2 末裔 姉妹の案内で地下の酒蔵にある、小さな隠し部屋へと駆け込んだ若者は、そこでエレンに付き添われていた幼女を見て顔をほころばせた。
「メル、無事だったか。」
メルと呼ばれた幼女は、呼び掛けられると物も言わずに若者にしがみついた。思えば、ここに来て以来、この2人が顔を合わせるのはこれが初めてである。だが、ゆっくり再会と無事を喜び合っている時ではない。
「それじゃ、私達は上に行きましょう。私達が呼びに来るまで、2人ともここで静かにしててね。」
「分かった。有り難う。」
若者が礼を言うと、マリンは頷いて見せてから、妹達を連れて足早に酒蔵を出て行った。
彼女達の足音が遠ざかり、地下への階段が閉ざされたところで、若者は壁の上の方にある、明かり取りの窓からのかすかな光の中で幼女に向かって微笑した。
「ちょっと暗いけど、俺も一緒だから怖くないよな?」
問われて、幼女はこっくりと頷いた。わずかな青白い光の中で、幼女の青い魔晄の瞳が不思議な輝きを放っていた。その瞳に、若者は微笑みながら頷いてみせてから、ちょっとしかつめらしく言った。
「だけど……一体何だって言うんだろうなあ。お前も早くパパやママのところへ帰りたいよなあ。でも、すぐ送ってやるから、ちょっと我慢な。」
その言葉に、幼女は再び頷いた。
「よし、いい子だ。俺達、一緒に生死の境をくぐり抜けてきた仲だもんな。仲良くしようぜ。」
若者ももう一度笑ってみせた。その言葉の意味が分かったのかどうか分からないが、幼女もまた頷いてみせる。幼い子にも彼の真情は伝わったのだろう、澄んだ瞳でじっと彼を見つめた。
その次の瞬間、若者の微笑は硬直した。
突然、頭の中がぶんという不快な振動と共に痺れ、まるで意識が頭の中から分離しようとしているかのような、不可思議な眩暈に似た感覚が彼を襲ったのである。
若者は額を押さえた。平衡感覚を失い、まるで世界がゆらいでいるかのようだった。いや、ゆらいでいるのは彼の精神の方だった。肉体感覚と精神が分離する。これは一体何だ、と動揺する彼の精神を、不意に一つの明瞭な意識が現実感覚とつなげた。
『その子供を殺せ。』
(え?)
『その子供を殺すのだ。全てのもののために。』
(全てのもの?)
『そうだ。そして次には外にいる娘達を殺せ。お前は必ずそうしなければならない。いや、そうするのだ。』
更に不可思議なことに、その声の響きは、次第に彼自身の心の声の響きと同調し、調和し、そして彼自身の声となっていくかのようだった。そして何故そんなバカなことを言う、という疑問と抗議の声は、次第に彼の脳から消えていった。
(殺す……)
『そうだ。さあ早く。まだ幼い子供だ。それほど難しいものではあるまい。』
(こ、ろ……)
若者は呻いた。そんなことは出来ない。そう、必死に抵抗しようとした。だが、その声は強力で、彼の脳に浸透し、ついには彼自身の思考と化していった。
そして彼はやがて、自分を見つめている幼女に明らかな殺意に満ちた目を向けると、小さな喉元に手を伸ばした。
アバランチメンバーと対面したマルグリット神羅は今年27歳、伯父と従兄を相次いで失った時、彼女はわずか12歳だったことになる。その整った美貌は、従兄のルーファスのように怜悧な印象を持っているが、物腰は至って優美で、それでいて隙がなかった。
「あなた方が私を警戒するのも無理は無いわ。でも、せめて彼女のことは信じてもらいたいの。」
そう言ってマルグリットが彼らに引き合わせたのは、柔らかな桃色のワンピースに身を包んだ、まだ二十歳そこそこの若い娘だった。
しかししとやかに一礼した彼女を見た途端、アバランチの面々は同時に既視感に襲われた。柔らかな栗色の髪。澄んだ緑色の瞳。無論、若干の違いこそはあるが、その人物は彼女に似ていた。15年前、あの苦しい戦いの旅のさなかに、儚くも短い命を散らせた、あの仲間に。
「紹介するわ。こちらはアグネス・イザヴェル・ラウンランサ・ノルズボル・セトラ。最後のセトラにしてセトラの王女……そしてあなた方のお友達だったランサ・エアリスとは従姉妹になるわ。」
