第十三話 「嘉手納の夜」





――日本・仙台市


ブルーナイツとDC航空部隊が、西部太平洋上で戦闘に入ろうとする少し前、突如仙台市上空にDC地上軍の飛行要塞グールが出現した。

「閣下、目標地域に到着致しました。」

司令室に立つブロッケン伯爵に、部下が告げる。

「うむ。では、予定通りに機械獣部隊を出撃させろ」

ブロッケン伯爵の命令を受けて、射出口から次々と機械獣が現れて市街に降り立つ。だがそれらは別に破壊活動を行う訳では無く、周辺を徘徊しているだけだ。 市民がその様子を恐る恐る見ていると、続いて数体のMSがグールから降下して来た。MSは全て旧型のザクで、手には棒状の機材を抱えている。 着地したザクは次々にその棒を地面に突き刺して行き、機械獣はその作業の護衛をするかの様に周辺に展開していた。

「Aグループ、探査を開始。現在、反応無し。Bグループ、微弱反応あり。識別の結果、対象外と認定」

「ううむ、やはり出遅れてしまったか」

部下の報告を受け、ブロッケン伯爵が顔をしかめる。どうやら、彼等は何かを探しているようだ。

「閣下、MS部隊が接近しております」

「何処の部隊だ?」

「日本の陸軍機と思われます。数は約一個大隊規模です」

「雑魚か。ラインX1−TとスパルタンK5−Tに迎撃させればよかろう」

ブロッケン伯爵の命令を受けて、すぐに機械獣部隊に指示が出される。

「自衛隊のMS部隊が来たぞ!」

地上では市民の中から歓声が上がっていた。通報を受けて、近くに駐屯する陸上自衛隊のMS部隊が出撃して来たのだ。それに応じるかのように、 械獣部隊の中からラインX1とスパルタンK5がMS部隊に向かう。
しかし、陸上自衛隊の装備しているGMUには、たった二体の機械獣とは言え相手をするには荷が重過ぎた。 ラインX1の原型機は、マジンガーZの生みの親、兜十蔵博士と並び賞されるドイツの天才科学者、シュトロハイム博士の造りだした高性能機であり、マジンガーZとは 互角以上に戦った機体である。また、スパルタンK5もラインX1に匹敵する高性能機であり、それぞれ量産機とは言えGMUで何とか出来るような相手ではない。 結局、何ほども経たない内に、全機が撃破されてしまった。

「何だ、だらしないなあ」

「GMUじゃ、機械獣の相手は無理だろう」

市街の外れにあるビルの屋上で様子を見守っていた市民の間から、不満の声が上がる。全滅とは行かないまでも、せめて撃退する位は皆期待していたのだろう。
そんな中に、他の人間とは違う視線でDC軍部隊を見つめている者がいた。その人物は、一見するとごく普通の女子高校生のように見える。学校の制服らしいブレザーに膝 までのチェックのスカート、手に持った学生鞄とスポーツバッグからすると学校帰りなのだろうか。長い黒髪が印象的な、かなりの美少女である。 しかし、DC部隊に向けられる視線は、その風貌に似つかわしくない厳しいものだ。
その少女は、暫くDC部隊の行動を見ていたが、やがて踵を返すとそのビルを出て人気の無い倉庫街へやって来た。周囲に人がいない事を確認し、懐から小型の通信機 を取り出すと、何処かと連絡を取り始める。

「‥‥ええ、やはり探査目的の様です‥‥はい、多分博士の予想通りでしょう‥‥はい‥‥解かりました」

通信を終えると、彼女は足早にその場を立ち去った。だが、神経質な程周囲に気を配っていた少女だったが、彼女の行動をじっと見ていた者がいた事には遂に 気が付かなかった様だ。少女の姿が見えなくなった頃、倉庫の影から別の女性が姿を現したのだ。こちらの女性は先程の少女よりも幾分か年上の印象で、 薄い水色のスーツに身を包んでいる。鍔の広い帽子を目深に被っている為、表情は窺えない。

