ちょっとしたコラム      
              
03.10.11付


広島、「江夏の21球」で球団初の日本一成る

 1979年の日本シリーズは共に初の日本一を目指す近鉄バファローズと広島カープの対戦となった。近鉄のホームは藤井寺球場だったが、当時はナイター設備がなく延長戦に対応出来ないなどの理由で大阪球場で行われる事になった。
 第1戦は10月27日に行われ、近鉄が5-2で先勝した。先発の井本が4安打完投、羽田と石渡がそれぞれ2点タイムリーを放った。翌日は第2戦に回された250勝投手・鈴木啓示が6安打完封で意地を見せる。広島の先発・山根も7回途中まで1安打と好投したが、代わった江夏が有田に本塁打を喫するなど3失点と誤算だった。

 第3戦を迎え、広島・古葉監督は荒療治に出た。主軸の衣笠、ギャレットをベンチに下げ、3番・ライトルを7番に降格させた。試合は初回に2点を先行した近鉄のペースで進んだが、広島は7回にタイムリー2本で逆転し3-2で勝った。
 第4戦は広島・福士が完投勝ちして5-3で広島が2勝目を挙げた。近鉄は前日に決勝打を浴びたストッパー・山口がこの日も高橋にとどめの2ランを喫し、計算が狂い出していた。

 続く第5戦も広島が勝って3連勝、一気に王手を掛けた。先発・山根が2安打散発の完封勝ち。対する鈴木も好投したが、三村のタイムリー二塁打による1点に泣いた。
 第6戦は井本が中2日で先発、6安打2失点の無四球完投でシリーズ2勝目。近鉄が6-2で勝ち、ついに3勝3敗で第7戦は勝った方が優勝という決戦となった。

<第6戦までの結果>
  日付 スコア 責任投手
第1戦 10月27日(大阪) 近鉄5-2広島 ○井本、●北別府
第2戦 10月28日(大阪) 近鉄4-0広島 ○鈴木、●山根
第3戦 10月30日(広島) 広島3-2近鉄 ○池谷、●柳田
第4戦 10月31日(広島) 広島5-3近鉄 ○福士、●井本
第5戦 11月1日(広島) 広島1-0近鉄 ○山根、●鈴木
第6戦 11月3日(大阪) 近鉄6-2広島 ○井本、●池谷

 両チームの命運握る第7戦は11月4日に行われた。ここまでの6試合は全てホームチームが勝っていた。しかも近鉄は前日の試合を取って意気が上がっていた。先発は広島が山根、近鉄が鈴木と共に中2日での登板。シリーズでも中4日、5日と空ける最近と違い、この頃はこういう先発起用も違和感のないものだった。山根と鈴木は第2戦・第5戦でも投げ合っており結果は1勝1敗。3度目の対決で雌雄を決するべく両投手はマウンドに向かった。過去2試合の防御率は山根が0.60、鈴木が0.56の素晴らしさ。当然投手戦が予想されたが、やはり中2日は厳しかった。

 鈴木は初回に衣笠のタイムリー、3回にも水谷のタイムリーで2点を失う。ここで西本監督は早くも鈴木をあきらめ、4回から柳田をマウンドに送った。その柳田が4回・5回と広島打線を三者凡退に抑える。すると打線もようやく目を覚まし、5回裏にシリーズ新記録の21打席無安打を続けていた平野が同点2ランを叩き込む。

 しかし、広島も直後の6回表に柳田を捉えて水沼がレフトスタンドに2ランホームラン。4-2と再び2点のリードを奪った。近鉄もその裏、羽田の内野ゴロの間に1点を返してスコアは4-3、広島1点リードのまま9回裏を迎える。
 広島の守護神・江夏は7回2死からマウンドに上がっていた。この頃の江夏は2回、3回と投げる事が当たり前でこの年の公式戦でもオールリリーフながら104回2/3を投げている。(02年の最優秀救援投手ギャラードは47回1/3、豊田は57回1/3で丁度2人の合計投球回と一緒)

 7、8回で20球を投げ打者4人を全て討ち取っていた江夏が9回裏のマウンドに上がる。先頭打者は6番の羽田。1点を追う土壇場の攻撃、江夏は「ここはじっくり見て来るはずだ」と不用意にストライクを取りに行った。しかし、その初球を羽田はセンター前に弾き返す。ノーアウトランナー一塁。近鉄・西本監督はすかさず足のスペシャリスト、藤瀬を代走に送った。この年の藤瀬は30回走って27盗塁、盗塁成功率9割を誇っていた。

 左投手の江夏はセットポジションに入ると正面に一塁走者を見る。いかにも走るぞという様子の藤瀬がついつい気になる。7番・アーノルドに対して1球目は外角高目のシュート、2球目は内角高目のストレート、いずれも外れてカウント0-2。3球目は真ん中ストレートでストライクを取って1-2。ここで西本監督はヒットエンドランのサインを出した。しかし、アーノルドはサインを見落として4球目を見逃してしまう(判定はボール)。スタートの悪かった藤瀬は必死で頭から二塁ベースに飛び込んだ。タイミングはアウト。だが捕手・水沼の送球はワンバウンドの悪送球となり、藤瀬の目の前をセンターへと抜けて行った。藤瀬はすぐさま立ち上がり、三塁へ。ノーアウトランナー三塁となった。

