くろがね
第七話 「出撃!鉄の城」





「チーフ、敵艦隊が撤退を始めました。追撃しますか?」

「放っておけ。まだGP-02Aが健在だから、下手に刺激すると逆撃を被りかねん。それよりレイナ、全員に帰艦を指示してくれ。 アンは地球降下点までの航路を算出、降下目標はジャブローだ」

「「アイ、サー」」

やがて、帰艦命令を受けてレギオスが次々と帰艦して来た。しかし、何故かハンスの機体だけが中々戻って来ない。流石に、 少し心配になったアレックスはハンス機との通信回線を開かせた。

「ハンス、どうした?何処かやられたのか」

『あ、すいませんチーフ。今、敵さんの放棄したムサイを調べてた所です』

「放棄して行った?損傷はどの程度なんだ?」

『映像をそっちへ回します』

メインスクリーンにハンス機からの映像が映し出された。見ると、ムサイV級の特徴である艦橋下部のエンジンブロックに大きな 亀裂が入っている。

『機関部の損傷のせいで動けなくなった様ですね。他には目立った損傷は見られません』

「推進力がなけりゃ、ただの標的だからな。まさか、戦闘中に引っ張って逃げる訳にも行くまい」

『ですね』

「レイナ、あの艦の識別はつくか?」

「現在、照合中です――出ました、ムサイV級軽巡洋艦LCS−308『ヒュエーネ』です」

「どれどれ‥‥ほう、まだ配属されて三ヶ月か、新品じゃないか。よく、放棄する気になったな」

『で、どうします?』

「D.Dに言って、後で回収させよう。シグナル・マーカーを打ち込んで戻って来い」

『了解。マーカー設置後、帰艦します』

一方、ロンド=ベルは既に全機の収容を終了していた。

「いやー、今回は楽な戦闘だったなー」

艦橋に入って来るなり、ジュドーが声を上げた。

「俺達、殆ど何もしなくて良かったもんなァ」

「ホント、ホント。損害はゼロ、弾薬も少し使っただけだしな」

ジュドーの言葉にビーチャが相槌を打つ。

「でも、結局ガトーを無傷で逃がしてしまったぞ」

ガトーとの決着をつけられなかったコウは不満そうだ。

「あの場合は、あれで正解なんだよ、コウ」

「どう言う事ですか、アムロさん?」

「結果として、デラーズ=フリートはGP−02A以外の殆どの戦力を失っただろう?いくらGP−02Aが強力な機体でも、 補助戦力無しでは戦況をひっくり返す様な脅威にはならないって事さ。これで、連中も暫くは派手な攻勢には出て来れなく なった訳だ」

「そんなモノなんですか?」

「戦術って言うのはそう言う物なのよ。ガトーとは、また何処かで戦う機会が来るでしょ。それまで我慢々々」

そう言って、クリスは笑いながらコウの肩を叩いた。

「ブライトさん、青龍から航路データが来ました」

通信席のファがブライトに声を掛けた。

「解かった。トーレス、出発しよう――な、何だ!?」

突然、トロイホースを物凄い衝撃が襲った。艦体が猛烈な勢いで横滑りし、何かがぶつかって外壁に穴を穿つ。

「いったい何事だ!?」

状況を把握しようにも衝撃で艦が振り回されていて、何かにしがみついていなければ吹き飛ばされそうだ。 実際、立っていたジュドーやコウ達は壁際まで吹っ飛ばされている。アムロとクリスは咄嗟に手近なものに掴まって難を逃れていた。