「あちらも、動いている様ですね」

『そのようです』

呟くように女性が発した言葉に、虚空から男性とも女性ともとれる声が答えた。しかし、女性はその存在が解かっていたかの様に平然としている。

『彼女は確か、水樹の家の‥‥』

「ええ、そうです」

『まだまだ修練不足のようですね。周りに対する注意が不足しています』

「仕方が無いでしょう。彼女はまだこれからの人ですから。寧ろ、気付かれてしまっては私達の方に問題があるのではありませんか?」

『‥‥』

女性が悪戯っぽく言った言葉に虚空からの返答は無かったが、彼女はそれを気に掛ける様子も無く別の話題を口にした。

「『おかしら』との連絡がつきました」

『お戻りになったのですか』

「はい。それで、『御方おんかた』が報告をお聞きになりたいそうですので、 これから向かいます」

『私も参りましょう』

「解りました。では、あちらで」

次の瞬間、女性の姿はその場から掻き消す様に消えており、同時に虚空の声もその気配を消していた。



――西部太平洋上


「マギー、操艦を頼む。レイナとアンは待機シフトに入ってくれ」

DC航空部隊との戦闘にケリが付いたところで、アレックスから青龍の艦橋要員にも待機シフトが指示された。

「了解。カーライル軍曹、後はお願いします」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

「アネットさん、交代します。休んでください」

レイナがスティーヴに後を引き継いだのを見て、マギーも通信席を立って操艦席へ歩み寄る。

「ええ、それじゃ宜しくね」

そう言いながら、座席のハーネスを外して席を立ったアンだったが、2〜3歩足を踏み出した所でいきなり床にへたり込んでしまった。

「あ、あれっ?」

「どうしたんですか、アネットさん!?」

マギーが慌ててアンに駆け寄る。アンは一生懸命立ち上がろうとするが、下半身に全く力が入らないようだ。

「何か、足腰に力が入んないよー」

アンは半分涙目になっている。どうやら、初戦闘の緊張から開放された反動で、腰が抜けてしまったらしい。

「ははっ、どうやら気が抜けて足腰が立たなくなったようだな――レイナ、済まないがアンを連れて行って、食堂にでも放り込んで来てくれないか」

「解かりました――ほらアネットさん、私の肩に掴まって」

「ありがと、レイナ」

レイナに肩を貸して貰って何とか立ち上がったアンだが、その足は生まれたばかりの子馬の様にまだ小さく震えていた。

「まあ、初戦にしちゃあアンは良くやったよ」

レイナに引き摺られる様にして、艦橋を出て行ったアンを見送りながらアレックスが言った言葉に、スティーヴも頷く。

「いきなり、青龍でドッグ・ファイトでしたからね。緊張で腰が抜けるのも、無理は無いですよ」

「まるで、デッカー少佐の操艦みたいでしたよね」

しかし、マギーの冗談交じりの意見に、二人は揃って首を横に振って一言、

「「いーや、D.D(デッカー少佐)の操艦はあんなもんじゃない!」」

どうやら、何か酷い目にあっているらしい。

「そ、そうなんですか?(^^;;」

「マギーは、ウチに来たのはインスペクター事件の後だから、知らないだろうけどな」

「あの人、DCのザンジバル級高速巡洋艦に追いかけられた時、宙返りで振り切ったんだぜ」

「しかも、大気圏内でな」

「え、それって、まさかこの艦アクエリアスでですか?」

「そうさ。おかげで、後片付けにえらく苦労したよ」

「そ、そうなんですか‥‥(良かったー。その時乗っていなくて、本当に良かったー)」

内心で安堵するマギーだが、これからそんな目に会う可能性がある事には、まだ気付いて無いようだ。




「――だからドップ相手の場合は、右回りの旋回戦に持ち込んだ方が良いんだよ」

青龍艦内の食堂を兼ねたミーティングルームに、先程の戦闘についての議論をしながらブルーナイツ・メンバーの一部が入って来た。 やって来たのは、待機シフトに入ったHセクションとRセクションの面々だ。先頭に立って、ハンスがセクション・メンバーの 陸奥風牙むつ・ふうが大尉と議論を交わしている。

「でも、低空でそれをやると、滑った時が怖いですよ?」

「そこら辺は、最低限のリスクだろう。まあ、どの道ドッグ・ファイトに応じてくれれば、ドップはレギオスの敵じゃないんだがな――よお、レイナじゃないか。 ご苦労さんだったな」

ハンスが、テーブルに就いてドリンクを啜っているレイナに気が付いて声を掛けた。

「どうだった、初の戦闘は――って、隣で潰れてる物体は何だ?」

レイナの隣では、艦橋から引き摺って来られたアンがテーブルに突っ伏していた。橙色のベレー帽(アンの本来の所属は運行班なのでこの色である。因みに、 レイナは航法班に所属しているので、ベレー帽の色は緑色)が側頭部に乗っかり、後ろで束ねられた栗色のロングヘアーはテーブルの上に力無く伸びている。

