プロローグ 「戦火再び」




――スペースコロニー・ロンデニオン


「やあ、ブライト。待ってたよ‥‥おっと、ブライト大佐と呼ぶべきだったかな?」

「よしてくれ、アムロ。窮屈な事務作業からようやく解放されたんだ。いつも通りで頼む」

そう言って、苦笑しながらブライト=ノア大佐は差し出されたアムロ=レイ少佐の手を握った。

「ははは、了解した‥‥で、ブライト、そこの彼女が噂の新人かい?」

ブライトの横には、まだ少女の面影を残す、それでいて意志の強そうな瞳の輝きを持った女性が、パイロットスーツに身を包んで立っていた。

「ああ、コーウェン中将から直々の推薦を受けたよ。優秀な成績でナイメーヘンを卒業したそうだ」

「へえ、それじゃあコウ達の後輩になるのか」

「パトリシア=ハックマン少尉です。よろしくお願いします、アムロ=レイ少佐」

自己紹介と共に、機敏な動作で敬礼をする。

「よろしく、ハックマン少尉。それから、俺の事はアムロでいいよ。ブライトも言っていたが、ロンド=ベルじゃ階級はあまり意味がないからね」

「意味がない?」

アムロの言葉に、彼女は怪訝な表情で聞き返した。

「今はそうでもないが、以前はロンド=ベルには民間人の協力者が沢山いたのさ。 彼らに軍の規律を押し付ける訳にもいかないだろう?彼らはあくまで『善意の協力者』なんだからね」

「はあ‥‥ゲッター・チームの流竜馬さんやマジンガーZの兜甲児さんが善意の協力者‥‥ですか。なんか、凄い話しですね」

「そう言う事だ‥‥さて、お二人供到着早々で疲れているところをすまないが、 ついさっき命令があってね。ルナツーがDCの残党に襲われているらしくて、我々に護衛に向かってくれと言う事だそうだ」

「やれやれ‥‥相変わらず人使いが荒いようだな、上の連中は」

ブライトは溜息をひとつつくと、アムロ達を伴って強襲揚陸艦「トロイホース」のブリッヂに上がった。

「またDCの残党かあ。連中、なんであんなに元気なんだろう?」

アムロの説明に、コウ=ウラキ中尉が呆れたように声をあげる。

「‥‥このところの連邦政府の政策が、宇宙居住者に対して厳しくなってきているからな。 コロニーの人達の中から、反連邦を旗印にしているDCに協力する者が出て来ても不思議はないさ」

「ほんと、今の連邦の政策は無茶苦茶ですよ。あんな関税を掛けられちゃ、コロニーの経済はガタガタになってしまいますからね」

コロニー出身のバーナード=ワイズマン少尉――バーニィがうんうんと肯きながら言うと、すかさずクリスチーナ=マッケンジー中尉――クリスが反論する。

「だからって、DCのテロ行為が許される訳じゃないわ」

「そうだな。だからこそ我々が治安維持部隊として派遣されている訳だが‥‥」

「そう言えばブライト艦長、ティターンズの設立が決定したって言うウワサは本当なんですか?」

「ティターンズ?なんです、それ?」

エマ=シーン大尉の言葉にファ=ユイリィ軍曹が尋ねた。

「なんでも、ジャミトフ=ハイマン中将が提案した治安維持部隊で‥‥」

「‥‥DC残党が中心的なメンバーになっている部隊だ。既に活動を始めているよ」

「DC残党って‥‥そんな無茶な!?」

エマの後を引き継いだブライトの言葉にチャック=キース中尉が驚いた様な声をあげる。 確かに、治安を乱そうとしているDCの残党に、同じDCの残党を中心として編成されたティターンズで対抗しようなどとは呆れた話しである。

