第九話 「インターミッション」





『トロイホース、艦体固定完了。整備第3班及び5班は固定状態を確認後、補修作業を開始』

『乗降通路並びに外部電路接続終了。各部への回路開きます。整備員は通電に注意』

『整備6班は、両舷格納庫扉開放後、全MSをハンガー・エリアへ移動して下さい』

蒼天の整備要員によって、トロイホースの補修作業が整然と進められて行く。

「我々ものんびり構えてはいられんな。各員は彼等と協力して、作業を進めてくれ」

最初、呆然と外の様子を見ていたブライトだったが、気を取り直して乗組員に指示を与えると、自らは アムロ、エマを連れて舷側に繋がれたボーディング・ブリッヂを渡った。

「お久し振りです、ブライトさん、アムロさん、エマさん」

そこに待っていたのは、宇門大介の妹、マリアだった。

「マリアじゃないか!久し振りだな、何時こちらへ?大介君も一緒なのか?」

「この蒼天がフリード星に立ち寄った時に、便乗させて頂いたんです。勿論兄も一緒です。さ、行きましょう」

マリアに先導されて全員がリフトに乗り込むと、リフトは高速で上昇し数秒で艦橋エリアへ到着した。リフトを降りると、 左右に湾曲した通路が伸びており、正面にも20m程で扉に突き当たる短い通路が伸びる三叉路になっている。 マリアは先に立って中央の通路を進んだ。突き当たりの扉の前に着くと、扉が自動的に左右に開く。

「ほう、これは‥‥」

ブライトが、思わず溜息をつく。

蒼天の艦橋は、従来の宇宙艦の艦橋と全く異なっていた。フロアは直径12mの円形をしており、外縁から1.5mの所で 一段低くなっている。その下段フロアの前側左右にディスプレイ付きのシートが設置されていて、右舷側が操艦席、 もうひとつが航法席になっていた。また、後方にも同じようなシートが三脚並んで設置されている。通信席は他の艦同様、 壁面に設置されているが、その他にもブライト達には用途の掴めない操作盤が幾つか設置されていた。

しかし、何よりもブライト達が驚いたのは、艦橋内が明るい事だ。宇宙艦、水上艦を問わず、通常艦橋内は照明は必要 最小限しか灯されていない。これは灯火管制の意味も勿論あるが、照明が窓に反射して外部が見辛くなるのを防ぐ為だ。 (列車に乗っている時、トンネル内では車内の灯りが車窓に反射してしまい、外が殆ど見えなくなるのを思い出してもらえば 解かり易いだろう)しかし、蒼天の艦橋内には照明が煌々と灯されている。そしてそれにも関わらず、 正面にあるウインドウには艦外の様子がはっきりと映し出されているのだ。始めは驚いたブライトだったが、 よくよくウインドウを見て合点がいった。それは、良く見るとウインドウではなくモニター画面なのだ。 外部の状況をカメラを介してモニターに映し、光量を増幅してある為、艦橋内が明るくても見易いのである。

実は、蒼天の艦橋は完全密閉型になっているのだ。直径180mにもなる円盤型の艦橋エリア自体は 通常の艦船と同じ様に艦体最上部にあるが、艦橋そのものはそのほぼ中心部にあり、外部との直接接触面は一切無い。 実際、水上艦と違い操艦の大部分を計器に頼り目視をあまり必要としない宇宙艦にあっては、艦橋が外部に露出している 必要性は全く無いのだ。寧ろ、艦橋部分は最重要部でありながら最も防御の脆弱な場所でもあり、 戦闘時に最初に損傷して指揮系統を失う羽目になる事は珍しく無い。それにも関わらず、ほとんど全ての宇宙艦が露出型の 艦橋を持っているのは、単に水上艦の設計思想を引きずっているだけの事で、蒼天はそれを脱した初めての宇宙艦だった。 (因みに、朱雀も密閉型艦橋を持っているが、それ程広くは無く、艦橋と言うよりは操縦室と言うイメージである)

