星命の樹 1,波乱 炭坑町の酒場の夕暮れは、仕事を終えた後の酒を飲みにやってくる坑夫達でにぎわい始める。
「ネオ・セブンスヘブン」という名のその店は、酒と料理が美味な上、女将とその3人の娘達がその美貌を誇っており、町の外にまで名を轟かせていた。
加えて女将もその夫もかつて世界を救った英雄の1人に数えられ、夫の方は町の顔役なのだから、評判にならないはずがなかった。
だから、客は馴染みの坑夫達だけではなく、この店の評判を聞いて立ち寄ったという旅人も少なくないのだがこの日客達はいささかの失望を味わうことになった。
「あれ?女将さんは?」
もう30代も半ばだというのに、20代にも見える若々しい美貌の女将の姿が無いことに気付いて、入ってくるなりそう行った常連客の1人に、三姉妹の長女・マリンは突き出しの皿をその前に置きながら言った。
「今日はお客さんが来てるのよ。懐かしいお友達だから、今日一日くらいはゆっくりしてもらおうと思って。」
カウンターの中で忙しく働きつつ、時々酒や料理を奥に運んでいるのは、その母親の友達とやらをもてなすためらしい。2人の妹も、姉に負けずによく働いていた。まだ14歳と10歳の少女だが、幼い頃からこの仕事には慣れている。
「そうか、しかし女将さんもとっつぁんも安心だよな、こんなにいい娘達がいるんだから。」
そう言って、その客は美味な酒と料理と、隣客との世間話に没頭してしまい、その女将の客人のことは気に留めなかった。
だがもしも客達が、店の奥で開かれている宴会のメンバーを知れば、一騒ぎだっただろう。
何故なら、そこには15年前、世界を救った英雄達が一堂に会していたからである。
しかしながらその場の雰囲気は、生死を共にした仲間と久しぶりに会った懐かしさや喜びとは無縁のものだった。
「クーデターだとお!?」
バレットは大声を上げた。
「面目ありまへん。なんとかこのおもちゃのリモコンだけは取り上げられずに済んだんやけど、家に軟禁されてしもうて全然動けんのですわ。家のモンも、外にも出してもらえんと、びくびくしとって。」
ケット・シーがうなだれて言った。さすがに彼にはやや古びている以外の大した変化はないが、バレットの髭にはやや白いものが混ざり始めている。しかし、戦いと鉱山の仕事で鍛え上げられた筋肉、そして鋭い眼光にはいささかの衰えも無かった。
「あんの、ハナタレの小娘が!やってくれるじゃねえか!」
そう毒づいたシドの顔にもいささかの年輪が刻まれてはいたが、やはり15年前の闘志と覇気に満ちた表情はそのままに健在だった。
「おう、知っているのか?そのマルグリットとかいう奴のこと。」
「まあな。と言っても、もう二十年近い大昔のこった。オレ様がジュノンの 共の腕を鍛えに行った時、プレジデントの奴がルーファウスと一緒に飛空挺を見せに連れて来たんだ。そん時は、ルーファウスもくだんのお嬢様も、まだほんのガキだったがよ。」
「プレジデントは、旦那さんを早くに亡くした妹さんを大事にしとったさかい、その一人娘のマルグリットさんのことは、実の娘のように思ってはったようです。」
ケット・シーが言った。
「そのお嬢様が、亡き伯父さんと従兄の後がまを狙ってきたってワケかあ。」
そう言ったユフィも、もう既に三十路に入っているはずだが、これまたお気楽な性格と相も変わらずの元気娘といった容姿に変化はない。実際には10年前、幼なじみとの間に一人息子のユーゲンを設けたのだが、夫も彼女も気ままな性格で、しょっちゅう修行と称しては旅に出ているので、息子は父のゴドーのもとに預けっぱなしらしい。
ケット・シーは溜息をついた。「その気持ちは分からんでもないですが、問題は、マルグリットさんが元ソルジャーを集めて、自分の戦力にしとるってことですわ。」
「ソルジャー!」
その言葉に全員が目を剥いた。ケット・シーはうなだれた。
「はあ、そうなんですわ。もしもマルグリットさんがソルジャーを使って、反魔晄派に対して戦争でもしかけたら、エラいことになります。」
神羅による世界支配が破綻してから15年、現在世界は各都市ごとに自治が行われており、いわば都市国家の並列している状態だった。
