しんげき   ぶたい       つくよみ
神撃部隊 月読


左上段プリン=アシュク 上段中央カイ=アンクレット 右上段デュナミス=ヴァイロー
左中段フクウ=ドミニオン 中央ニセ宇宙マン 右中段アミ=トロウン
                                右下段ホウショウ=アマツカ

第壱夜

「Honesty」


 少しだけ緩めた制服の襟元を、心地よい夜の涼風がすり抜けてゆく。
彼は深く息を吸って、空を見上げた。
さらした首筋に、もう一度、風。
天蓋には目を凝らすまでもなく、
こぼれ落ちてきそうな綺羅星。

そして、

凛と、満月。

その玲瓏な輝きが、愛おしむように彼を抱きすくめる。
 レイアルン・スプリードを。


 真夜中の巡回は、「月読」公演時における彼のルーティンワークである。
ただし、何の為に、誰の為に、と問われると、レイアルン自身も実はよくわからない。
 名目上は、狂信的なファンや「月読」メンバーの寝姿をモノにしようとす
る悪質なパパラッチ共の発見及び排除ということになってはいる。
  だが、かつて敢行された数々の無謀な試みが、どれほどの悲劇を生み出したことか。
気付く間もなく失神させられ、路地で朝を迎えた奴らはまだ幸運と言えよう。
狙った相手は恐らく、カイかフクウのはずだ。二人は面倒を嫌う。
 これがデュナミスになると、同じ失神でも少々事情が変わってくる。
少なくとも、顔面で碁が打てる程の引っ掻き傷というおまけつき。
 もしもアミであれば、悲惨の度合いはさらに増す。
彼女の個室周りには、
EPMが誇る最新のセキュリティシステムも顔負けのウルテクトラップが多数仕掛けられているのだ。
しかもその殆どが、爆発系か、電撃系。
悪いことに、本人が想定したダメージよりも大抵3割り増し以上の威力がある為、実に始末に終えない。
 そして最悪なのが・・・想像するのもはばかられるが・・・プリンを狙った場合だ。
勇者・・・レイアルンは「彼等」の事をあえてこう呼ぶ・・・が
次に目を覚ますのは間違いなく集中治療室である。
 唯一の例外はホウショウだが、
彼女の個室に辿り着く為には必ず上記5名の個室前を通過しなくてはならないのだ。
これは、公演場所が何処であっても例外はない。
ある意味、鉄壁の警備体制だと言える。
 故に、レイアルンの定時巡回は全く無意味だった。
強いて言えば「彼等」にこそ警備が必要だが、
気付いた時には既に手遅れというケースが殆どなのだ。
本末転倒ここに極まれり、である。
 それでも。
彼がこの巡回を欠かすことは、ない。
いまが、やすらかであることを実感する為に。
あるいは、それこそがレイアルン・スプリードたる所以。
そう、せめて、
いまが、やすらかであること。
レイアルンの、6人の守護天使達にとって・・・。




 外周をひととおり回り終え、彼は舞台裏へと向かった。
 「?」
人の気配がする。先述の通り、不審者である可能性は殆ど0だ。
しかし、万が一という事も考えられなくはない。何事にも必ず例外はある。
 「あんっ、もう!!」
肩の力が、ぬけた。
彼が絶対に聞き間違うことのない声。しかしなぜ?
こんな時間に、こんなところで、彼女は何をしているのか?
   舞台裏をうかがうと、
薄暗い照明の下で声の主・・・カイ・アンクレットが、工具を片手に何やら悪戦苦闘していた。
レイアルンは、思わず吹き出してしまった。
彼女が立ち向かっているモノの正体を知ったからだ。
 「あ・・・」
カイはあわてて"それ"を彼の視界から隠そうとする。
しかし、スレンダーな彼女の身体で覆いきれるほど、"それ"は小さくはない。
耳たぶまで朱に染めながら視線をそらし、開き直ったように作業を再開した。
 「治せそうかい?」
微笑みながら、レイアルンは尋ねた。
 「・・・ブレーキのワイヤが切れてます。あのこ、無茶な乗り方しますから・・・。」
つっけんどんな物言いだが、こころなしか声が上ずっている。
 「よっぽど嬉しいんだよ。ホウショウがArf以外に操れる唯一の乗り物だからさ。」
 「それなら」
ひと呼吸置いて、カイは額を拭った。 
 「新しいのに変えればいいんです。なんでこんなぼろを後生大事に・・・。」
言葉とは裏腹に、ワイヤを交換する手を、カイは休めない。
細い指先をオイルで真っ黒にしながら。当然、おでこはそのとばっちりを喰っている。
 「おかげで、あのこは今日リハーサル無しだったんです。
プロとしての自覚を、すこしは持ってもらわないと。」
 レイアルンはカイの傍らに膝を着くと、彼女の手から優しくプライヤを奪い取った。
 「隊長、何を・・・!」
言葉が、続かない。彼の掌が、いつもと同じく、あたたかかったから。
それにくらべて、
なぜ、自分の手はこんなに冷たいのだろう。
レイアルンに触れる度、そして、触れられる度に、彼女は打ちのめされる。
なぜ、自分はこんなに冷たいのだろう。