「皆さん、お久し振りです」

ブライト達が中に入ると、そこにいた大介が声を掛けて来た。

「本当に久し振りだな。インスペクター事件以来か。地球へは何故?」

ブライトの問いに大介は一寸表情を曇らせた。

「実は‥‥」

「ああ、ブライト大佐。ご苦労様でした」

大介が言いかけた時、扉が開きアレックスが艦橋に入って来た。

「どうも――アレックス大佐、この艦は一体?」

「これが、我々ブルーナイツの母艦『蒼天』です。今調べさせていますが、 トロイホースが大気圏突入に耐えられそうになければ、このまま地球へ降下しようと思うのですが、如何でしょう」

「この艦ごとですか?しかし、そんな事をしたら‥‥」

ブライトにはアレックスの真意が計り兼ねた。地球上から宇宙へ出る為には、HLVと一部の艦を除き、 ブースターを装着してマスドライバーを使って打ち上げなければならない。 しかし、蒼天程巨大な艦を打ち上げられるマスドライバーは存在しないのだ。 つまり、蒼天が一度地球に降りてしまったら二度と宇宙へ上がる事は出来ないのである。 だが、ブライトの考えが解ったのか、アレックスは笑ってそれを否定した。

「大気圏再離脱の事でしたら心配御無用ですよ、ブライト大佐。蒼天は、自力で宇宙へ出られますから」

これにはブライトも絶句した。驚くべき事に、蒼天は自らの推進力だけで大気圏からの離脱が出来るのだ。 尤も、その方法は極めて荒っぽい。赤道に沿って弾道軌道を採り地球自転方向に全力で加速、 しかも離脱までに地球外周の三分の二以上の距離を必要とする。その間、艦内の人間にかかる加速Gは約6G。 加速重力中和装置――イナーシャル・キャンセラーを全力作動させてもこれなのだから、 その推進力の凄まじさは推して知るべしであろう。

「但し、大気圏内では蒼天は上空35,000mに待機させます。何しろこの図体ですからね、 直接戦闘には向いてないんですよ」

そう言ってアレックスは苦笑した。確かに、この馬鹿でかい艦体がノソノソ飛んでいたら、良い標的になってしまうだろう。 まあ、その大きさに見合う防御力も持ってはいるのだが。

「まあ、空中基地と言った所ですかね――ところで大介君、例の話しはしたのかい?」

「いえ、これから話そうと思っていた所です」

「?」

大介らしからぬ歯切れの悪い物言いにブライト達が怪訝な表情になる。しかし、大介はそれに構わず言葉を続けた。

「実は、ベガ星連合の残存勢力が再び活動を開始し、地球圏へ向かっている様なのです」

「何だって!?」

ブライトが驚愕の声を上げる。嘗て大介の故郷フリード星を壊滅状態に至らしめ、 更に地球にまでその魔の手を伸ばして来たベガ星連合。 しかし、大介や甲児達の活躍によって、その野望は潰えたはずであった。

「しかし、ベガ大王が死んで、連合は壊滅したんじゃなかったのか?」

「そうです。しかし、連合に加担していた全ての星が滅んだ訳ではありませんし、 中には心ならずも協力をさせられていた人々もいたのです」

大介は一寸言葉を切って辛そうな表情になった。無理もないだろう。 そう言った人々の中には彼の近しい人間が欺瞞や洗脳等により、大介自身に刃を向けて来た事もあったのだ。

「ただ、中には非常に好戦的な種族もいて、今回は彼等が手を組んだ訳です。それに‥‥」

「それに?」

「色々と調べてみて解かったのですが、どうもベガ星連合の後ろには何者かが存在していた様な形跡があるのです」

「何者か、とは?」

「いえ、そこまでは‥‥この件に関しては、現在も協力関係にある他の星系と連絡をとりあって調査を継続していますので、 何れ詳細が判明すると思います」

「DC、ポセイダル軍に加えて旧ベガ星連合。全く頭が痛いですよ」

アレックスが溜息をつきながらボヤく。

「しかし、大介君の予想では連中――大介君達は“フォア”と呼んでいるそうですが――彼等が地球圏に到達するまで 暫く時間がありそうですから、その間にDCかポセイダル軍、どちらかをちゃっちゃと片付けてしまいましょう」