「何か、さっきの戦闘機動で精神力を使い果たしちゃったみたいです」

レイナが苦笑しながら答える。

「おお、さっきのか」

「あの“木の葉返し”は中々見事でしたね」

ハンスが手を打つと、風牙が言葉を継いだ。

「ああ、あれが出来るようになりゃあ、大したもんだよ」

「あの〜“木の葉返し”って何ですか?」

「最後のガウに追っかけられた時にやった機動だよ。わざと敵に後を追わせて、自機を失速させ相手にオーバーシュートさせておいて後方へ回り込む。元々は、 第二次世界大戦の時に日本軍のベテラン・パイロットの一部が使ってた技の応用編さ」

「へー、そうなんですか――はい?」

ハンスの解説に得心したレイナだったが、その言葉の中に物凄く気になる単語が混ざっている事に気が付いた。

「少佐‥‥今、『ベテラン・パイロットが使った』って言いました?」

「ああ、言ったよ?」

「と、言うことは“木の葉返し”って‥‥」

「勿論、レシプロ時代の戦闘機の戦技さ。あれを巡洋艦でやるのはD.Dのヤツだけだと思ってたけどな。ま、どうせチーフがやらせたんだろうけど」

「でも、デッカー少佐はインメルマン・ターンもやりますからね。アンもまだまだでしょう」

そう言ってケラケラ笑うハンス達とは対象的に、レイナは呆然としていた。

(何でそう言う事を平気でやるワケ〜!?て言うか、みんな何で他人事みたいな顔で話せるんですかぁ〜!?ひょっとしたら、デッカー少佐って巡洋艦で 格闘戦とかやっちゃうって噂、本当なんですかぁ〜!?)

話しの流れからすると、まずその通りと思って間違えないだろう。

(や〜〜め〜〜て〜〜<(ToT)>)

心の中の涙の海で遠泳をしているレイナを他所に、青龍はその日の夕方、カデナ・ベースの防空圏内へ進入した。

連邦軍カデナ・ベースは、沖縄本島の総面積の約22%を占める、極東地区にある連邦軍基地の中でも中核にあたる基地である。
アメリカ軍が管理していた頃は、島の各所に基地が点在していたが、15年前に発生したセカンド・インパクトと呼ばれる地球規模の大災害でそれらの殆どが機能を喪失し、 沖縄列島自体も壊滅的な打撃を受けてしまった。この時点で何とか使用できた基地施設は、僅かに嘉手納エア・ベースと読谷補助飛行場、それにキャンプ・ハンセンの 約3分の1だけであり、同時に沖縄県も産業に大打撃を受け、漁業の一部を除いて県民の生活を支える術を失ってしまったのである。
そこで、沖縄県の行政(国政もパニック状態で、地方行政にまで手が回らなかった)と後の連邦軍の母体となった国連軍により、統合された大規模基地を建設し、 その建設事業によって雇用を確保する事になったのだ。尚、統合後のカデナ・ベースの方が、セカンド・インパクト以前より島の占有面積が広がっているように見えるが、 これは沖縄本島の面積がセカンド・インパクトの際に20%程小さくなってしまった為である。

