第六話 「デラーズ=フリート」





トロイホースの艦橋では、アレックスとブライトが今後の行動に関する打ち合わせに入っていた。

「――では、ポセイダル軍は当面無視する、と言う事ですか」

ブライトが、アレックスの提案に意外そうな顔で訊ねた。

「無視すると言うのでは無く、相手の出方を見ると言ったところです。 とにかく、あちらさんの戦略目的が明確になっていないので、作戦の立て様が無いんですよ。 それに、最終的には外交が絡んで来るでしょうから、そこら辺は上の判断を仰がないとならないでしょう」

「確かに、それは言えていますね。特に外交絡みになる事は上に任せた方が懸命だ」

アムロが頷きながら同意する。

「そう言う事です――まあ本音は、面倒事は上に押し付けてしまって、あちらにも少しは苦労してもらおう、と」

そう言って、アレックスが片目を瞑ると場に笑いが起こった。

「そうすると当面の相手はDCと言う事になるが、宇宙軍と地上軍のどちらを?」

「まず地上軍を片付けましょう」

「判断の根拠は?」

「ご存知の通り、宇宙に展開している部隊の補給はその殆どが地球上の拠点から行われています。 つまり、地上のDC拠点を叩く事で宇宙軍への補給を滞らせ、その動きに掣肘が掛けられる訳です。 うまく補給線を潰す事ができれば、宇宙軍の方は自然に干上がるでしょうしね」

「成る程。つまり、こちらが何もしなくても勝手に手を上げるだろうと言う事ですか」

ブライトが感心した様に言った。

「まあそこまでは無理としても、後で当たるにしても少しでも力を削いでおくに越した事は無いでしょう。 それに、連邦の宇宙軍はグラナダに第一艦隊が駐留していますから、戦力的にも充実しています。 しかし、地上軍の方は今までの戦いでかなり弱体化していますし、 DC地上軍の主力は確かMSでは無くDr.ヘルの機械獣やメカザウルスでしたよね?」

「そうです」

「とすると、連邦軍のMS部隊には少し荷が重いでしょう」

「う〜ん、確かにその通りですね」

頷いて考え込むブライトに、アムロが声を掛けた。

「どうだろう、ブライト。ここはアレックス大佐の判断が正しいと思うんだが。 それに、状況を把握する為にも地球へ降りてジャブローにでも行ってみた方がいいんじゃないか?」

