第一話 「異星からの来訪者」





――太陽系外縁部宙域


宇宙空間の闇の中から一隻の宇宙艦が滲み出る様に姿を現した。 全長が2km以上もある巨大な艦だ。葉巻型の艦体の後部に箱型の上部構造物と円盤型の艦橋が載っている。 その艦橋では、一人の男が苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。まだ二十歳前後と思われるその男の着ている連邦軍の制服には大佐の階級章が付いている。

「――で、騒いでるのはDCの残党なんだな?」

「はい、現在までの情報を総合するとそうなりますね」

「ったく、懲りねー馬鹿供だな」

彼の名はアレックス=サカザキ、地球連邦軍第101独立機動遊撃隊「BLUE KNIGHTS(青の騎士団)」の指揮官であり、 超大型汎用航宙艦「蒼天」の艦長である。

「それでどうします、チーフ」

アレックスと話していた相手――副長のエイジ=タエマン少佐が訊ねた。

「どうするって言ったって、行くしかなかろう――ワイズメル、あと一回の跳躍で行けるか?」

「はい。次の座標は一応ルナツー付近に設定してあります」

「OK、上出来だ。D.D、何分で次の跳躍に入れる」

「機関部の方で、点検に一時間は欲しいと言ってましたよ」

艦橋要員では唯一のブルーナイツ隊員である操舵長のD.D――デイヴィッド=デッカー少佐が、パイロット・シートで前方監視スクリーンに目を向けたまま答えた。

「よし、準備出来次第行くぞ――情報室、マックはいるか」

『おー、なんだー』

アレックスが情報室への通話回線を開くと、情報主任のマックス=マッキンタイア中佐――通称「マック」が画面に現れた。 彼はアレックスとは士官学校の同期で、階級はひとつ下だが会話に遠慮が無い。(もっとも、アレックスもそれを望んだのだが)

「地球圏の情報で、その後新ネタはあるか?」

『ルナツーのあたりで、一時間位前にぶつかった様だな。DCの先っぽと13部隊らしい。 まだやってるんじゃないか?』

「13部隊って『ロンド=ベル』か?連中もよく貧乏クジを引かされるな」

インスペクター事件の時は、華々しい活躍のロンド=ベルに比べ地味な役回りだったブルーナイツだが、 いつも上層部の勝手な思惑に振り回されるロンド=ベルには結構同情していた。

「ま、早めに行って手助けしてやるか。マック、情報収集の方は引き続き頼む ――エイジ、ブルーナイツ全員を集合させてくれ。状況説明をする」

「アイ、サー」

程無く、艦橋後部にある作戦室にブルーナイツの全メンバーが集合した。メンバーはアレックスも含め22名。 元々は特殊陸戦隊で構成員も男性ばかりだったが、現在は4名の女性隊員も入っており、作戦行動時には4名が1セクション(分隊)を構成する。全員が揃ったところでエイジが状況の説明を行った。

「‥‥こんなところが、現在の状況だ。何か質問は?」

「つまり、今回はDCだけ相手にすりゃいいって事ですか」

Hセクションのリーダー、ハンス=クレンツ少佐が手を上げた。

「まあ、そうなるかな‥‥」

「いや、それがそうでもなさそうなんだ」

アレックスの言葉をマックが遮った。

「そりゃどういう事だ、マック?」

「以前に、太陽系外縁にバラまいておいた『感太郎くん』覚えてるか?」

「例の時空震感知器の事か?お前が変な名前を付けた」

「変な名前は余計だ――実は、あれが2日前に土星軌道付近で時空震を計測しているんだ」

時空震は時空跳躍航法――ワープ航法を行った艦船が通常空間への出入りの際に発生するものだ。しかし、実は現在地球でワープ航法の可能な艦船は蒼天只一隻なのである。つまり、太陽系内で蒼天以外の艦船の時空震が計測されたと言う事は、太陽系外からの艦船がワープアウトして来たと言う事だ。

