猫崎半島の地形と地質、ゾウの足跡 
 (豊岡市竹野町)


 猫崎半島は兵庫県最北端にあり、竹野川の河口から日本海へ細長く突き出ています。沖から見ると猫がうずくまったような姿に見えることからこのように名付けられました。
 半島の上部は照葉樹林の深い緑に包まれていますが、海岸では岩壁が急傾斜で海に切れ落ち迫力ある風景をつくり出しています。
 猫崎半島の西の海岸線は、波食棚の上に遊歩道があって途中まで歩くことができます。波食棚や海食崖で見られる地層は、日本列島が大陸から離れて日本海ができたときにつくられたものです。また、ポットホールやタフォニなどの侵食地形、クロスラミナやスランプ構造などの堆積地形、ゾウの足跡化石などが観察できます。

猫崎半島(写真左が竹田浜)
 

.猫崎半島の地形

 猫崎半島は今のように陸続きの半島ではなく、もともとは賀嶋と呼ばれる島でした。竹野川から運ばれてきた砂が、波や海流によって陸と賀嶋の間に細長く集まり陸続きとなったのです。
 賀嶋のように陸続きとなった島を陸繋島(りくけいとう)といい、陸と島をつないでいる砂州をトンボロ(陸繋砂州)といいます。トンボロには竹野浜の白い砂が広がって海水浴場となっています。

猫崎半島の地形(地理院地図を利用)
赤枠が下の図の範囲

 駐車場(トイレあり)から西へ下るとすぐに海岸です。ここから半島西の海岸線に沿って歩くことができます。
 
猫崎半島の地質観察地点(地理院地図を利用)
 
 海岸に切れ落ちている崖は海食崖です。波は、海岸の下部を削ります。下部がくぼむと、やがて上部が崩れ落ちて崖がつくられます。
 海食崖の基部に広がっているのが、波食棚です。おもに潮間帯にある平坦な台地で、波の侵食によってできました。波食棚が満潮のときでも歩けるほど高い位置にあるということは、大地の隆起あるいは海水面の降下を物語っています。
 下の写真の海食崖は、淡緑色の凝灰質砂岩と火山礫凝灰岩の互層からなっていて礫岩をはさんでいます。波食棚は、凝灰質砂岩からなって褐色の粗粒砂岩をはさんでいます。
 
海食崖と波食棚

2.風化・侵食地形

 細〜中粒砂岩の波食棚の上に丸い穴の開いています。形は円形〜楕円形、大きさは直径10cmぐらいから2m程度までさまざまです。
 これは、ポットホール(甌穴 おうけつ)といって、岩の表面にできたわずかな窪みに小石が入り、波によってその小石がくるくると回転し、岩を削り取ることによってできます。
 穴を削り取った小石をドリルストーンといいます。穴の底にドリルストーンが残っている場合があります。ドリルストーンの大きさは大小さまざまです。穴に対して大きい場合は1個、小さい場合は数個のことが多いようです。また、ドリルストーンが抜け出して入っていないものも普通に見られます。ドリスストーンは、適当に入れ替わっていきます。

ポットホール ポットホールとドリルストーン

 ハチの巣のような穴がたくさん空いたところがあります。これは、タフォニと呼ばれ、海岸の地層に見られる風化・侵食地形です。
 タフォニは、岩にしみ込んだ海水が蒸発するとき、海水にふくまれていた石膏などの結晶が成長し、岩石をもろくしていくことでつくられます。
 この海岸でタフォニが見られるのは、主に褐色の硬い粗粒砂岩です。それより細粒で緑色の凝灰質砂岩には見られません。凝灰質砂岩の地層の中に褐色の粗粒砂岩が虫食い状になって飛び出し、不思議な光景をつくりだしています。