「ジャミトフ中将は、一石二鳥の妙案だと考えているようだがな。さて、他に質問がなければそろそろ出発するぞ」

ブライトの言葉で、話しはそこで打ち切られ、トロイホースはルナツーへ向け出港した。


――空間要塞ルナツー宙域


「どうやら今の所は、まだ襲撃を受けていないようだな」

トロイホースがルナツーの空域に達したとき、周辺には戦闘らしきものは見受けられなかった。

「先に部隊を展開させておこう。ハックマン少尉、君は後衛にまわってくれ」

「わかりました。あ、それと私もパットと呼んで頂いて結構です」

「了解、パット。気をつけてな」

そう言ってアムロはにっこり笑うと、他のパイロット達と格納庫へ向かった。 先の大戦では、様々な新型MSやスーパーロボットを駆使して活躍したロンド=ベルだが、戦後その力を恐れた軍上層部が色々な理由をつけて新型の装備を取り上げてしまった為、現在の戦力は旧式MSを中心とした甚だ貧弱なものになっている。

「アムロ、ガンダム行きまーす」

アムロの乗機RX−78−2ガンダムが先陣を切って発艦して行く。もはや伝説となった「白いモビルスーツ」であり、 既に旧式MSの部類に入ってはいるが、優れた機動性と豊富な装備火器により、未だ一線機として活躍している。(尤もアムロの腕による部分が大きいが) 続いてクリスのRX−78NT−1ガンダムアレックス、コウのRX−78GP01−Fbゼフィランサス・フルバーニアン、エマのRX−178ガンダムmkUが発艦して行った。

「パトリシア=ハックマン、ゲシュペンスト出ます!」

パットの愛機、パーソナル・トルーパー「ゲシュペンスト」の漆黒の機体が宇宙空間に踊り出る。 このゲシュペンストは現在のMSの次世代兵器として開発された試作機だ。実戦データを採る為にロンド=ベルに配備されたのだが、パーソナル・トルーパーの名が示すように、個人専用機として搭乗者のパーソナル・データを入力する必要がある為 ――他の理由もあって――自機を持たないパットに任されたのである。 引き続き、キースのRX−77ガンキャノン、バーニィのMS−06FZザク改、そして最後にファのMSA−005メタスが発艦し、全機がトロイホースの周囲に展開した。

『各機へ、ルナツー司令部に確認を取った所、敵は30分程の戦闘の後撤退したそうだ。再度の襲撃も有り得る。各員周囲の警戒を怠るな』

「ブライト、敵の勢力は?」

『ザク改を中心としたMSの2個小隊程度だったようだ』

「妙だな。ルナツーを襲撃するにしては少なすぎる。陽動かな?」

その時、突然ルナツーから爆炎が上がった。

『しまった!攻撃の隙に内部へ侵入されていたのか。エマ、キース、要塞内の支援にまわってくれ』

「了解。キース、行くわよ」

「了解」

ブライトの指示でガンダムmkU、ガンキャノンがルナツーへ向かう。 すると、それを待っていたかの様に索敵圏内に複数の正体不明機が侵入して来た。 他機よりも高性能なゲシュペンストの索敵システムが逸早くそれに反応する。

「ゲシュペンストより各機へ。正体不明の機影を探知。機数約15、三方向よりルナツーへ向け接近中!」

『こちらトロイホース。こちらでも確認した。各機戦闘態勢!』

ブライトの指示を受けて、ゲシュペンストを素早く戦闘モードに移行する。

「FCSオールグリーン‥‥ニュートロンビーム、エネルギーチャージスタート‥‥プラズマカッター、スタンバイ‥‥スプリットミサイル、ロック解除‥‥」

操縦管を握るパットの手が汗で湿って来た。

(‥‥いよいよ初陣だわ。パット、行くわよ)

緊張を解く為に、自分に激をとばす。しかし、心臓の鼓動が早くなって行くのを、なかなか押さえきれない。

「パット、落ち着いていけ。大丈夫、君ならうまくやれるよ」

そんなパットの様子を見透かしたかの様にアムロから声がかかった。

「はい、アムロさん」

大きく深呼吸をひとつ。そして正面を見据える。胸の鼓動が少し落ち着いた。

『各機へ、敵を確認した。主力はザク改のようだが後方に機種の不明なヤツが3機待機している。みんな、充分注意してくれ。 それからルナツー内部の方は、潜入した工作員を基地守備隊が逮捕した。エマとキースにも戻る様指示を出したので二人が戻るまで頑張ってくれ』

