「近しき存在」

 

      Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第三話    「フィーア」

 

 

 

「マナブ!おはよう!」

 

 

 

声が聞こえる。

 

 

 

 

優しい声が。

 

 

 

 

俺の日常が・・・・・・聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

「今日、一講目なんでしょ?起きなくて良いの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全て元通りに、変わらない日常が始まる。

そう・・・本当に願いたい。

あんな悲しい想いは、

もう・・・・・・・したくないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってもう!いい加減、おきなさーい!!!!」

耳元で弾けるように大声が響く。
思わず耳を押さえたくなるほどの大音量。

 

ガバッと音がするように飛び起きる男。

「もう少し静かに起こせないのか?!お、おまえはぁ!!」

 

その顔は間違いなくマナブ。
あの「L−seed」と刻まれた蒼と白のArfに乗っていた青年。

ただし、今はあの時のような悲しく辛い瞳は持っていない。

 

睡眠を妨害された不快感を瞳に露わにし、音の発生源を見やる。

 

そこにはショートカットの女の子。

年はまだ十代後半だろう。

黒い髪を丸い髪留めで左右二ヶ所にまとめ上げ、
一見するとまるで頭に小さい羽が付いているようだ。

それでなければ、耳を寝かせたウサギの印象である。

背は150の後半か160の前半、スタイルの方ははっきり言うと文句は出ない。
細い印象ながらも、その凹凸は正しく健康的に成長したと考えられるに十分なもの。

このマナブの前だからなのか?それとも異性に対する認識が薄いのか?
非常にラフで露出の激しい服であるため、よく分かる。

澄んだ黒い瞳、長い睫毛、整った顔立ちは彼女の目の前にいる青年とどこか似ている。

 

ただ、静かにしていれば綺麗と呼ばれるであろう顔立ちも、
今の彼女の服装、そして彼女の雰囲気に影響されてか、活発で可愛いそんな印象が強い。

 

「静かに起こしたら、起きないもん!マナブはぁ!!」

「フィーア・・・俺の妹ならもう少し、優しくなぁ・・・・」

彼女の名前は、フィーア。
マナブの妹と言うことになっている。

 

「十分、優しかったよ?」
小首を傾げて、笑顔で言うフィーア。

マナブの不満の言葉をこともなげに遮る。

その顔は何故だろうか?とても幸せそうに輝いている。

このじゃれあいを彼女は心底楽しんでいるようだった。

 

「どこがなんだ?」
ジト目でフィーアを睨め付けるマナブ。
まだ耳が痛いらしく、押さえている。

そんな様子をフィーアは優しい目で見ていた。
そして時計を指さし言った。

 

「だって、マナブの目覚ましを止めてあげたんだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「フィーアぁ!!!!」

 

**********

 

某大学のキャンパス

一人の女性が長い髪を揺らしながら歩いている。

ゆっくりしたその歩みは、どこか気品漂うもの。
周りの学生たちが作り出す喧噪も、彼女には届かない。

一人の女性が彼女に向かって走ってくる。

 

「ダルク!」
女性が彼女を呼んだ。

 

長い髪をフワサと翻らせダルクと呼ばれた彼女は振り返った。

太陽が反射し、髪が淡い緑となる。

緑の輝きの中、立ったその姿はまるで人とは思えないほど、綺麗。

濡れたようにして光る瞳、すぅっと通った鼻、赤い唇。
化粧などはしてはいない、素材だけで文句無くAクラスの美女。

そして、それを際だたせるのは彼女の表情。

見る者を和ませる、そんなとても優しい表情。

 

 

同性でありながら、ダルクを呼んだ友人はそれに見とれてしまう。

「どうしたの?イノリ」

自分を呼びながら、何の反応も返さない友人を訝しげな顔で聞いた。

その声に我に返る彼女は、誤魔化すようにして慌てて話し出す。

 

「ダルク、あなたついに彼氏が出来たんだって?」

「え?!」

 

一瞬にして頬を薔薇色に染めたダルクに、
意地悪な友人は気をよくしたのか、さらに畳みかける。

 

 

「どうなのよ?ん?ネタは上がってんのよ。」

「・・・・・・・」

意地悪っぽい言い方でダルクを追いつめていく。
ダルクの方は、ただ俯くだけで何も言わない。

ただ緑の髪に隠れて頬がますます赤くなっていくのが分かる。

イノリは、さらに言葉を発しようとしたとき。

 

「エメラルドさん!!」

 

その声に、ビクッと顔を上げるダルク。

イノリはダルクの肩越しに一人の男性が近づいてくるのが見えた。

彼は間違いなく、自分の友人の名を呼んでいた。
しかも下の名前を。

 