粗粒砂岩に見られるタフォニ

 遊歩道の脇に縦に長い岩が立っています。岩の上は、まるで猛禽類の頭のようです。この岩は「ワシ岩」と名づけられています。
 このあたりの地層の傾斜はゆるやかで、地層の縞模様は横方向です。しかし、この岩は崖の上からここへ落ちてきた転石で、地層の縞模様が縦方向になっています。
 地層の方向に板状に割れ、風化と侵食によってワシを連想させる形となってここに立っているのです。

ワシ岩

 遊歩道の終点近くに岬がありますが、この岬の北側がパイプの内側のようになめらかに削られています。これは、ノッチ(海食窪 かいしょくくぼ)と呼ばれ、波の力で岩が削り取られてできたものです。地元では、ビッグウェーブと呼ばれているそうです。

ビッグウェーブと呼ばれているノッチ
 
3.猫崎半島の地質

 猫崎半島の南側には北但層群(約2000万年前)の地層が分布し、北側にはデイサイト岩体が分布しています。遊歩道を利用して観察できるのは北但層群の分布区域で、デイサイト岩体の直前まで進むことができます。
 南側に分布する地層は、以前は北但層群の豊岡層とされていましたが、北但層群の層序の見直しによって八鹿層と考えられるようになりました(安野 2005)。


猫崎半島周辺の地質図 兵庫県(1996)を利用

 層理面はどこでも明確で、何ヵ所かで走向と傾斜を測りました。N30°W15°Nなどです。走向は北西ー南東で北東へゆるく傾いています。したがって、遊歩道を北に進むと少しずつ上位の地層を見ていくことになります。
 地層は、凝灰岩・凝灰質砂岩・火山礫凝灰岩・凝灰角礫岩・粗粒砂岩・礫岩などです。

凝灰質砂岩(緑色)と火山礫凝灰岩(褐色)の互層
礫岩、粗粒砂岩をはさむ
 
 凝灰岩質砂岩は、緑色の細粒〜中粒砂岩でやわらかい地層です。粒子の大きさに変化があって、砂岩より細かいシルト岩のところもあります。葉理が発達して、黒い泥岩(粘土岩)の薄層をはさんでいることがあります。
 火山礫凝灰岩は、緑色の基質に、凝灰岩や流紋岩・デイサイト〜安山岩・花崗岩・軽石などの火山礫をふくんでいます。表面は風化によって黒くなっている場合が多いですが、内部は緑色です。花崗岩には、白い花崗岩のほかに赤い花崗岩も見られます。火山礫の割合が大きいラッピリストーンも見られます。
 火山礫(2〜64mm)より大きな火山岩塊(64mm以上)をふくんでいるのが凝灰角礫岩です。火山礫凝灰岩と同じように、表面は黒く内部は緑色です。
 粗粒砂岩は、濃い褐色をした硬い地層です。タフォニは、この地層でよく見られます。
 礫岩は、濃い褐色の粗粒砂岩の基質に多量の円礫をふくんでいます。

 下の写真左は、緑色の凝灰質砂岩と黒色の火山礫凝灰岩の互層です。硬い火山礫凝灰岩が侵食されにくいために飛び出しています。
 写真右は、凝灰岩質砂岩の中に泥岩の薄層が黒い縞模様をつくっています。泥岩の薄層は湾曲したり斜交したりしています。

凝灰質砂岩(緑色)と火山礫凝灰岩(黒色)の互層 凝灰質砂岩中の泥岩の薄層

 遊歩道の終点近くの岬には成層した地層が見られます(写真下)。ここには、下位から緑色の凝灰質砂岩・褐色の粗粒砂岩・褐色の火山礫凝灰岩・黒色の礫岩と重なっています。

遊歩道終点近くの岬

 この岬の北側にあるのがノッチ「ビッグウェーブ」です。ビッグウェーブをくぐって大岩の北に出ると、濃い褐色の凝灰角礫岩の海食棚が広がっています。ここにもタフォニやポットホールが発達しています。
 そして小さな湾の向こうに、節理の発達した切り立った崖が見えます。この節理は、よく柱状節理と紹介されていますが、よく見ると板状節理であることがわかります。板状節理の断面が見えているのです。
 板状節理の節理面は、北但層群との境界面とはほぼ直交し急傾斜です。節理は、境界面近くで弱くなったり、細かくなってやや湾曲したりしています。