「了解だ、ブライト‥‥みんな、聞いての通りだ。こちらの方が少数だから、引き付けて集中砲火で叩くぞ」

暫くすると敵の一部が射程距離内に侵入して来た。

「そこだあっ!」

コウのGP01−Fbがビームライフルを発射するが、 照準が甘かったらしく僅かに外れる。相手の方は、まだ距離がある為か反撃して来ない。

「焦るな、コウ。まだ遠いぞ」

「すいません、アムロさん」

「ゲシュペンスト、必中距離です!撃ちます!」

コウが撃った直後、ニュートロンビーム砲の間合いに入ったのを確認し、パットはトリガーを絞った。 次の瞬間、砲口から伸びた閃光が、先頭にいたザク改の左肩部とバックパックの一部を吹き飛ばす。 ビームの命中したザク改は、爆発こそしなかったものの完全に機能を停止し、パイロットはハンドジェットで脱出していった。

「上手いぞパット!よし、各自攻撃開始だ」

アムロの合図で、全機が一斉に攻撃を開始する。同時にDC部隊の応戦も始まり、双方入り乱れての撃ち合いになった。ロンド=ベルが旧式機の寄せ集めなのに対し、DC部隊もザク改ばかりであるから、技量に勝るロンド=ベルがやや優勢と言ったところだ。まず一機のザク改が集中砲火を浴びて四散した。

「ファとバーニィはトロイホースの直衛に、他の者はなるべくまとまって敵に当たれ」

彼我の状況を素早く見極めてアムロが指示を出す。この時、ルナツー内に入っていたエマのガンダムmkUとキースのガンキャノンが戻って来た。

「アムロさん、ルナツーの方は片付きました。ただ、港内の破損が酷くて艦船やMSは出撃できません」

「了解だエマ。取り敢えず、現状の戦力で何とかするしかないな‥‥」

敵機の方は、既に八機にまで数を減らしている。すると、それまで後方で成り行きを見守っていた三機が動きだした。

『後方の3機の機種を確認。リックドムです!』

トロイホースから半ば悲鳴のような報告が入る。

「リックドムが3機か、多分“黒い三連星”だな。みんな気をつけろ」

アムロの警告に、パットの背筋がぞくりと震える。

(“黒い三連星”‥‥)

その勇名はパットのような新人でさえ知っている。 ロンド=ベルにこそ幾度か惜敗しているものの、他の戦場における輝かしい戦績が彼等の実力を雄弁に物語っているからだ。 そして、更に追い討ちをかけるかの様な報告がトロイホースからもたらされた。

『敵と思われる、新たな反応。中型艦1、モビルスーツらしきもの9、急速に接近中!』

敵の増援はロンド=ベルにとっては辛い。なにしろ、こちらは増援をアテにする事ができないのだ。

「ブライト、敵増援の識別は出来るか」

『今、やっているところだ――確認した。中型艦はムサイ改級軽巡洋艦「リリー・マルレーン」、 MSはザク改8機と‥‥ガーベラ・テトラだ』

「ガーベラ・テトラ――シーマ・ガラハウか!」

「‥‥懲りないオバサンねぇ」

クリスが溜息をつくと、

『だぁれが懲りないオバサンだって、小娘!』

突然、通信ウィンドウにパットの知らない女性の顔が現れた。 ちなみに、顔には引きつり笑いを浮かべ、額にはぶっとい青筋が立っている。 パットは初対面だったが、シーマ・ガラハウ――DCの中級指揮官で、以前の戦いの際には散々ロンド=ベルを付け狙っていた相手だ。(もっとも、大抵負けているが)

『久し振りだねぇ、ロンド=ベル。今日こそ引導を渡してやるよ』

「あ〜ら、以前にもそんな事を言いながら何度も逃げ帰って行った人がいたわねぇ」

小娘と言われた事がよほど面白く無かったとみえて、クリスが突っ掛かる。

『言ってくれるね、小娘。そこを動くんじゃないよ。一撃で楽にしてやるから!』

シーマの赤いMS――ガーベラ・テトラがビームサーベルを抜いてクリスのNT−1に襲い掛かった。 クリスもビームサーベルを抜いて応戦する。しかし、腕と機体の基本性能の差は如何ともし難く、 クリスは次第に防戦一方に追い込まれていった。

