KREUTZER 「あっ! この前の、おねーちゃんだ!」
〜Sechzehn〜
子供たちは、この凍りついた雪の中でも無邪気に遊んでいる。
「ママー! ママのお友達がきたよーー!」
雪まみれになった小さな男の子は小屋へ走っていった。彼の呼びかけと同時に小屋からティナが出てきた。
「待っていたわ」
「ティナ?!」
ティナの青い瞳が浮ついていない。セリスは、以前会った時のティナとは別人を見ているようだと思った。
「セリス。そして、エドガーごめんね。私…。
思い出すのが遅かったわ。だから、マッシュは……」
「どういうこと?!」
セリスは小さなティナに歩み寄る。
「とにかく、中へ…」
簡素な小屋では、親を亡くした子供たちが、楽しそうに笑っている。ティナを囲む子供たちは、とても幸せそうだ。
ケフカの裁きの光によって壊滅してしまったモブリズ。同じように世界中では多くの村や町が焼き払われ、孤児たちは増えるばかりだ。
「ここは、暖かいね」
エドガーは白いコートを脱ぐ。
「この子たちの笑顔が温かくしてくれているのよ」
「子供たちの笑顔は、次の時代への賜物だ」
エドガーの言葉にティナは微笑んで相槌を打つ。
「あ、この前のおねーちゃんだ!」
「いよいよ、ママもいっちゃうの?」
「ママはすごいんだよ! 僕たちだけの、ママじゃないんだ」
子供たちはティナの客人に、不安と希望が入り混じった言葉を放つ。しかし、ここを離れようとしている彼女の気持ちを慮った。
ティナを連れて行こうとしているエドガーに対して、まるで敵対心がない子供たちにセリスは戸惑う。以前マッシュと二人で訪れた時、ティナだけを頼りにしていた子供たちの不安が一転していた。
「ティナ。いったい……」
「セリス。説明するわ」
ティナは奥の小さな部屋にセリスを先導した。木箱を積み重ねた簡易ベッドと、簡素な木の椅子が二つあるだけの小さな部屋だ。
村を襲ってきたフンババを前に、戦う力を無くしたティナが、碧の瞳に光を失い、弱弱しく横たわっていたベッド。ティナはそこにセリスを座らせ、自身も横に腰を降ろした。
エドガーとセッツァーは、彼女たちのやりとりを見届けた後、それぞれ木の椅子に座った。
「私たち幻獣は、まだ人がこの地に誕生していない頃からいたの。
“与えられた”のか、元々私たちにあった能力なのかは、わからないけれども、私たちはこの地にある、風、土、水、火、そして光と闇。それらを“監視”していた。ずっとよ。いえ、監視ではなく、この地を見守っていた。命あるもの達は、少しの欲望はあったけれど、とても穏やかだった。その頃は、人と私たち幻獣は話し合えた。
けれど、やがて人間は欲望に渇望しはじめた。己の利益を貪欲のままに求め、略奪や戦争を繰り返し、同胞を殺戮するようになったの。
その頃から、私たち幻獣は、傍観者となった。いえ、この地の生命ある者が悲しむことないように、できる限りの努力はしたわ」
「ティナ……あなた……」
ティナの碧の瞳が、溢れそうな雫で揺れた。
「略奪と戦争…。それが私たち、人間が繰り返してきた歴史……」
エドガーが、微かに首を横に振りながら呟いた。
「でも、人は平和を求めたの。ただ、彼らは、あまりにも曖昧で、弱くて、行動できなかったのよ。だから、強い一部の者が先導となって歴史をつくってきたの。
いつの世も、人を率いる、聡明で強い者…。統率者が歴史をつくるの」
「人類を率いる人?」
セリスの視線は迷いなく、エドガーの蒼の瞳に流れた。
「平和に暮らしていた人々が、やがて、己に宿る真の欲望を曝け出し、略奪が始まったわ。
今と同じ。強き力を手に入れた国が小さな国を潰し、世界征服を野望とする」
「帝国のような国が戦争を繰り返すということね……」
セリスは、帝国の為に自身も戦争に加担していた。
「戦争は続き、やがて人間たちは疲れ果てた。殺し、殺され……。自国を守るために人殺しをするの……。悲惨だわ」
「自国を守るために、人殺しを……」
「でもね。殺戮を繰り返しながら、人は、平和も望むのよ、矛盾しているけど。ただ、その方向へと率いる人がいない。権力者は戦争をしている方へ導く方が簡単だから」
セリスは尚もエドガーの伏せた青い瞳に、詰め寄るかのように視線を送る。
「やがて、人間たちと違う者が、この星の征服をしはじめた。人の欲望につけ入る者たち。
私たちは、その者達と攻防を繰り返した。何故なら、私たち幻獣は、それでも人間が好きだったから」
「待って! 私たちと違うものとは?」
