5 追跡 だが、敵は一人ではなかった。
新たな剣が風を切ってザイードめがけて振り下ろされた。
間一髪のところでかわしつつ、体勢を整えたザイードに、相手は問いかけてきた。
「ソルジャーか。」
相手の姿はよくは見えない。だがザイードの視覚は、相手の瞳の魔晄のきらめきを見て取った。
この男も、やはりジェノバらしい。
「……親父がな。」
すると、相手は十分な間合いを取ったところで再び口を開いた。
「……ではメテオについてはあまりよく知らないんだな。」
ザイードは答えなかった。彼には幼い頃の記憶が無いし、男の言葉になど関心は無かったからである。
「なんでもいい、マリンを返せ!」
ザイードの叫びに、男はあくまで淡々と答えた。
「心配するな。彼女は大切な取引材料だ。危害を加えるつもりは無い。」
「あんた達……神羅か!?」
だが、返ってきた答えは意外なものだった。
「違う。」
「!?」
「我々はアスク……セトラを支える者。」
「セトラ!?」
闇の中でザイードは魔晄の瞳を見張った。男はそんなザイードを憐れむように言った。
「そうだ。我々はきちんと交渉したいのだ。だから、君たちにも危害を加えたくはない。」
「何言ってんだ!」
ザイードは怒鳴った。
「マリンをさらったのはそっちだろ!?どこが一体きちんとした交渉なんだよ!」
「聞き入れられそうにもなかったからだ。」
男は事も無げに言った。
「君達が話し合いに応じてくれるなら、こんなことをする必要はなかった。」
「勝手なことを!」
ザイードは吠えた。
「勝手は君達の方だ。15年前は星を救った君達が、今度は星の危機を見逃すというのか?」
男はザイードをアバランチの一員だと思ったらしい。今が何でもない時なら、かの英雄の仲間と思われたことはおもはゆくも嬉しいところなのだが、今はそれどころではない。
「だからって、罪も無い人間を殺していいはずないだろう!?あんたもいいのかい?あいつら、ジェノバは殺すんだろ!?」
「……ジェノバは罪深い存在……」
男は低く答えた。
「せめて、アグネス様のお役に立って消えていくことが、せめてもの我々に出来ること。ジェノバであることの罪の償いだ。ジェノバは存在していること自体が罪……星を滅ぼす災厄だ。」
「好きでジェノバになった奴なんてないだろ!!」
ザイードの叫びに、男は苦笑したようだった。
「……昔はいたのだ……。自らソルジャーに志願して、そうとも知らずに災厄となり果てた愚か者が……。」
その言葉が終わると同時に、再び斬撃が彼を襲った。
「クッ。」
ザイードはそれをブロードソードで受け止めたが、男の技量はザイードを上回っていた。
さっきの言葉から察するに、男は元ソルジャーらしいが、ザイードはジェノバ化されているとはいえ、剣については、かつて兵士だったという田舎の老人に若干習ったに過ぎない。次第にザイードは押されてきた。反射神経で男の剣を何とか受け止めるが、反撃しようにも出来ない。
(こんなことしてたらマリンが!)
そう声を出さずに叫んだ時だった。
何かの気配が男の背後に軽やかに現れ、小さく風を切る音がした。
「!!」
男は完全に虚を突かれたようだった。敵はザイード一人と思っていたのだ。
男が飛び退いたその向こうの闇に、ザイードは第三の人物の存在を感じた。余り気配は大きくない。小柄な人物のようだった。
だが、スピードは男やザイードを上回っていた。
再び闇の中で小さく空を切る音がする。そして今度は男の剣とぶつかったらしく、甲高い金属音が響いた。
男の注意がそちらに逸れたと同時に、ザイードが反射神経で一撃を浴びせる。
だが、男はそれで抵抗する意思を無くしたらしく、剣を収めると飛び退った。
「……まあいい。もう我々の目的は果たされたころだ……。」
その言葉に、ザイードははっとした。
「待て!マリンをどうした!?」
だが、男の気配は闇の中に溶け込むように消え失せてしまった。慌ててその後を追おうとしたザイードだったが、たちまち相手の姿を見失う。
「……!」 歯がみしたザイードの腕を、第3の人物が掴んだ。意外にも小さな手だと思ったら、声も意表をついていた。
「ダメだよ。相手は元ソルジャーだもん。おにいちゃんじゃ、追いつけないよ。それにもう……車に乗っちゃった。」
意外なことに、それは少女の声だった。ちょうど、ウォーレス家の次女かもう少し幼いかという印象を受けたが、ザイードは構ってはいられない。
