はこの辺で引き上げるか、

あたしは体育館を後にして帰途についた。

やがて、猛獣騒動の公園に来ると、何となく心細くなってきた。

そのとき

「キャア」

と女性の悲鳴。

あたしは思わず駆け出すと、悲鳴が聞こえた所へと向かった。


現場に着くと、腰を抜かしている女性の斜め前に獣の影らしきモノが蠢いていた。

「!!」

なにあれ?

その獣を眺めていると、

キーン

と首飾りが反応を始めた。

「これって、マサイになる前兆?」

あたしは慌てて近くの茂みに駆け込むのと同時に

パァっと光に包まれ、

あたしはマサイ戦士になった。

「あちゃぁ〜なんで?」

っと半裸になった自分の身体を眺めると、

以前オレアザンが言っていた、

「強い力の持ち主が現れると、マサイの姿になる」

と言う言葉を思い出した。

「じゃぁ、あの獣は…」

と思ったとき

「いやぁ〜」

再びあの女性の声がした。あたしは躊躇わず飛び出すと、

すると、獣の影はまさに女性に飛びかかろうとしていたところだった。

あたしは女性の前に飛び出すと、

飛び上がっていた獣の前足をつかみ柔道の背負い投げの要領で獣を放り投げた。

ドスン!!

獣の軌道はそれて女性の横に落ちた。

「早く、早くここから逃げて…」

と女性に言うと、彼女はハイヒールを脱ぎ捨ててその場から走り去っていった。

邪魔者はいない。

起きあがった獣と対峙すると、

なぜか獣はプイと背を向けるとその場からさっと走り去っていった。

「なんなの?」

あたしがその場に立ちつくしていると

「お巡りさん、あっちです」

とさっきの女性が数人の警察官をつれて戻ってきた。

「やば……」

あたしは近くの茂みに隠れると、茜の姿に変身した。

「お嬢さん、そこは危ないですよ」

あたしの姿を見つけた警察官が注意をした。

「なにがあったんです?」

「いや、例の猛獣が出たんですよ」

「猛獣って?あの?」

「そうです、危ないですからスグにここから出ていってくださいね」

と言う横であの女性が警察官に猛獣の出会った経緯を説明していた。


家に帰ると、

「茜ちゃん、またあの公園で猛獣が出たんですってね」

と母さんが台所から言う、

「うん、そうみたい」

と返事をすると、

「明日からは、あの公園を通るのをやめなさい、いいわね」

と念を押してきた。


トルルルル

『………』

「あっ、もしもし

 野田と申しますが、友昭さんはいらっしゃいますか?」

「………あっ、もしもし、香坂クン、あたし、茜だけど」

『………』

「実は、今日帰りに公園で例の猛獣にあっちゃった」

『………』

「うん、別に怪我はなかったけど」

『………』

「ただ、猛獣にあったとたんマサイになっちゃって…」

『………』

「あぁ、それは大丈夫、誰にも見られてないよ」

『………』

「ただ、

 ほら、オレアザンが言っていた

 ”強い力の持ち主が現れると、マサイの姿になる”