「ちゃっちゃと、ですか‥‥」

意外とお気楽なアレックスだった。




ドック・エリアでは、何とか右舷格納庫のハッチをこじ開けたトロイホースから、ハンスの指揮でMSの搬出が始まっていた。

「――そうだ、MSは全てハンガー・エリアへ持って行く。稼動出来ない機体はデリックで吊って、搬送パレットに載せろ ――モーラ!」

「なんですか、クレンツ少佐?」

「パイロットに言って、動けるMSは自走でパレットに乗らせてくれ。いちいち吊ってたんじゃ埒が開かないからな」

「了解しました」

モーラからの連絡で、自走の可能なNT−1、GP−01Fb等はそれぞれのパイロットが乗り込んで機体を起動させる。

『NT−1アレックス、出ます』

「OK、クリス。そのまま2番のパレットに乗って。ファのメタスも2番、コウのGP−01Fbとパットのゲシュペンストは3番、 キースとモンドは4番へ廻って」

各機はモーラの指示に従って、それぞれ指定された搬送台に移動して行く。

「少佐、全機積載完了しました」

「ご苦労さん。作業管制室、積載完了だ。固定状態を確認後、パレットをハンガーへ移動しろ」

『管制室、了解』

やがて搬送台は軌道の上をゆっくりと動き出し、ドック・エリア前方の搬送路へと入って行った。 ハンス、モーラと、自機が動かなくなっている ジュドー達も搬送台に乗って移動する。

「うーん、ネモとGMUは何とかなるけど、RXシリーズとザクはなぁ‥‥」

チェックリストを見ながら、ハンスが渋い顔になる。

「でも、そんなに酷い損傷ではなさそうですけど?」

「損傷自体はそうなんだが、適合部品が無いんだよ。初期のRXシリーズは他の70タイプと規格がだいぶ違うからな。 ウチにもストックは殆ど無いんだ」

「ザ、ザク改も修理できないんですか?」

傍でハンスとモーラの話しを聞いていたバーニィが情けない声をあげた。

「うん?ああ、君がザク改のパイロットか。ジオニックの補修部品もあるにはあるんだが、ブロック6、 つまりMS-14以後の共用部品なのでね、ザク改には流用できないのさ。あれは、ブロック3の機体だからな」

そういって、ハンスが肩を竦めるとバーニィはガックリとうなだれた。

「まあ、復旧の難しい機体はウチの保用機と交換するよう、チーフから指示を受けているから、それを使ってくれ。 最新鋭とは行かないが、そこそこの性能を持った機体があるから」

「しかし、俺はジオニック系の機体ばかりだったので、アナハイム系の機はちょっと‥‥」

「そうなのか?じゃあ、鹵獲機が幾つかあるから、その中から程度の良いのを使うといいだろう。 ザク改の方は、そのうち部品を艦内工廠で作って修理しとくよ」

「はあ、そうですか‥‥」

そんな会話の間も、搬送台は搬送路を進んで行く。そして、幾つかの隔壁を通過すると、急に明るい場所へ出た。

「おっと、ハンガー・エリアに到着したようだな」

「うわ、すっげー!」

ジュドー達が歓声を上げる。マゼラン級戦艦を余裕で二〜三隻収容出来そうな広大な格納庫エリアでは、 数十機の様々なMSや航空機が並べられて整備されていた。

「バートン!」

ハンスに呼ばれて、整備6班々長のバートン=カーペンター曹長がやってくる。

「なんでしょう、少佐?」

「6班はモーラに協力して、ロンド=ベルの機体の整備と調整をやってくれ」

「解かりました」

「mkU、NT−1、GP−01Fb、ゲシュペンストとメタスはB整備とチューン、特にメタスは装甲強化に重点を置いてくれ。 他のRX系とザク改、GMU、ネモは全てD整備だ。優先はRX系がB、他はDで構わない」

