第五話 「共同戦線」
「――では、後程――?」
アレックスがトロイホースとの通信を終えてマイクを置くと、後ろから忍び笑いが聞こえてきた。
「なにが可笑しいんだ、エイジ?」
「いや、チーフもあんな丁寧な話し方が出来るんだな、と思って」
普段は相手が将軍だろうと誰だろうと不遜な態度しかとらないアレックスが、同じ階級の相手に丁寧な物腰で接するのが余程可笑しかったと見えて、艦橋にいる全員が同じ様に笑っていた。
「なんだい、みんな普段どんな目で俺を見てんだ――アン、笑い過ぎだぞ。進路をロンデニオンに向けてくれ」
「了解。青龍、ロンデニオンへ向かいます」
操艦席のアネット(アン)=ストレイダー曹長は、吹き出しそうになるのを堪えながら艦の進路をロンデニオンへ採った。クリスが「アクエリアス」と呼んだこの艦は、現在の名を「青龍」と言う。ブルーナイツがDC事件、インスペクター事件の際に母艦として使用していたアーガマ級強襲巡洋艦の4番艦で、彼等が蒼天を与えられた際に改装を行い、名を変えて蒼天の搭載艦――作戦支援艦の一隻となった。因みに青龍の運用要員は、普段は蒼天で別任務に従事している。
「ところで、これからどうする気です、チーフ?」
エイジの問いに、アレックスは右舷を同航するトロイホースに視線を向けた。
「彼等に協力を要請するつもりだ」
「彼等って、ロンド=ベルにですか?」
「ああ。今回の戦いは少し複雑になりそうだからな。正規の部隊より、彼等の様な独自の判断が出来る部隊の方が、柔軟な対応が出来るだろう」
「成る程」
この時、マックが艦橋に上がって来た。
「マック、どうだった?」
「OKだ。ポセイダル軍の事は上に伝えておいたぞ。勿論、ダバ君達の事は伏せてある。上の連中、特にジャミトフあたりが彼等の事を知ると、何をするか解らないからな」
独裁者意識の強いジャミトフ=ハイマン中将は、ブルーナイツの面々に酷く嫌われていた。元々、アレックスの影響か権力支配や政治的圧力等の様な行為には嫌悪感を示す彼等だが、先頃ジャミトフが自分の親衛隊とも言えるティターンズを設立した事で更に拍車が掛かった様だ。
「ご苦労さん。後は、と――こちら030、蒼天聞こえるか」
アレックスが蒼天への通信回線を開くとD.Dがスクリーンに現れた。
『こちら蒼天です。どうなりました、チーフ?』
「取り敢えず、追っ払う事には成功したよ。どの辺まで来てる?」
『月の近くです。距離は採ってありますから、どこにも探知はされてないはずですよ』
「よし、そのまま待機してくれ。ところで、物資はどれ位ある?」
『一寸待って下さい――武器弾薬が98、生活物資が84、その他92ですから、全体で90%を少し超える位ですね』
「解った。追って連絡する」
『アイ、サー』
「武器弾薬は殆ど使ってないから良いとして、流石に生活関係の物資は減ってるな」
オッダーの言葉に、アレックスも頷いた。
「まあ、このままでも何とかなるが、やはり補給は欲しい所だな。それに、ロンド=ベルの戦力も少し梃入れしておきたいしな」
「となると、上に掛け合わなけりゃならないぞ」
「う〜、それが嫌だなあ‥‥」
実は、アレックスはこの手の交渉事が大の苦手だった。長引くと、途中で切れてしまうのだ。(割と短気なのである)
「そいつは、俺がやっとくよ。コーウェン中将なら話しも通じるだろう」
「頼まァ、マック」
そう言って、マックに手を合わせるアレックス。こう言ったあたりは、部隊指揮官の顔では無く、同級生に頼み事をする学生の様である。
「ま、いつもの事だからな」
「悪いな。今度、一杯奢るよ」
やがて、トロイホースと青龍は相次いでロンデニオンに入港した。
「さてと、それじゃあ表敬訪問と行くか。オッダー、エイジ、一緒に来てくれ。それからダバ君も来てくれるか。彼等には全ての事情を話しておきたいんだ」
「解った」
「了解」
「解りました」
しかし、四人が出掛けようとすると、ウィルがアレックスに声を掛けて来た。
「チーフ、一寸気になった事があるんで俺も行っていいですか?」
「どうした?」
「シャングリラの戦闘の時、ロンド=ベル隊の中に黒い機体があったでしょう」
アレックスは少しの間記憶を反芻し、確かにそう言った機体がいた事に思い当たった。
「ああ、そう言えば見た事の無いMSがいたな」
「あれ、少し形は違うけどPTX−01じゃないかと思うんですよ」
「PTX−01て、G計画のアレか?確か、お前の親父さんが開発の総指揮を執ってたよな」
ウイルの言葉に、ハンスが声を上げた。
「しかし、ありゃまだ実験段階じゃなかったのか?」
「ええ、Gシステムがうまく安定しないって言ってましたけど。でも、目途が付いて実戦データの採取に入ったのかもしれません」
「うーん、どちらにしても少し気になるな。よしハンス、お前もウィルと一緒に行って調べてみてくれ。ショーティも連れて行った方がいいだろう」