「カデナ・ベース、こちら第101独立機動遊撃隊所属OSC−030『青龍』。着陸の許可を求めます」

『こちらカデナ・コントロール、識別確認しました。誘導に従い、7番スポットへ着陸して下さい』

「青龍、了解しました」

誘導車両の後に就いて、青龍はゆっくりと指定された駐機スポットへ進んで行く。

「チーフ、あそこにトロイホースがいますよ」

スティーヴに言われてアレックスがそちらを見ると、整備ドック・エリアに近い駐機スポットでトロイホースがその疲れた艦体からだ を休めていた。

「どうやら、無事に着けたようだな。あそこのドックにいるのが『グリフォン』かな?」

アレックスの言葉通り、トロイホースの近くにある整備ドックに一隻のアルビオン級強襲揚陸艦入っており、トロイホースからその艦に資材が運び込まれていた。

「乗り換えの作業も順調みたいですね」

「ああ。ロンド=ベルは乗り換えには慣れてるハズだからな」

度重なる戦いの中、ロンド=ベルは戦力強化の為に幾度も母艦を乗り換えている。その経験が、今回も如何なく発揮されているようだ。

「チーフ、間も無く着床します」

二人が会話を交わしている間に、青龍は駐機スポットに入っていた。

「ギア・ダウン。高度5‥‥3‥‥タッチ・ダウン」

「機関停止」

「機関停止します。アブソーバー、ロック。着陸完了」

「よし、各員は艦内のチェックと修理にかかれ。その後、手の空いている者は半舷上陸。蒼天うえで留守番してる連中には 悪いけどな――俺は司令部とロンド=ベル隊の方に顔を出して来るから、何かあったらエイジに指示を仰いでくれ。今、16時か――多分、一時間位で戻れるだろう」

「「了解」」

そう指示を出して青龍を離れたアレックスだったが、ロンド=ベルの方へ回った時には既に一時間以上経っていた。司令部での申告と折衝に、思っていたよりも 時間を取られた為である。結局、青龍に戻れたのは、それから更に一時間後の事だった。

「まいったな、もう18時を回ってるじゃないか」

あわてて自室に戻り、私服に着替える。どうやら、何処かへ外出する予定があったようだ。

「ブリッヂ――ああ、エイジがいるのか、丁度良かった。ちょっと外出して来る――後で連絡は入れるよ――うん、じゃあ後は頼むぞ。済まんな。それじゃ」

後をエイジに任せ自室を出たアレックスは、途中でリンに出会った。彼女も私服に着替えているから、これから外出する所なのだろう。

「あ、チーフ。これからお出掛けですか?」

「ああ、リンもこれからか?随分とゆっくりだな」

「ええ、レギオスの操縦系の調整をやっていたら、こんな時間になってしまって」

「何か、問題でもあったのか?」

「いえ、そうじゃありません。少しレスポンスがしっくり来なかったもので、調整し直しただけです」

そう言って、リンは小さく笑った。

「そうか。そう言う事なら結構だが――で、ムスメ達とはこれから合流かい?」

ムスメ達と言うのは、勿論メグ、ミーナ、グレースの三人の事である。歳は二つしか違わないのだが、リンと三人娘の関係はどちらかと言えば姉妹よりも母娘に見える、 と言うのが大方の意見である。まあ、リンにとっては不本意らしいが。

「いいえ、行き先を聞きませんでしたから。たまには、あのコ達だけで羽を伸ばすのも良いかと思いまして」

「じゃあ、リンはどうするんだ?」

「特に決めていません。嘉手納の市内をブラブラしようかと思っています」

それを聞くと、アレックスは少し考える顔になって、リンの思ってもみなかった言葉を口にした。

「どうだ。予定が無いなら、一杯付き合わないか?どうせ、嘉手納も不案内だろう?」

「えっ?」

一瞬、リンが驚いた様な表情になる。

「あ、いや、無理にとは言わないが‥‥」

アレックスの言葉に、あわててリンはブンブンと首を横に振った。いつもクールな彼女にしては、珍しい仕草である。

「いえ、喜んでお供させていただきますっ!」

実は、アレックスのプライベートな面と言うのは、ブルーナイツのメンバーもあまり知らないのだ。無論、彼が人嫌いな訳では無い。 寧ろ、指揮官として積極的にコミニュケーションを持つ方なのだが、如何せん普段は艦橋にいる事が多くそんな場所で私的な会話を多くするはずも無い。 付き合いの長いオッダーやマックはそこそこ知ってはいる様だが、そんな事を聞く訳にもいかず、結局は皆の関心事ではあるものの解からずに終わって しまっているのである。
リンは、別に他人のプライベートに首を突っ込む趣味は無いが、彼女自身アレックスの事を上司としても人間的にも尊敬していた。 ならば、そのアレックスと対面で話せる又と無い機会を逃す手はない。

「OK。それじゃ、行こうか」

二人は、ぽつぽつと明かりの灯り始めた、嘉手納の市街へと歩き出した。




一方、基地から遠くない市内の繁華街では、賑やかな声が響いていた。

「やー、喰った喰った」

「沖縄料理も、結構イケますねぇ」

沖縄料理で腹を膨らませてご満悦なのは、ブルーナイツの大食漢コンビ、風牙とメグである。対照的に、後ろを歩くHセクションのレナンジェス(ジェス) =スターロード中尉、それにミーナ、レイナ(石化している内に、無理矢理引っ張ってこられた)はげんなりした顔をしている。