モーラとバートンに指示を出し終えると、ハンスは機体無し組のパイロットを格納庫エリアの一角へ連れて行った。

「皆にはこいつを使ってもらおう。量産機だが、性能は悪くないはずだ」

ハンスが示した場所にはモスグリーンに塗装された同型の機体が数機並んでいた。

「へえ、ジェガンじゃないか。これなら充分使えるぜ」

ジュドーの言葉に、他の面々も頷く。RGM−89Aジェガンは、量産機ではあるが性能的には極めて充実しており、パイロットの 技量次第ではかなりの戦闘力を発揮できる機体だ。

「あれ?あのジェガンは他と少し仕様が違うな」

ビーチャがジェガンの中に他と違った機体があるのに気がついた。その機体は、ノーマル仕様と違い右肩口から中口径の 砲身が伸びている。

「よく気がついたな。あれは中距離火力支援用の『ジェガンFA』だよ。アナハイム社がジムキャノンの後継機として 開発したんだが、計画した性能に達しなくてな。廃棄されかかったのをウチで引き取って改良したんだ」

RGM−89CbジェガンFAは、RGC−80ジムキャノンの後継機としてアナハイム・エレクトロニクス社が開発を進めていた 中距離支援用MSだ。ガンキャノンと同じ240o砲1門を装備する機体として設計・開発されていたが、搭載したジェネレーターの 出力不足や240o砲の攻撃力不足などから所定の性能に達せず、三機が試作されただけで計画が中止されてしまった。

「ま、本来であればジェガンFAは、そのまま幻の機体になる訳だったのだけれどね」

しかし、丁度この頃中距離支援用MSを探していたブルーナイツがこの開発計画を知り、アナハイム社に掛け合って その試作機を全て貰い受け、ジェネレーターを高出力な物と交換し、備砲を45口径60oレール・ガンに載せ換えてみたところ、 充分に満足できる性能を得る事が出来たのである。尤も、60oレール・ガンが量産に不向きな火器故に、ジェガンFA自体は 量産化されるには至らなかったのだが。

「遠距離からの攻撃にはあまり向いていないけれど、一応ビームサーベルも装備しているから近接戦闘でも使えるぞ。 二機はウチの連中が使っていて一機しか空いていないが、誰か使ってみるかい?」

「俺、今までガンキャノンだったから、使わせてもらって良いですか?」

そう言ってキースが手を上げた。

「君は、確かキース中尉だったな。いいだろう。それじゃあ、コクピットのフィッティングをしてくれ。他の皆も、自分の機体を決めて 整備の人間に申告してくれないか」

「でも、ジェガンの数が足らないぜ」

ビーチャの言う通り、ジェガンはキースの選んだFAを除くと三機しかない。しかし、シャングリラから乗ったジュドー達五人は、 持ちこんだMSが旧式機な事もあって全員機体が無い状態だ。

