「レギオス各機、展開を完了しました」
「敵編隊との相対距離、33000」
「戦術画面に状況を出してくれ」
戦術ディスプレイに、図形化された彼我の状態が表示される。レギオスを示すポインタは、青龍を示すポインタの左右に展開していた。
「敵さん、妙な陣形を執ってるな」
アレックスが首を捻る。 DC軍の編隊は、前衛に三十機程のドップ戦闘機が展開し、1km程間を空けて三角形の編隊を組んだガウ攻撃空母の上空に、 残りのドップ戦闘機が占位しているという陣形を執っていた。編成そのものも変わっているが、その陣形も変わっている。
「スティーヴ、後ろの集団の動き、注意しといてくれ。何か企んでいやがる」
「解りました」
「火器管制室、準備は良いか?」
青龍は、他のアーガマ級機動巡洋艦よりも、運用人数に比べて武装が多い。艦首にあるミサイル発射管や艦体両舷のVLS(垂直発射装置)もそうだが、 対空機銃座も改修工事の際に増設されている。しかし、その武装の殆どを艦中心部にある火器管制室で制御している為、わずかな 人数で運用できるのだ。
その火器管制室をアレックスが呼び出すと、緊張した面持ちのまだ少女と言っても良い女性が通信ディスプレイに現れた。 青みがかったショートヘアーに大きな瞳、ボーイッシュな美少女と言った感じだ。頬っぺたに貼られた大きな絆創膏が、体育会系な雰囲気を 醸し出している。
『は、はい。ぜ、全システム、スタンバイ出来ています』
緊張の為か、声が上ずっている。それも無理はないだろう。第101独立機動遊撃隊は、第11独立部隊がインスペクター事件の後に再編成 された部隊であり、その七割以上はそれまで後方勤務や教育を受けていた者ばかりである。青龍の運用要員を含め殆どの隊員は実戦 の経験が全くないのだ。青龍の艦橋要員で言えば、アンとレイナがそう言ったルーキーになる。
FCDO(射撃主任統制官)を任された彼女――松原葵曹長もそんな“初心者”の一人であり、しかもまだ17歳の若さだ。 尤も、彼女だけがずば抜けて若い訳ではない。寧ろ、蒼天の乗組員の中ではかなり同年代が多い方なのである。これは連邦軍全体に言えている 事なのだが、数次の戦いで中堅からベテランの兵が多数失われてしまい、必然的に促成栽培の若年兵を部隊に送り込む事になってしまった のだ。こうなると実線経験者は基幹部隊に取られてしまい、末端部隊や新編成の部隊等には言わば“余りモノ”的な新兵しか回って来ない訳である。 (それでも、第101独立機動遊撃隊の隊員は、アレックスが“裏技”を使って若手の中でもかなり優秀な人材を選抜して集められていた)
「おいおい、緊張でガチガチだな。少し、肩の力を抜けよ」
『はっ、はいいっ!』
声が裏返っている。余計に上がってしまったようだ。
「やれやれ。いいか、主・副砲とミサイルは俺の指示で撃つ、対空機銃は防御エリアの中に入って来たやつを叩き出す、この二点だけを確実に やればいい。他の余計な事は考えるな、落ち着いて訓練通りやるんだ」
そう言ってから、アレックスは少し考える様子を見せて、
「葵、ちょっと深呼吸してみろ」
『えっ?し、深呼吸ですか?』
「そうだ。大きく、2〜3回深呼吸してみろ」
『は、はい――スーハー、スーハー』
大きな身振りで深呼吸をする葵。それに伴い、今までバクバク言っていた心臓の鼓動が少し落ち着いて行く。
「少しは落ち着いたか?」
『はいっ、有難うございます!』
「よし、いいだろう。まあ、優秀なアシスタントが付いているんだ、気楽にやれ」
『了解!』
アレックスの言葉に、葵はビシッと言う音の聞こえそうな勢いのある敬礼を返した。
「チーフ、敵前衛集団との相対距離28000です。高度3000」
「OK。それじゃ、そろそろ始めるとしようか」
レイナからの報告を受けると、アレックスは火器管制室との通話を終えて艦長席に座りなおし、頭に指揮用のヘッドセットを掛けた。 ロンド=ベルのブライトを始め殆どの艦長達は、指揮をする時にはハンドセットを使っているが、アレックスは専ら両手をフリーにしておける こちらを愛用している。
