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独白演出家

 今回はシェークスピアである。シェークスピアを演出する以上、哲学の一つもカジっておかねばなるまいと思い、まずは練習のためにリンゴをカジってみたところ、歯グキから血が出たのである。ここから導き出される命題は唯一つ。「私はシソウノウロウである」である。
 おおっ!いきなり哲学してしまった。
 さて、「文明の始まりはヨウキにあり」と昔の偉い哲学者が言ったかどうかは今となっては定かではないが、世の中「ヨウキ」にあふれている。これが「陽気」や「妖気」にあふれているというのであれば、さぞや世の中興味深いものにもなるだろうが、いかんせん、あふれているのは「容器」である。我が家でも、リサイクルに出すというので、日々ペットボトルを潰す作業におおわらわである。
 ところで、「容器」といってまず想起されるのは、かのコイサンマンである。彼がコカ・コーラのビンとともに旅に出たワケを尋ねられ「そこに容器があるからです」と哲学的に答えたかどうかは今となっては定かではないが、我が家でも潰したペットボトルをリサイクルに出すめ、はるか彼方の東急百貨店まで旅することがしばしばであることからしても、どうやら「容器」は人を旅に出させるようである。
 というわけでコイサンマンであるが、彼は確かに旅に出た。しかし、だからといって彼の仕事は「旅人」ではない。では何か。「狩人」である。ちなみに「あずさ2号」に乗るのは「旅人」であるが、唄っていたのは「狩人」である。
 おおっ!このあたり、かなり高度に哲学的である。
 そして、更に新たな疑問が湧いてきたのである。すなわち、「狩人」が旅をすることはあっても「旅人」が狩りをすることはほとんどない。とはいえ、「旅人」はもちろん、「狩人」もしばしば「あずさ2号」を利用するのである。これらの事象から、両者を結びつけるキーワードは、やはり「あずさ2号」なのである。しかし、「あずさ2号」は、今や「スーパーあずさ2号」となり、車輌はリサイクルに出され、各駅停車として使用されたりなどしたということになりはしないか。
 おおっ!問題はますます複雑となっていくのである。
 しかし、その一方で私の前にはカジり尽くされ、かつ、歯グキから出た血で紅に染まったリンゴのシンが転がっているのであり、哲学のために自らの血を捧げたおかげか、私はどうやらモノゴトの「シン」を捉えたようである。すなわち、以上の全ての事象を総合した結果導き出される結論は唯一つ。「あずさ2号はペットボトルでできていた」である。
 なんという運命のいたずら!なんという論理のラビリンス!!
 これが真実であれば、いかにも危険である。いったい日本の鉄道は本当に安全なのだろうか。
 今日も眠れぬ夜が続くのである。

2000年4月吉日 演出家 

(『独白王子』チラシ掲載)

『ハムレット』とはいかなる物語か?

 こんにちは、Qui-Taです。さて、不景気ですね。倒産ですね。失業ならびに就職難ですね。てなわけで、今回は悩める青年の物語です。あれこれ構想を練っているうちに、この「悩める青年」の心象に合ったサブストーリーが欲しくなりました。その条件は、

[1] もちろん、「悩める青年」であること
[2] 主人公の心象によく合うけれども、一定のズレがあること。つまり、「あてはまる」というより、「接点をもつ」ような物語であること
[3] みんながよく知っていて、パロディにしやすい既製の作品であること

でした。となれば、W.シェークスピアの「ハムレット」しかないではありませんか。茶坊主とメアリーがうわさ好きの代名詞であるように、ハムレットこそ、悩める青年の代表です。「ハムレット」といえば「悩める青年」、「悩める青年」といえば「ハムレット」!
 ところが、本番を2週間前に控えたある日、当劇団の制作担当から1本の電話がかかってきました(ひょっとすると、彼女は3週間前からかけ続けていたのかもしれませんが、私の電話が「お客様の都合により」つながらなくなっていたのです)。

制作  もしもし?
脚本家 おう、久しぶり。
制作  いたねぇ。
脚本家 どうした?
制作  料金、払いなよ。
脚本家 何か用?
制作  自動引き落としにすればいいじゃん。
脚本家 あのさぁ。
制作  もしくは、練習に顔を出すとか。
脚本家 だから、用件を言えよ!
制作  それから、ノルマも払ってよね。
脚本家 ・・・

 というわけで、「ハムレット」を知らないお客さんのために、内容紹介文を書くことになったのです。うまく説明できるかどうか、自信がありませんが、しばしの間おつきあいを・・・ちょっと待て!「[3] みんながよく知っている」から「ハムレット」にしたんじゃないか。作品の前提を根底からくつがえすようなことを言うな!