「そうだな。ではアレックス大佐、取り敢えずジャブローに向かうと言う事でどうでしょう?」

「賛成です。では、我々も艦に戻って出発準備に入ります」

話しがまとまりアレックス達が艦橋を辞しようとした時、ハンス達三人とパットが上がって来た。

「あれっ。チーフ、もう帰るんですか?」

「ああ、ウィルか。どうだった?」

「思った通りPTX−01でした。コード・ネームは『ゲシュペンスト』だそうです」

「そうか、詳細は戻ってから聞こう。ご苦労さん」

「しっかし、イルムならともかく、お前がいきなりナンパか?珍しい事もあるもんだな、ウィル」

エイジが、ウィルの傍にパットがいるのを目敏く見つけてからかった。

「え?あ、ち、違いますよ――パット、俺達のチーフ、サカザキ大佐だ。ご挨拶しろ」

ウィルに促され、パットがアレックスに向かって機敏な動作で敬礼する。

「初めまして。ロンド=ベルの新人、パトリシア=ハックマン少尉です。兄がいつもお世話になっています」

「ブルーナイツのサカザキだ、よろしく。中々頼もしそうな妹さんじゃないか、ウィル」

「いやあ、まだまだヒヨッコですよ――痛っ!」

ウィルの足をパットが思いきり踏ん漬けた。

「それにしても、ウィルにこんな美人の妹がいたとはな」

「あげませんよ、少佐」

エイジの言葉に、すかさずウィルが突っ込む。

「ちっ、残念。読まれたか」

「馬鹿言ってないで、帰るぞ――では、ブライト大佐、我々はこれで」

そう言って、アレックス達がその場を離れようとした時、通信席に座っていたファの緊張した声が艦橋に響いた。

「ブライトさん、緊急通信が入っています。連邦軍の部隊がDCと交戦中との事です」

「場所は?」

「ここザーンと、リア(サイド6)のほぼ中間の空域です」

「近いな。ブライト大佐、救援に行った方がいいでしょう」

アレックスの提案にブライトも頷いた。

「そうですね。よし、全員ただちに発進準備だ。戦闘空域に到着次第、MS隊を出撃させる」

「我々も青龍に戻るぞ」

アレックス達も急いで青龍に帰艦すると、それぞれの持ち場に付いた。

「青龍、ただちに出港する。アン、管制に連絡してくれ。レギオス全機は、即時出撃態勢へ――マック、リン達は何処にいる?」

「もう現場に向かってるよ。あと四十分程度で配置に付くはずだ」

「流石に行動が迅速だな」

マックの答えに、アレックスは満足そうに頷いた。

「チーフ、出港許可が下りました」

「トロイホースは?」

「今、出港して行くところです」

アンの言葉に窓外を見ると、トロイホースが港の外へ出て行くところだった。

「よし、こちらも出るぞ」

「アイアイサー。両舷微速前進。青龍、出港します」

トロイホースの後を追って、青龍もシャングリラを出港した。

「チーフ、マオ中尉から連絡です」

出港して暫くすると、通信席のレイナ=アスティン伍長がアレックスに声を掛けた。

「メインに回してくれ」

正面の通信スクリーンにリンが現れた。

「リン、どんな状態だ?」

『DCの中規模な部隊と、連邦の第3、第9戦隊が交戦に入っています』

「マック?」

アレックスの問い掛けに、マックが情報端末を操作して部隊編成を確認する。

「ん〜と、第3がサラミス改級のサセックス、デヴォンシャー、第9がアレキサンドリア級のスラヴァとノーウイック、 MSは――十二〜十四機ってとこかな」

『こちらで確認した限りでは、GMVを主力にした十二機が出撃しています』

「敵の戦力は?」

『現在確認中ですが、戦闘艦がニ〜三隻、MSが十五〜十六機程度と思われます』

「一個戦隊規模か。よし、詳細が解かり次第、報告してくれ」

『アイ、サー』

通信が切れると、アレックスはトロイホースに通信を繋ぎ、ブライトを呼び出した。

「ブライト大佐、そちらから何機出せます?」

『八機ですね。他の機体は、まだ戦闘が出来る程修理が出来ていません』

「こちらからは、レギオスを十六機出せますから何とかなるでしょう。今、ウチの先行偵察隊が敵戦力の確認をしていますが、 大体一個戦隊位の戦力の様です。詳細が判明次第、連絡します」

『解かりました。では、後程』

この間も、二隻は戦闘空域に向かって最大戦速で航行している。そして、後10分程で到着というあたりまで来た時、 再びリンからの通信が入った。しかし、リンの顔色があまり良くない。

『チーフ、悪い知らせです』

「どうした?」

『連邦軍の部隊は、殆ど壊滅状態です』

「何っ、そりゃ随分早いな。相手はそんなに強力なのか?」

『旗艦はグワリブ改級、これは通信の傍受でグワデンと判明しました。他にムサイV級が二隻。 そして、先程MSの中にGP−02Aと思われる機体を確認しました』

「GP−02Aサイサリス――アナベル=ガトーか!てぇ事は、奴ら『デラーズ=フリート』か。ちと厄介だな」

エギーユ=デラーズ中将率いるデラーズ=フリートは、DC宇宙軍の中でも最精鋭と言われる部隊だ。 中でも、連邦軍から強奪したGP−02Aサイサリスを駆るアナベル=ガトー少佐は「ソロモンの悪夢」の異名を採る 凄腕のパイロットである。勿論、他にも多くの優秀なパイロットを多数抱えるデラーズ=フリートだが、何よりもアレックスが 頭を痛めるのが、GP−02Aがアトミック・バズーカ――核弾頭ミサイルを装備している事だ。 こんな物を部隊の中に撃ち込まれでもしたら、甚大な被害を出し兼ねない。

「で、その他の戦力は?」

『MSはRMS−108マラサイが六機、MS−R09-2リックドムUが八機、それにGP−02Aを加えて十五機が全戦力です。 但し、連邦軍との交戦でマラサイ二機が小中破、リックドムUも一機が中破、二機が撃破されています』