「距離22000、高度そのまま、速度420ノット」
艦内各部の状況を示す表示スクリーンには、戦闘準備が整った事を現わすグリーンの表示が次々に点灯して行く。 最後に艦首発射管の装填完了が表示されて、青龍の戦闘準備は全て整った。
「距離18000」
「艦首発射管、全門発射!」
アレックスの号令と共に、八基のミサイルが獲物を求めて放たれる。しかし、発射と同時に全てのミサイルは白煙を曳いて上空へ駆け上って 行ってしまった。だが、アレックスはそれに別段驚いた様子も無く平然としている。
「艦首1番から4番は零号弾、5番から8番、7号弾を装填して待機」
青龍から放たれたミサイルに一瞬警戒したドップ戦闘機隊だったが、それが全て上空へと消えて言ったのを見て、そのまま前進を続ける。 だが、その頃遥か上空ではミサイルが一斉に反転して急降下を開始していたのだ。自らの推進力に落下速度が加わり、ミサイル群は更に 加速して行く。
「敵距離13000、信管作動まで20秒」
ただでさえレーダーの反射面積が小さい上に、レーダーの死角である直上から急速に接近して来るミサイル群に全く気付かない ドップ戦闘機隊は、漫然と青龍に接近して来る。
「信管作動まで10秒‥‥5・4・3・2・1、今!」
レイナのカウントと同時に、ドップ戦闘機隊の上空でミサイルが次々に爆炎の花を咲かせる。そして次の瞬間、それは光の雨となって ドップ戦闘機隊に降り注いだ。
3号弾――焼夷榴霰弾は、予めセットされた時限信管が破裂すると、内部に装填されている焼夷子が高熱を帯びて飛散する。 この弾種は、その機能上高速で移動する物には効果が薄く、専ら露天陣地や戦車、MS等の地上兵器の制圧に使用されるものだ。 だが、このように不意討ち的な使い方をすれば、航空兵力にもある程度効果が望める。
実際、頭上から灼熱の豪雨に襲われたドップ戦闘機隊は、その三分の一を減じ残りの内の半数近くが傷ついていた。 何しろ、装甲車両やMSの装甲をも貫通する威力を持っているのである。装甲等無いに等しい戦闘機では、ひとたまりも無かった。
「残りは三分の二ってトコロか。思ってたより墜ちたなぁ」
3号弾の炸裂と同時に、十六機のレギオスは高度を5000ft付近まで駆け上っている。空中戦では、相手の上位に着くのはセオリーだ。 そして、その先頭に立ったエイジは、敵情を冷静に観察していた。
「それじゃ、行きますか――Boy’s、It’s Show Time!」
エイジの号令でE、H、Mセクションの十二機が、位置エネルギーを運動エネルギーに換えて逆落としにドップ戦闘機隊へと突入して行く。 本来であれば、何人かは周囲を警戒していてブルーナイツの急襲にも対応するはずなのだが、3号弾の攻撃による混乱から立ち直れていない ドップ戦闘機隊はエイジ達の接近をあっさりと許してしまう。射程距離に入る直前、エイジは無傷の一機に狙いを定めていた。 照準器一杯にドップ戦闘機の特異な姿が広がる。
「貰った!」
軽くトリガーを絞ると、数条の火線がドップ戦闘機に吸い込まれて行き、その機体が四散する。
「うおっと!」
撃破を確認する間も無く機体を捻ったエイジのレギオスのすぐ傍を、数発の曳航弾が通り過ぎて行った。見ると、別のドップ戦闘機が機体前面に 装備された機銃口を光らせながら向かって来る。
「面白い。このオレにドッグ・ファイトを挑んで来るかい」
エイジは不敵に笑うと、そのまま機体を横方向へ旋回させた。ドップ戦闘機も後を追って旋回に入る。だが、そこがエイジの狙い目だった。 身軽に旋回するレギオスに比べて、ドップ戦闘機は外へ膨らみながら大きな弧を描いて旋回して行く。
その奇異な外見とは裏腹に、高い機動性能を有するドップ戦闘機ではあるが、所詮は大気圏内での空中戦を知らないメーカーが開発したものである。 レギオスがフラップやラダーの効きを向上させる為に姿勢制御バーニアを利用するのとは逆に、それが十分に働かない分を姿勢制御バーニアで 補っているドップ戦闘機は、どうしても旋回半径が大きくなってしまうのだ。しかも、エイジはブルーナイツでもトップクラスの操縦技術の持ち主である。 格闘戦性能に劣る機体に乗っていては、生半可な腕前で太刀打ちの出来る相手では無い。