ホウショウの泣き顔が蘇る。
 「もういいじゃないか。おまえ、きつすぎるよ。」
みかねて、プリンがカイを取りなした。
違う、違うのプリン!こんな言い方をするつもりじゃ・・・。
 「・・・アシュクさん、わたしたちは趣味で公演しているわけではありません。
ホウショウ一人のために舞台が台無しになったらどうするの?」
ちがう、ちがう、ちがう!!
けれど言葉は、スケーターズ・ワルツのように滑らかに繋がってゆく。
 「わたしたちには、責任があります。最低限の規律すら守れないようでは困るの。
はっきり、言っておきます。」
だめ・・・言っては、だめ。
 「なかよしグループの、遊びではないのよ。」
プリンは、処置無しと言った感じで肩をすくめ、黙り込んだ。
ホウショウの嗚咽だけが沈黙の中に響く。
カイはきびすをかえし、楽屋に向かった。
いたたまれない想いを悟られぬ様、無表情のまま背筋をのばして。
その背中を、妖精の歌声と評され、でも、いまは涙で曇った声が追い掛ける。
 「・・・カイ、ごめんなさい・・・ほんとに、ごめんなさい・・・」
駆け出したい。
なんでわたしはつめたいのだろう。

 「カイは、優しいな。」
レイアルンの声は日溜まりだ。きつく噛み締めたくちびるが、力をなくして、とけてしまう。
 「・・・やめてください。こころにもないことは言わないで。」
わかっている。
こころにもないことなら、彼は言わない。
 「もう、行って下さい。あとは私が片つけますから・・・」
それには答えず、レイアルンは手際よくワイヤを交換しながら続けた。
 「ホウショウの宝物だからな。彼女がはじめてもらったバースデイ・プレゼント。」
なにかが、こみあげる。
カイは必死で、耐えた。
 「月読の福利厚生費で買ったものです。」
子供じみた、精一杯の虚勢。
 「きみがえらんだ自転車だから。」
限界。

 レイアルンの背中に顔を押し付ける以外、涙を隠すすべはなかった。
 「・・・わたし、嫌な女だ・・・あんなふうにあのこを泣かすつもり、なかったのに・・・。」
公演後に楽屋を訪れた二人・・・恋人同士だろうか・・・に対しても。
"エメラルド"の名を持つ、美しい少女。
名前を聞いたあとに広がったさざ波にもまして、それ以前から、カイはうろたえていたのだ。
生まれついた優しさと言うものが存在するならば、
彼女がまさにそうだとカイは感じた。正論で武装する自分が、なんと矮小に思えたことか。 
少女の前で見せ掛けの威厳を保つのが唯一の抵抗だった。
 「・・・彼女は本物のエメラルドかもしれない・・・そう思った・・・でももっと思ったのは・・・」
彼女みたいになりたい。
隣にいた青年は、誇らし気だった。自覚してはいないだろうが。
レイアルンは、わたしを誇ってくれるだろうか?
 「月読」の副隊長としては極めて不適切な想い。
また、だ。カイ・アンクレットが、彼女を羽交い締めにする。
 「・・・わたしは、つめたい・・・」

 「あったかいな、背中。もう少しそうしていてくれないか?」

日溜まりが、アンクレットを再び溶かてゆく。

カイだけが、のこる。

 「・・・レイ・・・」
おずおずと、レイアルンの腰に両手をまわしたカイは、
自分の指先がいつの間にか温もっていることに、とまどった。
当然だ。
彼女は太陽のそばにいるのだから。
その光をあびているのだから。
それは、他の5人にも言えることだった。
レイアルンと出会って、みな美しく輝きはじめたのだ。
今夜の、月のように。

わたしも?