その言葉に、アバランチのメンバーは呆気に取られてその女性を見つめた。
「そうか、そのお嬢さんかよ、あんた達が保護しているセトラとかいうのは。」
バレットが唸るように言って、アグネスと呼ばれた娘を睨み付けた。
「けどよ、エアリスに従姉妹がいたなんて話、聞いたことねえぞ!!」
すると、マルグリットは微笑してやんわりと言った。
「それは無理も無いわ。だってアグネスは、ランサ・イファルナが亡くなってから生まれたのだもの。ランサ・エアリスが彼女を知らなかったのは当然よ。それに、物事は正確に言っていただきたいわ。ランサ・エアリスは一応セトラはセトラだけど、現代種……アスクとの混血で、純粋なセトラとは言えないのだから。」
その言葉には、密かな優越感すら感じられたが、それを無視してナナキが口を挟んだ。
「その、ランサって何だよ?」
その疑問に、マルグリットは再び微笑してから答えた。
「あら失礼。言葉が足りなかったわね。ランサは、セトラの言葉で王女のこと。そして、次期女王の座を約束されている王女がラウンランサ……そして、アグネスの母上はラウンランサだったの。だから、母上が亡い今、ラウンランサとは彼女のこと。次期女王というわけ。そして、ランサ・イファルナは、ノルズボルにいたセトラの長の一族で、アグネスの母上の妹になるわ。」
「セトラの一族?」
「ええ、そうよ。いまから20年前まで、確かに存在していた、最後の古代種の一族……」
そしてマルグリットは真摯な表情で語り始めた。
今から40年ほど前、エアリスの父・ガスト博士は、優れた科学者であると同時に博物学者でもあったが、そのずば抜けた才能ゆえに常人には理解されず、不遇な境遇であったところを、その優秀な頭脳を神羅に買われた。そして、神羅の後押しでセトラの伝承を追っている内に、やがてジェノバを発見してジェノバ・プロジェクトに着手したが、それが思いもよらない災厄の封印を解いてしまったことを悟り、激しく苦悩していた。
そしてちょうどその頃、彼は皮肉にも本物のセトラの隠れ里に辿りついたのである。
そこにはわずか10世帯そこそこの家に、最後のセトラ達の一団が住んでいた。博士は古代種達の真意を知り、彼らと共に星と共存する道を模索することに熱中し始めたが、彼らのことを知った神羅は、セトラ達を強制的に自分達の保護下に入れてしまった。そしてその時、ガスト博士は神羅が、そんな彼の純粋な好奇心を己の力のために利用しているに過ぎないと悟ったのである。
そんな彼を慰めたのが、族長の末娘のイファルナだった。奔放なイファルナと、神羅に見切りをつけたガスト博士は、やがて自由を求めて神羅の支配下からの脱出を計った。
「それをつぶしやがったのが、あのクソッタレの宝条の奴だろ!」
シドが苦々しく口を挟んだが、マルグリットは首を振った。
「確かに直接ガスト博士を殺して、イファルナ姫とその娘をサンプルにしたのは宝条よ。でも、それを許したのは神羅自体よ。あの頃は伯父を始めとするみんなが、セトラの不思議な能力を利用したがっていた。そして、それについて神羅に意見したセトラはいなかったわ。神羅に逆らった者は容赦しない……そんな伯父のやり方を、セトラ達もよく知っていたのね。私もむごいことだったとは思うのよ。」
マルグリットの顔も表情も、決して彼女がそれを良しとはしていないことを物語っていたが、ティファも怒りをこらえて聞いていた。恐らく、身を切る思いで王女を見殺しにせざるを得なかったセトラ達のことを思うと、今も消えない神羅への怒りがいよいよ熱くなった。
「イファルナ姫……ランサ・イファルナには、ラウンランサ・メルクリナという姉がいたの。だけど、本来ならセトラの女王となるはずだったラウンランサ・メルクリナは結局、女王……レーヌ・メルクリナになることなく、終わった。今から20年前……そう、あのニブルヘイムの悲劇の直後。今度はそのセトラの村を、同じ悲劇が襲ったの。」
「同じ?」
ティファは瞬きした。ニブルヘイムの村人は、彼女の父やクラウドの母を含め、全員セフィロスによって虐殺された。ということは、セトラの村も、セフィロスによって全滅させられたということか。