「お・や・す・み(はぁと)」
滑り落ちる様に目前に下がって来たドップ戦闘機に、40mmレールガンを一連射。相手のドップ戦闘機はコクピットの支持架に40mm砲弾を喰らい、 コクピット部分と胴体が千切れ飛んで海面へ向かって落ちて行く。それを横目で見ていたエイジだったが、ふと海面付近で動く影が目に入った。
「拙いっ!」
何時の間にか、後方集団にいたドップ戦闘機隊が空戦域をかわして青龍の方へと向かっていたのだ。もう、既に追いつけそうも無い距離になっている。
『201より030。後方集団がそちらへ接近中。すみません、隙を突かれました』
「030了解。こちらでも捕捉しているから、処理はこちらでやる――スティーヴ、状況は?」
「ドップはそれぞれ五機ずつに別れ、B群はA群の後方300に就いています。ガウ三機は、更にのその後方500」
戦術ディスプレイに表示されたポインタは、それぞれのドップ戦闘機群が逆V字隊形を採って接近して来る事を示している。 だが次の瞬間、敵はその隊形を崩すと新たに陣形を組み直し始めた。
「敵、A群が高度3000まで上昇、B群はその下方700に占位、共に横1列に陣形を変更。方位は350」
「敵さん、何をする気だ?」
全く不可解な接敵行動である。アレックスも、ただ首を捻るばかりだったが、ふとある事に気が付いた。
「スティーヴ、敵の拡大映像は入るか?」
「まだ少し遠いので、不鮮明かもしれませんが‥‥」
「それでも構わん。メインに出してくれ」
メインスクリーンに敵編隊の映像が映し出される。それを見たアレックスは、一人頷いた。
「成る程、そう言う手で来たか」
「「「「?」」」」
他の四人には、何の事か全く解からない。その全員の気持ちを代表するかの様に、スティーヴが疑問を投げかけた。「どう言う事ですか、チーフ?」
「あのドップを、良く見てみろ」
そう言われて全員がスクリーンに映ったドップ戦闘機を今一度見直してみると、確かに何か違和感がある。 その原因に逸早く気付いたのは、マギーだった。
「あっ、外部兵装!」
マギーの指摘通り、ドップ戦闘機は一様に胴体脇にそれぞれ一基ずつ、ミサイルの様な物を搭載している。
「多分、あれが情報だけ流れていたJ型ってやつだろう」
本来ドップ戦闘機には、外部兵装が搭載できない。その奇異な形態故に、外部に余計なものをくっ付けたりすると運動性が極端に
低下してしまうのだ。しかも、それにより元々あまり長く無かった航続距離も更に短くなる。そう言った訳で、特に必要性も感じられなかった
事もあって外部兵装架は装備されなかったのだ。
ところが、DC事件の頃から連邦軍には、アーガマ級機動巡洋艦やネェル・アーガマ級、ラー・カイラム級機動戦艦等の大気圏内で
運用の可能な戦闘艦が次々と就役し始めた。こうなると、DC軍としても対艦兵装を持った戦闘機や攻撃機が必要になって来る。しかし、
それをこれから開発するのでは、余りにも時間と資金がかかってしまう。
そこで注目されたのが、インスペクター事件の中頃に配備が開始された、推進器をより強力な物に換装したドップ戦闘機“C型”である。
余裕の出た推力を利用し、胴体脇に一基ずつ二基の対艦ミサイル用外部兵装架を装備(それでも、これが限界だった)、胴体内兵装を
27mm機関砲四門のみにして、その余剰部分に管制用電子装置を搭載したのが“J型”と称される雷撃機タイプなのだ。
ブルーナイツが掴んでいる情報によれば、J型の装備している対艦ミサイルは、AMX−014ドーベンウルフが装備している物を流用しているらしい。
しかし、インスペクター事件の時には結局ロールアウト出来たJ型は僅か四機だけで実戦には投入されなかった為、連邦軍側にはこれが初見参である。
「と、なると少し用心しなけりゃならんな――艦首5番から8番、スタンバイ。予長尺10000、射角水平、扇状に。VLS1番・2番、 ホム・ガード、3番・4番、3号弾、装填待機――艦首振れ左10、第1戦速」