「すると残りは十機か。何とかなりそうだな――レイナ、トロイホースを呼び出してくれ」

トロイホースに通信を繋ぐとスクリーンにブライトが現れた。

「ブライト大佐、敵の戦力が確認できました。それから、連邦軍は既に敗退した模様です」

『我々は間に合いませんでしたか。それで、敵戦力は?』

「戦艦が一、巡洋艦二、戦闘可能なMSが十です。戦力としては少数ですが、MSの中にGP−02Aがいるそうです。 どうやら、デラーズ=フリートの様ですね」

『GP−02A!ガトーですか!?』

「ええ。GP−02A自体はMS戦には不向きな機体ですが、彼の腕を考えれば軽視出来ない相手です。 MS隊に充分注意するよう、伝えて下さい」

『了解しました』

「チーフ、間も無く目標宙域に到着します」

「解かった。ではブライト大佐、健闘を祈ります」

『そちらも。それでは』

「よし、レギオス全機発進。相手は名だたるデラーズ=フリートだ、気を引き締めてかかれ!」

アレックスの激を受け、レギオスが次々と発進して行く。一方、同航するトロイホースからもMSの発進が始まっていた。

「アムロ、ガンダム行きーます」

先陣を切ってアムロのガンダムが離艦し、他の機が跡に続く。キースのガンキャノン、バーニィのザク改は、 まだ出撃出来る状態には無かったが、代わりにジュドー達の持ち込んだMSが加わった為、ロンド=ベルは八機のMSを 出撃させる事が出来た。

『みんな聞いてくれ。相手はデラーズ=フリートだそうだ』

「デラーズ=フリート!?それじゃあ、ガトーも?」

コウが、因縁の相手の名を聞いて驚きの声を上げる。彼のGP−01Fbは、言わばGP−02Aの兄弟機だ。 しかも、ガトーのGP−02A強奪以来、彼等は――色々な面で――幾度と無く刃を交えている。

『その通りだ。GP−02Aも存在が確認されている』

「了解した、ブライト。みんな、充分注意してくれ」

アムロが全員に注意を促した時、オッダーからの通信が入った。

『アムロ少佐、そっちでGP−02Aの足止めと巡洋艦の牽制をやれるか?』

「その位なら、出来るとは思いますが」

『撃破する必要はない。少し時間を稼いでもらいたいんだ。その間に我々が他のMSを始末する』

「了解です――エマ、コウ、一緒にガトーを足止めするぞ。他の者はムサイを牽制してくれ」

「「「了解」」」




エギーユ=デラーズにとって、連邦軍との戦闘は全く予定外の出来事だった。彼の艦隊がこの空域にいたのは、 連邦軍との戦闘を行う為では無く、寧ろ交戦を避ける為にこの方面へ進路を採っていたのだ。 勿論戦闘を厭うようなデラーズでは無いが、現在は連邦軍との全面衝突に向けてアクシズに戦力を集中しようとしている時であり、 その動きを連邦軍に知られない様にデラーズ=フリートも艦隊を分派して隠密裏に行動しているところだった。

「司令、敵が撤退を始めました。追撃しますか?」

「その必要は無い。我々の任務は一刻も早くアクシズへ向かう事だ。損傷機の収容は終わったか?」

「はっ、全て終了致しました」

「では、警戒機も順次帰艦させろ。殿は、ご苦労だがガトー少佐にやって貰おう」

「すぐに、指示します」

正直な所、デラーズは気が重かった。連邦軍は巡洋艦一隻と少数のMSを残して撃破したものの、自軍の被害も大きい。 保有する十五機のMSの内、二機が撃破、三機が小中破。修理をすれば再出撃可能な機体もあるとは言え、戦力の三分の一 を失ってしまったのだ。

「中々、予定通りには行かぬものだな‥‥」

デラーズ=フリートがこのコースを選んだのは、ルナツーを襲ったシーマ隊がロンド=ベルと交戦したと言う報告を受けたからだ。 実はロンド=ベルの活動拠点と言う事を除けば、ザーン自体には大した戦略価値は無い。つまり、ロンド=ベルがロンデニオンを 離れている現在、ザーン周辺に連邦軍が大きな戦力を配置しているとは考え難い訳である。それを見越してザーンと中立サイドの リアの中間を抜けるルートを選び、更に目立たない様に艦隊を二つに分けて行動していたのだが、どうやらそれが裏目に出て しまった様だ。

「しかし、何故あの様な場所に敵の部隊がいたのだ?」

デラーズにとって計算外だったのは、ポセイダル軍の存在である。第78警備隊が発した緊急通報に、連邦軍の艦隊司令部は ロンド=ベルの救援は間に合わないと判断して、代わりにたまたま付近を航行していた第3、第9戦隊から成る第27任務部隊 を差し向けたのである。結果的にポセイダル軍はロンド=ベルとブルーナイツが撃退し、第27任務部隊は戦闘に間に合わな かったのだが、その途中でデラーズ=フリートと遭遇してしまったのだ。

「とにかく、これ以上の戦闘は出来るだけ避けねばならんな」

デラーズとしては、これ以上の戦力の消耗は何としても避けたかった。他に纏まった艦隊戦力を持たないDC宇宙軍にあって、 彼の艦隊は中核と言っても良い。それを、いたずらに消耗する事は今後の作戦行動に大きな影響を与えるだろう。 しかし、事態は彼の望みとは逆の方向へ動いていた。