「だからと言ってこのままじゃ……!」
「大丈夫。相手、ソルジャーでしょ?だったら、居場所なんかすぐ分かるよ。」
「!?」
「今追っかけるのも手だけど……どうせなら本拠地に入ったところを一網打尽にしたほうが、よくない?」
「……ダメだ、早くしないとマリンが……!」
すると少女はややあって答えた。
「……分かった。追いかけてみよう。」
と少女が言った時だった。
「ザイード!誰かいるの!?」
と、突然ナナキの声が闇の中からした。
「ナナキ!?マリンは!?」
ザイードはナナキの質問には答えず、逆に質問した。
「それが分からないんだ、オイラも戦っていて何が何だか……。」
「分かった、後を追おう!」
「後を追うって……」
「話は後だ!行くぞ!おやっさん達によろしく頼む!」
「ま、待ってよザイード!!」
ナナキはそう言うと慌てて2人の後を追った。
町外れまで来ると、少女は闇の中で不思議な音色の笛を吹いた。
「これって……ギサールの笛?」
ナナキが問う。
「そうよ。」
少女はあっさりと肯定した。そうしている間に、やがて、軽快な足音と共に何かが3人に接近すると、「クエっ」という鳴き声を上げた。
「えーと、あなたはチョコボじゃなくても、いい?」
今度は少女がナナキに尋ねた。
「う、うん……。」
ナナキは答えて上目遣いに少女を見た。彼の目は人間の目よりも遥かに夜目が利く。少女は12、3才くらいに見えた。だが、ナナキは何か引っかかるものを感じた。それにその瞳は……。
しかし、少女はナナキの不審の視線を全く意に介さず、チョコボに飛び乗った。
「さ、乗って!」
そしてザイードが言われた通りにすると、
「じゃ、捕まってて!」
と命じて手綱を掴むと、見事な手綱さばきで疾走し始めた。
炭鉱町のコレルは、街を出るとたちまち急峻な山道となる。チョコボでも、なかなか登ることは難儀のはずなのだが、2人の乗ったチョコボは難なく崖のような斜面を駆け登る。
「……山チョコボか!」
少女の体越しに手綱を掴みながらザイードが言うと、少女はあっさりと否定した。
「いーえ、海チョコボよ。」
「海チョコボ!?すごいな!」
チョコボの中でも、山、川はもとより海をも走れるという海チョコボは、遺伝の確率上滅多に生まれないことから、非常に貴重な存在である。
それに、あの元ソルジャーという男を制したことといい、ただの子供ではなさそうだ。
「ところで、あの男の行方がどうやって分かるんだ?」
「だって、あたしもジェノバだもん。」
少女はあっさりと言った。
「ジェノバ同士だから、引っ張られるみたいにして分かるよ。ザイードさんはだめなんだ?」
「どうして俺の名を!?」
ザイードは仰天したが、少女は無邪気に笑った。
「だからあ、ジェノバのお陰だよ。妹を助けてくれて、ありがと。」
「妹って……まさか!」
「そう、メルはあたしの妹なの!あたしはエル!エル・ランドっていうの!あの子がコレルにいるって分かったから迎えに来たんだけど……。」
「あんたが?」
ザイードは闇の中で目を剥いた。こんな少女が夜、一人で小さな妹を迎えに来るとは。いくら海チョコボがあるとはいえ、いささか無謀すぎはしないだろうか。
「そ!メルはリユニオンの影響で迷子になっちゃったの。けど、今、ジェノバ狩りとかで危ないでしょ?メルがつかまっちゃったのに、なかなか助けに行けなくて……。で、やっと来たら大変なことになってるし。」
2人の会話は、風に負けまいとして自然に大きくなるが、あっという間に風にかき消される。
「リユニオン……?」
それは先程、彼女の妹がアバランチのメンバーに向かっていった言葉だったのだが、ザイードは知らない。彼の疑問にエルはごく簡単に答えてくれた。
「ばらばらになっているジェノバが、もう一度一つになろうとして集まってくるの。」
「ジェノバが一つに……?」
ザイードにはまるでイメージが湧かない。
「本当なら、メルはそんなの平気なはずなんだけど、まだ小さいから分からなくて、呼ばれていると思って外に出ちゃったの。そしたら、あの連中につかまっちゃって……。」
「あんた達、親父さんやお袋さんは?」
幼い娘がさらわれたというのに、まだこんな少女の上の娘に、その捜索を任せたというのだろうか。そんなザイードの疑念を読んだらしく、エルは答えた。
「いるよ。でも……あ、ちょっと待って。」