「A・B群、距離12000。高度、A群3100、B群2500」
「5・6・7・8番、撃ぇっ!」
艦首の発射管から発射された四基のミサイルは、敵編隊の目前に達すると弾体が開き中から無数の小型ミサイルを放出する。 一基から八十発、計三百二十発ものミサイルに襲われたドップ戦闘機は次々と被弾して墜落して行った。
「撃つ前に落とせたか?」
「駄目です、ミサイルが来ます!」
爆炎の中から、次々とミサイルが飛び出してくる。その数、二十六基。
「半分以上残っちまったか――チャフ放出、フレア4個、方位15、30、330、345、射出!」
艦の前方に電波攪乱物質が放出され、囮用の放熱弾が射ち出される。しかし、敵の放ったミサイルはそれに惑わされずに青龍へと向かって 来ていた。
「欺瞞、効果無し!」
「ちっ、どうやら撃ちっ放しのようだな」
アレックスが、軽く舌打ちする。しかし、その顔には焦りの様なモノは浮かんではいなかった。
「距離は?」
「5000を切りました!」
「ホム・ガード用意、距離2000‥‥発射!」
艦体両舷にあるVLSから二基のミサイルが放たれる。そのミサイルは、艦の前方へ飛んで行くと先刻の対空弾と同じように弾体を 開いた。しかし、中から飛び出したのは小型ミサイルでは無く、小さな傘の付いた無数の小型弾である。一見、茸のようにも見える それらは飛来するミサイル群の前方にゆっくりと落下して行く。そして、ミサイル群がその中へ突入した瞬間、近接信管が作動すると 小型弾が次々に爆発してミサイルを粉砕した。
「レイナ、何発残した?」
ホム・ガードは、元々かなりアバウトな防御システムである。アレックスも、これで全て落せるとは最初から考えていない。
「二発残りました。一発は進路が変わりましたが、もう一発はこちらへ向かって来ます」
前を見ると、確かにミサイルが一基、青龍に真っ直ぐ向かってきている。
「うん、こりゃあ当たるな――回避しろ。面舵10、下げ舵5」
アレックスの指示で、青龍は艦首を右下へ突っ込む様に転進する。だが、丁度持ち上げた状態の艦尾を擦り抜けて行くかに見えた ミサイルが突如、艦尾付近で爆発した。その衝撃で、艦長席から転げ落ちそうになるアレックス。
「ととっ――アン、艦首戻せ。マギー、ダメージ・レポート。何処に喰らった?」
「艦尾第7区画に至近弾、左舷第4銃座の操作系Aラインが損傷しましたので、Bラインに切り換えました。他の損害は軽微、 戦闘力・戦闘機動共に影響ありません」
「近接信管が付いてたのか、危なかったな」
実際、もう少し回避が遅れていたら、大きな損害を出していただろう。しかし、これで安心している場合ではなかった。
「チーフ、ガウが接近して来ます!距離6000」
ドップ戦闘機に気を取られている間に、後方のガウ攻撃空母の接近を許してしまったようだ。左舷前方には、ガウ攻撃空母の巨体がかなり 大きく見えている。
「ドップは囮だったか。しかし、ありゃあ何のつもりだ?」
三機のガウ攻撃空母は逆三角形の編隊を組んで向かって来ていた。これでは、後方にいる機体は僚機が邪魔になって、攻撃が出来ない。
「今からじゃ、艦首を回しても間に合わんか」
ガウ攻撃空母は、もうかなり至近に迫っていた。このまま艦首を向ければ、青龍はその下へ潜り込む格好になってしまうのだが、ガウ攻撃空母は 下部に爆弾倉を持っているから、そんな事をすれば頭上から爆弾の雨を降らされかねない。
「アン、回頭右80、下げ10.。火器管制、2番主砲、方位角260、仰角15で待機。Rセクションは、8000まで上がって待機しろ」
青龍は、右に回りながら降下して行く。こうして敵の前下方に入ってしまえば、ガウ攻撃空母の主兵装であるメガ粒子砲は俯角が小さいので砲撃を して来る事ができないのだ。
「今だっ、2番撃ぇっ!舵中央、第2戦速!」
左舷に装備されたメガ粒子砲が、独特の発射音を残して一条の光を放つ。その光が右側にいたガウ攻撃空母のMS格納庫に突き刺さった瞬間、 その巨体は紅蓮の火球へと姿を変えた。その異常な程の爆発は、僚機を巻き込んで同じ姿へと誘い、更に加速して離れつつある青龍をも揺さぶる。