 カイの形をした、玲瓏な輝きが、愛しさを込めて彼を抱きすくめる。
レイアルン・スプリードを。




 「スプリード!何故兵装を対人に切り替えない?
 テロリストの蚤共を一人でも多く潰せばポイントが加算されるんだ。
 まとめて木っ端みじんにしちゃ、カウントされんからな。」
 小隊長はこう言っているのだ。
一人づつ狙い撃て、と。
 「小隊長。対象はもう戦意を失っています。拠点も潰しましたし、ミッションは終了・・・」
通信モニタの中で、下卑た顔が歪んだ。
 「なぁにを言っとる!これからがお楽しみだ。いいから、とっとと対人モードに切り替えろ。」
無駄だと判っていながら、レイアルンは答えた。
 「自分は待機します。意味がありません。」
 「きぃさまぁあああ!!」
自分の命令をはねつけられたことが、小隊長をいたく憤慨させた。
 「命令だ!!一匹たりとも逃がすな、皆殺しにしろ!!」
 「自分は、待機します。」
 「逆らうのか!!軍法会議ものだぞ!!」
かまうものか。
レイアルンは通信を切って、シートにもたれ掛かる。
大体、戦闘車両すら持たないちっぽけな組織に、なぜArfを出撃させなくてはならないのだ。
しかも、5機の小隊編成など、オーバーを通り越して、ばかばかしい。
挙げ句の果てに、自分は絶対安全なシューティングゲームを始めようとしている。
的は生きた人間だ。
これがEPMのいう誇りある戦いだとしたら。
おれに居場所は、ない。
彼は溜息をついて、除隊願いの文面を考えようとした。
 「!」
 熱量センサーに反応。ポイントに視覚を移動して、ズーム。
それは、瓦礫の中、巧妙に偽装された多弾頭ミサイルポッドだった。通常、高精度のレーダー
ユニットと対であるべき物が、単体で起動している。
おそらく、テロリストたちの手にあまる武器だったに違いない。
しかし、最後の最後に自暴自棄になった。
目標も定めぬまま、スイッチを入れたのだ。
 20機のミサイルが、ほぼコンマ2秒の間を置きながら次々に発射される。
レイアルンは、ヴァクストゥーの知覚を総動員させ、
ランダム且つ不安定に飛行する全ミサイルの着弾点をシミュレートした。
ビームライフルの自動演算照準をカット。
予定弾道はライブのまま、時間差でシアータイミングを入力。この間、2秒。
ヴァクストゥーの兵装CPUが警告を発する。
自分が予測した弾道と、パイロットの入力にズレがあると。
ただちに再入力、もしくは自動照準の復帰を要求するが、レイアルンは無視。
己の腕のごとく、巨大な金属製マニピュレータをリンク。
光弾が発射される。
 それは、やけになって撃ちまくっているようにしか見えない。
事実、小隊長を含めた他の4体のパイロット達は、
何が起きたのかわからず、レイアルンが発狂したと思った程だ。 
 だが。
空中で、正しくコンマ2秒間隔の爆発が17回起きた後、ようやく自分達が救われた事を知る。
対象18、消滅。対象19、消滅。
対象20・・・。
レイアルンの右ひじに激痛が走る。
ヴァクストゥーのリンク反応限界。
それが、ほんの刹那トリガータイミングを遅らせた。

音速が、光速を嘲笑う。

 レイアルンは取り逃がした獲物の弾道をエリアマップに重ねた。
 「何で!」
叫びながら、リンクシステムのリミッタを解除。
強制的にγレベル突入後、背面ブースター及び脚部アポジモーターをフル稼動させる。
コクピット内に充満する、なにかが焦げる匂い。
ヴァクストゥーの機体スペックでは絶対にあり得ないスピードと身のこなしで、
着弾ポイントに到達。ミサイルに背中を向けた。

