jealousyの法則 2

「はははー!」
今日は土の曜日。下界でも、同じ土の曜日のタイミングを狙ってオスカーは下界に来ていた。
結婚したって病気の虫は納まらない。趣味なのだから、しょうがない。
さっきからオスカーは美女二人を侍らせて、もっぱらバカラに熱狂している。
「いや、勝ったぜ・・・やっぱり美しい女性は勝利の女神だって言うのは迷信じゃなかったんだな。」
横に侍っていた幸運な美女二人は、この後どっちがオスカーのお相手として指名されるのかと
さっきから気が気ではなかった。しかし、仲良しのこの二人は、示し合わせて
どちらが指名されても3●(+_+;)に持ち込もうと決めていた訳なのだが・・・
「それじゃあ、俺はここで・・・二人とも、この後はまっすぐ帰りな。
途中で他の男の相手なんかをして、今その瞳に映るこの俺の顔を忘れない様に・・・」
甘い台詞も程々に、オスカーは据え膳を置き去りに下界を去る。
結婚してからのオスカーの趣味は、相変わらずナンパには違いないがこんな程度だった。
「ふぅ、今日は勝ったもんだからすっかり遅くなっちまったぜ。」
夜の公園をふらふら歩いていると、珍しく、噴水の縁に腰掛けてハープを奏でるリュミエールの姿が見える。
月光を受けた彼の姿は、相変わらず麗しい。神秘的なその姿は下界の美女とは毛色が違う。
「よぅ!水の守護聖殿!今宵の月も、麗しいお前の前ではスポットライトの役割しか果たせない。哀れなものだな。」
「・・・オスカー・・・」
ハープを奏でるリュミエールの手が止まる。オスカーは、その横にストンと腰を下ろす。
「・・・お前がここに居るなんて珍しいな。結婚してからはトンとご無沙汰だったが・・・」
「オスカーこそ、こんな時間にお帰りなんて、独身時代を思い起こさせますね。」
また、リュミエールのハープが音を奏で始めた。
「・・・なんかあったのか?」
オスカーが再び口火を切る。
「え?・・・ああ、私ですか・・・」
リュミエールは、微笑んで俯いた。
「いえ・・・別に。たまには夜風に当たりたいと思う時もありますよ。」
「へ−え、ま、わからんでもない。今日の俺も、似たようなものだな。」
暫く、ふたりは何を話すでもなくハープの音色に包まれている。
「あーあ、二人とも、既に粗大ゴミにされちゃってるワケ?!イメージ狂っちゃうわ!」
「レイチェル!!」
深夜の公園の茂みに潜む二人の女の子・・・オスカーが下界に降りたとの情報をキャッチして待っていたという訳。
「それにしても、オスカー様の奥様はどういう人なのかしらね・・・」
アンジェリークが呟いたのと同時に、オスカーも口を開いた。
「・・・いくら俺が芸術を解さないといっても、これくらい判るぞ。・・・この曲、だよな?」
「ああ、偶然ですね・・・確かにこの曲ですよ。あの夜、オスカーが私を驚かしてくれた時に奏でていたのは・・・」
「まったく、今日みたいな夜だったな。はは・・・あの時の水の守護聖の表情は忘れられないぜ。」
「私だって、あなたのばつの悪そうなお顔は忘れませんとも。」
二人は穏やかに笑い合っている。
「あの二人・・・新密度、高かったっけ?」
「うーん、高くない。」
候補生二人はしばし、目の前の風景に面食らった。
「俺が、下界の女を連れてきたと知った時のお前の顔ったら・・・」
「オスカーこそ・・・寄りによっておまえに見られるとは・・・なんて、失礼なものです。」
二人の女の子は顔を見合わせる。・・・下界の女???・・・
「・・・偽りじゃない、運命を感じちまったんだ。本当にな。いいじゃないか、あれ以来俺も年貢を納めたぜ。」
「・・・ふふふ、そうですね。結果的には良かったんでしょうけれど・・・よくジュリアス様を説得出来たと感心致しましたよ。」
「おまえこそ、俺があんな暴挙にでたお陰で結婚を言い出しやすかったんじゃないのか?」
「・・・そうですね。確かに、そうかもしれません。」