「トーレス、艦の姿勢を復元しろ!」

「今やってます――くっ、このっ!」

この時、青龍も同様に衝撃波を浴びていた。こちらは、艦体上方から衝撃が来た為に艦体が沈み込みながら回り出す。

「なんだこりゃ!?――アン、姿勢を立て直せ。操舵をマニュアルに切り替え、スラスターF1からF10までとR5・L15を全力噴射!」

「了解、姿勢制御をシンクロモードからマニュアルモードへ。F1からF10、R5、L15、出力100%、スラスター噴射」

姿勢制御噴射によって艦体の回転が徐々に止まり始める。しかし、艦は依然として高速で後進していた。

「移動方向に対する艦軸線の相対角を読み上げてくれ」

「はい――傾斜角45‥‥30‥‥15‥‥10」

「よし、回転停止、メイン全開」

「カウンタースラスト噴射。メイン・ブースター、Full−Ahead!」

アンがスロットルを押し込むとメイン・ブースターが咆哮を上げ、青龍の後退速度が次第に減速されて行く。

「現在速度、マイナス30‥‥20‥‥10‥‥ゼロ、プラス5」

「半速後進、行き足を止めろ」

「Half−Astern、Sir――青龍、停止します」

制動が掛かり、青龍が停止する。アレックスの的確な指示とアンの必死の操艦で青龍は何とか姿勢を立て直す事が出来た。

「一体何が起こったんだ、レイナ?」

「ヒュエーネが爆発したんです。どうやら、放棄する際に自爆装置を作動させていたみたいですね」

「ブービー・トラップって訳か。流石にしたたかだな――取り敢えず、艦の被害状況チェックをしてくれ」

「アイ、サー」

やがて上がって来た被害状況の報告を見たアレックスは、渋い顔になった。艦体自体の損傷は大した事が無かったが、 思ったより深刻なダメージを負っていたのだ。

「――索敵系統が45%ダウンか。マズイな、こりゃ‥‥応急処理で何とかなるか、マック?」

アレックスの問い掛けに、マックは首を横に振った。

「だめだな。爆発で散った破片に左舷アンテナの本体を持っていかれちまった。応急処置じゃ、いいとこ七割程度までしか復旧できん」

「一回、戻らなけりゃならんか。トロイホースはどうだったのかな?」

ヒュエーネが爆発した際、トロイホースは青龍よりも近い位置にいた為に青龍よりも遥かに甚大な被害を被っていた。

「――こいつは酷いな」

被害報告を受け取ったブライトは、唸った。右舷に多数の破片を浴びた為、右舷格納庫扉が開閉不能、又艦内に飛び込んだ 破片によりMS数機も損傷している。レーダー類はほぼ全壊、火器も35%が損害を受けて使用不能になっていた。 そして、なにより深刻なのが右舷主機に損傷を受けた為、推進出力が30%まで落ち込んでしまった事だ。 これでは、戦闘はおろか通常航行も覚束無い。