 そこは、一般人の緊急避難指定建築物。
慈しみ深き神の住まう場所。
教会。

ステンドグラスの向こう側。
その不明瞭な映像の中に、泣きじゃくる子供と、それをかばう母親らしき人影を確認して、

レイアルンのヴァクストゥーは中腰のまま背を丸め、
両腕を思いきり横に伸ばした姿で

沈黙した。

最後の叫びから、3秒後。

 「やっぱり痛いかなぁ・・・ミサイル。」

それは、ためいきまじりの、日溜まり。




 「こんこん」
 「わ、なんだなんだ、ってフクウ・・・ドミニオン?」
 微睡みを妨げられたレイアルンは、その来訪客を意外そうなまなざしで迎えた。
豊かな黒髪をアップでまとめ、しわ一つないタイトスカートと制服は紺色。書記官のものだ。
破綻のない姿勢と相まって、その姿はさしずめ夜で創られた彫像のように美しい。
 「・・・今日の今日まで、ノックは部屋の外でドアを叩くことだとばかり思ってたんだけど。」
 「ああ、声ノック?私のメール・フレンドから教えてもらったの。
 ちなみに、あなたが信じてきたやりかたも試してみたけど、答えはないし鍵も掛かってなかったし。
 だから、緊急措置。」
レイアルンはますます意外そうに、目の前の美しい女性士官を見つめた。
 「な、なに?」
 「いや、きみもそういうことするんだなぁって。」
透けるように白い頬がさっと紅潮する。嫌みや、からかいなど微塵も含まぬ口調が、
かえってこのクール・ビューティーをうろたえさせた。
他の男達がその様を見たら、いったいレイアルンはどんな魔法を使ったのか知りたがるに違いない。
それほど希有な事象なのだ。
フクウ"アイスレィディ"ドミニオンが「照れる」などと言うことは。
 「・・・3ヶ月間の謹慎処分なんてさぞ退屈で腐ってるだろうと思ったから来てあげたの
 よ。デートする相手もいないの?
 いい若いもんがシエスタなんて、恥を知りなさい、恥を。」
 喋り過ぎ。気をつけて。
 「うん。」
思いがけない呑気な返事に拍子が抜ける。
これが「つくり」ではないから、こまるのよね・・・。
彼女が記憶する、数万にも及ぶプロファイル・データのどれにも合致しない特例。
 「お見舞いに来てくれて以来だから・・・2ヶ月ぶりか。
 法皇陛下の秘書課に転属したんだって?勝手が違うからとまど・・・わないよな、きみは。」
 「ええ。それなりに忙しいけれど気楽な物よ。命のやりとりがあるわけじゃないし。」
ひとを欺くことなど、容易い。嘘をつくことが、仕事だ。
けれど。
今は、自信がない。
机に頬杖をついたまま、ニコニコ笑っているこの青年の前では。
フクウは視線をそらし、尋ねた。
 「背中の具合は、どう?」
 「痛い。」
鼻にしわを寄せてレイアルンが答える。
大丈夫、ではないところが彼らしい。だが、その口調からはどれほどの苦痛なのか
うかがうことができない。
 「退院したら、是非聞こうと思っていたんだけれど、いい?」
 「なんだい?」
 「軍法会議・・・なぜ弁明しなかったの?レルネ少佐の口添えがなかったら、免職に
 なるところだったわ。」
 「はは。」
レイアルンは頭を掻きながら立ち上がった。
 「コーヒーしかないけど。」
 「はぐらかさないで。確かに、処分はあなたが意識不明のさなかに決定した。
 それもおかしな話だけれど、異義や不服の申し立てはできたはずだわ。
 命令拒否の件はともかくとして、敵前逃亡なんて絶対に、あなたらしくない。」
コーヒーメーカーに水を注ぐ手がとまる。
 「どうでもよかったんじゃ、ないかな。」
まるで他人事のような物言いだ。
 「レイくん!」
士官学校時代そのままの呼び方。
あのころと、全く変わらない笑顔。
彼女は、ふと時が戻ったような錯覚にとらわれた。

あなたは、もう、帰ることなんてできないのよ。フクウ・ドミニオン。

 「・・・まったく、なんであなたみたいなひとがEPMにいるのか判らないわ。
 とんでもない才能を持っているのに、たいした戦果はあげられない・・・
 それとも、あげない、のかしら。」
 「過大評価だよ。おれも、我ながら不思議に思う時がある。向いてないって。」
 「ではなぜ?理想?正義のため?」
はじめて、レイアルンの顔が曇った。まるで叱られた子供のような表情だ。

