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兵庫 大屋の「白いヒスイ」 (養父市) 工藤さんとは松内茂さんを介してお会いし、その後但馬の地質観察や鉱物採集に何度かご一緒させていただきました。 ヒスイ輝石の標本は、工藤さんの自宅に泊めていただいたときにもらったものです。このヒスイ輝石を見ると、やさしく面倒見のよかった工藤さんの顔や姿を思い出します。 上の写真の①と④は、ほぼ純粋なヒスイ輝石岩。②と⑤は、表面に曹長石が認められる。③は不純なヒスイ輝石岩で、曹長石・緑泥石・白雲母をふくんでいる。 ※ ヒスイという文化財保護のため、ヒジロ谷での岩石採集はもちろんヒジロ谷への入場も禁止されています。近年、ヒジロ谷で悪質な盗掘がありました。削岩機を使った大規模な岩石の破壊によってヒスイが盗掘されたのです。ヤフーオークションで大屋のヒスイが販売されていたこともわかり、養父市は警察署に相談を行っています。 1.大屋のヒスイ 「ヒスイ」は、「ヒスイ輝石」が集まってできた「ヒスイ輝石岩」の通称です。日本では、糸魚川地方のヒスイが有名で、古くから勾玉などに加工され珍重されてきました。 大屋のヒスイには、ほかの産地には見られないいくつかの特徴があります。 まずは、色が白いことです。そのため、大屋のヒスイは「白いヒスイ」と呼ばれています。ヒスイというと宝石のヒスイのように緑のものを連想しますが、本来純粋なヒスイはこのように白いのです。 従来、ヒスイの緑色はふくまれているCrに由来するとされていましたが、最近の糸魚川産のヒスイの研究では、ヒスイ輝石に混在するオンファス輝石の成分の1つであるFeに起因することがわかりました。大屋のヒスイはほぼ純粋なヒスイ輝石が集まったもので、オンファス輝石などの他の鉱物をほとんどふくんでいないので白いのです。 下の写真は、大屋のヒスイ輝石岩を割った新しい面です。この標本は、純白ではなくて、わずかに緑色かかっています。
2つ目の特徴は、ヒスイ輝石の結晶が大きいことです。 ヒスイ輝石岩中のヒスイ輝石の結晶はたいへん小さく、肉眼では見えないことがふつうです(隠微晶質)。しかし、大屋のものは結晶が大きくて見えることがあります(結晶質)。 破断面に光を当てていろいろな角度から見ると、光をキラリと反射する細長い平面が見えます。これは、ヒスイ輝石の長柱状結晶の結晶面や劈開面です。 結晶の長さは5mm程度はふつうで、大きいものでは30mmを越える場合があります。劈開面には、それと垂直に交わる劈開が平行な線として観察できます。 柱状結晶の方向は、平行ではなく互いに交差していることも観察できます。また、放射状に集まっているところもあります。結晶がお互いにさし込むように組み合わさっていることが、簡単には割れないヒスイの堅牢さをつくり出しています。
大屋のヒスイを手のひらにのせてみると、少し重い!?かな・・・と感じます。ただ、中途半端な重さで糸魚川産のヒスイのようにずっしりとした感覚はありません。 ミャンマーや糸魚川や鳥取で産出するヒスイ(隠微晶質)の比重は3.3程度。それに対して、大屋のヒスイ(結晶質)は、3.13~3.19で(「白いヒスイ谷への招待(2003)」)、ヒスイとしては少し軽いのです。(花崗岩の比重は2.7程度) 2.ヒスイ輝石岩の露頭 ヒスイ輝石岩は、ふつう蛇紋岩などの母岩中にブロックとして産出します。蛇紋岩は風化しやすいため、ヒスイ輝石岩は母岩から抜け出して転石となります。このように、ヒスイ輝石岩は転石として産出する場合がほとんどです。 大屋では、母岩に入ったままのヒスイ輝石岩の自然産状が残されています。これは、1977年に林道工事によって現れた露頭から発見されたもので、ヒスイ輝石岩の自然産状を示す発見としては日本初でした。
加保の集落から加保坂に向かう道に入ってしばらく進むと、このひすい輝石岩の露頭があります。ひすい輝石岩は、コンクリートと鉄格子に保護されて、横には「兵庫県指定文化財 加保坂の硬玉(ヒスイ)原石露頭」の案内板が立っています。
鉄格子のフェンスの中に、風化して赤く粘土化した蛇紋岩帯の地層に囲まれて白いひすい輝石岩が飛び出しています。ヒスイ輝石岩のブロックの大きさは、横1.3m、高さ1.0m。表面は風化によって褐色ですが、真ん中あたりや両端に割れたたところがあって、そこから白いヒスイが顔を出しています。 ヒスイが割れているのは、盗採によるものです。残念ながら、1983年、この露頭を保護していた金網が破られて盗採が行われました。その後、今のような頑強な鉄格子に改良されました。
ヒスイ輝石岩をとり囲む地層は褐色の土に風化していて、格子越しに見るだけでは何から構成されているのかわかりません。『白いヒスイ谷への招待(2003)』には、発見当時の写真とスケッチが載せられています。 それによると、ヒスイ輝石岩のブロックを、曹長石・ソーダ雲母・粘土鉱物・ヒル石・角閃石・蛇紋石・かんらん岩などの鉱物や岩石がとり囲んでいます。