エルは突然そう言ってしばし辺りを伺うような様子を見せた。
「ほかのジェノバは……ナナキさんが倒したのね。逃げているジェノバは一人みたい。」
「そんなことまで分かるのか?」
「ジェノバ細胞が教えてくれるんだけど……ザイードさんは“適合”だから分からないんだよ。」
「“適合”?」
「そ!昔のソルジャーはジェノバ細胞と“適合”の状態だったんだって!だから、肉体は影響を受けてるけど、ジェノバそのものの力を引き出すことはないんだって!」
ザイードには想像を絶する話ばかりだった。
神羅崩壊以降、ジェノバ細胞によって異常をきたすという話が広まってきたころ、神羅はジェノバについての情報をいくつか公表した。
宇宙からの異生物・ジェノバのこと。
ソルジャーとは、ジェノバ細胞を植え付けられることによって肉体を強化された者達であること。
だが、反面激烈な効果があって、まかり間違えば大変なことになること。
太古からいるモンスターは、その影響を受けて誕生はしたこと。
神羅はそれを利用して、モンスターを作っていたこと……。
その情報は、一部で元ソルジャーやその妻子に対する偏見を強めることにもなったが、とにかくいたずらに人々をパニックに陥らせるわけにはいかない。
リーブ率いる新神羅は、それで差別を受けた人々を始め、ジェノバ細胞のお陰で人生を狂わされた人々に様々な救済の手を差し伸べたのだが、今、その人々はどうなっているのか……。
それはさておき、エルの話は、公表されている情報には無いものばかりである。
「……ザイードさん、なんていいよ、ザイードで。ナナキもナナキでいいさ。……ところでどうしてそんなことを?」
「だって、あたしのパパ、元神羅だもん。パパのお友達も。」
それはある意味当然のことだった。父親が元神羅、それもソルジャーだったからこそ、ザイードもエルもジェノバなのだ。
恐らく、エルの父親は詳しいことを知る立場にいたのだろう。
「そうか……いいなあ、俺は小さいころに親父を亡くしたから、そういう話全然分からないんだ。」
父が生きていたら、何か話してくれたのだろうか。母のことも……。
「なあ……じゃ、エルはセトラのこと、知ってるのか?」
「うん。昔この星を支配していた古代種、でしょ?」
エルはあっさりと言った。
「さっきの奴が言ってた『アグネス様』もセトラらしい。」
「ふうん。あたしは、イファルナとエアリスが最後のセトラだって聞いたけど。」
エルの認識は、どうやらアバランチのメンバーと変わりないものらしい。
ケット・シーことリーブもまた、アグネスの存在を知らなかったことを考え合わせると、セトラの隠れ里で起こった悲劇とその生き残りの姫についての話は、余り知られていなかったのだろうか。
だが、ザイードの思考は突如別の方向へ飛んだ。
「なあ、ってことは……メルの家族は無事ってことか!?」
「うん!みんな元気だよ。」
それを聞いて、ザイードは晴れ晴れとした気分で笑った。
「そいつぁ良かった!心配してたんだぜ!」
「ありがとう!みんなもメルを待ってるの!」
エルも明るくそう返す。
やがて、海チョコボとナナキは、コレル山脈の山中にぽつんと一つだけ建てられた、白い建物に辿り着いた。そこまでの道は一般に公表されている道でなかったらしいということが分かるのは後になってだが、情報公開後も、神羅はこうした秘密の施設をいくつも持っているらしい。
この巨大な組織は、普通の人間には到底耐えがたいほどの暗部を抱えていて、その秘密を守るための装置というのはいくつも必要だったのだろう。
辺りはもう夜が明け始めていた。そのかすかな光で、ザイードはようやく少女を見た。
瞳は魔晄の青い瞳。髪はメルのような黄金だった。まだほんの少女だが、表情の朗らかな、かわいらしい少女で、メルが成長したらこんな風かと思わせた。
手にした武器は、人目でミスリル銀で出来ていると分かるロッドだった。
実はこの時、ザイードもまた少女の顔にデジャヴュを覚えたのだが、彼の関心はほかにあったので深く考えなかった。
「ここにマリンはいるのか……?」
忍び込む隙間を伺いながらザイードは言った。エルは首を振った。
「分からない。あたしが分かるのは、さっきの人が乗った車がここに向かっていることだけ。もしもそのマリンさんて人が、誰かジェノバと一緒だったらてきめんに分かるんだけど、違うみたいだし……。」