「俺も、前々からおかしいとは思ってたんだ。身なりに無頓着なお前が、急に髪なんか束ねだして・・・
まさか、毎朝自分でリボン巻いてるんじゃっ、てさすがに一瞬青くなったぜ。
しかも、闇の守護聖殿が陛下の愛を受け入れる時に美容院に足を運んだ、と聞いて
腹を抱えて笑い転げたもんだが、おまえのさしがねだと判って納得したぜ。」
「・・・人聞きの悪い。クラヴィス様は、気にされていたのです。前女王陛下との事を・・・。
気持ちに区切りをお付けになる事が必要だったのです。」
「そうかそうか、それは失礼。」
その後も水と炎の守護聖は談笑を続けていたが、二人の女の子にこの時間帯は辛すぎる。
目的達成、という事で、今日の所は撤収となる。
     .。o○  .。o○
今日は日の曜日である。
「マルセル様の奥様を調査しに行ってくるー」
と言って元気良く飛び出していったアンジェリークを呆然と見送るレイチェル。
「・・・ワタシは、今更オスカー様の所になんか行けないわよ・・・」
しばしうろついていたが、意を決して公園に行ってみることにした。
案の定、公園にお一人いらっしゃる。ルヴァ様だ。まあ、最も誰も居なくても噴水を覗き込むつもりで居たのだが。
「こんにちは!ルヴァ様。お一人ですか?」
「おや、レイチェルじゃありませんかー。今日はいいお天気ですね。お散歩ですかー。」
見ると、ルヴァの手には釣り竿が・・・
「ルヴァ様、今日はこれから釣りに?」
「ああ、そうなんですよー。良く判りましたね。どうです?ご一緒に・・・」
「わ、有難う御座います!」
「じゃあ、こちらですよー」
ルヴァはすたすたと歩き出す。レイチェルもその後に続く。森の湖の、その奥へ・・・
「ここって、初めて来ました。」
「そうでしょうねー。いつもの湖だと偶にジュリアスが来て、
『ここは釣り場ではない!』と一喝されちゃうんですよ・・・ここなら、滅多に人も来ませんから。」
「へーえ、そうなんですか。」
「こうしてのんびりと釣り糸を垂れて、穏やかな湖面を眺めていると、日々の雑務に追われて忘れていた心の静寂を取り戻せるんですよ。」
「釣れた魚は、晩に奥様が調理して下さるんですか?」
「えー、私は魚は湖に返してあげるんですよ。食べる為に釣りをしている訳では無いんですー。」
・・・ちぃ、誘導尋問失敗。でも、否定はされなかったわ・・・ひとりごちるレイチェル。
「ところで、ルヴァ様の奥様はお料理お上手なんですか?」
「うーん、上手・・・なのでしょうか。出身が違うものですから、味付けも微妙に故郷のものと違うので・・・は?レイチェルどうしてそれをー?」
案の定、簡単に引っかかるルヴァである。
「ワタシって完璧だから、守護聖様のコトだって、ちゃんと知ってるんです!」
「はあ、ロザリアに口止めされてたんですけどね・・・誰が喋っちゃったんですかねえ。」
「ロザリア様から聞きましたけど。」
「ええっ!そうなんですかー。まあ、ロザリアが話したのなら仕方ないですねえ。」
「じゃあ、ルヴァ様の奥様の事、教えて下さい!どんな方なんですか?」
「ええ?なんか、照れますね。私の家内は王立図書館に勤めているんですよー。
私が持っている本をちゃんと覚えていてくれて、目新しい本が入荷されると一番に教えてくれるんです。」
ルヴァは目を細めて、うんうん、と頷きながら話している。
「黙って聞いていてくれるので、つい難しい事なんかも話してしまうんですがー
話の途中で家内を見ると、いつも寝ちゃってるんですよー。
ああ、つまらなかったかと申し訳無く思うんですが、その寝顔がまた、可愛いんですよー」
ルヴァ、かなりイカレている様子。王立図書館は以前、研究院の中にあったのだが
ルヴァの提案で、教官を呼ぶに当たって建設された学芸館に移された。単に自分の私邸の近くにして欲しかったんだろうと
レイチェルは思っていたが、奥さんの通勤の為だったんだと、ちょっとルヴァを見直す。
