〆銀嶺の狼〆

(C)ayarin
リュミエールは、ゆっくりと時流の森の中に足を踏み入れた。
ロザリアの気配が残っている場所を慎重に探す。
早朝来た時に通った道を再び歩く。
…確か、クラヴィス様は私に“ロザリアの気配を感じなかったか”とお尋ねになりました。
 といいうことは、私の近くにロザリアが居たはず…
ゆっくりと歩を進める。ふと、リュミエールは周囲を見渡した。
…今朝、私には目的地がありましたけれど。。。もしもそれが無ければ…
リュミエールは、視点を変えて時流の森の中を見つめた。
様々な時代の様々な空気に紛れて、時流の裂け目がぼんやりと見えて来た。
…あれは!
間違い無い。ロザリアは、あの裂け目に吸い込まれて行ったに違いない。
リュミエールはその、ひんやりとした空気が充満している裂け目に意を決して飛び込んだ。
 
  
 
そこは、まさしく寒冷の惑星だった。
我が女王陛下が修める宇宙の端に存在する、オリヴィエの出身惑星。
いつの時代かまでは判らなかったが、ロザリアがここに迷い込んだという事だけは感知できた。
これが、守護聖のサクリアと女王補佐官のサクリアの関係なのかもしれない。
…さて。

リュミエールは、そこまで考えて途方に暮れた。
ロザリアは、この猛吹雪の中無事なのだろうか。果たして逢えるのだろうか。
難しい顔をしてじっと視界一面に広がる真っ白な雪の世界を凝視していたリュミエールは、
しかし、意を決したように歩き出した。
微かに、震えるようにこの惑星に漂う、女王補佐官ロザリアのサクリアを追いかけるように…


 
 
ロザリアの気配は程近くに感じられる。  
しかし…  
リュミエールは不思議な感覚を覚えた。ロザリアの傍に、誰かが居る。
それは、この惑星の人間だ、というだけではない。  
言ってみれば… 
そう、守護聖のサクリアの庇護の下、護られている、といった感覚…  
一体、誰が…?  
何故、この惑星の、このような場所に、守護聖のサクリアの気配が漂うのか…?
リュミエールは暫し考えた。
一体、今自分が居るこの地は、何代目の女王陛下が治めているのだろうか…
この時代の王立研究院は…?
……とにかく、この惑星の首都に向かおう。王立研究院がある首都へ…
そう思い立ったリュミエールは、そこで不思議な感覚を覚えた。
何者か…他の守護聖と、まるで思考が折り重なるような、不思議な感覚を…
その感覚は、確信に変わる。
 
……ロザリアも、首都へ…。

 
 
 

 
鎖
 
 
銀嶺の狼のソリは、凍りつくような空気を切り裂くように俊足の速さで街へと向かう。
冷たく吹き付けてくる風を避けるように、身を縮こまらせてしゃがむロザリアを庇うように、
男は正面に立ちはだかってソリの手綱を取る。
節くれ立った大きな手に、毛皮で内装した革の手袋を嵌めて銀嶺の狼の手綱を取る。
早いけれど安定したソリ裁きに、いつしかロザリアの男への印象は、信頼へと変わる。
時折、狼達に休憩を取らせる為にソリを止めるのだが、そんな時男が狼達にかける
何気ない言葉…狼達が男に鼻先を寄せる動作などを傍らで見ていると、そこに漂う
固い信頼関係にはロザリアを感心させてやまないものがある。
…命を共に寄り添う者
そんな単語がふと、ロザリアの頭の中に浮かぶ。
本当に、この男は狼達と…狼達とだけ、生活を共に、喜怒哀楽を共に、暮らしているのだと
言うことがしみじみと伝わってきて、それが、何故か羨ましいという思いをロザリアに抱かせた。
 
…狼達だけと暮らすのが、羨ましい?
…何故?
 
自分で自分に問いかけても、答えなど出ては来ない。
ただ、目の前の男と狼達とを微笑ましく見つめるのみ。
 
「…どうしたの?」
 
ふいに、男は狼達に餌を与える手を止めて、じっと自分を眺めているロザリアに声をかけた。
何時頃からか、傍らの少女の警戒心が和らぎ、自分と、自分の狼達とにほのかな信頼感を
寄せ始めてくれている事には気が付いていた。
だが、このような厳寒の地にたった一人で投げ出された少女が自分に…野生の狼達に気を
許すには、まだ早い。
この、極限の状態は、普通では考えられない精神的結束感を抱かせ易いものだ。
ずっと独りで…狼達と共に生きてきた自分の目の前に、突然現れたこの少女への自分の戸惑い
に自分自身も気がつき、何かの感情を押さえ込もうとする無意識の感情が動く…。
 
「…いえ。狼達と、随分仲がよろしいですね?」
 
ロザリアも、当たり障りの無い答えを探して口にした。
いつしか…男と狼達との信頼関係に、自分も加わりたいと思い始めて居る事にもまだ気付かずに…。
 


  








 
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