エルはしばし考えた後、独り言のように言った。
「そうだ、メルだったら分かるかも。」
そう言うとエルは目を閉じ、少しの間沈黙し、何事か頷いていたが、やがて二人を振り返った。
「間違いないわ。ここにいるって!」
「……え?」
「どうして……?」
笑顔を向けるエルに、二人はついていけずに尋ねる。
「メルにきいたの。あたし達、ジェノバ細胞と同じ血で繋がっているから、条件が良ければコミュニケートできるの。今ならまだあの子寝てると思って。」
「メルにきいたって……メルはそんなにことが分かるの!?」
ナナキが尋ねる。エルは頷いた。
「メルはあたし達の中で一番すごいのよ。戦ったら一番強いのはお兄ちゃんだけど……。」
「なら、どうして、その兄貴が来なかったんだ?」
こんな物騒なところを、いくらジェノバとはいえ、エルを一人で旅に出すとは。やや不満そうに言うザイードに、エルは答えた。
「いろいろあってね、あたしが一足先にコレルに行くことになったの。お兄ちゃん達は別働隊ってところかな。」
「別働隊?」
だが、その時、ナナキが小声で言った。
「ねえ、あそこはどうかな?」
そう言って彼が示したのは、余り目立たないところにある窓だった。人の気配はなく、中は暗い。
「手がかりが無い以上、強行突破だな。」
ザイードも賛同した。
「いいね、行こう!」
エルの元気の良い言葉に、ザイードはいささか戸惑った。
「エル、あんたはあぶないよ。どっかで待っててくれた方が……。」
「大丈夫、あたしは負けないから!いいから行こ!」
エルは力強く言い切った。ザイードは何故かそれに勝てないものを感じ、結局その言葉に従うこととなった。まあ、彼女がただの少女ではないのは明らかだが。
ザイードがブロードソードでガラスの一部を割り、カギを開けて侵入する。方法は単純だが、3人は慎重に中へと入った。
「なんだろ、ここ……?」
ナナキがキョロキョロと辺りを見回した。二人もそっと様子を伺う。
室内は暗く、かすかな機械音が響いている。どうやらいくつも機械が置いてあるらしい。
機械の音に混じって、まるで魚の水槽のような、水に空気の泡の弾ける音も聞こえる。
暗さに慣れてくると(3人とも、普通の人間に比べれば遥かに優れた明暗順応と視力を持っていることもあった)、部屋の中にいくつもの大きな、円筒形の水槽のようなものがあるのが分かった。水槽のいくつかには液体が満たされていて、それがかすかな水の音を立てていたらしい。
そして、更にその中に、何かの姿が浮かんでいる。
「こ、これ……」
ナナキが突然、体をぶるぶると震わせてザイードにすり寄ってきた。
「どうした?」
「オ、オイラ……前にもこんなの、見たことがある……」
「え?」
その時だった。突然、視界が青緑色の光に満ちた。
眩しさに思わず目を閉じた3人は、再び目を開けた時、三者三様の反応で驚愕した。
エルは黙って目を見張り、瞬きを繰り返した。
ザイードは息を呑んで絶句した後、
「な、なんだこりゃあ……」
と漏らした。
そしてナナキは……。
「あ……あ……」
ナナキはガクガクと震えながら思わず後ずさった。そして背後を振り向いて再び悲鳴を上げ、窓際まで飛びのいておののいた。
突然青緑色の光を放ったのは、いくつもある水槽の内の四つだった。
そして、それらの水槽の中にも、それ以外のものの中にも、全て同じものが入っていた。
それは……赤いたてがみを持つ獣だった。
ザイードとエルは同時にナナキを振り向いた。
ナナキは自分と同じ姿をしたもの達を震えながら見つめている。
「ナナキ……」
「これって……」
だが、ナナキは答えず、首を振り続けている。
「そんな……そんな……。」
だが、考える暇は与えられなかった。その時、部屋の扉が開けられ、聞き覚えのある声が語りかけてきたからだった。
「ここに来た侵入者は、我々が出迎える。」
声の主はそう言ってゆっくりと室内に入ってきた。
その姿を見て、再び三人は立ちすくむ。
だが、相手は近くにいるザイードとエルを無視し、窓際で震えているナナキを、ナナキと同じ視点から冷ややかに見た。
「戻って来たか……レッド13よ。」
それは、ザイードの知らないナナキの名前だった。
ナナキをそう呼んだ相手は、ナナキと同じ赤い髪を揺らし、しなやかな四本の脚を音も無く動かして、獣そのもの滑らかな動きで威圧するようにまた一歩近づいて来た。