「あぁ、今日はどちらへ参りましょうか?」
 
わたしが、こんなにも待ち焦がれたこの日。
けれど、リュミエールさまはどうやら今日が何の日だか覚えていないようだ。
にっこり笑って、いつも通りにわたしとお散歩でもするつもりの様だ。
それも仕方の無い事。今まで1度も、わたしはリュミエールさまのお誕生日をお祝いする事どころか、
その日がいつなのか、本人に尋ねた事すら無いのだから。
 
「わたし、リュミエールさまのお家に遊びに行きたいです♪」
 
わたしの、屈託の無いその爆弾発言に、リュミエールさまは目をまん丸にしている。
くす
なんだか、可愛い。
 
そう思ったのも一瞬の事。
わたしはすぐに、笑顔をひっこめた。
だって、リュミエールさまってば厳しいお顔。。。
 
一呼吸置いて、リュミエールさまは静かに口を開いた。
「…そんな事を、安易に口にしてはいけませんよ。あなたは年頃の女の子。
守護聖といえどもわたくしは、ひとりの男なのですから。」
 
意外だった。
まさか。
リュミエールさまの口から、そんな言葉が出て来るなんて。
 
どうやら、わたしはポカンと口を開けていたようだ。
リュミエールさまは、わたしの顔を見つめて、薄く笑う。
 
「…驚いてしまいましたか?済みません。わたくしの言葉が足りなかった様です。」
そういうと、リュミエールさまはわたしの手をそっと掴んだ。
「そこの木陰で、すこし話しましょうか。」
 

 
ドキドキの木陰
そう呼ばれる木の下で、リュミエールさまと2人並んで腰をおろす。
わたしは今日、いつもより少し大胆な気持ちになっているようだ。
リュミエールさまの腕に、自らの肩をもたせかけてみる。
気持ち、柔らかいような、甘い感触。
リュミエールさまの香りがする。
 
本当に、ドキドキの木陰だわ
 
なんだかちょっぴり可笑しい。
心地よい緊張感の所為だろうか。今なら何が起きたって笑い出してしまいそう。
 
「今日は、気持ちのいい風が吹いていますね。」
 
優しい表情で、リュミエールさまが微笑みながらそう言ってわたしの顔を覗きこむ。
さっきの、厳しいお顔はいったいなんだったのだろう。。。
 
わたしは、そんな事を思いながらも嬉しさに顔をほころばせて頷いた。
 
「本当に、とっても。」
 
頭上では、木漏れ日がキラキラ輝いている。なんて、素晴らしいお誕生日和なの!!
 
「…さっきのお話ですが、突然あなたに怖い顔を見せてしまって、申し訳ないことを致しました。
…わたくしが過剰反応をし過ぎてしまったのです。」
 
唐突に、リュミエールさまが、俯いてそうおっしゃった。
え?それって、どう言う事??
わたしが、またポカンとしてしまったのが、そんなに可笑しかったのだろうか。
リュミエールさまは、思わず笑ってしまった、という風だった。
 
「…ふふ。ごめんなさい。あなたが、あんまり、可愛いお顔でこちらを見るものだから…」
 
リュミエールさまの肩は、なおも震えている。
わたしも何だか楽しくなってしまった。こんなに無防備に笑うリュミエールさまを、はじめて見た気がする。
 
「うふふ…」
 
わたしも思わず笑う。
小鳥のさえずりが、ふたりの笑い声に同調するかのように、木の上から聞こえた。
こんな、飴色の幸福感につつまれたひとときがあってもいい。
貴方が生まれた、尊いこの日を祝福する大切な、大切なひとときが。
 
「…あなたが、可愛い笑顔で笑ってくれてよかった。わたくしの事を、不快に感じたのではないかと心配致しました。」
 
空を振り仰ぐリュミエールさまの横顔。
ずっと前から気が付いていた、リュミエールさまの目じりのちいさなちいさな笑い皺。
もちろん。
普段はそんなものはないけれど、お笑いになった時にそっと出る。
本当に、その存在感は、リュミエールさまみたいに遠慮がちだけれど。
わたしは、それも大好き。
リュミエールさまの、特別な秘密を見たみたい。
まるで、別の表情を見たみたい。
そして、見た人をあったかい気持ちにさせてしまう、不思議な。。。
 