マルグリットは怒りの表情になっていた。
「ニブルヘイムで消えたはずのセフィロスが、どうやってそこに現れたのかは分からない。でも、生き残った兵士が確かにあれはセフィロスだったって証言したわ。そして、生き残ったのはその兵士と、彼が地下室で守っていた、まだ赤ん坊のセトラの王女……それが、彼女よ。」
そのアグネスは、目を伏せてじっとマルグリットの話を聞いていた。
「事件の後、伯父はその赤ん坊を母に預けたの。と言っても、伯父のことだから、セトラをうまく手なずけておこうという腹だったらしいけど。でも、母はアグネスを実の我が子のように大切に育てたし、私も妹だと思って一緒に育ったの。」
その言葉にアグネスははっきりと頷いて見せた。その様子に不自然なところはなかったからその通りなのかもしれない。
「ところが15年前にあの事件があって、伯父と従兄は死んだ。母は衝撃で寝込んでしまって、長患いの末に呆気なく亡くなった。そしてリーブは私達の財産を保証はしたけど、2人の死に乗じて神羅の持っていた力と権力を我が物にしたわ。」
「それでクーデターってワケか。」
バレットは憮然として呟いた。リーブは好きこのんでそうしたわけではない。神羅によって動いていた世界に、神羅が崩壊したことによって起こる大混乱を、可能な限り最小限に食い止めるべく彼は代表に就任したのだ。そして全ての非難と批判にひたすら耐えて、懸命に世界の再建に務めてきたのだ。魔晄反対派の者も、魔晄推進派のことは批判しても、リーブ本人のことについては一目置いている傾向があるのはそのためである。
「私は本来自分のものであったものを取り返しただけよ。」
マルグリットは素っ気なく言った。
「それに、彼がこの15年間にやったことと言えば、秩序を失った人々が争い合う世界を作っただけ。それにご心配なく、彼が私達にやったように、私も彼とその家族の生活は保障する。ただ、権力の座から退いてもらうだけ。でもこれ以上彼をこのままにしておくことは、世界のためばかりではなく、星の命にも関わることだわ。」
「星の命にぃ?今になってなんだよ一体。」
ユフィが頓狂な声を上げた。しかし、マルグリットは厳しい表情で首を振った。
「でも事実よ。それについては彼女の話を聞いて。」
マルグリットがそう言ってアグネスを見ると、アグネスは頷いてから初めて口を開いた。
「今から13年ほど前のことです……私は星の苦しみの声を聞きました。」
無論、アグネスの言葉の意味を理解しない者はこの場にはいなかった。もしも彼女が本当にセトラならば、それは出来て当然のことだからだ。
「私はまだほんの子供でした。でも、星が何かを悩み、苦しみ、とてもおびえていることは分かりました。でも、何度もどうしたのかと尋ねたのですが、星はどうしてもそれを教えてはくれませんでした。私は何か、星にとって大変な何かが起ころうとしていることを悟りました。そして間もなく、星は全く沈黙してしまったのです。」
そう言って、アグネスは沈痛な表情をした。
「その時、一体何が起こったのかは未だに分かりません。一年近くたってから、やがて星は再び目覚めましたが、その時、私は星が元の星ではないことを知りました。」
「それ、どういうこと?」
ナナキの疑問に、アグネスは慎重に言葉を選びながら続けた。
「うまく表現するのは難しいのですが……私達セトラは、植物は大地の恵みであり、植物こそ星の生命のあらわれであると考えています。この星の全てのものは、この星の生命力が何かしらの形であらわれているものなのです。一つ一つの命が別個に星から切り離されている動物達と違い、同じ大地に繋がっている植物達は、いながらにしてこの星という、一つの命のネットワークを築いています。それは、この星の生命そのものとでもいうべきものです。遙か昔のセトラ達は、星の生命である植物を育てることで、星を育てました。」
「そっかあ。そういえば、エアリスも花を育てていたんだっけ?」
ナナキが誰に尋ねるともなく言った。