それにしても、一度奥様の事を話し出すと止まらない様子。ルヴァは日がとっぷり暮れるまでレイチェルにのろけ話を聞かせ続けた。
     .。o○  .。o○
「アンジェリーク、帰ってる?」
レイチェルは、ようやくルヴァから開放されてアンジェリークの部屋に報告をしに来た。
「・・・」
静かである。
「ちょっと、居ないのね?!」
マルセル様の所に行くと言っていたのがレイチェルの心に引っかかる。
「・・・まさか、あの子。」
いつも控えめでおとなしいアンジェリークの顔が目に浮かぶ。次の瞬間、レイチェルは猛ダッシュで寮を飛び出していた。
「あれ、レイチェル・・・こんな時間にどうしたの?」
既に寝巻きに着替えたマルセルが出てきた。かわいいカエル柄の寝巻き・・・
オリヴィエ様には見せられないわね・・・とレイチェルは呟く。
「アンジェリーク、来ませんでしたか?」
「え?アンジェリークなら、もうとっくに帰ったよ。あのね、ぼく午前中執務室に居て、
そこにアンジェリークが来てくれて、ちょっとお喋りしたんだけど、あんまり仲良くしちゃいけないんだって
ロザリアに言われたから・・・私邸には呼ばなかったんだ。」
「・・・そうですか・・・」
レイチェルが回れ右をしようとした時、マルセル様の後ろにちらっとウサギが見えた。
「?!」
一瞬、目を凝らすとウサギの着グルミを着た女性だった。うーん、あのヒトは見たこと無い・・・
「じゃあ、気を付けて・・・なんならぼく、寮まで送ろうか?」
優しいマルセルの申し出だったが、レイチェルは丁重に断って外に出る。
「・・・一体どこ行っちゃったんだろう・・・?」
とりあえず、公園の噴水を覗いて探すことにしたレイチェルは公園への道のりを急いだ。
「・・・こっちが公園への近道ね・・・」
レイチェルは、整備されていない、森の中の小道を走る。暫く走ってやっと、王立研究院の横まで辿り着いた。
「きゃ!!」
レイチェル、何かにつまずいてコケる!
「わっ!」
同時に、レイチェルがつまずいたものがひょい、と起き上がる。
「あんだよ!ったく、気を付けやがれ・・・て、レイチェルじゃんか。こんな所でどーしたんだよ。」
「え?アンジェリークが居なくなっちゃったんで・・・ゼフェル様こそ何を・・・?」
「あ?えーと、オレはその、ここでちょっとな、サボってんだよ!」
・・・今日は日の曜日の、しかも夜である。
「はあ、アンジェリーク、ここ通りませんでした?」
「あぁ?アンジェリーク?さあな、オレもさっき来たばっかだからよ。知らねえな。」
「ゼフェルー、お待たせー!」
王立研究院から出てきた女の子が、こちらに手を振りながらやって来る。・・・うーん、もしかして。
「なっ、お、オメー・・・」
ゼフェルはしどろもどろになって、腕全体でバッテンマークを作って追っ払おうとしている。
「・・・?」
一瞬、唖然とした研究員の女の子も、ゼフェルの隣に居るのが女王候補の一人だと知って、慌てて口に手を当てている。
「あ、すいませーん!私の人違いでしたー!」
女の子は懸命に、謝ってる風を取り繕ってUターンするが、さっき『ゼフェルー』と、もろに言っていた事を、もはや忘れた訳ではあるまい。
「ゼフェル様、奥様、行っちゃいますよ。」
「ん、ああ、いいんだ。・・・?・・・って、おい!」
ゼフェルはくるりとレイチェルの方に向き直って慌てている。
「おめー、かけたな!」
「さあ、でもワタシ、もうルヴァさまからも聞いてますから・・・」
「なにっ!あのおっさん、喋っちまいやがったのか・・・相変わらずドンくせーな。・・・ふん、そう言うこった。じゃあな!」
ゼフェルは慌ててエアーバイクを吹かすと、奥様が去っていった方向にすっ飛んでいった。
「ナルホド・・・サシモノゼフェル様も、奥さんには素直なのね。」
などと感心してる場合ではない。アンジェリークはいずこ?