先ほどよりもさらに意地の悪い顔をしつつ、
普段は呼ばない下の名前を呼びながら、

「エメラルドぉ、お呼びよぉ・・・・・・・・・あら?」

だが、そこには既に緑の髪の友人はいない。

 

「カスガさん!!!」

 

遠くでおそらく噂の彼のであろう名前を呼びながら、
駆けていくエメラルド=ダルクがいた。

 

「女の友情なんて、儚いものよね・・・・」
やってられない、そんな風に両手の平を天に向けて呟きながら、
笑い合っている二人に近づいて行った。

 

**********

 

「もう二講目終わってしまいましたよ?」
緑色の髪を揺らして、エメラルドははにかみながら尋ねた。

別に恥ずかしい事を聞いているわけではないのだが、
彼女にとっては、初めての恋人。

 

名前を呼ばれて思わず駆け出して、彼の前に行ったものの、
前に来た瞬間、
正確には彼の顔が自分の目の前にあると気づいた瞬間、

(エメラルドにとってはいつの間に?)

彼に会えたという嬉しさと、会えたときの気恥ずかしさが、
いっぺんに押し寄せてきていた。
もともとシャイな彼女には、その傾向も強くある。

 

彼の前で黙りこくってしまった自分に気づき、
ようやく絞り出したものが先ほどの言葉。

 

「そうか〜、やっぱりな。頼むぜフィーア・・」
結局は自業自得のような気がするが、マナブ=カスガそう悪態を付く。

自分の彼氏の口から知らない名が、それも女性の名を聞きエメラルドは顔を上げた。

「あの・・・」
その事をマナブに聞こうとした時。

 

「へぇ、これがあのエメラルドを手に入れた幸運な彼氏さんね。やるじゃない。」
イノリがエメラルドの問いをかき消してしまった。
エメラルドは、イノリの言葉に再び俯いてしまう。

「え?君は?」

「私、私はイノリ。エメラルドの友達よ。」

「そうか・・・初めまして、マナブ=カスガと言います。よろしく、イノリさん。」
エメラルドの友人と言うことで、マナブも明るい顔で挨拶をする。

「ああ、イノリで良いわ。それにしても・・・・・へぇぇええ。」
気さくに答えると、イノリは目の前にいる男を物色、いや品定めし始めた。

「あの?」

怪訝そうに言葉を発したマナブを無視し、イノリはエメラルドに向き直ると言った。

「ダルク、あなた、面食いではないね。」

 

数秒の後、

「イノリ!!」

キャンパスに透き通るような声の怒声が響いた。


 

一人の青年が語る。

「先の中国大陸において発生した。

政府、「EPM」両軍のArf部隊を襲撃したArfは、我が「モーント」とは何の関係もありません。

我々は月並びに衛星都市と地球の関係を武器によるものではない、

言葉によるものでもたらしたいと考えております。

それはおそらく、世界の人々のもっとも望むところであり、私自身の心からの願いでもあります。

このような惨事を起こした者には然るべき報いが与えられる事を望みます。」

 

この青年の名は、リヴァイ=ベヘモット。

非テロを掲げる月衛星都市独立支援組織「モーント」の若き指導者である。

 

「最後に、このテロにより死亡した多くの兵士に哀悼の意を表します。」

 

最後を丁寧な口調でこう締めくくった彼。

まだ三十にも満たない容姿は、血と金の臭いが漂うそこらの革命家たちとは既に違っていた。

青みがかった髪が長く腰まで届き、後ろ姿を見ればその細い体のためか、

女性と見間違うこともあるのではないかと言うほど繊細なイメージを持つ。

決して華奢であるような感じではないのだが、剛健とは言い難い。

ただその顔の、特に瞳の鋭さは、
他の革命家を圧倒するほどに人に彼の持つ鋭さを感じさせた。

 

もっとも・・・・でなければ彼のような若者が、

対地球強行路線を貫き続け、
歴史もA・C・C81年からと長い独立支援組織「ノア」と同じかそれ以上の支持を集められないだろう。

 

だが、彼の素性は、未だ知れない。

ルナなのか?バインなのか?それさえも・・・・・

**********

 

「全く、嫌われたものね。」

そう呟く一人の女性。

銀の前髪を揺らして、いすに深く腰をかけた。

白衣の裾が太股まで上がってくる。

 

ストッキングに包まれたそれは、肉感的な感じを見せつける。
反らした格好で座っているために、胸のボリュームがそのままに出る。

大人の女性にしても、これほどのスタイルの持ち主はなかなかいないのではないだろうか?