確かにそうだった。あの、大地の生命が吸い取られてしまっていた街で、彼女の住まいの周りだけは、何故か花が咲き乱れていたのである。恐らく、命の枯れようとした大地でわずかに残されたそれは、星を育む大地の子の側でひっそりと息づいていたのだろう。
「その、星の命のネットワークの一部が、それまで私が知らなかったような方式で動き始めたのです。まるで、そこだけ見知らぬ土地の言葉が話されているかのように、と言ったら良いでしょうか。そしてその3年後、星は再び沈黙し、その異質なネットワークはいよいよ広がっていったのです。」
星の沈黙は、更にその3年後と、そのまた3年後に起こった。そしてそのたびに、アグネスの違和感はいよいよ強くなっていった。星は、彼女が幼い頃親しんだものとは全く違う、別の命の流れを見せるようになっていったのである。
「私達は、その原因をジェノバのせいだと見ているの。」
マルグリットは言った。
「星はジェノバがいる限りその傷を癒すことは出来ない……ジェノバは星の命、つまり魔晄をエネルギーとする生物よ。そして星は2000年もの間、傷が癒えることなく、ジェノバの恐怖に震えていて、近年は神羅にもエネルギーを吸い取られ、さらにはセフィロスのような悪魔が現れ、その末裔達は今尚生き続けている……星に何らかの影響を与えていても不思議はないわ。」
「ジェノバが!?」
アバランチのメンバー達は顔を見合わせた。
今、一体この地上にどれほどのジェノバに呪われた者達がいるのかなど、見当もつかないが、ソルジャーやサンプルだけではなく、神羅によってモンスター化されたものを含めれば、かなりの数にのぼるだろう。
更に15年前、アイシクルロッジのエアリスの生家にあったビデオテープの映像の中で、イファルナは多くのセトラ達がジェノバのためにモンスター化してしまったと語っているのを、彼らは知っていた。
となると確かに、この星にはまだかなりのジェノバが存在するとみるべきなのだ。
「でも!」
ティファは思わず叫んだ。
「それで何の罪もないのに、魔晄とジェノバに侵されたというだけの人達を、殺しているんですか?」
すると、マルグリットは表情一つ変えずに答えた。
「星の命と百人単位の人間の命と、あなたはどちらが大切?」
ティファは思わず即答しそこねた。
「私達も最初は勿論、もっと穏やかな方法を考えたわ。植え付けたジェノバ細胞だけを摘出するとかね。でも、駄目だった。」
マルグリットは淡々と続けた。
ソルジャーやサンプル達は、ジェノバ細胞を骨髄に移植されていた。ジェノバ細胞は、骨髄の細胞を遺伝子レベルで変化させた上、更にそこで作られる血液によって更に全身へと運ばれ、肉体そのものを変質させていたのである。
更に2世ともなると、その発生の段階から遺伝情報が書き換えられており、最初からジェノバ化された肉体となる。
「いまから半年以上前……星はまた沈黙しました。今度目覚めた時、星は完全に異質なものになっているかもしれません。何が一番良い方法なのかは分かりません。でも、もしも何とか出来るものであれば、手を打ちたいと思います。もしもこの異変が、15年前のリユリオンによって活性化したジェノバのせいであるならば、私は何とかしたいのです。無論、出来るだけなら人を傷つけるようなことはしたくないのですが。」
アグネスの声は静かだったが、鉛のように重く、それでいて確固たる決意が感じられた。
そしてその後を、マルグリットが引き取った。
「けれども、それには私達だけでは駄目だわ。いずれにせよ、ジェノバがある限り、星は傷を癒すことは出来ない。そしてジェノバ本人は滅びても、その末裔達は生きているわ。私はそんな災厄達を排除したいの。」
しかしそれを聞いたシドは、唾を吐き捨てるように言った。
「で、そういうあんたが、その災厄達を使って気に食わない奴らに宣戦布告ってワケか? ケッ、お嬢様よ、バカも休み休み言いやがれ!」
マルグリットが元ソルジャー達を使ってクーデターを起こしたことをシドが皮肉ったが、マルグリットは平然として言った。
「艇長……彼らがこの15年、何を考えてきたのか、ご存知かしら?」