 この火山岩は、かつて照来層群高山層の宇日流紋岩とされ、下位の北但層群の地層の上に不整合で重なっているとされていました。北但層群は約2000万年前、照来層群は300万年前と、できた時代に大きなギャップがあるわけです。
 露頭に取り付くことはできませんが、上から落ちてきたこの岩石を観察することができます。緑灰色の石基の中に、最大5mmの長石と石英のほかにそれらよりも小さな角閃石の斑晶が見られます。角閃石は、ほとんどすべてが緑泥石などに変質しています。
 角閃石がふくまれていることなどによって岩石名をデイサイトとしましたが、田久日の流紋岩にも角閃石がふくまれています。流紋岩とするかデイサイトとするかは化学分析が必要です。

デイサイトの大露頭 デイサイト

 この火山岩体について、17.0±0.5Ma(1700万年前)という全岩K-Ar年代が測定されています(先山・松原 2012)。これは北但層群の堆積年代にふくまれる値です。
 また、下位の北但層群の地層との関係について山本・先山(2016)は、
 「境界面にはクリンカーなどの構造が見られず、時間的ギャップが確認できなかった。さらに、境界面及び流理構造は40°程度の傾斜となっており、宇日―田久日集落間の構造と異なり、むしろ下位に存在する北但層群の構造と平行に近い。したがって、猫崎半島に分布するデイサイトの形成は、北但層群堆積岩類の堆積時と大きく違いはない可能性がある。」と述べています。

 火山岩の流理構造はわかりませんでしたが、境界面と北但層群の層理面は平行に近く、シル(sill)として貫入した可能性があると思われます。

 北但層群(下位)とデイサイト岩体(上位)の境界

4.堆積構造
 
 駐車場から海に下った地点の南には、礫岩・凝灰質砂岩・含礫砂岩からなる地層が海食崖をつくっています。
 この含礫砂岩の地層中にピンク色の凝灰質砂岩がちぎれ、湾曲し、乱れて混じっているところが見られます。上下の地層は、きれいに成層していますがこの地層の内部だけが乱れているのです。このような構造を、スランプ構造といいます。これは、まだ固まっていない堆積物が斜面をすべり落ちたときに、その地層の内部が乱れたためにできたつくりだと考えられます。

スランプ構造

 下の写真左は、上のスランプ構造と同じ地点で見られるものです。淡褐色の含礫砂岩の下面が、その下のピンク色の凝灰質砂岩の地層に垂れ下がっています。
 写真右は、黒いラッピリストーンの地層が、その下の淡褐色の凝灰質砂岩中にのめりこんでいます。そのため、凝灰質砂岩が流動化しているようすが見られます。
 これらは、地層堆積後に地層面に加わる荷重が不均質のため上下の地層が流動化してできた荷重痕というつくりです。

荷重痕 荷重痕

 砂岩の地層中にゴルフボールのような丸い玉が入っています。大きさ2〜3cmほどのものが多く、周りより硬いために少し飛び出しています。
 これを取り出してハンマーで割り中を観察すると、砂粒の間を無色透明の結晶が埋めてキラリと光をはね返します。持ち帰ってこれに薄い塩酸をかけるとさかんに発泡しました。この無色透明の結晶は方解石です。この丸い玉は、ある点を中心に石灰分が濃集してできたものでノジューといいます。

ノジュール

 凝灰質砂岩などの地層に平行な縞模様が入っていることがあります。このような縞模様を葉理(ラミナ)といいます。葉理には、斜交しているものが観察できます。これは、水流による堆積物の移動によってできるもので、斜交葉理(クロスラミナ)といいます。