3.大屋のヒスイの発見 大屋のヒスイ(ヒスイ輝石岩)は、1971年、小西知巳さんと工藤智巳さんによって発見されました。日本では、新潟県糸魚川市小滝渓谷、新潟県青梅町橋立ヒスイ峡、鳥取県若桜町に次ぐ4番目の発見でした。 。
小西さんと工藤さんは子弟コンビ。戦後間もない頃、兵庫県立農蚕学校「生物クラブ」部員の工藤さんは、理科教師の小西さんに自然科学の手ほどきを受けていたのです。 1966年、師の小西さんからの一本の電話で子弟コンビが復活し、但馬での地学研究がスタートしました。このあたりのことは、工藤さんが著者の一人である『白いヒスイ谷への招待(2003)』に描かれています。
二人は課題を「但馬の大地探検」とし、ヒスイ探査を徹底的にやろうという話になりました。 前年の1965年、鳥取県若桜町でヒスイの大塊が発見されたことを耳にしていたのです(新聞発表は1967年)。 二人は、鳥取県若桜町と同じ蛇紋岩の分布する但馬でもヒスイが出るかもしれないと、八木川と大屋川、その支流でヒスイを探し求める調査を始めました。手元にあるのは、小西さんが新潟を旅したときに入手した緑色のヒスイ。二人は、緑色のヒスイをイメージして探し続けました。 調査開始から4年後の1970年、大屋町夏梅を流れる大屋川で白い曹長岩の転石をハンマーでたたいていると、その一部にハンマーの手ごたえのちがうところがあるのに気づきました。ハンマーを受けつけない不思議な跳ね返りがあって、堅牢で簡単には打ち落とすことができないのです。これが、ヒスイでした。大屋のヒスイは緑色ではなく、白かったのです。 この転石の流出源を求めてさらに調査し、1971年6月大屋町ヒジロ谷川でヒスイ輝石岩の転石群を発見しました。その年の9月に、大屋町役場で新聞各社を集めて「ヒスイ発見」の発表を行いました。 その後も二人は調査を続け、1977年に林道工事によって現れた崖からヒスイ輝石岩の自然産状を示す露頭を発見しました。 工藤さんが地学研究のために採集した岩石・鉱物標本は、「クドウ地科学コレクション」として「兵庫県立人と自然の博物館」に展示されています。 約300点にわたる標本の中には、大屋のヒスイ輝石岩を始め、母岩の蛇紋岩、蛇紋岩に伴なって産出する曹長岩・角閃石岩・金雲母・ソーダ雲母などがふくまれています。 4.ヒスイ輝石は熱水から生まれた 従来、ヒスイ輝石は、低温高圧の下で曹長石が分解してできると考えられていました。つまり 曹長石(NaAlSi3O8) → ヒスイ輝石(NaAlSi2O6) + 石英(SiO2) という反応です。 しかし、この考えには困ったことがありました。この反応でヒスイ輝石と共にできるはずの石英が実際には見つからないのです。 そのうち、ヒスイ輝石岩中にヒスイ輝石の自形結晶が見つかりました。自形のヒスイ結晶のまわりは、水を多くふくむ沸石からなることから、ヒスイ輝石は熱水からできた可能性が指摘されました。 さらに決定的だったのは、ヒスイ輝石の脈が発見されたことです。これは、ヒスイ輝石が熱水からできることを示す重要な証拠となりました。大屋でも、曹長岩を横切る幅数mmのヒスイ細脈が見つかりました(下林ほか,2015)。 今では、ヒスイ輝石は沈み込み帯に伴う低温高圧下で、かんらん岩が蛇紋岩化する変成作用に関係してできた熱水溶液から沈殿によって形成されたと考えられています。 現在、ヒスイ輝石岩や大江山オフィオライト帯の蛇紋岩やその原岩のかんらん岩などの年代測定、微量元素測定などが進み、その形成過程が議論されています(Sawada et al 2022 など)。 ヒスイ輝石は、海洋プレートの沈み込み開始や日本列島の形成初期を解明する鍵をにぎっているのです。 ◆ひすい輝石をふくむ蛇紋岩にともなう鉱物については、『ひすい輝石・ソーダ雲母……蛇紋岩に伴う鉱物』を参考にして下さい。 引用・参考文献 岡本真琴・工藤智巳(2003) 白いヒスイ谷への招待,青山社 下林典正・石橋 隆・高谷真樹(2015)兵庫県大屋地域産の曹長岩を横切る脈状ヒスイの観察:長野県栂池産脈状ヒスイとの比較,日本鉱物科学会講演要旨 フォッサマグナミュージアム(2014) よくわかる糸魚川の大地のなりたち,糸魚川市教育委員会 HIkaru Sawada,Sota Niki,Mitsuhiro Nagata,Takafumi HIrata (2022) Zircon U-Pb-Hf Isotopic and Trace Element Analyses for Oceanic Mafic Crustal Rock of the Neoproterozoic-Early Paleozoic Oeyama Ophiolite Unit and Implication for Subduction Initiation of Proto-Japan Arc.Minerals,12,107 ■岩石地質■ 大江山オフィオライト 蛇紋岩に伴なうヒスイ輝石岩 |