「知らねえな、ンなこたあ!」
毒づくシドに、マルグリットは美しい唇から、ただ一言乾いた言葉を放った。
「死。」
思わず鼻白む一同に向かい、マルグリットは続けた。
「この15年というもの……彼らは自分や、あるいは自分の妻子の消滅を願いながら暮らしていたのよ。15年前までは英雄ともてはやされていた彼らが、憐れまれたり、罪人を見るような目を向けられるようになったばかりか、妻や子供も同じ呪いを受けて、中にはモンスターとなった妻子を連れて、息をひそめるように身を隠して暮らしている者や何度も妻や我が子を殺して自分も死のうとしたのに果たせなかったという者もいるのよ。私に会った時、彼らは皆同じことを言うわ。殺してくれ、とね。だから、私は彼らに言ってあげるの。望み通り死なせてあげる。でも、その前に同じ悲劇を繰り返さないよう、力を貸しなさい、とね。その代わり、私はいつでも望む時に、望みの死を彼らに約束しているわ。」
(望みの死……)
ティファは繰り返した。呪われた体で、永遠に等しい時を生きねばならない彼らにとって、それはあるいは福音に等しいものかもしれない。
「彼らは皆喜んで承知したわ。忌まわしいジェノバの絶滅と、自らの死、この両方が叶えられるのだから、当然かも知れないけれど。」
そう言ってから、マルグリットは改めて一同を見渡した。
「私は力が必要なの。ジェノバを廃し、混乱した世界を一つにまとめるには、強大な力が必要だから。そのためにはクーデターもやむを得なかったことよ。けれども、あなた方とは手を組めると思うの。同じように、ジェノバの呪いから、星を守って戦ったあなた達なら、ね。」
「オレ達と手を組むだと?」
バレットが不機嫌に応じると、マルグリットは頷いてみせた。
「ええ。私の目的は星を守ること……あなた達とは志を一つに出来るのではないかしら?」
「ふざけるな!」
バレットは吠えた。
「オレ達がなんにも知らないとでも思ってやがるのか! へっ、うまいこと言って、要するに死んだ伯父貴と従兄の後がまを狙ってやがるんじゃねえか! 星を守るだと?笑わせんじゃねえ!!あんたらのやり口はもう分かりすぎるほど分かってるぜ!! うまいこと言っておだてあげられたって、結局ロクなことがねえ!!」
「そーだよ!アンタ達の手なんか、もうミエミエなんだからね!!」
バレットに続いて、ユフィも怒鳴り返す。
「勿論、私達を非難する人はいると思うわ。でも、このままでは星の命そのものが駄目になってしまうのよ。この星を救うためには、多少の犠牲はやむを得ない……そうでしょう?」
マルグリットはあくまで生真面目に言った。
「宝条の残した負の遺産は、早々に全て処分する。そして、次には野生のモンスターを全て根絶やしにする。無論、たやすいことではないわ。けれども私はこれを星を守る戦いだと思っているの。そして、アグネスはその戦いの、最後の希望なの。私が今日、彼女を連れて来たのは、私達に敵対していたあなた達に敢えて私達への協力を求めるため。これは古代種の意志でもあるのよ。」
「そんなの間違っているわ。」
その時、そう強い口調で言い切ったのはティファだった。その語調の強さに、全員の視線がティファに集中する。
「確かに……星の命は守らなければならないわ。私達や……私達の仲間が、命がけで守ったこの星ですもの。」
ティファは言った。この星を守ることは、ここにいる全員だけではなく、この場にいないクラウドやエアリス、ジェノバのために悲惨な運命を辿った彼らの悲願でもある。それは彼らにとって決して譲れない、彼らの形見とも言える意志だった。
「でも私達には、あなた達が正しいとはどうしても思えないの。私達の仲間だったエアリス……もしも彼女がここにいても、ジェノバの末裔達を全部殺すなんてこと、絶対承知しなかったと思うから。」
エアリスが以前ザックスに、次いでクラウドに想いを寄せていたことを、ティファ達は知っているが、そのザックスはソルジャーで、クラウドはジェノバの哀れな犠牲者だった。