噴水に映ったのは、アンジェリークとロザリアの姿だった。アンジェリークは信じられない、といったような面持ちでめそめそ泣いている。
ロザリアはそんなアンジェリークを、おろおろして慰める・・・映像は、そこで途切れた。
「・・・ロザリア様の私邸?でも、そんな建物、聖地には無いわよね。宮殿の一室かしら?」
とりあえず、ロザリアと一緒ならば安心だ。アンジェリークが泣いていた訳が気になるが、
ひとまず今日も遅いので、レイチェルは部屋に戻る事にする。
     .。o○  .。o○
「・・・あのねぇ君達。睡眠は、己の感性を確認する場所に誘ってはくれるけど、感性を養うのに費やすには最も愚かな選択肢だね。」
昨日遅かった二人は、翌日の月の曜日の最初に偶然セイランの執務室で鉢合い、二人仲良くおでこを寄せ合って、眠っている。
「・・・判ったよ。君達の好きにすればいいさ。でも、僕を軽んじた事は賢明じゃなかったね。」
セイランは、ふふふと笑うとチョークを置いて、絵筆を取った。
     .。o○  .。o○
お陽様が空高く登った頃、二人はようやく充分な睡眠に満たされて、公園で作戦会議を再開する。
「あんた、昨日一体ロザリア様の所で何してたのよ。心配したんだからねっ!」
「え?ロザリア様の所?・・・あ・・・」
「あ、じゃないよ。ま、いっか。ワタシの方の報告事項ね。昨日は収穫あったんだから。」
レイチェルは得意げに昨日取ったメモを開く。
「えー、先ずルヴァ様ね。ルヴァ様は、王立図書館の女のヒト。すごーいおのろけ聞かされたんだからー。
そして、ゼフェル様。えっへん!ゼフェル様は王立研究院の女のヒト。現場押さえたんダ。
で、あんたのマルセル様。昨日、マルセル様の私邸にウサギの着ぐるみ着た女のヒトが居たんだケド・・・」
「その人、前の緑の守護聖様の時から緑の守護聖の私邸の温室係りをやっていたんですって。
マルセル様と同い年で・・・。私達が聖地に召されるちょっと前にご結婚されたんだって。」
「・・・そうなんだー。えーっと、アトは判明してないの、オリヴィエ様だけだねー。・・・って、あれ?」
アンジェリークは、昨日噴水の中で見たのと同じ表情で固まっている。
「・・・あんた、昨日ロザリア様から何聞いたの?」
「・・・レイチェル。聞いて、、、」
     .。o○  .。o○
「じゃあ、ぼくもう帰るから、又ね、アンジェリーク。」
日の曜日、朝一番で執務室に伺った。マルセル様はいつも通り楽しくお話をしてくれた。
でも、この間の様に私邸に呼んではくれなかった。今思えば、私邸に遊びに行く度にココアを入れてくれていた
可愛い女性・・・あの人がマルセル様の奥様だったんだ・・・
アンジェリークは、とぼとぼと森の中を歩いてた。なんだか、自分自身が哀れで・・・
マルセル様の私邸に行く度に有頂天になって、奥様の淹れたココアを飲んでいた・・・
とぼとぼと俯いて歩いていた所為か、気が付くと見なれない景色・・・
「・・・あ・・・」
目の前に、大きなお屋敷が見えてきた。初めて見るお屋敷・・・
しかし、アンジェリークには目の前のお屋敷が誰のものだかすぐに判った。
白亜のお城みたいにロマンチックなギリシャ風の建物、入り口には薔薇のアーチ。天使の彫刻・・・パイナップルの木。
門をくぐって、そーっと中に入る。アンジェリークの心の中には、新たな使命感が宿る。
「ちょっとー、来てくれるー?」
早速オリヴィエ様の声がする。館の主の登場だ。
オリヴィエは玄関に姿を現し、手に持った白い布をひらひらと振っている。
「はーい、お待ちになって・・・」
女性の声だ!奥様に間違い無い。奥様が出てくるのは時間の問題。じゃあ・・・
「オリヴィエさまっ!遊びに来ちゃいました♪」
アンジェリークは勢い良くオリヴィエの目の前に飛び出した。
「あっれー、アンジェリークじゃなぁい。急にどうしちゃったのよん。・・・???」
最後の???は、オリヴィエがアンジェリークの後ろで固まるロザリアの姿を、見たからだ。
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