じっと横顔を見つめていたわたしは、ふとこちらに顔をむけたリュミエールさまと目が合って、
恥ずかしくなって目をそらす。
目じりの皺に見とれていたなんて、リュミエールさまが知ったら何て思うかしら。
 
「…何故、わたくしの家に来たいとお思いになったのでしょう?」
 
唐突に、そう聞かれてしまってわたしは困った。
…理由なんて別に無い。
ただ
それが、特別な日にふさわしいような気がしただけ。
 
「…いけませんか?」
 
そう言うのが精一杯だった。
だって、さっき、リュミエールさまがおっしゃった意味が判らないもの。
 
「いえ。ただ…」
 
そう言うと、今度はリュミエールさまが俯いた。
 
「あなたの言葉を、わたくしの勝手で解釈をしてしまいそうでしたので…。」
 
?????
今日のリュミエールさまは、なんだかいつもと違う。
判らない。いったい何をおっしゃっているんだか。
 
でも。
わたしの鼓動はバクバクしている。
この場に流れる雰囲気に、心臓だけはリュミエールさまの言いたい事を了解しているかのように。
どうして?
 
リュミエールさまのお顔。
端正なその顔。優しい瞳。その瞳が今、不安げに揺れてわたしを見ている。
どうして?
 
でも、
今、何か言わなきゃ。
リュミエールさまに、何か。。。
 
「いらっしゃいますか?これから、わたくしの家に。」
 
リュミエールさまが、先にそう言った。
 
「本当ですか?!いいんですね?はい!もちろん、喜んで!!」
 
もう、何が何だか判らないくらいにその言葉が嬉しくて、わたしはとにかく激しく頷いた。
 
「ふふ、では、参りましょうか。」
 
リュミエールさまは、立ちあがるとわたしにそのたおやかな手を差し出す。
わたしは迷わずその手を掴んで立ち上がった。
 
バサリ。。。
 
それまで膝の上に乗せていた包みが転げ落ちた。
あ、と思う間もなく、リュミエールさまはそれを拾って歩き出した。
 
「随分と重たい物ですね?もしよろしければ、わたくしが持って差し上げますから。」
 
何となく、贈り物だと打ち明けるタイミングを逸し、わたしは革ジャンの包みを小脇に抱えたリュミエールさまと並んで、私邸への道のりを歩く事になった。
 

 
「…あなたがここに来て、もうどれくらい経つのでしょうか。」
 
今日のリュミエールさまは、普段からは意外なほど饒舌だった。
先ほどから、自分の事やわたしについて、何くれと無く、まるで無言のつけいる隙間を与えないかのように喋り続けている。
それが、わたしにとってはまた嬉しい事だった。
いろんなリュミエールさまの一面や、わたしに対する視線が垣間見れたような気がする。
 
「時が過ぎ行くのは早いものです。あなたとこうして過ごせるひとときが、あと一体どれほどわたくしに与えられているのでしょう。」
 
え?
 
リュミエールさまは、突然立ち止まるとわたしを抱き寄せた。
 
「わたくしの家に遊びに来るのは構いませんが、お嫌でしたら今のうちにおっしゃって下さい。
…こういう事を辞さないのであれば、喜んでご招待致します。」
 
わたしはただ、呼吸を詰めて、リュミエールさまの優しい胸の中で固まっている事しか出来なかった。
いま、自分の身の上に起こっている事。
それは、毎夜わたしの夢に生れ出でし願望そのままなのだから。
 
「連れて行って下さい。お家に。。。」
 
わたしは、ようやくか細い声でそう言う。
リュミエールさまが、ホッと力を抜く感触が伝わってきた。
 

 
リュミエールさまのお家はシンプルな内装で、わたしの抱いていたイメージそのものだった。
噴水のある中庭が見えるリビングに通される。
メイドさんが、紅茶を運んで来てくれる。
 
「ありがとう。」
 
丁寧にお礼の言葉を掛けているリュミエールさま。
愛おしいそのお姿。
 
「リュミエールさま。わたし。。。」
 
リュミエールさまは、優しい眼差しでわたしを包み込む。
 

 
あなたの手元には、さっきリュミエールさまに持ってきてもらったプレゼントの包みがあります。
他に、お誕生カードも持っている。
さて。
本当にこれをリュミエールさまにお渡ししちゃっていいのかな?
 
 
せっかく選んだ革ジャンですもの。もちろんお渡しする。
 
 
せっかくいい雰囲気になったから、リスクは避ける。カードだけお渡ししよう。