「二人の食べてるのを見てると、こっちが胸焼けしちまうよなぁ」

「ホント、何処に入ってくのかしらね」

「異次元にでも繋がってるんじゃないですか?」

三人がボヤくのも無理の無い事で、先程先ず腹ごしらえにと立ち寄った地元料理のレストランで、 この二人は併せて八人前の料理を平らげてしまったのである。 見た目普通に食べているのに、他人の四倍のスピードで食べている姿を間近で見ていれば、胸焼けもしようと言うものだ。

「ねえ、グレースもそう思うでしょ?」

更に後方をふわふわと歩くグレースにも、同意を求めたミーナだったが、

「えぇ〜。沢山召し上がるのはぁ、とても良い事ですよぉ〜」

グレースは全然平気だったようだ。と言うか、何も考えていないのかもしれない。

「はいはい、アンタに聞いた私がバカでした――さ、それはさて置き、次はカラオケよ!そっちのカバ・コンビも行くでしょ?」

「「誰がカバ・コンビよ(だよ)!」」

一応、風牙は上官なのだが、容赦の無いミーナである。

「まったく、失礼しちゃうわ――ととっ、みんなストップ、ストップ」

先頭を憤慨しながら歩いていたメグが、角を曲がったとたん何かに気付いて全員を押し戻した。

「何だ、何だ?」「うわ、危ねって」「ふぎゃっ」「え、何?」「え〜、どうしたんですかぁ〜」

パニくる五人を尻目に、メグは角に身を隠して通りの向こうをじっと見ている。

「どうしたの、メグ?」

「ミーナ、あそこにいるの、リン姉じゃない?」

メグの言葉に、ミーナもメグに習って角に身を潜め言われた方を見ると、街灯の薄明かりしか無い為はっきりとしないが、 確かに通りの反対側をリンらしき女性が歩いている。しかも――

「あ、ホント、リン姉だ――えっ、まさか男連れ!?」

「なに、本当か!?」「あのリンが!」「相手は誰です?」「ふえ〜、リン姉様に彼氏ですかぁ〜」

ミーナの言葉に全員が角に張り付く。
確かに、リンの隣りには男性と思われる人影があった。こちら側からは後姿しか見えない為顔は解らないが、長身でガッシリとした身体つきからすると、 軍人のようにも思える。

「あのリンに彼氏がいたとはねぇ」

ジェスが驚いたように呟いた。
はっきり言って、リンの容姿は悪くない。それどころか、かなり良い部類に入るだろう。だが、これまで彼女に関する浮いた噂と言うのは出た事がなかった。 これは、リンが男嫌いと言う訳では無く、セクションリーダーの重責を果たそうと頑張り過ぎる為、そう言った方面に目が向かなかった為である。
そのリンが、男性と肩を並べて歩いている。しかも、見ている限りでは楽しそうに笑顔で会話を交わしているのだ。ジェスでなくても驚くだろう。

「でも、相手は誰なのかしら?」

ミーナは興味津々である。すると、レイナが意外な言葉を口にした。

「あれっ、あの人何処かで見たような気がします」

「本当、レイナ?」

「ええ、何となくですけれど‥‥」

「読めたわ!つまりリン姉のお相手はブルーナイツの誰かって事ね!」

「いや、そうとも限らないぞ。カデナ・ベースの隊員かもしれないじゃないか」

ミーナの推理に、風牙が突っ込みを入れる。
と、その時視線を感じたのか、男性の方が立ち止まってこちらの方へ振り向いた。

「えっ、あれチーフじゃない?」

メグが驚きの声を上げる。距離もあるし街灯の乏しい明かりしかないが、確かにリンの隣りにいる男性はアレックスだった。
尤も、二人が連れ立って歩いている事の次第は、先の青龍でのやりとりの末なのだが、メグ達がそんな事を知る由も無い。目の前に存在する事実は 「アレックスとリンがデートしている(ようにしか見えない)」と言う事である。

「それじゃ、リン姉の相手ってチーフなの?」

「あ、ヤバイ、みんな引っ込め!見つかるぞ!」

ブルーナイツのメンバーは総じて視力が良く、それはアレックスも例外では無い。多少離れているとは言え、怪しさ爆発で建物の角に張り付いている面々は かなり目立ってしまうだろう。六人はあわててアレックス達から見えない場所に引っ込んだ。まあ、別に彼等が悪い事をしているかと言えばそんな事も無いのだが、 何となく“覗き”のようで見つかるとバツが悪いと言うような心理だろう。