「ま、今のところそれが敵なのか味方なのかは判らんがな」

「しかし、判らん以上は用心に越した事は無いって訳だ」

「御明察」

「やれやれ‥‥ま、全員そのつもりでいてくれ――他には無いな。じゃ、解散」

解散するとアレックス、エイジ、D.Dの他にも幾人かが艦橋に残った。

「機関部、サカザキだ。主機の方はどうなってる?」

『あと20分程で点検が終了します』

「OK、終わったら連絡してくれ――D.D、点検がおわったら発進するぞ」

「アイ、サー」

「取り敢えずは何処へ向かう?」

Oセクション・リーダーのオッダー=ヨキーデ中佐が訊ねた。

「うーん、ルナツーに行こうかと思ったんだが、マックの言ってた時空震の件がどうも引っ掛かるな」

「また、インスペクターの連中ですかね」

ハンスが訊ねる。インスペクター事件が起きてからまだ間が無い為、異星人と聞くとどうしてもインスペクターに意識が行ってしまう

「可能性は否定できんな‥‥」

「チーフ、センサーが時空震を感知。至近です!」

突然、オペレーターのライザ=ブラウン軍曹が叫んだ。

「ライザ、全艦に警戒警報!D.D、緊急回避用意!」

アレックスの指示に、D.Dが操艦パネルに飛び付く。

「補助推進緊急点火!全姿勢制御、スタンバイ――ライザ、どっちだ!?」

「左舷後方、出ます!」

次の瞬間、蒼天の左後方の空間に陽炎の様な揺らめきが起きると、そこから一隻の小型宇宙船が姿を現した。 真っ直ぐに蒼天の方へ突っ込んで来る。

「左舷艦首、右舷艦尾、ブースト一杯。接触するぞ、みんな何かに捉まれ!」

姿勢制御噴射で蒼天の艦首が右へ向き始めると、未知の宇宙船は船体を蒼天に擦りながら通過した。 しかし、艦のサイズがかなり違う為か、相手の船体には亀裂が入り破片や部品を撒き散らしているのに対し、 蒼天は少し揺れただけである。

「ワイズメル、損傷は?」

「第1装甲板に擦り傷位はついたかもしれませんが、大した事はありません。それより‥‥」

そう言って、ワイズメル=オコーナー軍曹は視線で前方監視スクリーンを指し示した。

「ありゃ〜」

アレックスはスクリーンを見て目を覆った。相手の船体には大きな亀裂が入り、推進機も損傷したのか力無く宇宙空間を漂っている。

「まいったな、こりゃ――オッダー、すまんが何人か連れて乗員の救助に行ってくれないか。 但し、敵味方の区別がついてないから、充分に注意してくれ」

「了解だ――ウィル、アーウィンとジェフを呼んで来てくれ。それとエイジ、お前さんとこも一緒にきてもらえるか」

「解りました」

オッダー達が出て行くと、アレックスは改めて相手の宇宙船に目を向けた。無論、初めて見るタイプの船だ。 船首部分は細いが、船体中央部から後部にかけては極端に太い。貨物船の類なのだろうか。 武装らしい物もあまり見受けられない。恒星間航行が可能な船としては随分と小型な気もする。

「ライザ、救難信号は出してるのか」

「いえ、それらしい電波は出ていません」

「そうか。ひょっとしたら、衝突の衝撃で通信設備が破損したのかもしれんな」

「可能性はあります――チーフ、ヨキーデ中佐からです」

「回してくれ――どうだ?」

正面の通信スクリーンにオッダーが現れた。既に、宇宙船の内部に入っている様だ。

『今、内部に侵入した。艦内の大気成分は地球型だ。しかし、人の気配があまり感じられん』

「待ち伏せって事も有り得る。気を付けろ」

『解ってる。これから二手に別れて捜索を開始する』

「了解。何かあったら連絡してくれ――ハンス、一応A装備で待機しておいてくれ。それから、Rにも指示しといてくれ」

「アイ、サー」

一方、宇宙船の中に入ったオッダーはOセクションのメンバー、ウィリアム(ウィル)=ハックマン大尉、 アーウィン=ドースティン中尉、ジェフリー(ジェフ)=カミングス少尉の三人を連れて船首方向へ向かっていた。

「中佐、構造自体は地球の船と変わりませんね」

あたりを見回しながらウィルが口を開いた。

「ああ。つまり、相手も我々と同じ形態の生物だって事だろう」

「じゃ、ドアを開けたらいきなりとんでもない怪物が襲って来る、なんて事は無さそうですね」

「そう願いたいね――お、どうやらあそこがブリッヂらしい。アーウィン、生体反応は?」

「三つですね。ほぼ、我々と同じ大きさです。動きが無い様ですので、気絶でもしているのかもしれません‥‥ありゃ?」

センサーをドアの方に向けていたアーウィンが頓狂な声を上げた。

「どうした?」

「もう一つ、生体反応があるんですが‥‥」

「何だ」

「異様に小さいんです。30cm前後ですね。これは動いてます」

「ペットか何かだろう。一応は注意しておけ――よしジェフ、ドアを開けてくれ」

「アイ、サー」

ジェフがドア・ロックを操作してドアを開けると四人は室内に入った。

「中佐、あそこです」

中に入ると、操縦席と思われる座席で三人の人間が気を失っていた。 黒髪とリーゼントの様なヘアスタイルの金髪の男性二人と、黒髪のロングヘアの女性が一人。 一見すると、三人供十代後半〜二十代の地球人の青年と言った感じに見える。

