Illusion
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初めて貴方に出会った日。
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紫色の瞳が、一瞬、震えたような気がした。。。
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緊張のうちに数週間が過ぎた。
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ようやくアンジェリークは女王試験や周囲の環境にも慣れてき、
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そして、大陸は試験開始以来、初めて「闇の安らぎ」を欲した。
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執務の手を止め、ふとクラヴィスは先日、謁見の間でみた少女の姿を思い返す。
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今も自らの心を呪縛している想い。
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ベールで顔を覆ってしまった、女王陛下と呼ばれる女性(ひと)の昔の面影…
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今更、何を思い出せというのだ…
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クラヴィスは、先程から自問自答を繰り返している。
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何故に、心の奥に封印した昔の記憶を激しく揺るがすのか。。。あの少女が。
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似ているのか?
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否。
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容姿は似ても似つかぬ。
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ただひとつ、辛うじて共通するのは金の髪であること、か。
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ならばジュリアスもマルセルも同じ事。
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フ、何を馬鹿な事を…
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突然クラヴィスの思考を遮断する様に、静かな自分の執務室にノックの音がこだました。
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…このノックの音は?
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「失礼致します。」
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自分が在室であるかどうか、確認もせずにひとりの少女がそっと扉をあけて中を覗きこむ。
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それは…まさにいましがた自分の思考の中枢にいた少女。
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アンジェリーク・リモージュ。
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これから闇の守護聖の執務室を訪ねる。
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何気なく、そう水の守護聖に話してみた。
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初めて訪れる所は、どんな所だって不安なもの。
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仲の良い水の守護聖なら、きっと何かアドバイスをくれるかも。
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予想通り、水の守護聖は微笑みながらこう言った。
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「あの方は人見知りをなさいますから。ノックをして、お返事がなくても中にお入りになって大丈夫ですよ。」
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扉をそっと開けてみた。
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案の定、お返事はなかったが彼の人は在室していた。
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こちらを見つめる、その瞳から伝わってくる圧迫感。
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薄暗くて視界が利かないからこそ、尚更にそれが伝わってくるのが怖いほどに判る。
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「何だ。」
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聞き取るのが精一杯なほどの低い声。
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背筋がゾクっとするのが自分で判る。
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こんなにカチカチになってしまったのは、生まれて初めてじゃないか、と思う。
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「あの…育成を。」
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「…」
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やっとの事で声を発したものの、闇の守護聖からの返事はもらえない。
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“あの方は人見知りを…”先程聞いた、水の守護聖の優しい声に励まされて、もう1度
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「あの…育成をお願いします…」
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「フッ」
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闇の守護聖は、俯いて薄く笑うと…アンジェリークには、それが一瞬優しい表情に見えたのだが…
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「こちらに来て話せばよかろう?」
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そう言って、自分の執務机の前の空間を指差した。
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成る程、確かに扉にしがみつく様にして話している今の自分は、育成をお願いするにしては随分と失礼な態度である。
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気恥ずかしさに、そろそろと闇の守護聖の執務机の前まで進み寄る。
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あまりに緊張して、右手と右足が一緒に出かねない程のアンジェリークの様子に、ふとクラヴィスの心がほぐれた。
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…やっぱり、あの女性とは似ても似つかぬな。。。
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暗い闇をもものともせず、大胆なほどに明るく笑った、あの女性とは。。。
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「力を送るのだな。どれぐらい送ればいい?」
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「あの…沢山、お願いできますか?」
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心底申し訳なさそうなアンジェリークの様子に、クラヴィスは、どうしても笑いを誘われずには居られなかった。
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「…私の事を、周りからどのように聞いているかはおおよそ察しが付くが…。」
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苦笑しながら話し出したクラヴィスの様子に、今度は驚きを隠せないアンジェリーク。
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「私は、別に闇の力を使う事が嫌な訳ではない。他人から命令されるのが嫌なだけだ。
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しかし遠慮、という言葉を知っているお前の頼みなら、聞かないでもない。安心するがいい。」
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自分のその言葉に、アンジェリークが安堵の溜息を付いているのが判った。
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何て単純な娘なのだ。
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何故、この少女にあの女性の面影を感じてしまうのだろう…?
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クラヴィスの疑問は、より深くなって行った。。。
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「クラヴィス様が、お笑いになった…?」
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闇の守護聖の執務室を後にして、アンジェリークは今更に自分の脚が震えているのを感じた。
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闇の守護聖…
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愛想がなくて無感情な方だと聞いていた。
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そのお方が、とても可笑しそうに笑っていた。しかも自分との会話で。
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その様子がとても意外で、そしてアンジェリークにとって心穏やかに感じられた。
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闇の守護聖が、他の人々から聞いていた印象とは随分異なる様子で自分に特別に接してくれた事。
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それは、アンジェリークに恋愛感情を抱かせるには充分過ぎる程の要因だった。
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その夜、アンジェリークの大陸に闇の安らぎがもたらされた。
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ゆっくりと染み渡る闇のサクリア。。。穏やかな星々の瞬きが、アンジェリークの夢にも訪れたのかも知れない。
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「…クラヴィス様?」
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アンジェリークは翌日の目覚めと共に、自分の心の中に闇の守護聖のイメージが残っている事を感じた。
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夢を見たのか、そうではないのかは定かではない。
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ほんのりと、昨日目にした闇の守護聖の雰囲気が胸の底に残っている。
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近寄り難いからこそ、憧れも一層強くなる。
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そして、特別な一面をみてしまったら、なおのこと。。。
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「リュミエール。」
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聞き慣れた声に、水の守護聖は驚いて執務室の戸口を見る。
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そこには闇の守護聖の姿があった。何かを思う、そんな表情だった。
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「お入り下さい、クラヴィスさま。」
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水の守護聖は、自席を立つと棚からティーセットを取り出す。
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クラヴィスは、そんな水の守護聖の姿を見るとはなしに眺めていた。
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「お前は、金の髪の女王候補の事をどう思うか?」
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「…どう思うか、と申しますと?」
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「誰かに似ている。そんな風には思わぬか?」
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「…誰かに。」
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リュミエールは暫らく目を伏せて考え込んでいた。
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―クラヴィスさまは、いったい彼女が誰に似ているとお考えなのでしょうか。
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「まあ、お座り下さい。」
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良く考えてみるとクラヴィスは、先程から戸口に突っ立ったままだった。
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リュミエールはソファを勧めると、再びお茶の準備に取りかかった。
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クラヴィスは、つい何も考えずに水の守護聖を訪ねた事を後悔していた。
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水の守護聖は、自分にとって親しい存在ではある。
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何か悩み事を抱えた時も、この者になら打ち明ける事も出来よう。
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しかし。
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リュミエールは、女王陛下の素顔を見た事がないのだ。
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自分の問いは、彼に向けるべきものではなかった。
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今更ながらにその事に気づき、この心配性な水の守護聖に取り越し苦労をさせてしまう事を危惧する。
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「…何でもない。私の勘違いだったようだ。」
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リュミエールは無言で、クラヴィスの前に暖かい紅茶の入ったカップを置く。
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深い赤色をした液体は、今のクラヴィスにはとても神秘的に見えた。
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しばし、時間を忘れたい…
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クラヴィスはひととき、リュミエールのハープの調べの中でまどろんでいた。
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