無論、中にはまだリーブ達神羅の残存勢力が生きている所も少なくはなかったが、ゴンガガ、ボーンビレッジ、コレル、コンドルフォートといった、反神羅感情の強い地域は早くから独立し、現在魔晄推進派の地域と睨み合っている状態だった。
「しかし、今頃神羅にホイホイ言ってついていく奴がいるってのが気にいらねえ!」
バレットが叩き付けるように言った。
「けど、元ソルジャーの連中は居場所無いよって、結構マルグリットさんについて行っとるらしいです。しかも、やっぱり血筋は争えんというか、マルグリットさんも激しいお方やから、拒否する者は容赦せんいう話ですわ。」
かつては人々の英雄だったソルジャーだが、メテオ事件の後、神羅のかつての悪行が明らかになるにつれて、次第にその評価は低下の一途をたどった。
そして神羅崩壊後、故郷に戻ったソルジャー達の中には、妻をめとり子を設けた者も多くいたのだが、その時、人々はそれまで神羅によってひたがくしにされてきた、恐ろしい事実を知ることとなった。
ソルジャーの子を身籠もった女性達に、異変が起こったのである。中には、ジェノバ細胞の激烈な力に耐えきれず、発狂したりモンスターになったりした者も多くいた。
そして生まれた子供達は、生まれつきジェノバに冒され、人の姿をしていない者さえいたという。何とか人の姿を保てた者達は、普通の暮らしをしているらしいが、果たして彼らの子や孫の代が無事なのかどうか、答えられた人間はいないという。
リーブは、何とかそんな哀れな人々を救済しようとしていたのだが、そんなわけでかつて神羅軍の花形だったソルジャー達は、今ではすっかり人目を避ける日々らしい。
「ソルジャーか……」
シドが面白くもなさそうに呟いた。
恐らく今、全員の脳裏に、ある人物の名が上がっていることだろう。
並み居るソルジャーをものともせず、巨大な剣を振り回して戦った若者。英雄とたたえられたセフィロスをも倒した、今や伝説の勇者。そして、星の救い手である彼らのリーダーだった男。
「チッ、こんな時に……」
その先の言葉をバレットは飲み込み、チラリと15歳年下の若い妻の方を伺った。ティファはじっと俯いたまま、何事かを考えている。
と、その時だった。
「お父さん!お母さん!」
突然、末娘のエレンの叫び声が、店の方からではなく、裏口の方から起こった。
ティファが「行ってくるね」と目配せして席を立ったところで、バレットがぼそりと言った。
「俺達 じゃ、ソルジャー相手はキツいな。」
「ああ、オレ達だけじゃあな。」
「そ〜だね〜。」
バレットの言葉に、シドもユフィも頷いた。だが、それをみんなティファの前では言いたくないのである。
と、その時だった。裏口の方から、ティファの驚きの叫びが上がった。
「……ヴィンセント!!」
その声に、その場に残っていた全員が顔を見合わせ、次の瞬間席を蹴って一斉に裏口へと急いだ。
クラウドとヴィンセント、神羅とジェノバのために運命を狂わされた2人の男達は、どちらもメテオ事件の後、皆の前から姿を消した。以来15年、全く消息不明だったというのに、そのヴィンセントが現れたとでもいうのか。
だが、裏口のドアの側に彼らが見たものは、一匹の赤い獣だった。赤い獣は、一同を見るとぺろりと舌なめずりをしてみせた。
「遅くなってごめんよ。ちょっといろいろあって……」
ナナキはそう言って、自分のたてがみにしがみついている、小さな生き物に目配せした。
それは、金色の髪をした小さな子供だった。まだ3歳前後といったところだろうか。小さなお下げも愛らしい、色の白い女の子だったが、その澄んだ青い瞳が禍々しい色の光を放っているのを見て、一同は瞬間胸を突かれた。
この愛らしい幼女は、ジェノバ細胞に侵されているのだ。
だが、一同がもっと驚いたのは、幼女を背中に乗せたナナキの後ろ、開け放たれたドアの外の闇の中に、1人の男が立っていたことだった。
血のように赤い瞳。無表情で硬質な端正な顔。黒い服の下には、恐らく今も尋常ではない体を隠しているのだろう。
男はまさに闇の中から現れたばかりというように、明るい光をやや眩しそうにしながら、15年前と全く変わらぬ調子で口を開いた。
「久々に顔を出して、いきなり頼み事をするのは申し訳ないのだが……少しこの連中を休ませてやってはもらえないだろうか?」