「ああ、そうだな。ジュドーには使ってもらいたい機体が別にあるから良いとして、足りない分は鹵獲機を使ってもらおうか」

「げー、それは嫌だなあ――よーし、ここはジャンケンで勝負よ!」

エルが腕を振り上げると、ジュドー以外の三人も身構える。

「いくよっ、ジャーンケーン――」

「「「「ポン!あいこでショッ!」」」」

「ぎゃー、負けたー」

結局、言い出しっぺのエルの一人負けだった。

「ちょっとあんたたち、レディー・ファーストって言葉知らないの?」

「何言ってんだよ。ジャンケンて言ったのはエルだぜ」

ビーチャの言葉に、返す言葉が無いエルだった。

「ま、自分で言ったんだ。諦めるんだな」

「ぶー」

ハンスの言葉に、頬っぺたを膨らませるエル。

「しかし、鹵獲機が低性能機とは限らないぞ。ま、そうがっかりする事も無いさ――それと、ジオニック系を希望していたのは 君だったな。ええと‥‥」

「バーナード・ワイズマン少尉です。バーニィと呼んで下さい」

「OK、バーニィ。じゃ、エルと一緒に付いて来てくれ」

そう言ってハンスがバーニィとエルを連れて行った場所には、他とは少し異なったタイプのMSが数機駐機されていた。

「これ、バウの量産型だわ。隣は――ヤクト・ドーガじゃない!」

「こっちには、ドーベンウルフまである。どうしたんです、これ?」

そこに並んでいるのは、どれもDC軍の中でも新型に類する機体ばかりだった。しかも、かなりの高性能機ばかりだ。

「ん?ああ、以前の戦いの時に、DCの補給拠点や補給部隊を叩いた際に失敬して来たのさ。まだ組み立てて無いのも 何機かあるが、取り敢えずこの中から選んで使ってくれ。どれが良い?」

「そ、そうですか。え〜と‥‥」

どのMSも、今までバーニィが乗っていたザク改とは比較にならない高い性能を持っている。結局、さんざん悩んだ末、 バーニィの新しい愛機はAMX−011ザクVに決定した。ザクと名は付いているが、ザク改よりも遥かに高性能な機体である。 もっと高性能な機体もあるのだが、やはりバーニィはザクから離れられないようだ。

「アタシはこれにするわ」

エルがMSN−03ヤクト・ドーガを見上げながら言った。

「ヤクト・ドーガか。主兵装はファンネルだが、大丈夫かい?」

ヤクト・ドーガは、ニュータイプ専用機としてDCがギラ・ドーガをベースに開発したMSだ。小型のサイコ・コミニュケーター・システム ――サイコミュとサイコフレームを効率的に組み合わせて、中型の機体ながら遠隔攻撃端末“ファンネル”を6基装備している。 但し、ファンネルを使用するにはパイロットがニュータイプでなければならない。しかし、

「だーいじょうぶ。あたしってばニュータイプだしぃ」

エルの言うとおり、ジュドー達シャングリラの子供達五人は、程度の差こそあるものの何れもニュータイプとしての能力が覚醒している。 中でもエルは――ジュドーは別格として――他の者よりもかなり強くニュータイプ能力が出ていた。

「OK。それじゃ、コクピット周りの調整と‥‥後、塗装も変えとくか。DC仕様のままじゃ紛らわしいからな。整備に言えば、 好きなようにやってくれるから、そうしてくれ」