制作  でも、知らない人の方が多いよ。

 そういえば、脚本が上がらずに苦しまぎれのプレゼンをしたときも、

役者1 知らない。
役者2 なんとなく。
役者3 尼寺へ行く話でしょ。
役者4 おお、ハムレット! あなたはとってもハムレット(はあと)
役者5 ああ、あれね。

 うちの役者がものを知らないのか、脚本の遅れに対するいやがらせなのか、その場では判断できませんでした。
 というわけで、長〜い前振りとなりましたが、簡単に「ハムレット」の内容をご紹介致しましょう。

◆ ◆ ◆

 遠い昔の物語、舞台はデンマークです。デンマークというと、風車やチューリップを連想される方もいらっしゃるでしょうが、それはオランダの間違いです。「岐阜県」と聞いて、「ああ、琵琶湖の!」と答える無知な関東人と同じです。
 今でこそ、「酪農の盛んな北欧の国」というイメージの強いデンマークですが、その昔、ヨーロッパ各地に進出し、一大勢力を築いた時代もありました。西洋史で「ノルマン・コンケスト」という言葉を習った方もいらっしゃるでしょうが、イギリスも領土(一部)を支配されていた時期があったのです。この大国を築いた偉大なる王様が、ハムレットの父親(故ハムレット王)のモデルと言われています。つまり、ハムレットはその王様のドラ息子というわけです。
 さて、物語はこの王様の死後から始まります。アテにしていた父親が急死し、大嫌いな叔父さんのクローディアスが国王となり、さらには喪中のはずの母親もあっさり叔父と再婚してしまいます。ハムレットとしては面白くないことばかり。悶々と暮らしていたある日、親友のホレイショーから聞かされたのは、父の亡霊が深夜の城内を徘徊しているとのうわさ。その夜、真偽を確かめようと見張りに立つハムレットの前に現れたのは、生前と寸分違わぬ父の亡霊。どういうわけかと話を聞いて二度ビックリ。何と、父の死は叔父クローディアスによる毒殺!? 復讐を誓うハムレット。この日からハムレットの苦悩が始まります。悲しみのあまり気が変になったフリをしながら、復讐の機会を待ちます。そんなフリをする必要があるのかなんて、気にしてられません。
 これを見て本当に悲しんだのは、恋人であり宰相ポローニアスの娘でもある、美しきオフィーリア。「あなたはとってもハムレット(はあと)」なんて、言うわけねーだろ!
 ところ変わってお隣ノルウェーでは、血気盛んな若きプリンス・フォーテンブラスが、先代の奪われた土地を取り返そうと密かに軍勢を集めます。この計画は未遂に終わるものの、振り上げたコブシの下ろし先、あるいはカムフラージュかもしれませんが、デンマークを通ってポーランドに攻め入ります。偶然、その大軍に出会うハムレット。彼は苦しみます。見よ、あの若者を!これだけの大軍を率い、己の野望を果たさんとしているではないか!何たる大志、何たる行動力!それに引き替え自分は、父を殺され、母をたらし込まれ、それでも復讐できずにいる。何たる無気力、何たる怠惰!いったい、自分は何のためにあるのか、どうすべきなのか?
 時は戻って数日前、事件の確証をつかむべく、ハムレットは一計を案じます。旅芸人の一座に故ハムレット王の暗殺シーンを演じさせ、叔父クローディアスの反応を探ろうというもの。現場を見たかのようなストーリーと役者たちの迫真の演技に動揺し、席を立つクローディアス。叔父の犯罪を確信したハムレットは、彼を叱るべく寝室に呼び付けた母に逆に詰め寄り、叔父とは二度とセックスしないよう忠告します。それだけならまだしも、乱れた母の襟元と不謹慎な想像で興奮気味のハムレット、カーテンの陰で聞き耳を立てていた茶坊主、じゃない、宰相ポローニアスを誤って殺してしまったから、さあ大変。父の訃報にオフィーリアは号泣し、その兄レイアーティーズも激怒、身の危険を感じたクローディアスによってハムレットはイギリス行きとなります。先のノルウェー軍とは、その途中で会います。
 さて、悲しみは次から次へとやってくるもの。クローディアスの仕掛けたイギリスでの罠を逃れ、デンマークに戻ったハムレットを襲ったのは、愛するオフィーリアの死。怒りと悲しみに狂うレイアーティーズは、ハムレットにフェンシングの試合を申し出ます。実はこれ、クローディアス王の策略で、レイアーティーズには先止めのしていない剣を使わせ、さらに剣先には毒を塗っておきます。そうして、試合中の不慮の事故と見せかけ、ハムレットを殺害しようと目論んだのです。
 さあ、いよいよクライマックス突入!丁々発止とやり合うこの芝居の見せ場。激しいバトルが繰り広げられます。ところが、もともと気のいいレイアーティーズ、後ろめたくてハムレットを刺せません。しかしクローディアスの檄が飛び、ついに・・・。そして、誰も彼もが死に、何もかもを失い、悲しみと感動のラストシーンを迎えるのでした。

◆ ◆ ◆

 とまあ、かなり省略し、かつ一部脚色を加えておりますが、これだけ頭に入っていれば、本日のお芝居はご理解いただけると思います。ただし、本公演を御覧いただいても、「ハムレット」を(誤解することはあっても)理解したことにはなりませんので、ご注意下さい。
 それでは、最後までごゆっくりとお楽しみ下さい。

2000年6月24日 Qui-Ta 

(『独白王子』パンフレット掲載の文章の原文に一部加筆)

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