「な、なんだこれは!?」
予想外の事態に、流石のアレックスも動揺する。
「マギー、被害は?」
「特にありません。五人程転倒して打撲を負いましたが、軽傷です」
Rセクションのレギオス四機も、アレックスの指示で上空に上がっていた為、被害を受けずにすんでいた。
「積んでいたMSの核融合炉にでも、命中したんでしょうか?」
スティーヴの問いに、アレックスは首を横に振った。
「いや、それにしても爆発の規模が大き過ぎる。あれは、まるで弾薬庫がでも爆発したみたいだったぞ――待てよ?弾薬庫か、成る程」
「何です?」
「多分あいつは、対艦掃射型だったんじゃないか。そうなら、あの爆発の凄さも納得が行くだろう」
対艦掃射型は、特別な機体では無い。ガウ攻撃空母のMS格納庫に簡単な架台を組んで、そこに多連装ロケットランチャーを四基 組み込んだだけの物である。前回の大戦の際、MSの供給が滞ったDC宇宙軍地上降下部隊が応急的に考案したのだが、結構戦果を 上げたようで局地戦ではかなり頻繁に使われていた。但し、今回の様にMS格納庫に直撃弾を受けると一瞬にして轟沈となる為、 損害も少なくなかったようだ。
「確か前の大戦の時に、海上軍の第3艦隊が酷い目に会わされたろう」
「ああ、カリフォルニア沖ですね。護衛艦を三隻沈められて、旗艦の『スーパースター』が飛行甲板をボロボロにされたって、 第3艦隊にいた同期のヤツが言ってましたよ」
「即発信管の弾頭だから、装甲が充分なら被害は上っ面だけで済むんだけどな。この艦があれを喰らったら、ちょっと被害が馬鹿にならんだろう ――さて、これで終わりかな?」
そのアレックスの言葉を否定するかの様に、爆炎を突き破って三機目のガウ攻撃空母が姿を現した。他の二機の爆発で、磁場が乱れてレーダーが 効き難くなっていた為に、接近を探知する事が出来なかったのだ。
「ガウ1、至近です!」
言われるまでも無く、視界一杯にガウ攻撃空母の巨体が広がっている。
「くそっ、この間合いじゃ攻撃も出来ないか――アン、緊急転舵面舵一杯、下げ舵10、最大戦速!」
アレックスの指示で最大戦速で退避にかかる青龍だが、速度はガウ攻撃空母の方が優っている。双方の距離はみるみる内に縮んで行く。
「リン姉、青龍ヤバいんじゃない?」
上空でその様子を見ていたメグが、リンに声を掛けた。
「そうね。メグ、あなたとミーナは上の銃座を黙らせて」
「アイ、リーダー――ミーナ、右、お願い」
「OK、メグ」
メグとミーナの赤いレギオスは左右に分かれて、ガウ攻撃空母の上空から切り込んで行く。
「ヘッジホッグ、行くわよ。1・2・3、Shot!」
メグの合図で、それぞれのレギオスの後部に装備された多連装ミサイルポッドから一斉にミサイルが放たれ、ガウ攻撃空母の機体上部に 降り注ぐ。装甲を貫通する事こそ無かったが、この攻撃で上部銃座は完全に沈黙した。それを確認すると、今度はリンとグレースが自機を アーモソルジャーに変形させて、ガウ攻撃空母の巨大な翼の上へ降り立つ。
「グレースは右の砲塔をやって」
「了解ですぅ〜」
二手に分かれたリンとグレースは、それぞれ左右のメガ粒子砲塔に接近すると、砲塔の旋回基部に向かって40mmレールガンを打ち込み始めた。
砲塔の前面や側面は強力な装甲が施されていて、レギオスの装備している40mmレールガンでは掠り傷程度しか負わせる事はできないが、
戦車にしろ戦闘艦にしろこの部分だけは絶対に装甲を施す事ができない。従って、レギオスの武装で効果を揚げられるのは、この一箇所だけなのだ。
勿論、大質量の砲塔を支えている部分ではあるから、それなりの強度は持っていて40mm砲弾で破壊する事は不可能である。しかし、リン達の目論見は
多少なりともそこを変形させて、砲塔が旋回出来ないようにする事なのである。少しでも凹凸が出来れば目的は達せられるのだ。
遅れてやってきたメグとミーナも攻撃に加わり、ひたすら旋回基部に砲弾を打ち込む。やがて四人は全弾を撃ち尽くすと、機体をアーモファイターに変形させて