「アイ、サー」
トロイホースに到着すると、アレックス、オッダー、エイジ、ダバは艦橋に向かい、ハンス、ウィルそしてMセクションのショーティ=コーネリアス大尉は格納庫へ向かった。
「初めまして。ブルーナイツのアレックス=サカザキです」
艦橋では、ブライト、アムロ、エマ、クリス、バーニィの五人がアレックス達を出迎えた。
「ロンド=ベルのブライト=ノアです。宜しく、サカザキ大佐」
「アレックスと呼んで下さって結構です。堅苦しいのは苦手でしてね」
そう言ってアレックスが笑うと、ブライトも同じ様に笑い返した。
「同感です。私もブライトと呼んで下さい――ところで、わざわざ来艦したのは単に挨拶だけではないのでしょう?」
「流石に鋭い。実は幾つか話したい事があるのですが、通信を使うのには不向きな内容なのでね。それで、わざわざこんな方法を採らせてもらったんです」
「成る程、それは興味深い。早速訊かせてもらいましょうか」
「先ず、先程シャングリラで戦った相手の事ですが‥‥」
「と言う事は、あの時現れたMSはあなた方の物ですか?」
アレックスの言葉に、アムロが驚いた様に言った。
「ああ、レギオスですか。そうですよ、アムロ=レイ少佐。正式には、機動兵器形態をアーモソルジャーと呼びますけどね」
「アーモソルジャー『レギオス』‥‥あ、失礼。話しを続けて下さい」
アムロに促されて、アレックスは言葉を続けた。
「多分、後程司令部から通達が出るとは思いますが、彼等は太陽系から1200光年程離れたペンタゴナ星系からやって来たポセイダル軍です。取り敢えず、地球侵攻が目的なのは解っていますが、最終的な戦略目的は不明です」
「そんな情報をどうやって‥‥」
「情報提供があったんですよ。実は、これが通信を使いたく無かった理由のひとつなんですがね」
そう言うと、アレックスはダバに目で合図した。それを受けてダバが前に進み出る。
「彼の名前は、ダバ=マイロード。ペンタゴナでポセイダル軍に対抗する組織に属しているそうです。彼からポセイダル軍侵攻の警告を受けたのですが、向こうの侵攻速度が速くて後手に回ってしまいました」
「成程。で、彼の事は上の方には?」
「報告していません。理由は――察しが着くでしょう?」
言われて、ブライト達は複雑な表情で頷いた。なにしろ、彼等には今まで散々上の勝手な思惑に振り回された苦い経験が山の様にあるのだ。
「大きな声では言えないが、賢明な判断でしょう。悪くすると、彼を取引の材料にされ兼ねない」
「まあ、そう言う事です。あ、彼の事は外部には秘密にしておいて下さい」
「無論、解っています」
「良かったね、ダバ。話しの解る人達がいて」
「こら、リリス。駄目じゃないか、着いて来ちゃ」
ダバの服の中から、ひょっこりリリスが顔を出した。どうやら、こっそり着いて来ていたらしい。一瞬、アレックスは場がパニックになる事を予想したが、返って来た反応は思ったのとは全く違うものだった。
「チャム!?チャム=ファウじゃないか!なんでここに?ショウ達も一緒なのか?」
そう声を上げたのは、アムロだった。
「えっ?あたしはリリス、リリス=ファウよ。チャムなんて名前じゃないわ」
「そうなのか?いや、すまない。知っている人に似ていたから‥‥」
アムロは、何気なくとんでもない事を言っている。リリスに「似た人」と言うが、その身長を見てそう言い切るのだから、ほぼ同じサイズなのだろう。但し、常識的に考えればそんな「人」がいる訳が無い。これにはアレックス達の方が驚いてしまった。
「少佐、今、サラっと爆弾発言しなかったか?」
「あ、いや、少し前のラ・ギアス事件の時に彼女に良く似た人に会ったんです。それで、つい‥‥」
「ラ・ギアスって‥‥ああ、確か地底にある国に引き込まれたとか言う」
インスペクター事件の直後に起きた連邦軍・DC軍における謎の失踪事件、通称ラ・ギアス事件の報告書はアレックスも目を通していた。
「ええ。その時に会った、バイストンウェルの人達と一緒にいたのがチャムです‥‥本当にそっくりだ」
「えっ、じゃあ地球にもミラリーがいるの?会いたいな。何処にいけば会えるの?」
アムロの言葉に、リリスは顔を明るくした。故郷の同族はほとんどいなくなってしまったのに、遠い異星に来て仲間に会えると知ったのだから無理も無いだろう。
「それが、彼女は異世界から来ていたんだ。だから、ちょっと会うのは難しいんじゃないかな」
「そうなの‥‥会ってみたかったな」
リリスはがっくりと肩を落として溜息をついた。場が暗くなったので、あわててアレックスが話しを元に戻す。
「あ、それでですね、ブライト大佐。話しの続きなんですが」
「え、ああ、そうでした。どうぞ」
「えーと、しばらくウチの隊をロンド=ベルに同行させてもらいたいんですよ」
「つまり我々と共に戦う、と解釈して良いのですか?」