「チーフ、どうされました?」

突然立ち止まって後ろを振り返ったアレックスに、リンが訝しげに訊ねた。

「いや、何か視線を感じたような気がしたんだが――気のせいかな?」

「まだ、基地の近くですからね。誰か知っている人間がでもいたんじゃないですか?」

「そうかもしれないな」

それから少し歩いた所で、アレックスは足を止めた。

「さ、ここだ」

そう言ってアレックスが示したのは、小さなカクテル・バーだった。上に「CAPE CODDER」と書かれた小さな看板の掲げられた入り口の扉を開けると、 ドア・ベルが軽やかな音を立てる。

「いらっしゃいませ」

店内は壁際にボックス席が三組、そしてカウンター席が十席程度の小ぢんまりとした店だ。入って来た二人に声を掛けたのは、 カウンターの中にいた店のマスターらしい初老の男性だった。

「マスター、お久しぶり」

アレックスがそう挨拶すると、カウンターの中の男性はたちまち相好を崩した。

「T−REX!久しぶりじゃないか、二年振りか?元気そうで何よりだ」

「マスター、その呼び方は勘弁して下さいよ」

マスターの呼び掛けにアレックスが苦笑する。

「いやあ、すまんすまん。つい、出てしまったよ。それより、立ち話も何だから座ってくれ」

マスターに促されて、二人は彼の前のケウンター席に腰掛けた。

「それで、こちらのお嬢さんは恋人かい?」

「な、な、何を言ってるんですか。彼女は部下ですよ」

「リン=マオです、初めまして」

リンが笑顔で挨拶する。何故か、その表情が嬉しそうだ。

「こちらこそ。ところで、何をお飲みになります?」

「それじゃあ、ベリーニを」

「畏まりました――アレックスは、いつものドライ・マティーニで良いのかい?」

「ええ」

オーダーを受けて、マスターがカクテルを作り始める。

「マスターは、父の古い知り合いでね。俺も、子供の頃からお世話になってるんだ」

「そうなんですか。ところで、マスターの言ってたT-REXって何ですか?」

REXはアレックスの後ろの方から取ったものだろうが、“T”の出所が良く解からない。それに「T-REX」と言えば恐竜「ティラノサウルス」 の俗称である。

「う‥‥いや、それは‥‥」

アレックスが口篭もる。言いたくない事のようだが、嫌な事があったと言うよりも、恥じを曝したくないと言う感じにリンには見てとれた。

「ははは、それはね、お嬢さん――」

「わーっ、ちょ、ちょっとマスター!?」

出来上がったカクテルを持ってきたマスターが何か言おうとするのを、アレックスが慌てて遮る。

「さ、とりあえず乾杯しよう、乾杯!」

誤魔化しているのが見え見えだが、アレックスがどうしても言いたく無さそうなので、リンも取り合えずこの場は聞かない事にした。 軽くグラスを合わせて、グラスを口に運ぶ。昼間の戦闘で疲れの残る身体に、甘めのカクテルが心地よい。

「チーフ、私、お聞きしたい事があるんですが‥‥」

暫く他愛の無い話しをしていると、リンがこう切り出した。

「何だい?」

「セクション・リーダーの中で、私だけが尉官ですよね?他に先任者もいるのに、何故私に命じられたのですか?」

「リンは、今の立場に何か不満とか不安があるのかい?」

「いえ、そう言う訳ではありません。それに、皆も協力してくれますし。ただ、何故かなって」

アレックスは、リンの問いに少し考えてから口を開いた。

「実は、戦闘偵察分隊の編成構想が出たのは、ウチが第11独立部隊に昇格する時、つまりDC事件のすぐ後なんだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。最初は、その時支援要員だったミーナとグレースに一人加えて、アヤに預けるつもりだったんだよ」

「アヤさん――コバヤシ大尉にですか?」

アヤ=コバヤシ大尉はブルーナイツのメンバーの一人だが、現在は他の二人と共に装備開発本部に出向している。つまり、ブルーナイツは 実際には二十五人で構成されているのである。