 「そんなんじゃないよ。」

もどかし気に苦笑する。隠しているのではない。本当に説明できないのだ。

 「そんなんじゃないんだ・・・。」

コーヒーメーカーの作動音だけが二人の間に流れる。
そこに、小さなデジタル音が割り込んだ。
フクウは我に帰り、腕時計のアラームをとめた。
 「いけない。会議の時間だわ。じゃ、レイくん。コーヒーはまた今度。」
 「なんか、まじで大変そうだね。」
 「言ったでしょ?それなりに忙しいって・・・あ、と、忘れるところだった。」
フクウは、制服のポケットからメモリーディスクのパッケージを取り出すと、
レイアルンに放ってよこす。
 「?」
 「暇つぶしの差し入れよ。それがクリアできた頃、また来るわ。感想を聞きにね。」
レイアルンは、どうやらゲームらしいパッケージに書かれたタイトルを読んだ。

 "宇宙マン対黒山羊帝王" 

 「こ、これは・・・予約しても半年は待たされると言う・・・」
無邪気に破顔したレイアルンを見つめるフクウの瞳に、ほんの一瞬影がよぎる。
 「・・・じゃあね。」
 「ありがとう。近い内にまた。」

 ほんとうに、近い内に会うことになるわ。
でも、そのとき、
あなたはいまみたいにわらってくれるのかしら。




 ヴヴン
端末を起動させ、ディスクを挿入する。
 ぶつん
 「わー、なんだなんだ!!」
室内の電源が、突如全てダウンしたのだ。
端末のみが、バックアップ電源によって唯一稼動している。
ディスクを走査する密やかな、音。
レイアルンは、ブレーカーを点検し、首をかしげた。
 「なんとも、ない・・・。」
そのまま、フクウが出ていった扉へと向かう。開かない。電子錠がロックされていた。
 「・・・。」
端末の電源と情報ケーブルは一体だ。彼は完全に外部から孤立したことになる。
レイアルンは肩をすくめると、デスクに戻った。
バックアップ電池の持続限界は3時間。
この状況が単なるシステム上の事故であるにせよ、また、意図された物であるにせよ、
その間に、すくなくともなにがしかのアクションがあるだろう。
ならば。
 「宇宙マンだ宇宙マン!!」
それにしてもローディングが、いやに長い。
 「おいおい・・・一体、どんなゲームなんだ?」
 ジッ
終了。
一瞬をおいて、画面にグラフィックが現れる。
 
「・・・これは・・・」

十字架をいただく楯の周りを月桂樹が取り囲む意匠。
法皇庁のクレストだ。
それが消え、違う絵が出現。やはり、なにかのマークらしい。
上弦の月と片目を組み合わせたディザインだった。これは、見たことがない。
そして、モニタの下部からスクロールしてくる、文字。

 

 

「月読」

 

 


 

 

 この部屋を出てから、3時間と2分が経過していた。
ドアをノックしようとして、ためらう。

いまさら。あなたは何人の人を欺いてきたの?フクウ。

 コンコン
 「開いてるよ・・・多分。」
相変わらず呑気な声が聞こえる。
それも、今だけだろう。彼女の顔を見れば様相は一変するに違いない。
 「失礼します。お迎えにあがりました、レイ・・・レイアルン・スプリード。」
レイアルンの個室は、惨澹たる有り様になっていた。
室内にただよう、薄白い煙。
端末は今だその名残りを残し、時折思い出したかのように火花を散らしている。

 「フクウ・・・酷いよ。」

回転椅子で振り向きざま、彼は言った。
フクウは、夜が凝固したかのような無表情のまま、次の罵倒に備える。
おそらく、レイアルンの言葉が私を殺してくれるだろう。
それならば。
迷いも、後悔も感じなくて済むようになる。
ひととしての彼女は死んだのだから。

 「宇宙マンじゃないじゃないか。」

日溜まり。
だが、そんなはずはない。彼はディスクを見たのだ。
電源が復旧し、端末が破壊されたという事実は、レイアルンが内容をすべてクリアした
ことを物語っている。