ただし露出が激しい訳でもなく、まるでイヤらしいと言う感じは受けない。

白衣の姿だけでは決してない、清潔な色気が彼女にはあった。

 

それは、

マナブのコクピット内のモニターに現れた女性、

サライである。

 

様々な医療器具と化学器具がおかれたそこは医務室のようであり、研究室のよう。

先ほどの言葉とは裏腹に、何も気にしていないと言う表情で彼女は天井を見つめていた。

 

 

「コンコン!!」
プシュー

「サライ!!」
静かな部屋に元気いっぱいな声が入ってくる。

サライはゆっくり声の主の方に振り返る。

 

そこには頭に羽の生えた人・・・・・いや、あのマナブの妹フィーアの姿があった。

 

「フィーア、ノックは手でしてくれない?

良いこと?
口で言っても駄目なのよ?

それと・・・・ノックをしたらまず中の人の返事を聞くの、
それから初めてノックという事柄が有効になってくるのよ、わかる?」

まるで年端もいかないような子供に言い聞かせるようにして、言葉をゆっくりと紡ぐ。

 

「うん!!わかってるよ!!」
これまた、本当に体と心の歳が一緒なのかと思えるぐらいに、
あどけなさが満々の答えをするフィーア。

 

「じゃあ、フィーア。
もう一つ聞いて良いかしら?」

「良いよ。」

「これを私があなたに言ったのは何度目かしら?」

「・・・・」

 

「・・・・・・・・・わからない・・・・くらいかな?」

「正解よ。フィーア。」

 

 

 

 

 

 

「で、マナブ様は?」

「・・・・おじいちゃんのとこ・・・・」

「そう、Prof.(プロフェッサー)ヨハネね。」

 

きちんとイスに座って、大人しくしているフィーア。
怒られたのか、シュンとしている。

 

少し言い過ぎたと思ったのだろうか?
サライは、フィーアに先ほどとは違った声音で言った。

「一緒に行く?フィーア。」
これが彼女の本当の声であり、心なのだろうか?

その声はとても優しく、暖かい。

 

「うん!!」
フィーアは顔を上げて笑顔で答えた。

 


 

「ルインズ三佐!これを見てください!」

兵士が指した場所には、下半身のつぶれた兵士の死体があった。
彼の軍服には「φ」のマークがしっかりと刻まれていた。

しかし、その顔は死体のむごたらしさとは対照的に、
苦痛というモノは見て取れなかった。
どちらかというと、驚いた顔で固まっていた。

もしかしたら彼は死んだことを理解せずにいたのかも知れない。

それがより一層、何か得体の知れない恐怖をかき立てた。

 

この兵士も、それだからわざわざ自分の上官を呼んだのだ。

 

「ルインズで良いぞ、ガリー。」
そう兵士に言いながら、何かを拾い上げ男は言った。

彼の軍服にも「φ」のマークが鮮やかに刻まれている。
歳は二十代半ばの男は、その若さでありながら「三佐」と呼ばれている、
事実、彼の「φ」のマークの下にそれが書かれていた。

彼はレルネ=ルインズ三佐。

 

「はい?しかし・・・・・」

「「φ」は地球の、いや人類の治安を維持する。
平和を守るための武器だ。その中に上も下もない。
まあ、そうは行かないのが軍だがな・・・・・・・・
そうだな・・名前が言いづらいなら今は、一つの部隊の隊長で良い。
良いな?」

「はい、ルインズ隊長。」

それを聞きうなずくレルネ。

金色の髪、青い瞳、軍人らしく引き締まった体からは、
いにしえのおとぎ話に出てくる王子のような風格が感じられる。

彼らの総帥「ルシターン」の弟と言われれば、かなりの確率で納得してしまうだろう。

顔自体は似ていないが、その雰囲気は人の上に立ち、人に敬われる「徳」を持っていた。

 

「我々はただ、総帥の手となり足となり戦うんだ。
総帥に忠誠を誓う以上、それが平和の為になると考えてな。」

「シャト総帥・・・・」

「ははは・・・君にも分かりすぎていることだったな・・・この事は。」
レルネは笑顔で言った。

「・・・・・・」
ガリーという兵士は、
誉められすぎた時に浮かべる複雑な笑みを浮かべうなずいた。

それを見て、レルネは再び表情を引き締め、地面を見つめた。
「まあ、この調査も平和の為に戦っていると言うことだ、さあ調査を続けよう。」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