見ると、ヴィンセントもまた、背中に誰かを背負っている。それはどうやら男のようだった。意識が無いのか、ヴィンセントに背負われたまま、びくりとも動かなかった。
全員が呆然としている中、バレットはケッと吐き捨てるように怒鳴り散らした。
「何遠慮してやがるんだよ水臭えヤローだな!とっとと中入って、そいつを下ろしな!」
それを合図にティファも他の者も動き始めた。すぐさまナナキとヴィンセントを招き入れ、ナナキの背の幼女をユフィが抱き取る。
そして、ティファはマリンを呼ぶようにエレンに命じると、バレットやシドと共に、ヴィンセントの背中の男を下ろし、床に仰向けにする。男はどうやら負傷しているようだった。
早く手当を、と思ったティファは、しかし横たえられた男の顔を見た途端、悲鳴に近い驚愕の叫びを上げた。
「ザックス!」
その声に、全員の動きが止まった。
「何だと……!?」
だが、ティファは答えないまま、衝撃の視線を意識の無い若者に注いでいた。
その後、ティファはヴィンセントと共に、若者を部屋に運んだ。そしてマリンを助手にして、2人で若者の傷をてきぱきと治療した。
「心配はいらない。ジェノバ細胞のお陰ですぐに回復するはずだ。」
ヴィンセントは淡々と言った。
ティファは目を伏せ、手当の済んだ傷口に包帯を巻こうとしたが、その時、若者の首に掛かっている銀のロケットに気がついた。
思わずそっと中を見てみると、そこにはセピアカラーの写真が入っていた。
写っていたのは、一組の若い男女だった。1人はこの若者本人だろうか、黒い髪の若者が、屈託のない陽気な笑顔を見せている。そして、その彼に肩を抱かれて写っていた娘に、ティファは息を飲んだ。セピアカラーの写真だから、髪や瞳の色は分からない。また、顔立ちも、ティファの記憶にあるものより少し幼い感じではあるが、忘れたことのない、あの笑顔がそこにはあった。
「エアリス……。」
ティファは呆然としながら呟いた。その呟きに、ヴィンセントはふと手を止めたが、何も言わずにまた手当に取りかかる。
そして、母親のつぶやきを聞いたマリンは、呆然と母の横顔を見、それから眠り続ける若者に視線を移した。
やがて、仕事が終わったところで、ティファは若者をマリンに任せて、夫や他の者の待つ部屋へとヴィンセントを連れて行った。
そこには、食事を終えたところらしいナナキの姿もあった。
ティファに続いて入ってきたヴィンセントは、ティファの進めた席に着く前に、部屋の中を一瞥すると、尋ねた。
「あの子供は?」
すると、ユフィが胸を張って答えた。
「任しといて!さっきお風呂入れて、ゴハン食べさせて、寝かしといたよ。けど、一体あの子だれ?さっきのニイちゃんの子?」
「分からん。さらわれてきたらしい。」
「さらわれて?」
問い返されて、ヴィンセントはどう説明しようかと思案しているようだった。すると、シドが口を開いた。
「そういやあ、ティファ、おめえさっき、ザックスとか言ったよなあ?」
「……ええ。」
ティファは頷いた。
あの日、ニブルヘイムの村にやってきた、神羅の陽気できさくなソルジャー。
そして、彼はクラウドの親友でもあった。クラウドの中のジェノバ細胞は、クラウドの記憶の中の彼を真似て、クラウドにソルジャーを演じさせた。
だが、確か彼はあの事件でクラウドと共に宝条に捕らえられた後、クラウドと共に脱走して射殺されたはずだった。
そのことは、皆も知っていることだった。
「……だが、もしもそうなら、或いはそのザックスというのは死ななかった……いや死ねなかったのだろうな。ソルジャーならば充分に有り得ることだ。」
ヴィンセントが言った。
「ジェノバの呪い……」
ティファが暗い瞳で呟いた。
「それで、そのザックスが、今頃になってノコノコ出てきたってのか?」
シドが問うと、ナナキが口を挟んだ。
「よく分からないんだけど……あの2人、ソルジャーに追われていたんだ。」
「ソルジャーに!?」
全員が叫んだところで、ケット・シーが、「はぁあ……」と大きく溜息をついてみせた。
「やっぱりやってはったんやな……エライこっちゃ。」
「なんだよ?」
