〆銀嶺の狼〆

(C)ayarin
ぱちぱちと火のはぜる音がする…。
ロザリアは、目を開けて、そして"あれ"と思う。
 
……ここは?
 
見馴れない場所。
違う空気。
ゆっくりと視線を横に滑らせる。
木目の天井。吊り下げられたレトロなランプ。炎の移ろいに揺れる影。薄明かりの室内。
ほんのりと漂う、木の燃える匂い…。
 
私は何を?
 
ロザリアは、自分が横たわっている事。楽な衣服を着ていて、その上に毛布がかけられている事を認識した。
 
ばあや?
 
一瞬、ばあやがこうして着替えさせて寝かせてくれたのかと錯覚をした。
しかし―。
その錯覚はすぐに打ち消された。
炎に揺らめく影の手前に、人の気配を感じた。
 
「目覚めた?」
 
気配はすぐに動いた。
ロザリアは、その声にびくりと肩を震わせた。先の恐怖感が再び蘇る。
 
「…誰?」
 
細い声で、かろうじてそう尋ねた。
 
「…それは、私の名前を聞いているのかな?」
 
ゆっくりとロザリアの視界に人影が映る。さらりとした金色の長い髪が揺れて映る。
 
「!オリヴィエさま!!」
 
目の前に現れたのは、どう見ても素顔のオリヴィエだった。どうしてこんな所に?ロザリアは一抹の安堵感と共にそう叫んだ。
 
「…オリヴィエ?私のことなの?あいにく違うと思うよ。」
 
オリヴィエかと思ったその人物は、冗談とは思えない表情でそう言った。
しかし、そのあと緩く笑う。
 
「そんなにその名前で呼びたいのなら構わないけど。」
 
ロザリアは、呆然と、オリヴィエに酷似したその人物の顔を眺めた。
似ている…目つきから、喋る時の口元の動きまで…
しかし、オリヴィエがからかっているにしては人が悪すぎる。
だって、ロザリアはさっき狼の群れに……
 
そうだ、狼の群れの中で私は倒れたんだった。。。
 
「あの、狼が…。」
 
ロザリアは、再びあの時の恐怖を思い出して青ざめた。
オリヴィエに似た目の前の人物は、再び緩く笑うと、突然立ちあがった。
 
ォオーーーーーーーーーーーーーン
ォオーーーーーーーーーーーーーン
ォオーーーーーーーーーーーーーン
 
そして、いきなり狼そのものの遠吠えをした。
やおら、窓の外から微かな狼の遠吠えが次々に聞こえてくる。
遠吠えは、ロザリアに先程の恐怖を呼び起こした。
 
「安心して。そんなに青い顔をおしでないよ。彼等は私の狼なんだから。あんたを助けてくれたんだよ。」
 
助けて…くれた?
狼が?狼が?
ロザリアが、信じられないと言う風に目を見開いたのを見て、目の前の男はふっと息を吐いた。
 
「……君は動物は嫌い?まあ、狼が怖いのなら無理に仲良くする事もないんだよ。
 ところで、君はどこから来たのかな?」
 
目の前の…オリヴィエにそっくりな男はそう言って微笑んだ。
手には何かの毛皮で作ったマフラーを弄んでいる。長く節くれだった指。
オリヴィエに、似ているようでどこか違う。
 
「…聖地から、ですわ。」
 
ロザリアは、そう言って目の前の男の瞳の奥を覗き込んだ。
もし、もしオリヴィエにからかわれているのだとしたら…それを見極めようと。
 
「ふぅん、聖地ね。選ばれた民しか住めない地…。
 君は、そこから?そこは暖かいんだろう?常春の地だと聞いたことが有るよ。
 花が咲き乱れ、鳥がさえずり、空はいつも抜けるように青い地。」
 
目の前の男は、遠くを見るように視線を上に向けた。
オリヴィエではない。本当に聖地を夢見る表情。
 
「聖地の事を話して差し上げましょうか?」
 
ロザリアの口から自然にそんな言葉が紡ぎ出された。
 
「……いや、やめておこう。私はこの地以外で生きるつもりはないからね。
 寒風吹きすさぶ雪景色が私のアタリマエなのさ。花の咲く溶けるような天気は、体験したいと思わないよ。」
 
男は、そう言うと暖炉の薪をくべなおした。刹那、衰えていた炎がパッと燃えた。
炎に照らし出された男の横顔には、オリヴィエがふとした時に見せるのと同じ表情が浮かんでいた。
 
「可笑しいかな?こんな住みにくい地に生きている私が。」
 
「いいえ!そんな事なくてよ!!あなたには…この白い風景が、済み切った空気が似合いますもの。」
 
ロザリアの言葉に男は一瞬目を見開いた。
そして。。。笑った。
 
「そうかい?さっき君を助けた狼達はね、白い雪景色の中でしか生きる事が出来ないのさ。
 何故だか判らないけどね、その為に毛皮を与えられ、その為に白く染め上げられている。
 私もそうなんだよ。この地で生きるために全てを与えられているんだよ。
 君が……快適な花園が最も似合うようにね。」
 
狼の群れに囲まれて生きている?
 
「あの…あなたはこの家にひとりで?」
 
「ああ、そうだよ。」
 
床に敷き詰められた毛皮類
暖を取る為に用意された薪
そして、狩をして薪を用意して自然と共生している男の節くれだった長い指
切りっぱなしの金色の髪
いつから一人で居るのだろう?
いつまで一人で居るのだろう?
 
「あぁ、慣れないこの地の寒さは堪えるだろう?暖かさは足りている?
 足元にある毛皮もかけるといいよ。
 ところで……君、どうやって聖地から来たのかな?」
 
そう…。
一体どうやってここに来てしまったんだろう。
確か私は時流の森に居た。
そう。
愛しい人の姿を追っていた。
あ。
リュミエール様もこの地のどこかに居るのだろうか。
それとも自分だけがこの地に迷いこんで来たのだろうか。
どうすれば帰れるのだろう?
 
ロザリアは、俯くとゆっくりと頭を振った。
男には、それで全てが通じたようだった。
黙って、男は部屋を出て行った。
ロザリアは、その部屋に一人になった。
 
 
 
 
 
 
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