アレックスの以外な申し出に、ブライトは驚いた様な顔で訊き返した。
「そう思って頂いて結構です。基本的な作戦方針はそちらにお任せしますので」
「こちらとしては、戦力の増強は願っても無い事ですが、一体何故?」
「まあ、正直な話しこちらも戦力を補強したいと言うところです。そうなると、正規部隊からの支援は望めないんでね。それに、状況次第では民間の力も借りなければならなくと思うので、ね」
アレックスの言う「民間の力」とは、勿論軍に所属していないスーパーロボット達の事である。彼等の協力を得ようとするならば、やはり共に戦った事のあるロンド=ベルのつてを頼るのが賢明な策と言うものだ。アレックスの言外の意図は、ブライトにもすぐに読み取れた。
「成程、良く解りました。そう言う事であれば、一緒に戦いましょう」
そう言うとブライトは手を差し出した。アレックスもその手を握り返す。
「快諾して頂いて感謝します。これから、宜しくお願いします」
「こちらこそ」
一方、ハンス達三人はアレックス達と別れるとトロイホースの右舷格納庫に来ていた。ペガサス級強襲揚陸艦は、その名の通り天馬のような姿をしており、その前足に当たる部分に格納庫がある。目当ての機体がどちら側に格納されているか解らないので、取り敢えず右舷側を覗いてみたのだ。
「あ、少佐。ありました」
ショーティの指差した場所に見慣れぬ黒い機体が駐機してあった。
「あれか。どうだ、ウィル」
「う〜ん、確かにPTX−01みたいですね」
「よし、上がって見てみよう――ああ、失礼。ここの整備責任者は何処かな」
黙って機体に触るのは流石にまずいので、ハンスは近くにいた大柄な黒人女性に訊ねた。
「あたしが責任者だよ。モーラ=バシットだ。あんた達は?」
「101独立遊撃隊のハンス=クレンツだ。ちょっと、あの黒い機体を見せて貰いたいんだけど、いいかな?」
「黒い機体?ああ、ゲシュペンストの事ね。変にいじりまわさなけりゃ、別に構わないよ」
「有難う――行くぞ」
三人は、階段を上がるとゲシュペンストのコクピットを覗きこんだ。ウィルがそのままシートに座り、コンソールのスイッチを入れる。すぐに、ディスプレイに『G−SYSTEM GET READY/PTX−01A GESPENST STANDING-BYE』の文字が現れた。
「ああ、やっぱりPTX−01ですね。コード・ネームは『ゲシュペンスト』になってます」
「じゃ、Gシステムは一応完成したって事か。どうだ、ショーティ?」
ショーティは、先程からハンディ・コンピュータを繋いでシステム内をチェックしている。
「いや、まだ完成って訳じゃない様ですね。所々、システムにロックが掛かってますよ。現在は、パーソナル・データとシステムのマッチング・テストって所じゃないですか――ああ、これがパーソナル・データかな?ええと、パイロットは――」
「あーっ!貴方達、私のゲシュペンストに何してるの!?」
丁度格納庫へやって来たパットが、知らない人間が自分の愛機に集まっているのを見て駈け上げって来た。
「やあ、こりゃすまないね、黙って触ったりして。君がこの機のパイロットか――」
ハンスがそこまで言った時、いきなりウィルが驚いた様な声を上げた。
「パット!」
「え?――あ、兄さん!」
「「兄さん?」」
ハンスとショーティは、目の前にいる少女を驚いて見つめた。言われてみれば、確かにどことなくウィルに似ている気もする。
「なんで、兄さんがこんな所にいるの?」
「それは、こっちの台詞だ。お前、士官学校に行ってるんじゃなかったのか」
「何言ってるの。ナイメーヘンは、もう一ヶ月も前に卒業したわ。昨日ロンド=ベルに配属されたところよ」
「あれ、そうなのか。全然知らなかったな」
「まったく、もう。この数ヶ月、音信不通にしてた自分が悪いんでしょ。父さん心配してたわよ。何処で何してたの?」
「う、それは‥‥」
実は、蒼天の試験航海は部外秘になっているのだ。こう突っ込まれると、ウィルとしては答えようがない。
「ま、まあそれは軍事機密ってやつだ――ところで、こいつは親父達の開発してたPTX−01だろ?」
彼等兄妹の父親、ロバート=ハックマンは高名な物理学者で、現在アメリカのテスラ=ライヒ研究所の主任研究員を務めている。ゲシュペンスト――開発名称PTX−01は、彼の研究チームの手による機体なのだ。
「そうよ。ちょうど完成したからって、私の着任祝いに持たせてくれたの。なんか、セッティングをした時に、私のパーソナル・データが上手くマッチングしたんですって」
「はあ?ったく、親父のヤツ、一体なに考えてんだよ。自分の娘を試作機のパイロットにするか、普通」
じゃあ他所様の娘ならいいのか、と心の中で突っ込むハンスだった。
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