「ウワサには聞いとったんですわ。マルグリットさんのジェノバ狩り。」
「ジェノバ狩りぃ!?」
一同は目を剥いた。
「なんでも元ソルジャーの連中使って、ジェノバ細胞持った人間を容赦無く捕まえてはるて。おとなしく従えばそれでよし、逆らえば……捕らえて分子分解装置行きですわ。」
「何だと!?」
「何ですって!?」
ケット・シーは頷いた。
「そや。いくら不死身のジェノバいうたかて、この世界では素粒子ですやろ? 分子構成を破壊されたらひとたまりもありまへん。不死身のソルジャーを死なすにはそれしかないて、生きたまんま放り込まれたのも多いいうことですわ。」
「ひどい……。」
ティファは青い顔で呟いた。
「なんでそんなことするのさ!」
ユフィが憤然として言った。
「ジェノバを完全に滅ぼすいうてました。」
「それであんなガキまで殺すってのか!ケッ、プレジデントやルーファスに負けねえクソッタレめ!」
シドが毒づいた。
「おう!みんな、やろうぜ!マルグリットとかいう小娘に、好き勝手やらせてたまるか!」
「そーだよ!」
「ええ!神羅の好きになんかさせない!」
バレットもユフィもティファも力強く頷く。
「面目ない。頼みますわ。もう、ボクにはどうすることもできまへんのや……」
と、その時、ナナキが遠慮がちに口を開いた。
「もちろんだよ。でも……」
「でも、なんだよ?」
「気になることがあるんだ。そのマルグリットって人、この間コスモキャニオンにやってきたんだ。」
「何ぃ!?」
「何だって!?」
「一体どうして?」
「何でも……自分達は古代種を保護している。星の声を聞き、星を癒せる唯一の存在である古代種を守りたいならば協力しろって。」
「何だって!?」
「古代種?」
一同は驚きつつも首を傾げた。
古代種……セトラは30年前、最後の1人イファルナの死をもって絶えた。そのたった1人の子供であり、半分だけセトラの血を引いたエアリスもまた15年前に非業の死を遂げ、セトラの血筋は全く途絶えてしまったはずだった。
「まさかエアリスのほかに、セトラがいたとでもいうのか?」
「それは分からない。けど、今それでコスモキャニオンではけんけんがくがくさ。神羅の言うことを鵜呑みにには出来ないけど、古代種がまだいたなんて話聞いて動揺しているのもいるし。」
「神羅、ソルジャー、古代種……結局俺達とはご縁があるってことか。」
バレットが呟いた。
「そのマルグリットとやらの真意はともかく……私としても無視出来ない話だな。」
ヴィンセントが言った。
「一緒に戦ってくれるの?」
ティファが問うと、ヴィンセントは頷いてみせた。
「神羅の生んだ狂気……それが新たな悲劇を生み出すのはもう結構だ。それにこの呪われた体が役立てられるならば、私はやる。まずは彼の回復を待とう。彼が何と言うかは分からないが、彼も神羅に追われているなら、我々と手を組むべき理由はある。」
「協力させるの?」
「決めるのは彼だが、彼にとっても悪い話ではないだろう。それに、クラウドやエアリスの知り合いだったというなら、無視出来ないだろう?」
その言葉に、一同は大きく頷き、複雑な思いを噛みしめた。
「ザックス……生きていたなんて……」
果たして彼は、かつて想いを寄せ合った女性の運命を知っているかどうか。そして、親友のことを何と思っているだろうか。
この時、その後待ち受けていた数々の運命の皮肉を、まだティファは知らない。
そしてそれはティファだけではなく、この場にいる皆も、そして傷ついて眠り続ける若者もまたそうだった。
だが、この夜はそんな波乱の前の静けさをただよわせたまま、明けた。
一度だけすぐ下の妹と交替したが、マリンは仮眠を取るとすぐまた若者の看病に戻った。
若者と言っても、一体彼の実年齢がいくつなのか、マリンは知らない。この若者?はもしかするとその「お花のおねえちゃん」や母の知り合いなのである。
「お花のおねえちゃん」のことは、もはや彼女の遠い記憶の1ページだったが、マリンは今でも覚えていた。あの七番街崩壊の日、まだ幼かった自分を連れて五番街まで逃げてくれた、きれいな優しい人。彼女が育てて、クラウドが自分にくれた花は、コレルに来る時にちゃんと持って来て、今は彼女達姉妹の部屋の窓辺を埋め尽くしている。