星の恐れる、呪われたジェノバの子らを、セトラである彼女が愛していたのである。
「ランサ・エアリスは純粋なセトラではないでしょう?」
マルグリットはやや軽蔑したように言ったが、ティファは全くひるまなかった。
「ええ、そうね。だけど、私達にはそんなことはどうでもいいの。エアリスは私達に星の声を、星の想いを伝えてくれたもの。星もエアリスの祈りに答えてくれたもの。」
エアリスが最後に放ったホーリーが力尽きようとした時、星は自らの意志でそれを支えたのだ。
「確かに、あなたはエアリスよりも濃いセトラの血を引いているのかも知れないけれど、私達は純粋なセトラだとかそうじゃないとか、そんなことじゃなくて、星を愛し、星のために生きたエアリスを見てきたから、エアリスの残した想いのために戦ってきたから……だから、私達にとっては、セトラとはエアリスのことなの大切なお友達が、私達に残した想いのことなの。あなたがセトラだっていうのを疑っているのではないけれど……」
ティファは申し訳なさそうに、困惑顔のアグネスを見た。視線が合うと、アグネスは真剣な表情でティファに向かって訴えた。
「でも……星の命がかかっているんですよ。もう星は二度と目覚めないかもしれない。目覚めた時には、元の星かどうか、分からないんですよ!?」
そんなアグネスの瞳を見つめながら、ティファは戸惑いながらも、思ったままのことを言った。言うべきことを、迷ってはいけない。15年前、ティファはそのことをよく学んだからだ。
「私は……星を信じます。私には、星のことは分からないけれど……それでも私は星を信じます。だって15年前、星を救ったのはクラウドです。自分を救ってくれたジェノバを殺すようなことを、星だって納得しないと思います!」
その言葉を聞くとアグネスは青ざめ、マルグリットは呆れたように溜息をついてみせた。
「ジェノバが星を救った、ですって?」
そして、呆然としたままのアグネスと一度顔を見合わせると、あくまで水のように平静な表情で、他のメンバーを見渡した。
「他の皆さんも……こちらの奥様と同じ意見ということなのかしら?」
「お、おう。」
バレットが頷き、それから叫んだ。
「そうだ!オレ達を簡単に丸め込めるなんて思うな!オレはあんた達のやり方なんざ、認めねえぞ!」
それに勇気づけられて、他の者達も賛同の声を上げる。
「そーだ!」
「出直してきやがれ!」
「オイラ達はあんた達の味方になんかならないよ!」
マルグリットはいかにも仕方ないというように、優雅に笑ってみせた。
「そう……残念だわ。あなた方となら分かり合えると思ったのだけど……でも、私は気が長いから、あなた方の考えが変わった時にまたお会いしましょう。お待ちしているわ。」
そして、マルグリットは一同の視線の中、アグネスを促し、悠然とウォーレス家を辞去したのだった。
そして、そのまま外で待っていたボディガードやソルジャーに守られて、先にヘリに乗り込んだアグネスに続こうとした時、黒いスーツ姿の男の1人が、そっと何やらマルグリットの耳にささやいた。
マルグリットは驚いて彼を見つめた。
「……それは本当なの?」
男は渋い表情を押し隠しながら、恭しく頭を下げた。
「残念ながら。」
マルグリットはしばし沈黙し、それからややあって再び微笑した。
「そう。残念だわ。庇ったジェノバの子に娘達を殺されて、怒り嘆く両親の姿が見られるかと思ったのに。……でも仕方ないわね。」
機内に聞こえないほど低い声でそう言うと、マルグリットは気遣わしげにこちらを見ているアグネスの視線に気付き、急いでヘリに乗り込んだ。
星の声を聞く優しい娘が、星のために人の命を絶つことを納得するのにはしばしの葛藤があった。更に、こんな搦め手を使うことを承知させるのは、更に難儀なことのように思われたのである。
マルグリットとアグネスがウォーレス家の玄関を去る頃、地下の酒蔵では、魔晄の瞳を持つ幼女が石の冷たい床に倒れた若者をじっと見下ろしていた。
薄暗い冷たい空気の中で、幼女はしばらくじっと佇んでいたが、やがて何事かをつぶやくと、ぺたんと若者の頭の側に座り込んだ。