「ほぼ、地球人と同様の生命体と考えて良い様ですね。衝突のショックで気絶してるだけです」

「そうか――ウィル、気付けをしてやってくれ」

「はい」

ウィルは肯くと医療キットの中からピストル型の無針注射器を取り出し、黒髪の青年の首筋に押し当てた。 そして、注射をしようとした時、

「◇×∞★◎!」

意味不明の叫び声と共に、ヘルメットのシールドに何かがぶつかった。

「!?」

あわてて飛び下がり、ぶつかって来たモノの正体を確認した瞬間、ウィルは我が目を疑った。

「どうしたウィル‥‥!?」

突然のウィルの行動にそちらを見た他の三人も、それを見ると固まってしまった。四人供、口をぱくぱくさせるだけで声が出て来ない。それは一見すると人間の女性の姿をしていた。しかし、身長は30cm程しかなく背中には半透明の羽根らしいものが付いている。その羽根を羽ばたいて空中に浮遊している姿は、まるでファンタジーの中に出て来る妖精そのものだった。

「∇※≠♀∂‥‥!?」

彼女(?)は暫く何かを叫んでいたが、急に何かに気付くと首筋のあたりをごそごそやり出した。

「「「「?」」」」

オッダー達は、その姿をただあっけにとられて見ているだけである。 兎に角、自分達の常識を遥かに逸脱した事態が目の前にあるのだ。 ブルーナイツの中でも、指折りの冷静さを誇るオッダーでさえ対処に窮していた。

「えっと、こうかな‥‥あなた達、ダバに何する気!?」

突然、彼女が地球標準語で喋り出したので、オッダー達は更に言葉を失うハメになった。 頭の中は、殆どパニック状態である。

「黙ってないで、何とか言ったらどう?だいたい、あなた達は何者なの?」

どうやら、彼女が何かしていたのは翻訳機を操作していたものらしい。

「‥‥あ、いや、俺達は地球連邦軍の者だ。俺は連邦軍第101独立機動遊撃隊のオッダー=ヨキーデ中佐だ」

かろうじて立ち直ったオッダーが自己紹介をするが、頭の中はまだ半分混乱したままだ。(当然と言えば当然だが)しかし、オッダーの言葉を聞いた彼女は、途端に表情を明るくした。

「よかったー、地球の人なのね――あたしはリリス、リリス=ファウよ。ミラリーなの」

「ミラリー?」

「あたしの一族‥‥と言っても、もう殆ど残っていないけど‥‥」

リリスは寂しそうに、そう付け加えた。

「(悪い事を聞いたかな)と、ところでリリス、彼らの手当てをしたいんだが、良いかな?」

「あ、ええ、お願い」

「ウィル、頼む」

「り、了解」

気を取り直したウィルが注射をすると、やがて三人は目を覚ました。 始めは、見知らぬオッダー達を見て緊張した彼らだったが、リリスが説明をすると安心した表情になる。

「有り難うございました。僕はダバ=マイロード、ペンタゴナ星系から来ました。 こちらの二人は、友人のミラウー=キャオとファンネリア=アムです」

「地球連邦軍第101独立機動遊撃隊のオッダー=ヨキーデだ。取り敢えず、詳しい話しを聞きたい。 我々の艦まで同行願えるかい?」

「勿論です。その為に来たのですから」

その時、通信機から呼出音が響いた。

「ヨキーデだ」

『タエマンです。中佐、格納庫で機動兵器らしき物を確認しました。 それから機関の方ですが、かなり大掛かりな修理が必要な様です』

「了解。こちらも乗員を確保した。アレックスの判断を仰ごう――蒼天、サカザキを」

『サカザキだ。状況は?』

「乗員の確保は完了、しかし船の方は航行不能だ。艦内ドックで修理するか?」

蒼天は、自軍の艦船を艦内にあるドックで補修整備する事も考えられて建造されている。 ダバ達の宇宙船「ターナ」は、全長120m程なので蒼天の艦内に収容しての修理は充分可能だった。

『ふム、そうだな‥‥ハンス達に収容させる。その場で待機してくれ』

「了解。オーヴァー――さて、すまないが暫くこの場で辛抱してくれ。収容が終わったら、ウチの隊長に引き合わせるから」

「わかりました」

やがて、ハンス達のHセクションが作業用MSで牽引索を取り付け、ターナを蒼天の下部ハッチへ曳航して行った。




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