上空へ退避した。固定武装の無いレギオス・アーモファイターは、40mmレールガンを使い果たすと後は機体後部の多連装ミサイル・ポッドしか武器がなく、
それも射撃は一回きりだ。しかも、メグとミーナは先程それを使ってしまった為、現在は丸腰なのである。
『チーフ、とりあえずメガ粒子砲の動きは止めましたが、こちらも弾切れです』
「サンキュー、リン。あとは自力で何とかする。Rセクションは、暫く離れて待機していてくれ」
『了解』
青龍の両脇を、ガウ攻撃空母のメガ粒子砲から放たれる火線が断続的に通過する。Rセクションにメガ粒子砲を旋回不能にされてしまった為、 青龍の動きを牽制する位にしか使えないのだ。
「レイナ、相対距離は?」
「現在、1500ヤードです」
「火器管制、1番主砲、方位角355、仰角8。2番、方位角5、仰角同じ。副砲1番、方位角ゼロ、仰角10、装填、コンボ0−4。指示有り次第――距離は?」
「残り800です!」
「もうちょい、か」
そう呟いて、アレックスは後方視界スクリーンをじっと見つめている。
「あと500!」
「よし、上げ舵15。フル・ブースト!」
「Up−trim 15,Full−Ahead!――て、ええっ?」
初めての戦闘での緊張で、精神的に余裕のなくなっていたアンだったがアレックスに指示されるままに艦を動かしてから、自分が何をやったかに気が付いて
大声を上げた。尤も、それを咎める者は誰もいない。何故なら、他の三人も同じように驚いていたからだ。
しかし、もっと驚いたのは後方から青龍を追っていたガウ攻撃空母の乗組員だろう。何しろ、今まで必死に逃げていた(逃げているように見えた)青龍が、
いきなり艦首を上げて下から上昇して来たのだ。この時、そのまま直進して青龍にぶつけていれば、彼らの勝ちだったのかもしれない。
しかし、人間は危険を察知すると回避する本能を持っている。そして、ガウ攻撃空母の操縦手はその本能に従い、上昇して青龍を避ける事を選択した。
翼の揚力で飛行するガウ攻撃空母は、急激に旋回すると失速する恐れがあるので、これは極めて妥当な選択と言える。
だが、それこそがアレックスの狙っていた瞬間だった。
「今だっ、半速後進!」
逆制動のかかった青龍は、上昇して行くガウ攻撃空母とは逆にずり下がる様に後退して行く。普通の航空機ならば失速・墜落するところだが、 ミノフスキークラフトを用いて自ら浮力を作り出している戦闘艦ならではの芸当だ。
「ガウ1、射線上に入ります!」
「舵そのまま、前進第2戦速。主・副砲、射撃始め!」
一門だけ固体弾用に換装された、艦首の五十二口径40cm砲が轟然と火を噴き、両舷のメガ粒子砲から放たれる火線が次々とガウ攻撃空母の巨体に 突き刺さる。これに対して、上昇を始めてしまったガウ攻撃空母は、最早コースを変える事が出来ない。ここで急な転舵を行えば、浮力を失って失速してしまうからだ。 しかし、それは青龍の射線上を進む事に他ならない。多数の命中弾を浴びながら、それでも必死に上昇を続ける。 やがて徹甲弾と徹甲榴弾、そしてメガ粒子砲に機体を乱打され続けたガウ攻撃空母の右翼が、根元のあたりからくの字に折れ曲がった。
「射撃やめ。緊急転舵、取り舵一杯、第3戦速!」
左に回頭して行く青龍とは逆に、ガウ攻撃空母は炎に包まれながら、力尽きた様に右のめりに降下して行く。やがてその機体は空中で四散し、太平洋の海原に 消えて行った。
「やっと片付いたか――レイナ、取りこぼしはあるか?」
「周囲に敵反応無し。ドップも、全て撃墜しました」
「スティーヴ、広域探査は?」
「レンジ内、クリア。敵影らしきものは見当たりません」
「OK、ステージ・クリアだ。みんな、ご苦労さん」
アレックスの言葉に、艦橋内にホッとした空気が流れる。
「マギー、外に出ている連中を戻してくれ。それから、艦内を通常警戒配備へ。シフトは1班、2班は待機だ」
マギーの連絡を受け、レギオスが次々と着艦にかかり始める。その光景を見ながら、青龍での初戦をなんとか無事乗り切れた事に、 内心安堵するアレックスだった。