「閣下、新たな敵部隊が接近中です!」

「むう、やはりすんなりとは行かせて貰えんか――よし、MS隊に迎撃を指示しろ」

戦闘は本意では無いが、目の前の敵に背を向けたのではデラーズ=フリートの沽券にも関わる。すぐにMS隊に対し、 迎撃命令が下った。

「了解した。直ちに迎撃する――ローム曹長、クライン軍曹、続けっ」

「「了解」」

命令を受けたガトーは、列機を連れ敵の接近して来る方へ向かった。

『ガトー少佐、敵はMS八機と戦闘機らしきものが十数機の模様です。MSは正面から、戦闘機は二手に別れて接近中』

「了解。我々はこのままMSの迎撃に向かう」

更に進むと、やがて相手のMSが確認できる距離になった。

「あれはGP−01Fb!ロンド=ベルか!?」

思わぬ遭遇に、ガトーは内心昂揚していた。今までの経験から言っても、今後の戦いの中で最も大きな障害になり得るのが ロンド=ベルだろう。であれば、今ここでその戦力を少しでも叩いておくに越した事はない。

「GP−01Fbにガンダム、それにガンダムmkUか。相手にとって不足は無い!」

敵に向かってGP−02Aを加速させる。しかし、タイミングを誤った為、列機のマラサイ二機は加速が少し遅れてしまう。 それはほんの僅かな遅れだったが、その瞬間が戦いの趨勢を分けた。

「な、何だこいつは」

突然、GP−02Aとマラサイの間に彼等の見知らぬ機動兵器が割り込んで来た。ブルーナイツのレギオスである。

「少佐、ガトー少佐!うわーっ!」

部下の悲鳴にガトーが後方を確認すると、二人の機体はアーモソルジャー形態の四機のレギオスに包囲され集中砲火を 浴びていた。あわてて反転しようとすると、ロンド=ベルの三機からの砲火が降り注ぐ。

「しまった、謀られたか!」

ガトーはロンド=ベルの意図に気付き愕然とした。戦力として最も強力なGP−02Aを他から切り離したのだ。

「おのれロンド=ベル、卑怯な手を!」

ガトーは知らなかったが、この作戦はブルーナイツの立案である。ロンド=ベルならこんなあざとい手は使わない。

「ならば、貴様等から片付けてくれる!」

ロンド=ベル隊へ向かって突っ込むGP−02A。しかしアムロ達は距離を取って決して近づこうはとせず、遠距離からビーム・ ライフルでの攻撃を繰り返すだけである。元々GP−02Aは、戦術核攻撃と言う極めて特殊な運用を想定されている為、 格闘戦には不向きな機体だ。しかし、ビーム・サーベルでの戦闘はガトーの腕もあって相当なレベルと言える。 その為にアムロ達も接近戦を避けているのだ。そして、ガトー隊が交戦に入ったのとほぼ同時に、ブルーナイツの全面攻撃が始まっていた。 デラーズ=フリートのMS一機に対し、二機のレギオスがコンビネーションを組んで襲いかかる。リック・ドムUは、ほとんど あっと言う間に全滅、マラサイは辛うじて残っているが壊滅は時間の問題の様だ。しかも、手の空いたレギオスがロンド=ベルの MSと協力して巡洋艦を攻撃し始めた。

「何と言う事だ――我が方の損害はどうなっておるか?」

「はっ、リック・ドムは既に可動機は皆無、マラサイも二機を残すのみです」

「閣下、巡洋艦ヒュエーネより入電。『我、敵ノ攻撃ヲ受ケ操艦不能。指示ヲ乞ウ』」

デラーズは思わず頭を抱えそうになった。遂に戦闘艦に損害が出てしまったのだ。しかも、操艦不能になってしまったのでは 放棄するしかない。

「仕方が無い、ヒュエーネには総員退艦を指示、ブリュッヒャーに収容させろ。残存のMSを収容次第、全艦この空域より離脱する―― ガトー少佐はどうしたか?」

「現在、ロンド=ベルのMS隊と交戦中です」

「すぐに呼び戻せ。艦隊の離脱を支援させろ」

甚だ不名誉な事だが、ここは引くに限るとデラーズは判断を下した。とにかく、これ以上の戦力の消耗は避けねばならないのだ。

「閣下、GP−02A以外のMSの収容終わりました」

「よし全艦反転、アクシズへ向かえ」

(今日の所はこちらの負けだ、ロンド=ベル。しかし、次に会った時はこうは行かんぞ)





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