「どうする、ブライト。一度ロンデニオンへ戻って修理するか?」

「しかし、これだけの損傷だとあそこの設備では時間がかかるぞ」

「だが、このままでは地球に降下する事は出来ないだろう」

「それは、そうだが‥‥」

ブライトとアムロが考え込んでいると、通信席のファがブライトに声を掛けた。

「ブライトさん、アレックス大佐から通信が入っています」

「ああ、繋いでくれ――アレックス大佐、お互い酷い目に会いましたね」

『全くです。そちらの損害はどうです?』

ブライトから被害の説明を受けると、アレックスは嘆息した。予想を遥かに上回る損害である。

「――それで、そちらの損害は?」

『軽微ですが、索敵機能の一部をやられました。こちらも、本格的な修理が必要な様です』

「これでは、地球への降下は先延ばしにしなければなりませんね」

『う〜ん、それも少しまずいですね。こちらの動きが遅れると、DCに戦力を整える時間を与える事になりかねません』

「しかし、この状態では戦闘行動は不可能では?」

『それに関しては、取り敢えず両艦とも修理する手配をしましょう』

「何か、当てがあるのですか?」

『ええ。後程、航路データを送りますので』

「解かりました。それまで、こちらは応急修理に全力を尽くします」

アレックスとの交信が終わるのと入れ替わりに、格納庫からの連絡が入った。

『ブライトさん、ちょっとマズイ事になってます』

「どうした、コウ?」

『MSの損害なんですが、ザク改が二機供、GMU、ネモがそれぞれかなりの損傷を受けました』

「戦力半減か、まいったな」

『それと、もう一機』

「何だ?」

『アムロさんのガンダムもです』

「何だって!?」

大声を上げたのはアムロだった。彼のガンダムは、言わばロンド=ベルの主力機だ。それが使用不能になれば、ロンド=ベルの戦力は 著しく低下する事になる。

「損害はどの程度なんだ?」

『各機供、右半身にかなりのダメージを受けています。ガンダムで言えば、右の頭部バルカン、右腕部の大部分、右腰部駆動系、 それに脚部もかなりやられました。他の機体も似たような状況です』

「修理は出来そうか?」

コウは暗い表情で首を横に振った。

『代替部品が全然足りません。特に、ガンダムは他の量産機と違った規格の部品を多用してますからね。 60%も機能回復出来れば良い方です』

「とにかく、出来る限り修理してくれ。不足の部品については、後でアレックス大佐に相談してみよう」

『解りました』

暫くすると、青龍から航路データが送信されて来た。

「ブライトさん、航路データが来ました。しかし、これは‥‥」

データを見たトーレスが首を捻る。

「どうした?」

「このコースだと、何も無い空域へ向かう事になりますね。何処かのベースでもないし、地球へ向かう訳でも 無さそうです」

青龍から送られたルートは、地球と月の間を抜ける様なコースだった。

「何か考えがあるんだろう。取り敢えず出発しよう」

「無理ですよ、ブライトさん。レーダー類が全滅してるんです。これじゃあ、真っ直ぐに進む事さえできませんよ」

「そう言えばそうだな。青龍に誘導してもらわなければならんか」

「しかし、向こうも索敵機能をやられたと言っていなかったか」

アムロに指摘されて、ブライトも遅まきながらそれに気が付いた。

「それもそうだな。それとも、あっちは航行には支障が無いのかな――ファ、アレックス大佐を呼び出してくれ」

青龍との通信回線が開かれると、すぐにアレックスが出た。

「アレックス大佐、こちらは先程も言ったように、レーダー類が全滅してしまい航行に支障が出ています。そちらで誘導願えますか?」

『ああ、その事ですか。実はこちらも座標測定ビーコンの受信システムをやられていましてね』

座標測定ビーコンは宇宙空間で自艦の位置を特定する為に必要不可欠な信号だ。これを受信出来ないと、自分が何処にいるのか 全く解からなくなる。天測と言う方法も無くはないが、それにはかなり高等なシステムが必要となり、トロイホース級やアーガマ級は 搭載していない。

「では、ここから動けないではないですか!?」

思わず、ブライトの語気が強くなる。しかし、アレックスは余裕の表情だ。

『大丈夫、手は打ってあります――ああ、来たようですね』

アレックスの言葉と供に、トロイホースと青龍の間に別の艦が入り込んで来た。

「何だ、この艦は!?」

それは、色々な場所で様々な船を見てきたブライト達も初めて目にするタイプの艦だった。トロイホースより一回り小さい 鮫を思わせる流麗な艦形を持ち、朱色を基調にした塗装が施されている。その艦は、そのまま二隻の間を通りすぎると 前方へ出た所で停止した。

『あの艦は、我々の所有する高速戦術偵察艦「朱雀」です。情報収集能力を特化させた艦ですから、一隻でも十分に二隻分の 索敵エリアをカバーできます。こちらも索敵機能が充分に働いていませんから、朱雀に両艦の補佐をさせましょう―― リン、準備してくれ』

新たな通信ウィンドウが開き、リンが現れた。

『朱雀を預かります、ブルーナイツRセクション・リーダー、リン=マオ中尉です。トロイホースの戦術・航法システムをこちらの 索敵システムとリンクさせますのでリンク・コードをお願いします』