「はい、解りました」

「オッケー」

「へえ、バーニィはやっぱりザクなのか」

声を掛けられて三人が振り返ると、そこにはアムロが立っていた。

「ああ、丁度良かった。アムロにも、新しい機体を決めて貰わなければならなかったんだ」

「やっぱり、ガンダムは駄目かい、ハンス?」

ハンスとアムロは、年齢も近く階級が同じ事もあって――二人とも機械ヲタクでもあるし――いつの間にか 十年来の友人の様にすっかり意気投合していた。

「ああ、思いの外損傷が酷いな。で、ちょっと一緒に来てくれるか――ジュドー、君も一緒に来てくれ」

ハンスは、ジュドーにも声を掛けると、二人を連れて歩き出した。

「まあ、アムロ=レイ、ジュドー=アーシタと言えば連邦軍屈指のエースパイロットだからな。 やはり、それなりの機体に乗ってもらわないと」

「よしてくれ。そんな大層なものじゃないよ」

「へえ、わかってんじゃん」

ハンスの言葉に、アムロは苦笑しジュドーは胸を張る。やがて、三人は航空機が多数駐機されているスペースにやってきた。

「さ、こいつだ」

ハンスが示した場所には、同型の機体が四機並んでいた。それを一目見て、アムロが驚愕の表情になる。

「これはリ・ガズィ!?しかし、これは‥‥」

それは、彼やジュドーが以前使用していた事もあるRGZ−91リ・ガズィだった。Zガンダムの後継機として設計・開発され、 複雑な可変機構を廃してBWS(バック・ウエポン・システム)により航空機タイプへ変形するシステムを採用した高性能MSだ。 しかし、アムロが驚いたのはそれがここにある事では無い。実は、リ・ガズィは二機が試作されただけで計画が中止されてしまった のだ。ところが、そのリ・ガズィが眼前に四機も並んでいる。

「ははっ、驚いたろう?こいつは、レギオス開発の際に開発モデルとして作られた増加試作機のRGZ−91A2さ。 それを機種転換訓練用に、譲ってもらったんだ」

ハンスに言われて良く見ると、確かに細部が以前アムロ達が使用していたものと違っている。特にBWSは、推進出力を強化 してあるのかブースターが少し大型になっていた。

「君達は、何でも貰って来るんだな」

アムロが呆れたような口調で言った。

「ウチの親分が貧乏性でね――どうした、ジュドー?」

「こいつは、他のと随分違うな」

そう言ってジュドーが指したのは、一番端しに置かれている「9104」とナンバーが書かれた機体だ。その機は、全身を漆黒に 塗装されており、側面に赤いラインが引かれてていた。そして、他と最も異なるのは、機首のメガビームキャノンが廃されて 代わりにレドームと思われる膨らみが幾つか付いている事だ。

「ああ、9104はメグ――Rセクションのフォレストフィールド少尉が先行偵察に使っているんだ。索敵能力は、そうだな‥‥ デッシュ偵察機十機分に相当するかな。あと、9101はチーフ用にチューンされているんで癖が強すぎて普通の人間には 使い難いから、他の二機を君達が使うと良いだろう」

「リ・ガズィが使えるんなら有難いな、アムロさん」

「ああ。これなら、却って戦力アップになる」

ジュドーの言葉に、アムロも満足そうに頷いた。敵艦の爆発で、一時は戦力の消滅かと思われたロンド=ベルだったが、 逆にそれが戦力の強化に繋がったのだから、DCにとってはとんだ薮蛇となったようだ。