 ってハナシをしていたでしょう?」

『………』

「えぇ」

『………』

「それが、オレアザンは何も言ってこないのよ」

『………』

「どうする?」

『………』

「え?、今晩?」

『………』

「判ったわ、あたしも行くわ…」

そう言うとあたしは電話を置いた。


「オレアザン、オレアザン」

奇妙なことに何度呼んでもオレアザンは出てこなかった。

「やっぱり、あの猛獣になにかある…」



時計の針は11:50を指していた。

「そろそろか」

あたしは机に広げていた参考書とノートを閉じると

胸元の首飾りに手をかざして念じた。

すると光と共にあたしの身体は半裸のマサイ戦士へと変身した。

カラカラカラ

窓を開けて誰もいないのを確認すると、仕舞って置いた槍を取り出すと

あたしの身体は夜の闇の中へと舞い降りた。



タッタッタッタッ

人通りのない通りを全速力で走って公園に着くと、

公園の時計は0:00を表示していた。

「ふぅ〜」

公園の中を見回すと、広場に一人、槍を持った人物が立っていた。

近づいてみると、

それは、あたしを同じマサイ戦士となった香坂クンだった。

「遅いぞ」

あたしの姿を見るなり彼はそう言った。

「ごめん」

「いるな…」

「え?」

「感じないのか、気配が…」

そう言われて、改めて気配を探ってみると確かにいる…

「!」

「感じたか」

「えぇ」

「そこっ」

香坂クンが石を拾うと、そこにめがけて放り投げた。

ザン

石が葉に当たった音が響いた。すると

ザバッ

大きな音と共に、大きな獣が宙を舞いあたし達の前に降りてきた。

「でたぁ」

あたしは香坂クンにしがみつく

「おいっ、マサイのモランだろうが、お前は」

香坂クンのあきれた声がこだまする。

「だってぇ、怖いんだもん」

涙ながらに訴えたが、彼は無視した。

「くるぞ、構えろ」

そう言うと、あたしを引き離した。

獣はゆっくりとあたし達に近づいてきていた。

あたしは無意識に槍を構えた。

クンッ

獣は突然飛び上がるとあたしめがけて降りてきた。

「!!」

獣が降りる直前、間一髪あたしはその場を飛び出した。

ドッ

獣は音と共に降りた。

「ふぅあぶなぁ〜い」

「気を抜くなっ」

香坂クンの声が響く、

「え?」

再び獣を見ると、獣は目の前に迫っていた。

「うわっ、来ないで」

あたしが槍を振り回すと、

サッと横をすり抜け香坂クンの方へと向かった。

「香坂クン、そっちに行ったわ」

「判ってる」

香坂クンが手にしてた槍を獣へ向けて投げると、獣の前に突き刺さった。

すると獣の動きが止まった。

「よし」

あたしが槍を獣めがけて投げようとしたとき、

『待て…』

突然オレアザンの声が響いた。

「え?

 なに?

 オレアザン、散々呼んだも出てこなかったのに、

 突然出てきてどういうこと?」

と訊ねると、

『いいから待て』

とオレアザン言い、

そして

『シンバ!!』

と叫んだ。

すると獣は突然おとなしくなり、目の前に歩いてきた。

「えっ」

姿を現した獣は白い毛に覆われたライオンだった。

「うわぁぁ、白いライオンだぁ〜」

あたしは思わずライオンに抱きついて見せる。

「オレアザン、コレは一体」

香坂クンがオレアザンに訊ねると

『シンバは私の守り神、おそらく私の後を追ってきたんだろう』

「ってことは、オレアザンはシンバのことを知っていたの?」

『まっ、まぁな』

「全く…」

香坂クンはあきれた顔をする。

「で、どうするんだ?

 このライオンは」

と聞くと

『シンバは私と同じように動ける体は持っていない、

 だからその体は借り物だ』

と言った。

「借り物?」

あたしが聞き返すと、

『そうだ、アカネ、お前の首飾りをシンバに掲げて見ろ』

そう言われたのでその通りにすると、

しゅぅぅぅん

ライオンは萎むように小さくなると一匹にネコになった。

「へ?

 ネコ?、

 シンバはネコに取り憑いていたのか」

呆気にとられる香坂クン、

「おいで、おいで」

あたしが手を差し出すと、

ニャァ

と言う鳴き声と共にネコはシュタっとあたしの懐に飛び込んだ

『アカネ、すまないがシンバをそばに置いてくれないか』

「え?」

『シンバはマサイの神、だからアカネのそばに置いて欲しい』

と言ったので、

「う〜ん、いいわ」

「じゃぁ、シンバ帰ろうか」

「やれやれ、大山鳴動してネコ一匹とはねぇ」



翌朝

「ねぇねぇ、また出たんだって」

っとともちゃんがあたしに言ってきた。

「え?」

「猛獣よ猛獣」

「あぁ、それ、もぅ出ないわよ」

「え?なんで?」

「だって退治されたもん」

「え?、それってどういうこと?」

「さぁ?」



つづく


← 1話へ 3話へ →