「了解した――トーレス、システムをリンクさせてくれ」

「了解。航法システム、戦術システムをリンク。コードはCSC13508及びTSC20895――」


高速戦術偵察艦『朱雀』



朱雀では、青龍とトロイホースからのリンク・コードを受け取った情報管制席のグレースが、システムの接続作業に没頭していた。 なにしろ、朱雀一隻で二隻分の戦術・航法システムを補佐するのだ。設定だけでもかなり複雑な作業になる。

「――トロイホース、航法システム接続アクセプトですぅ。続いてぇ、青龍の戦術システムへアクセスしますぅ――」

喋るペースは遅いが、指先は操作卓の上をもの凄い勢いで走っていた。傍で見ていると、手が四本位あるようにも見える。

「――青龍の航法システムへの接続、アクセプトしましたぁ。リン姉様、全システム接続終了ですぅ」

「OK、システムを起動して」

「はいですぅ――システム・ネットワーク、コンタクトォ」

グレースがリターン・キーを叩くと、情報管制席のディスプレイに様々な情報が写し出された。同時に、死んでいたトロイホースの 航法システムが生き返る。

「ブライトさん、航法システムが復帰しました。航行可能です」

「よし、出発しよう」

三隻は、朱雀を頂点にした三角形を作ると、ゆっくり進み始めた。


――日本・静岡県冨士山麓


富士山の裾野に広がる平原に、白い翼を二枚合わせたような形の一風変わった建物が建っている。 日本が世界に誇るスーパーロボット・マジンガーZの活動拠点、光子力研究所だ。今、その内部には警報音が鳴り響いていた。

「――各部署は警戒態勢をとれ。それから、日本政府と連邦軍司令部に通報だ」

中央管制室では所長の弓弦之助教授が各所への指示を出している。

「弓教授、何事ですか!?」

そう言いながら管制室に駈け込んできたのは、マジンガーZのパイロット、兜甲児だ。弓教授の娘でアフロダイAのパイロット、 弓さやかも一緒にいる。

「おお、甲児君。これを見てくれ」

弓教授が示したスクリーンには一機の飛行物体が映し出されていた。ずんぐりとした形の巨大な飛行体で、一見すると亀のようにも 見える。しかし、それは甲児達には見慣れた物だった。

「これは、飛行要塞『グール』!」

「お父様、ひょっとして、またDCが!?」

「ああ、先日DC宇宙軍と連邦軍が交戦したとの連絡が入っている。おそらく、DC地上軍も活動を開始したのだろう」

さやかの問いに弓教授が頷く。

「所長、グールから機械獣多数が降下しました」

グールを監視していた所員が報告する。

「解かった――甲児君、マジンガーZ出撃だ」

「そう来なくちゃ!こちとら、平和で身体が鈍ってたところだぜ!」

甲児は嬉しそうにそう言うと駆け出していった。

「お父様、私もアフロダイAで出ます」

「うむ。しかし、無理はするんじゃないぞ」

「はい」

さやかも、アフロダイAの格納庫へ向かう。一方、パイロット・スーツに着替えた甲児は、研究所の地下駐車場に降りると、 そこに駐機してあるマジンガーZのコクピット・ユニット、ホバーパイルダーに飛び乗った。

「行くぜ!」

ホバーパイルダーを発進させると、通路を飛び抜け研究所の前庭にあるプールの上空へ向かう。

「マジーン・ゴー!」

甲児の掛声に、プールの底が中央から左右に開いて行き、流れ落ちる水の中からマジンガーZの黒い巨体が上がって来る。

「パイルダー・オーン!」

左右のローターを畳んだホバーパイルダーがマジンガーZの頭部にドッキングすると、巨神の両眼に光が宿り咆哮を上げる。

『甲児君、ジェットスクランダーはまだ整備が済んでいない。上空からの攻撃に注意するんだ』

「解かりました、弓教授――よーし、行くぜマジンガー!」





第六話

第八話

「小説の部屋」へ戻る