 アーノルドへの5球目、低目を狙ったカーブが外れてフォアボール。ノーアウト一塁・三塁である。一塁走者は代走の吹石に代わった。続くバッターは平野。初球、真ん中高目のストレートはボール。2球目は内角低めに切れのいいカーブが決まり空振り。この時の平野は体勢が崩れ、江夏は膝元へのカーブが右打者に有効だと気が付いた。カウント1-1からの3球目、一塁走者の吹石がスタートを切った。三塁走者がいるため捕手・水沼は送球をあきらめた。外角高目にストレートが外れカウントは1-2、ノーアウトランナー二塁・三塁である。ここで広島は満塁策を取り平野を一塁に歩かせた。9回裏の江夏はここまで11球を投げ、ノーアウト満塁と言う絶体絶命のピンチを背負ったのである。

 ここで9番の投手・山口に代わる代打・佐々木が打席に向かった。佐々木は前年の首位打者でこの年もベストテン8位の.320をマークしていた。しかし、当時の日本シリーズは指名打者制が認められておらず、DHのマニエルが外野に入ったため佐々木は弾き出された格好でベンチを温めていたのだ。このシリーズでは2度代打に出てまだヒットがなかったが、絶好の場面でチャンスが巡って来たのだ。

 佐々木は初球のボールになる内角カーブを見逃した。ここで江夏はその構えがまるで崩れなかった事から佐々木のカーブ狙いを感じ取った。逆手を突いて2球目はストレート。ボールは打ち頃のコースに入ったが、カーブを待っていた佐々木はあっさり見送ってストライク、カウント1-1となった。そして3球目、4球目はボール気味の高目のカーブ。共に佐々木はバットを出したが2球ともファウル。5球目は内角低めにストレートが外れてカウントは2-2。

 そして6球目、江夏がウイニングショットに選んだのは平野の2球目に投げたのと同じカーブだった。ボールはストライクゾーンから右打者の膝元に食い込むボールゾーンを通り、佐々木はスイングアウトの三振に倒れた。佐々木に対して投げた6球のうちストライクゾーンに投げたのは2球目だけ。江夏が真骨頂を発揮して、ワンナウト満塁に場面は変わった。
 打順は1番に返って石渡がバッターボックスに入った。初球、内角のカーブを石渡はあっさり見送ってワンストライク。「思い切って打て」と石渡を送り出した西本監督だったが、積極性のなさを見て考えを変えた。運命のスクイズのサインが石渡に送られた。19年前の大毎オリオンズ時代に日本シリーズでスクイズ失敗を痛烈に批判された西本監督だったが、再びその策に懸けたのである。

 2球目、江夏がモーションに入る。三塁走者の藤瀬がスタートするが左投手の江夏には見えない。石渡のバットが動く。藤瀬の動きを視界に捉えた捕手・水沼が立ち上がる。それを認めた江夏はカーブの握りのままウエストボールを投げた。石渡はバットを懸命に差し出した。急なウエストだったせいもあり、ボール自体は全くバットの届かないコースではなかった。だがバットを当てに行ってしまった石渡はタイミングが狂い、つんのめるように空振りした。一瞬高く外れたように見えた投球は、緩やかなカーブの軌道を描いて水沼のミットに収まった。

 好スタートを切っていた藤瀬はホームの間近まで来ていた。すぐさま水沼が追ってタッチアウト。場面はツーアウトランナー二塁・三塁に変わった。こうなると百戦錬磨の江夏の勝ちである。石渡は続く3球目をファウルして粘るが、4球目は佐々木のラストボールと同じように膝元へのカーブ。これも石渡は懸命にスイングしたが、完全に腰砕けとなって空振り三振。
 江夏は両手を上げながら水沼に走り寄って飛び付いた。1点差のノーアウト満塁、終わってみれば自作自演のワンマンショーで自ら背負ったピンチを切り抜けた。

<9回裏の近鉄の攻撃>
    1球目 2球目 3球目 4球目 5球目 6球目 結果
6番 羽田 中安           ヒット
(代走・藤瀬)
7番 アーノルド ボール ボール ストライク ボール
(藤瀬が二盗)
ボール   四球
(代走・吹石)
8番 平野 ボール ストライク ボール
(吹石が二盗)
ボール ボール   四球
9番 佐々木 ボール ストライク ファウル ファウル ボール ストライク 三振
1番 石渡 ストライク ストライク
(スクイズ失敗)
ファウル ストライク     三振

 江夏はプロ入り13年目で初の日本シリーズ、そして初の日本一を味わった。広島カープにとっても1勝すら出来なかった1975年の屈辱を晴らす勝利となった。
 近鉄・西本監督は7度目の日本シリーズだったがまたも敗退した。その後24年が経過したが近鉄バファローズの日本一はいまだ達成されていない。

<11/3・日本シリーズ第7戦>
広島 1 0 1 0 0 2 0 0 0   4
近鉄 0 0 0 0 2 1 0 0 0   3

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