 「・・・わたくしの経歴を御覧になったはずですが。」

薄煙りの向こう、レイアルンの表情が良く見えない。いまは、それが嬉しい。
 「うん。」
 「SI2がどういった部署かも御存じでしょう。」

特殊諜報部第2課。通称”マドモアゼル・エスピオナージュ”。

だが、この場合の「貴婦人」は悪意のこもった蔑称である。
女性であることを武器に使うことすら厭わず、また、それ故に、多大な成果をあげる
精鋭部隊だ。
 「言ってることが良く判らないな。」
 「よく、わからない?わからないですって?!」
バランスが崩れてしまう。
なぜ、ひとおもいに言ってくれないのか。
汚れてる、でも、嫌いだ、でも、なんでもいい。
 「・・・失礼致しました。御気遣いなら結構です。蔑みには慣れておりますから。」
つとめて冷静に、抑揚のない声と氷の仮面に戻す。生涯で最高の無表情だと、思う。
 
 「フクウ・・・」

あきらかに戸惑いながら、日溜まりが煙を追い散らしてゆく。

 「そんな泣きそうな顔で、なにいってるんだ・・・。」 
 「・・・・ッ」

右手で口を押さえる。嗚咽が漏れないように。
彼女は背中を向けた。立ち上がり、近付く気配。
だが、手を伸ばせば届く距離でレイアルンは立ち止まる。
ともだちとしての礼節を保った距離。
それが、うれしいのか、かなしいのか。
完璧なセルフコントロールが可能なはずの彼女自身、わからない。

 「・・・ほんとにもう、あなたってひとは・・・調子、狂っちゃうよ・・・」
 




法皇庁舎は、その名からは想像もできないほど質素な造りだ。
ログハウス風の外観は、どう見てもカフェテラスにしか思えない。
先導するフクウは中へは入らず、裏庭へと回った。黙ってレイアルンもあとに続く。
小さいが、見事な薔薇園がふたりの眼前に広がった。
その中で東洋の作務衣に身を包んだ初老の男が佇んでいる。
 「法皇陛下。レイアルン・スプリードを御連れいたしました。」
 「おお、来たか。ごくろうさん。」
その住まいに違わず、気さくな口調である。
相変わらずの人だな。
レイアルンは首をふりながら、手招きに従った。
 「いまだにやんちゃをしとるらしいな、キッド。」
苦笑するしかない。相変わらずはお互い様と言うわけか。
 「察しているだろうが、2ヶ月前の戦闘記録は我々が確保した。
 まったくもってたいした腕前だ。」
 「そうでもありません。死ぬ目にあいました。」
法皇は麦わら帽子を脱いだ。
目を細めたのは午後の日射しのせいか、それとも日溜まりに近付いたからなのか。
 「だが、死ぬ気はなかったのだろう?
 一気に限界速度を超えさせてプロペラントタンクを空にした。
 推進剤さえなければ、ブースターパックはシオンの箱だ。
 それを背負った背面がもっとも強固な部分だからな。違うか?」
 「はぁ。」
なんとも気の抜けた返事をレイアルンは返した。その前を2羽の蝶が戯れながら飛んでいく。
 「あの膨大なファイル・データもモノにしたか。いや、おそれいった。
 お前も、だが、それを予見したフクウにもな。」
当の彼女は二人から少し離れたところでその完璧な姿勢を保っていた。
夜露が凝結したような美貌に、少し赤い目だけがアンバランスだが。
 「・・・なんだか眠ってしまいそうです。本題は、なんですか?」
 「データにあったろう。月読、だよ。」
法皇の真摯な眼差しが、レイアルンを見据えた。
 「無駄を承知で伺います・・・辞退はできないんでしょうね?」
 「私が言うのもなんだが、まさか今どき女が男の肋骨から創られたなどと信じとるわけでは
 なかろうな?女性ばかりの部下では不満か?」
それは、ない。データが語るのはそこいらのキャリアが顔色をなくす程の有能な人材だ。
フクウをはじめとして。
だが・・・。 
 「重い、かね?」
レイアルンは溜息をつく。
 「正直なところ、自信がありません。」
麦わら帽子をひらひらさせて、法皇はからかうようにあごをしゃくった。
 「しかし、お前は知ってしまった。
 法皇庁最重要機密事項・・・ま、そんなもんはどうでも良い。
 仮に辞退出来るとして、心やすらかに生きてゆけるかね?
 6人の娘達の何もかもを胸にしまい込んだままで。」
口元から日溜まりが、消えた。
 「確かに皆、いずれ劣らぬ逸材ばかりだ。だが、そろいもそろって危うい。
 だれかが癒さなければ遠からず壊れるだろう。お前はそれを理解しとる。
 したくなくても、な。」
 