「ところで、作戦会議の方はもう良いのか?」

「ああ、一応はな。今は、アレックス大佐とブライトが二人で情報分析をしている所だろう」

アムロの言葉通り、アレックスとブライトは場所を作戦室に移して情報の整理に入っていた。

「どうやら、DC宇宙軍はアクシズに戦力を集中しようとしている様ですね」

ディスプレイに映し出された情報を見ながら、アレックスがブライトに言った。

「おそらく、ハマーンもアクシズに居るのでしょう」

「多分、そうでしょう。まあ、こんな事を言っては何ですけど、第一艦隊が敵の気を引いてくれると有難いのですがね」

「ポセイダル軍の事もありますから、迂闊に動けないでしょう。あまり期待はできませんよ」

その時、艦内通話機が呼び出し音を発した。

「ミーティング・ルームだ――ああ、マックか。何か新しい情報でも?」

情報室で情報の収集に当たっているマックからだった。

『ちょっと、面白い事になったぞ。ポセイダルが、連邦政府に平和協定の締結を求めて来たそうだ』

「本当か?しかし、シャングリラでの戦闘はどう言い分けする気なんだ?」

ポセイダル本人の指揮では無いにしろ、高級幹部の部隊が宣戦布告も無しにいきなり攻撃を仕掛けてきたのだ。 知らぬ存ぜぬでは通らないだろう。

『一部の指揮官の先走りだとさ。既に厳罰に処したそうだ』

「嘘くせーな。ダバ君は何と言ってる?」

『真意は計り兼ねると。ただ、謀略じゃないかとは言っていたよ』

「俺も、そんな気がするな。ブライト大佐は、どう思います」

アレックスに意見を求められると、ブライトは少し考え込んで、

「うーん、シャングリラで思っていたより痛い目に会ったので、武力制圧は見合わせたのかもしれませんね」

『今のブライト大佐の考え方、良い所を突いてるかもしれないぞ』

「同感だ。ただ、平和協定は胡散臭いな」

「どう言う事ですか?」

「一旦、平和協定を結んでおいてその間に戦力を強化し、態勢が整ったら適当に理由を付けて宣戦布告。 まあ、使い古された手ですけどね」

アレックスの“読み”に、些か眩暈を覚えるブライトだった。基本的にブライトは現場指揮官であり、あまり戦略的な判断は 必要とされない。しかし、同じような立場にあるはずのアレックスは、かなり大きな部分を見ながら行動している。 蒼天とその一千人を越える乗員を指揮している事と言い、ブライトはアレックスに何かしら謎めいた物を感じずにはいられなかった。

(まさか、本人に面と向かって訊けないしな‥‥)

「どうしましたか、ブライト大佐?」

「あ、いや何でもありません」

「そうですか――しかし、これで、幾らか戦力整備の時間が稼げるな」

『ああ。それについては、良い知らせがある。ブレックス准将の計らいで、トロイホースの代艦としてペガサス級強襲揚陸艦 「グリフォン」が用意してもらえたそうだ』

「それは有難いが、ペガサス級では‥‥」

ブライトが渋い表情になる。ネェル・アーガマ級機動戦艦とは言わないまでも、せめてアーガマ級位は期待していたのだろうか。

「連邦も台所事情が苦しいですからね――待てよ?」

ブライトに慰めの声を掛けたアレックスだったが、ふと何かに気が付いて指を折りながら数えはじめた。

「……5‥‥6……7で――」

「?」

ブライトはそんなアレックスを怪訝な顔で見ている。

「――8か。おいマック、グリフォンてのはもしかして‥‥」

『そう、フライトWだ。アルビオン・タイプの新造艦さ』

ペガサス級の中でも、7番艦以降のフライトWと呼ばれるタイプはその最終生産型にあたり、武装・機動力・防御力等全ての面で それまでのペガサス級とは一線を隔す性能を持っている。実質は新型艦と言っても良いだろう。9番艦のグリフォンを含めても まだ三隻しか就役していないが、一般的にはその1号艦の名を取ってアルビオン級と呼ばれる事が多い。

『現在オキナワのカデナ・ベースで最終チェックをやっているが、回航要員がいないんで直接受領に来て欲しいそうだ』

「しかし、フライトWとは随分奢ったな」

『せいぜい、コキ使う気なんだろ』

「成る程ね。他には何かあるか、マック?」

『後は‥‥ああ、光子力研究所がDCの地上軍に襲われたそうだ』

「何だって!?それで被害は?」

マックの言葉に、ブライトが声を上げた。

『当初マジンガーZ、アフロダイAが迎撃、途中危なかった様ですが、グレートマジンガーとゲッターロボが救援に駆けつけ 特に大きな被害は受けなかったとの事です』

「DC地上軍も動きが活発化しているようだな。これは、戦力の糾合を急いだ方が良さそうですね、ブライト大佐」

アレックスの言葉にブライトも頷いた。

「サンキュー、マック。引き続き情報の収集に当たってくれ」

情報室との通話を切ると、アレックスは艦橋を呼び出した。

「D.D、艦は出せるか?」

『いつでも、行けます。それから、トロイホースは大気圏突入は無理だと、ハンスから言って来ています』

「そうか。じゃ、B案に添って地球へ向かってくれ。暫くしたら、そっちへ行く」

『了解――あ、ちょっと待って下さい』

D.Dは艦内通話機をそのままにして画面の外で誰かと話しをしていたが、すぐに戻って来た。

「どうした?」

『たった今、緊急信を受信しました』

「緊急信?何処の船だ?」

『識別コードFB30187、アナハイムのフォンブラウン支社が所有しているTS−62型運貨船「クラウセン」です。 地球へ向かう途中でDCと遭遇、攻撃を受けているようです』