父や母は、昨日は遅くまでかつての仲間達と話し込んでいた。何かただならぬ様子だったが、自分達姉妹は幼いころから、戦う両親の姿を見て育ってきた。また彼らが何か星のために戦うというのなら、自分達もまた覚悟を決めるまでだ。
それにこの若者とあの幼女である。神羅はかつて、マリンの実母を殺した。その神羅に追われているというなら、マリンは2人の味方をするつもりだった。
若者は、普通の人間ならば生死の境を彷徨うような大怪我なのだが、ヴィンセントの言葉通り、すっかり落ち着いている。無論完全に治ってしまうまでには時間がかかるが、鎮痛剤が効いているのか、眠りは穏やかだった。
朝になって、階段の方から賑やかな少女達の声が聞こえてきた。どうやら、妹達が幼女を着替えさせて、洗面や朝食に連れて行こうとしているらしい。
やがて、セレンがドアを開けた。
「お姉ちゃん、おはよ。朝御飯は?」
「まだよ。後で代わってくれる?」
「おっけー。」
「あの子は?」
「メルのこと?メルなら今エレンと御飯食べてるよ。」
末っ子のエレンは、日頃自分がかまわれる立場だから、今は小さな子にかいがいしく世話を焼いているらしい。
「あの子メルっていうの?」
「うん、自分でそう言ってた。」
「ふうん。お父さん達はまだ寝てるの?」
「お母さんは起きてるけどね。」
「仕方ないね、遅かったから。」
若者が目覚めたのは、もう日も高くなってからだった。
開かれた瞳は案の定、ソルジャーの緑に輝く瞳だった。
その目にマリンの姿を映した彼は、二、三度瞬きすると、身じろぎしてから顔をしかめた。
「もう少し寝ていた方がいいわ。いくらソルジャーの体でも、痛いでしょ?」
「俺……一体……」
「うちの両親の知り合いが助けてくれたのよ。心配しないで。ここはコレル、神羅の連中とは関係ないから。」
だが、若者はそんなマリンの言葉を聞きながら胸に手を当て、はっとしたように起き上がった。そしてたちまち、痛かったのか顔をしかめる。
「ロケットならここよ。大切なものなのでしょ?」
そう尋ねながらマリンは、まだこの人は「お花のおねえちゃん」のことが好きなのかな、とふと考えた。
差し出されたロケットを、若者はほっとした表情で受け取った。
「ああ、有り難う。……もしかして、俺のことずっと看病しててくれたのかい?」
人なつこい表情で、屈託なくそう尋ねた若者に、マリンは笑ってみせた。
「つきっきり、じゃあないけどね。けど、あたしと妹とで見たのよ。」
「そりゃあ、世話になってしまったな。有り難う。俺は……」
と、その時だった。突然、勢い良く部屋のドアが開けられた。そして、現れたセレンが緊張した面もちで告げる。
「大変よ。今、神羅のヘリが来たの。お母さんが、すぐに隠れてって。」
この家で隠れるところといえば、地下の酒蔵にある隠し部屋しかない。マリンはたちまち了解した。
「OK!じゃ手を貸して!……ね、動けそう?」
「俺は大丈夫だけど……それより、ちびっちゃい女の子知らないか? 俺、一緒に連れて逃げてたんだけど……。」
緊張と困惑と不安の入り交じった声で尋ねた若者に、セレンが早口に答えた。
「あの子ならもうエレンが先に連れてったよ!それよりも早く!」
「ま、待ってくれよ。俺達かくまったりしたら、あんた達に迷惑が……」
「かかると思うならとにかく急いで!時間が無いわ!」
姉妹が若者を隠そうと急かせている時、「ネオ・セブンスヘブン」に武装した一団が近づいていた。
その中には、2人の若い美しい女性がいた。
1人はくせのない金色の髪と青い瞳を持ち、白のフレアスカートのツーピースを隙無くきこなした、きびきびとしたシャープな印象の女性だった。
「しかし、彼らがおとなしく応じるでしょうか?」
彼女の傍らにいた、スーツ姿の男が尋ねる。彼女は曖昧に笑った。
「さあ……でも、彼らにもまるで無視することは出来ないはず。だって、彼女がいるんですもの。」
そう言って、彼女はもう1人の女性を振り返った。彼女よりもいくぶん若い、ゆるやかに波打った茶色の髪と不思議に澄んだ緑色の瞳を持つその女性は、彼女の視線を受けて穏やかに頷き、それから「ネオ・セブンスヘブン」の方を物憂げに見つめた。