 「あなたが、やればいい。」

非礼だろうが無礼だろうが知ったことか。

フクウは、一瞬緊張する。レイアルンは明らかに怒っていた。
やり方が姑息だ。おまけに、あまりにもまわりくどい。
さぞや面白くないに違いない、と彼女は思う。

 「はっはっは、本当にわかりやすいな、お前と言う男は。
 フクウが傷付いたことに腹をたてとるのだろう?」  
 「おわかりでしょう。おれにはひとを癒すことなんて、できない。
 ともだちの痛みさえ・・・。」

なんて的外れなの?此の期に及んで、ひとの心配なんて。
景色が滲んだようだが、気のせいだろう。

 「お前が救ったあの母娘だが・・・大天使が降りてきたと思ったそうだ。」

 「なぜ、おれなのですか?」
いくぶん諦めの入った声でレイアルンは、尋ねた。
 「おれなんかよりも、そう、例えばレルネ少佐は?」
 「ふむ。レルネ・ルインズ。素晴らしい戦士だな。そう、戦士すぎる。」
意味をとらえかねて、法皇を見つめる。
 「いいかね?言うならば、彼は生粋の狩人だ。だが、求めているのは、羊守なのだよ。」
ますます、わからない。
 「狩人も羊守も、雲を知り、風を読む点においては等しい。明らかな相違は、
 追うものと守るものであるということだ。互いに役目を替えることはできん。
 市井の人々の痛みが、大事の前の小事として蔑ろにされておる今、
 流れはあまりにも巨大で、しかも一本ではない。
 止めることも、逆らうこともひとにはしょせんかなわぬ話だ。 
 しかし、だからこそ、わかりやすい正義と言うものがあってもよかろう。」
 「・・・・・。」
 「今のは私の屁理屈だが、お前を推したのは、フクウと、娘だよ。」
 「ディアドラが?」
脳裏に浮かぶ、いつも優しかった「お姉ちゃん」。

 「理由は、お前がレイアルン・スプリードだから、だそうだ。実に筋が通っている。」

独り勝手にうなずいたあと、法皇は再びレイアルンを見据えた。
 「それにな。もしかしたら、おまえの求めている答えが見つからんとも限らんぞ。」 

2ヶ月前のあの日。軍を去るつもりでいた。

あなたは何の為に軍にいるの、とフクウは聞いた。

おれが戦う、理由。

まもりたい、もの。

教会の中で、抱き合う母娘。

それに重なる、ちぎれ飛んだ若草色の小さな、ワンピース・・・。

レイアルンは目をつぶり、嘆息したあと、はっきりと通る声で言った。
 「・・・了解しました。」
 「よろしい。レイアルン・スプリード。本日を持ってEPM 少尉を罷免。慰問使節隊
 "月読"の隊長を命ずる。」
 「拝命致します。」
実に奇妙な光景だった。かたや、作務衣姿。そしてもう一方は綿パンに白いスニーカー。
たが、ここで行われているのはあきらかに勅命なのだ。

 「あ、それとな。」
口調が途端に好々爺に戻る。
 「お前にゃ邪魔かも知れんが、枢機卿の肩書きを持っていけ。
 ちなみに、これも辞退は不可、だ。」
 「えーっ!!」
まさしく、晴天の霹靂。
おれが、枢機卿だって?
うろたえて抗議しようとするレイアルンの傍らに、いつの間にかフクウがいた。
 「さ、参りましょう、隊長・・・それとも、カーディナル・スプリード?」
 「ちょっと待て!あ、法皇陛下、何処へ行くんですか!!」
 「聞かん聞かん。あとは頼んだぞ、フクウ。」
 「はい。失礼致します。」
ずるずるずる
くちをぱくぱくさせながら、日溜まりが夜の女神に引きずられてゆく。
フクウがこころなしか楽しそうなのは気のせいか?
美しい、昼下がりの庭園にレイアルンの絶叫が響き渡った。

 「マジかぁああああああっ!!」


*次回公演*
柄のない、ナイフ
いばらで編んだ、ドレス

そういったもので
カイ・アンクレットはできている

かわることなんか、ないとおもってた

けれど。

第2夜
"Satisfaction"

あなたなんて
きえてしまえばいいのに。


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