「KILL・スイッチを押す暇もなく・・・・・・一撃でですか。」

「ああ、だが・・・・」

「だが?」

「それ以上に問題なのが・・・これだ。」

険しい顔のレルネが先ほどガリーと呼ばれた兵士に向かって差し出した物は、
手動脱出用スイッチ。

「これが何か?」

「KILL・スイッチを押す暇もない一撃をくらい、脱出前につぶされたと言うことだ。」
レルネはガリーがうなずくのを見て、話を続けた。

「これはArfの脱出装置がダメージを感知できないほどの速さであったと言うこと。
なおかつ、下腹部つまりコクピットだな、そこへの一撃は、
我々「φ」の敏速な判断と多くの実践と訓練を通して身につけた操作をもってしても、
手動の脱出をなしえなかったと言うことになる」

「確かにすごいArf乗りですね。」
人ごとのようにして感心してしまうガリー。

「ああ、だが恐ろしさはそのArf乗りだけではない・・・・
Arfの最も強固に出来ている下腹部を意図もたやすく打ち抜いている・・・・・・・
並のArf、並のArf乗りではないな・・・・」

 

「まあ・・・・・・・・

 

 

 

並じゃない事はわかっていたがな・・・・・・・・・」

そう言い顔を上げるレルネの眼前に広がるのは、

 

 

コクピットをつぶされたArf・・・・・・・

 

 

半分切り裂かれたArf・・・・・・・・・・

 

 

焼けこげたArf・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

Arfだったのかどうかすら分からない残骸たち

 

 

そして、その傍らで倒れている死体・・・・・・・・

 

ただそれが累々と広がっていた・・・・・・・・・・

**********

 

辺りは青白い光に包まれている場所。

何かの格納庫のよう。

そこに二人はいた。

 

一人はサライが着ているとは少し違う白衣を着た老人。

もう一人は学生の普段着と言ってさしつけない程、ありふれた格好の男。

 

「どうじゃった?L−seedは?マナブよ。」

「強かった。」
静かに答えるマナブの表情は、すこし痛々しい。
何か後味が悪いような顔。

しかし、それに答える老人の声は、彼の痛みを全く感じていないように明るかった。

「そうじゃろう、そうじゃろう!なにせ時間がかかっとるからな!!ワッハッハッハッハッハ!!」

腰に手を当て、胸を反らして大笑いする老人は、

容貌もその性格からなのか?かなり飛んでいた。

 

片目掛けの眼鏡に、天を突くように立った髪、白髪が混じった髭。

白衣の背には、筆字で「大天才!!」の文字。

ただし、何故か「才」には×がつき、「災」に変えられている。

世に言うマッドサイエンティストを絵に描いたような姿。

彼がPrf.ヨハネ。

 

 

二人は蒼と白にカラーリングされたArfの前で話していた。

 

「マナブ・・・おまえの感じている後味の悪さは、まだおまえが戦場という舞台に立っていない証拠じゃ。」

「どういうこと?」

「おまえには死の恐怖がない。
それはおまえがL−seedという最高の機体、最強の機体に乗っているからじゃ。

決しておまえは負けない、傷つかない。

そうだからこそ、おまえは今、弱いモノをいじめた・・・・そんな後味の悪さを感じているんじゃ。」

「そうかもしれない。俺は・・・」

「怖くない。違うか?」

うなずくマナブに、ヨハネは続けた。
「戦場では、生と死を賭けて戦う。

じゃが・・・・・・・

おまえはまだ、自分の命を賭けておらん。

いや、事実は賭けているのじゃが・・・・おまえはそれがあまりに少ないオッズであるために、
自分が生死をかけていると実感できていないんじゃよ。」

ヨハネはそう言うと、マナブの顔を見た。
マナブは、ただ考えている、いや悩んでいる。

 

「・・・・・・・」

 

仕方ないというそぶりをすると、ヨハネは声を大きくして話し始めた。

「まあ、仕方ないことじゃな!!

なにせこのワシが造った最高、最強、古今無双の機体!!

L−seedに乗れる唯一の人間なのじゃからな。おまえは!!

ワッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

辺りに再びヨハネの笑い声が聞こえる。

広い空間に声が響き、消えていく。

 

 

マナブは、
その最強であり、
最高であり、
無双の機体を見上げた。

 

それは間違いようもなく、あの中国大陸のあの戦場に現れた機体。

 

蒼と白のボディは、

自身の右拳から発せられる不思議な光に照らされたたずむ。

 

L−seedは、

今は、ただ静かにどこか遠くを見ていた。

 

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次回予告

L−seed・・・・・その意味は?

戦い・・・・・・・・・その意義は?


後書き

本当にすみません、遅くなりました、第三話公開です。

ご意見、ご感想は掲示板か、

こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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