「アナハイムの船か。貸しを作っとくのも良いかな――発信位置は解かるか?」

『ええ。戦術図表1−32、標定座標K25付近です』

「そう遠くじゃないな。よし、艦の進路をそちらへ向けて“ルビー・アイ”を出せ。他の者は、状況を確認してから追従させる。三種警報!」

『アイ、サー』

すぐさま、蒼天艦内に警報が鳴り響く。

『Attention、Situation LEVEL3、Situation LEVEL3。“Ruby−Eye” Scramble。Attention――』

警報を聞くと自室で報告書を作っていたメグは、すぐに傍らに置いていたヘルメットを掴んで格納庫へ駆け出していった。

「9104出るわよ。回してーっ!」

格納庫へ入るなり、近くの整備員に指示を出し真っ直ぐにリ・ガズィ9104号機「ルビー・アイ」に駆け寄る。そこではアムロとジュドーが 自機となったリ・ガズィの調整を行っていたが、突然駆け込んで来たメグに驚いて、アムロが声を掛けた。

「少尉、何かあったのか?」

「あ、レイ少佐。どうも、救難信号が入ったようです。これから、状況確認に出ます」

「救難信号?よし、俺も行こう。リ・ガズィの慣熟飛行に丁度良さそうだ」

「え、でも宜しいのですか?」

「なあに、かまわんさ。先行偵察機の護衛と言う事にすればいい。ええと、確かフォレストフィールド少尉だったね」

「メグで結構です。ファミリー・ネームは長くて呼び辛いですから」

「OK、メグ。俺もアムロと呼んでくれ」

「あ、オレも行くぜ、アムロさん。オレ、ジュドー・アーシタ。ジュドーって呼んでくれ」

二人の話しを聞いていたジュドーもアムロに同意する。

「解かりました。それでは、護衛をお願いします。行きましょう」

三人は、それぞれのリ・ガズィに搭乗すると発進準備に入った。

「ジェネレーター、アイドリング・パワー。INS、FCS、システム・グリーン。全システム、スタンバイ」

『発艦管制より9102、9103、9104。カタパルト・セットアップ。9102は33、9103は03、9104は00へセットします』

三機は整備台に乗ったまま発進位置へ向かって動き出した。アムロの9102は右舷カタパルトへ、ジュドーの9103は 左舷カタパルトへ、そしてメグの9104はリフトで艦橋ブロックのすぐ下にある中央カタパルトへ向かう。

「コントロール、こちら9104。飛行指示願います」

『こちらコントロール。目標位置、ブロック1−32、ポイントK25です。チャンネル3で識別FB30187をトレースしてください』

「9104了解」

通信ウインドウが開き、リンが現れた。

『メグ、朱雀は帰艦後の整備で、まだ3〜4時間は出られないわ。それから、信号の発信者はアナハイム社の小型輸送船 「クラウセン」よ。はっきりはしないけれど、DC軍のMSに襲われているみたいだから、充分に気を付けてね』

「了解、リン姉。大丈夫よ、何しろ連邦軍ニュータイプ・TOP3の内の二人が護衛に付いてくれてるから」

やがて、各機は発進位置に移動を完了する。

『発艦管制より9102、9103、9104。カタパルト接続します。発進用意』

「9102了解」

「9103、いつでもいいぜ」

「9104、スタンバイ。パワー・ミリタリー」

『カタパルト接続完了。コース・クリア。射出10秒前‥‥5秒前‥‥』

発艦指示信号が赤から青に変わる。

「リ・ガズィ9102、アムロ行きまーす!」

「9103、ジュドー・アーシタ出るぞ!」

「9104“ルビー・アイ”、フォレストフィールド少尉行きます!」

三機のリ・ガズィは、漆黒の宇宙空間へと踊り出た。





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