クロスラミナ

 緑色の凝灰岩と黒色の火山礫凝灰岩が細かく互層しているところがあります。その中に、大きな火山岩塊がめり込んでいるようすが見られます。
 火山の噴火によって飛んできたた火山岩塊がやわらかい堆積物上に落ちて地中にめり込み、下の地層を変形させたと考えられます。これをインパクトサグといいます。

インパクトサグ


 ビッグウェーブ大岩の上から固定ロープが垂れ下がっていました。このロープを利用して岩の上に登りました。褐色の礫岩の層理が描く曲線の向こうに青い海が広がり、水平線が一本のきれいな線を引いていました。

岬の先端部から日本海を望む

5.足跡化石

 この海岸では、これまでにゾウやサイやシカなどの足跡化石が見つかっています(安野 2005)。また、ステゴロフォドンのものと考えられる臼歯や、スッポン類の背甲、淡水魚類、貝類、植物などの化石が発見されています(安野 2005)。スタート地点の南の波食棚で、足跡化石を探してみました。
 ここには、あまり傾いていない凝灰岩層や細粒砂岩層の地層面が広がっています。そこに、浅く窪んだ哺乳類の足跡化石をいくつか見つけました。
 大きな円形で指跡の短いものは、ゾウ(長鼻類)の足跡と考えられます。前が広がって指が3つに分かれているのは、サイ(奇蹄類)の足跡と考えられます。
 ここには、荷重痕などによる地層面の窪みや、まだ浅いポットホールなども多いので、足跡化石との区別が必要です。
 下に、確実だと思われる足跡化石の写真をのせました。
 上段左のものは、写真の上が前でいくつかのゾウの足跡が重なっています。
 下段左端の左側は、左を前にしたゾウの足の先端部です。大きさ10cm程度の石を踏んでいて、先端部が深くのめりこんだものと思われます。
 
ゾウの足跡化石(スケールは15cm)  サイの足跡化石(スケールは1m) 
 ゾウ(左の2つ)とサイ(右の2つ)の足跡化石(スケールはいずれも15cm)   

6.2000万年前の竹野

 最後に、駐車場から海岸へ下りた地点で小石を観察することができます。

海岸の小石

 猫崎半島で見られた地層ができたのは、今から約2000万年前の前期中新世という時代です。大陸の縁が割れて、そこに海が開いて日本海が広がっていた頃のことです。
 あたりには河川の氾濫原や湖沼の波打ち際が広がり、そこをゾウやサイが歩いていました。近くでは火山が噴火して、火山灰や噴石がたびたび降ってきました。
 そのような2000万年前の竹野のようすを想像することができます。

引用文献
 兵庫県(1996) 兵庫の地質 兵庫県地質図解説書・地質編
 安野敏勝(2005) 兵庫県豊岡市竹野海岸から産出した前期中新世化石群集(1).福井市自然史博物館研究報告,52,43-65.
 先山 徹・松原典孝(2012) 山陰海岸ジオパーク地域の新第三紀北但層群における貫入岩類のK-Ar年代と層序の再検討.2012地質学会講演要旨
 山本大寛・先山 徹(2016) 山陰海岸ジオパークの流紋岩からなる地質とジオサイトの地域資源価値の再検討,Japan Geoscience Union MEETING2016,講演情報O04-P39.



 猫崎半島は、駐車場から尾根伝いに先端の灯台まで歩くことができます。ここを歩くと、柱状節理によって割れたデイサイトの柱が並び立つ不思議な光景を見ることができます。

登山記録「兵庫県最北端、日本海にそそり立つ猫崎半島賀嶋山」へ

■岩石地質■ 新第三紀中新世 北但層群八鹿層
■ 場 所 ■ 豊岡市竹野町竹野
■探訪日時■ 2025年6月4日(最終)