『ほらほら、どうした小娘。さっきの大口は何処へいったんだい?』

「くっ、やるじゃないオバサン!」

シーマは嵩にかかって、クリスを責め続ける。

「クリスさん、加勢します!」

パットのゲシュペンストがガーベラ・テトラに向かってスプリットミサイルを放った。 しかし、ガーベラ・テトラは余裕でそれを躱す。

『おや、そこの黒いのは見ない顔だねぇ。そんなに遊んで欲しいのかい』

だが、スプリットミサイルを躱した瞬間に隙が出来た。 そこへ.NT−1、コウのGP−01Fb、バーニィのザク改からの火線が一斉に降り注ぐ。

『こ、小娘供、小癪な事をしてくれるじゃないか――ちっ、駄目かっ!リリー・マルレーン、ガーベラ帰還するよ、援護しな』

パットも加わっての四機からの一斉射撃にボロボロになったガーベラ・テトラはリリー・マルレーンへ退避していった。 援護の火線がリリー・マルレーンからパット達に降り注ぐ。

「逃げるなオバハン!」

コウがガーベラ・テトラを追おうとしたが、リリー・マルレーンの砲火がそれ遮る。

「くそっ、巡洋艦相手じゃこっちが不利か!」

軽巡洋艦とは言えその火力は強力だ。各機供リリー・マルレーンの砲撃を躱すだけで手一杯になる。その隙を突いてシーマ隊のザク改が襲って来た。近接戦闘の間合いになったので、武器をマシンガンからヒートホークに持ち替えている。ロンド=ベルの各機もビームサーベルやヒートホークを抜き、両軍入り乱れての白兵戦へと雪崩れ込んで行った。




「‥‥面白くないねぇ」

リリー・マルレーンの艦橋では、シーマが戦況を見ながら渋面をつくっていた。無論、自分が戦線からの離脱を強いられた事も理由のひとつだが、それ以上に自軍の被害が大きいのが気に入らなかった。シーマ直卒のMS隊は既にガーベラ・テトラを含めて四機が戦線を離脱するか撃破され、“黒い三連星”を主軸とするガイア隊も半減に近い状態だ。それに引き換え、ロンド=ベルは損傷を負った機体こそあるものの一機の脱落も無い。

「潮時だね‥‥ガイア、引き揚げるよ!」

『なんだと!正気か、シーマ・ガラハウ!ロンド=ベルを潰す絶好の機会なのだぞ!』

「この、お馬鹿!自分の部隊を良く見てみな、半減してるじゃないか。初日で戦力を磨り潰す気かい?」

流石に中佐まで行った人間である、状況分析の能力は確かなようだ。伊達に荒くれ供の頭は張っていないと言うところか。シーマに言われて自分の隊の状況に気付いたガイアも、その言に従った。

『解った――オルテガ、マッシュ、引くぞ!』

『し、しかしガイア大尉‥‥』

『言うな、マッシュ。なあに、楽しみが少し先になっただけだ』

そう言うと、ガイアはスクリーンに小さく映るトロイホースに目をやった。

(そう、まだ始まったばかりだ‥‥)




「敵部隊、撤退して行きます!」

「ふう、やっと引いてくれたか」

トロイホースの艦橋では、DC部隊の撤退にブライトが安堵の溜息を漏らしていた。

「トーレス、こちらの損害は?」

「NT-1とGP-01Fb、ザク改が小破、mkUとキャノンが中破、他も無傷とは言えませんがまあ大した被害は無い様です」

「解った。全機戻してくれ。その後、今後の方針を決めよう」

それだけ言うと、ブライトは艦長席のシートに身を沈め窓の外に視線を移した。そこには、トロイホースに帰艦して来るロンド=ベル隊各機の姿があった。

(どうやら、また面倒な事になりそうだな‥‥)

今後の事を思うと憂鬱になるブライトであった。




第一話

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