「で、人選をしていたらインスペクターが来ちまって、仕方なく棚上げにしてたら、今度は装本にアヤを持っていかれた、と」

「はあ」

「まあ、その代わりと言っちゃあ何だが、候補者の方から二人も飛び込んで来てくれたから助かったけれどな」

そう言って、アレックスはリンの方を向いて笑った。

「えっ、じゃあ私とメグは‥‥」

「ああ、元々候補者だったんだよ。もうひとつ言えば、最終選考でリンとメグ、どちらにするか迷っていたんだ」

「では、コバヤシ大尉が戻ったら再編成を?」

「いや、今の所はそれは考えていない。『X-Type』がモノになるにしろならないにしろ、俺の直率に置こうかと思ってる」

この時、店にいた客は、アレックス達の他にはボックス席にいる基地関係者らしい一グループだけだったが、入り口の扉が開き新たな客が来店した。

「いらっしゃいませ」

マスターの挨拶に迎えられた新たな客は、アレックス達から少し離れたカウンターの端の席に腰を降ろした。それは、二十代半ばと思われる 女性で、「凛とした」と言う表現が似合う端正な顔立ちと、ポニーテールにした長い黒髪が印象的だ。スレンダーな身体を桜色のスーツが包んでいる。

「何を差し上げましょう?」

「レッド・バードをお願いします」

その声は、紛れも無く先刻仙台にいたあの謎の女性の物だった。

「畏まりました」

その女性にちらっと目を走らせると、腕時計を見ながらアレックスが立ち上がる。

「どうしました?」

「ああ、ちょっと定時連絡を入れてくる。少し、待っていてくれ」

そう言い残すと、アレックスは店の奥にある公衆電話に向かった。携帯電話を持ってはいるが、近くにカデナ・ベースがある為、そこから発せられる 様々な電波のせいで使用はできないのである。

「お待たせ致しました」

先程の女性は、出されたカクテルを一口飲むと、マスターに声を掛けた。

「すみません。電話を掛けたいのですが‥‥」

「ああ。それでしたら、店の奥に電話がありますよ」

「有難うございます」

女性は丁寧な物腰で礼を言うと、席を立って店の奥に進みアレックスの隣の電話の受話器を取った。アレックスの方は、 まだ青龍に残ったエイジと話している。

「――ああ、もう暫くしたら戻る。うん、それじゃあ」

通話は終わったが、何故かアレックスは受話器を持ったままである。すると――

「御無事のお戻り、何よりです」

声を掛けたのは、隣の女性だった。しかし、アレックスに驚いたような様子は無い。寧ろ、予想されていたかの様に言葉を返した。

「有難う。そちらも、こんな所まで御足労をお掛けする」

「いえ、これも任務の内です」

会話は交わしているが、二人とも電話をかけている姿勢のままだ。

「そうだったね。では、報告を――先ず、ティターンズの方はどうです?」

『それについては、私が』

仙台で女性と一緒に居た(?)虚空からの声が響く。だが、アレックスはそれにも驚かない。

「貴方も一緒でしたか。それでは、お願いします」

『総指揮官のジャミトフ=ハイマン中将はご存知の事と思います。副司令兼第1部隊長バスク=オム大佐、第2部隊長にジャマイカン=ダニンガン中佐、 首席参謀ジョン=ウェーデル中佐。主な幹部はこのようになっています』

「参謀長は空席なのか?バスク=オム大佐は、そう言った事には向いて無い人物だったはずだが」

バスク=オム大佐は、どちらかと言えば実戦の場でこそ力を発揮する人物、と言うのが大方の評価であった。

『仰る通りです。そこで、その辺りについて調べさせましたところ、少し不審な点が出て来ました』

「ほう、何か?」

『作戦会議をする場合、時折人払いをした上で、長距離通信室で行う事があるそうです』

「成る程。つまり何処か別の場所に、参謀長の役を担っている人物がいる可能性がある訳か」

『御意』

「となると、通信記録を調べて相手方を突き止める必要があるか。それは、こちらの守備範囲だな。当たってみよう」

『御手数をお掛けします』

「なあに、“餅は餅屋”だからね――それから『箱根』の方の動きはどうなっているのかな?」

「そちらの件については、私が」

それまで黙って二人(?)の話しを聞いていた女性が、口を開いた。

「『街』は、ほぼ8割方出来上がりました。『人形』の方は、『試作』『一体目』と独逸の『二体目』迄が完成、他に『五体目』迄が製作中です」

「動くのかい?」

「『二体目』は『二人目』によって、一応の水準には持っていったそうです。しかし、『試作』と『一体目』は『一人目』が起動試験をやっていますが、あまり芳しくない 様子です。そこで、『三人目』が手配されました」

「御老人達は、まだ動かないのかな」

「近日中に動きそうな気配はありますが、まだ決定的ではありません」

『それに関連して、私からも御報告があります』

再び虚空の声が告げる。

『「サンプル」が近く日本に向かうようです』

「それは、あの御仁の指示かい?」

『そのようです』

それを聞くと、アレックスは暫く何事か考え込んだ。その後、

「まあ、その辺りはあちらの出方を見よう。ところで、“竹取物語”作戦の方は?」

『既に、実施要員三名は配置に就きました。御命令があれば、いつでも開始できます』

「始めますか?」

「いや、そのまま待機させてくれ。もう少し、全体の流れを見てからにしよう」

『やはり、甲案で参りますか?』

「なるべくそうしたいな。乙案は、あくまで次善の策のつもりだ――他に、何か?」

「ひとつだけ、DCが妙な動きをしている事が」

そう前置きして、女性は先の仙台での一件をアレックスに語った。

「その落下物の件については、俺も報告を受けている。しかし、DCはどうやらそれが何であるかを知っているみたいだな。 その辺、探ってみてもらえるかな」

「畏まりました」

「それと、その娘は橘研究所にいる娘なのかい?」

「はい。“G”の要員として、里の方から他の二人と共に招かれたと記憶しています」

「あちらも、概ね体制が整ったと言う事か――それでは、引き続き情報の収集をお願いします」

アレックスは、そう言うと受話器を置いて席へと戻った。そこでは、リンとマスターが何か愉しげに話している。

「――それでね、そのお客様に絡んでいたのが、腕自慢の海兵隊だったんですが」

「それを、チーフが全員ノしちゃったんですか?」

「ええ、それも5分と経たない内にね。それで、その時の暴れ方のあまりの凄まじさに『暴君竜T-REX 』の綽名が付いたって言う訳です」

「わーっ、マスター、何バラしてんですか!?」

過去の恥を暴露されて、アレックスがあわてて止めに入る。

「おや、やっとお戻りかい。何、お嬢さんが一人で退屈そうだったんで、ちょっと昔話をね」

そう言って笑うと、マスターは洗い物の片付けに戻って行った。

「チーフも、結構血の気が多かったんですね」

「まだ、士官候補生の頃の話しだよ。他の連中には内緒だぞ」

「はい、解ってます」

しかし、笑いを堪えるリンの表情を見ると、その約束が守られるかどうかは怪しかった。

「まあ、実を言えば、T-REXの綽名を付けられたのは、それが二度目でね。士官学校時代にも、同じ呼ばれ方をしてたんだよ」

「と言う事は、士官学校の時も暴れん坊だった、と?」

リンには、現在の冷静な指揮官振りからは、とても想像できないアレックスの過去だった。

「う‥‥否定は出来ないな」

丁度この時、先程の女性が公衆電話から戻って来て、自分の席に腰を下ろした。すると、彼女を視界の端に入れながら、リンがアレックスに囁く。

「チーフ。あの女性、もしかして‥‥」

「気が付いたかい?そう、“影”の一人さ」

アレックスの言葉に、リンは小さく頷く。
以前、リンはマックから“影”或いは“影衆”と呼ばれる、ブルーナイツ専属の情報収集部隊がいる事を聞かされていた。“影”は、連邦軍には所属しておらず、 専らアレックスの指示によって動くか、独自の判断で情報を集めてブルーナイツの指揮官クラスに報告するようになっていると言う。但し、何故ブルーナイツが その様な部隊を独自に持っているかは、リンには明かされていない。

「彼女のコード・ネームは『香澄の綾女』。我々との接触は、主に彼女が担当するから、リンも直接話しをする機会があるだろう。 顔を覚えておく必要は無いが、頭の隅に入れておいてくれ」

「解かりました」

(でも、あれだけ美人だったら、一度会ったら忘れないだろうな)

何と無く、そんな事を思ってしまったリンだったが、実際にその考えは当たっていた。



翌日、青龍艦内どころか蒼天にまで「アレックスとリンがデキている」と言う噂が広がり、それを打ち消すのにアレックスが大変な苦労をするが、それは別のお話し。



更に、その後に寄った連邦軍基地の喫茶店で、妙に上機嫌なリンがメグ・ミーナ・グレースの三人にパフェを奢っていたが、それもまた別の話しである。





第十二話

第十四話

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