「ケフカのような者よ。人間ではない者。この世は何者かに操られていると思うの。私たちの戦いは、心の強さを試されているのではないかと思う。そして、この星を救おうとする誰かが、代表して、その心の強さを試される」
「何ものか、ってそれは神のこと?」
「私たちは、そう呼んでいるわ。全能なる者」
「神…くだらねぇ。そんなヤツがいるのか?」
「確かに…ティナのいうように、全ての意志の流れは私たちだけのものとは思えない」
「ケフカは。彼も試されたのよ。人間界に降りてきた彼は遠い昔、フィガロに生まれた美しい人に特別な感情を持って神の怒りに触れた」
「フィガロに生まれた美しい人か」
セッツァーは鼻で笑うように言葉を吐き、肩を竦めた。
「ケフカ……」
エドガーは断片的な記憶を辿るように目を閉じた。
「思い出せない?」
「はっきりとは。だが、ケフカは、いつの時代にもいたと思う」
「いつの時代にも…!? あなたたちは、何度も生まれ変わっているの?」
セリスは、ティナ達の話に戸惑う。
「皆、何度も生まれ変わっているんだ。セッツァーと私、そしてマッシュもいつも同じ時代に生まれていた」
「何のために?」
「ティナが言うように、“試されて”いるのだろうか。それは私にもわからない」
「ケフカは何がしたいの?」
「彼は邪悪な堕天使となってしまったのよ。神の怒りをかって追放されたの。そして神を恨み、この世の全てを憎むようになったわ」
「笑っちゃうわね。人間に恋して、叶わないから、世界をめちゃくちゃにしようとしているなんて!」
セリスは怒りを露にした。
「でも、何故、マッシュは?!」
セリスはエドガーの揺れる青い瞳を見て、開きかけた口を閉じた。
「きっと私が……」
「よせよ。お前だけのせいじゃないぜ」
セッツァーは、うんざりしたかのように首を振った。
「私には、国と家族…マッシュが大事だ。そして、この旅で出遭った皆もだ。ただ、愛しい人達を守りたいだけなのに。それだけなのに。私にどうしろと?」
エドガーの弱気な姿に、セリスは驚く。
「思い出してエドガー。多くの人々が剣を持って、支配し、制圧しようとしていた時代に、“愛”で、人々の荒んだ心を癒そうとした人がいたわ。それが、あなたじゃないかと思ったの。そして…ケフカガ最初に恋してしまった人間があなただと思うわ」
「私が試されているのか? 神という者に…」
「選ばれし者だな。イヤでも何もかも背負わねばならない、そういう運命(さだめ)ってことか」
「エドガー…ケフカを封印するのはあなたにしか出来ないってことね。そういうことでしょう、ティナ」
「仲間を探しにいきましょう」
ティナにはモブリズを発つ準備はできていた。
「ファルコンの準備はできているぜ」
だが、エドガーは心の整理はできない。今までにないことだった。目の前にある現実を一つ一つ片付けていくのには慣れている。王の仕事と同じだ。それとは違う、心。誰かを愛するということが憎しみを生み、破滅へと向かおうとしていることに恐れる。
「ママーいっちゃうの?」
子供たちがティナの周りを囲んだ。
「ごめんね。悪い人を倒したら戻ってくるからね。ディーン、カタリーナ、皆をお願いね」
「ここは、任せておけって!」
「他の国の子供たちも、助けてあげて…」
「できるだけのことはする。他の国の子達も助けないとね。だから、ママを借りるよ」
エドガーはカタリーナの手に口付けをした。
「お願い、王様」
エドガーの唇は、若い温もりを感じた。
ファルコンはティナを載せて灰色の空へと飛び立った。
少しの情報を頼りに仲間を探した。カイエンを最初に見つける。事情を話すと、彼は国の建て直しを叶えるために、旅に参加した。
世界中の村、どの町にいっても、ケフカの裁きで破壊され飢えている人々がいた。
見るに耐え難い町や村に降り立って、彼らは言葉をなくす。
「ケフカを倒して、また、みんなの笑顔を取り戻したい」
エドガーは執拗に同じ言葉を繰り返した。
「みんなの笑顔を」
「意地はるなよ」
セッツァーは、甲板で暗い空を見上げるエドガーに声をかけた。
「意地を張っているように思うか?」
エドガーは軽く笑って目を伏せた。
「あぁ」
セッツァーはエドガーの腰に手を回した。
「マッシュを取り戻して、ケフカを倒して、子供たちに笑顔を取り戻して…。やることがあるからね」
「だから……。一人で抱え込むなって、一人で全部やろうってのか? そりゃ、ムリだぜ」
エドガーはセッツァーの銀の髪が流れる肩に頭を預けた。
「そうだね」
セッツァーの香りに溺れる。
「おい!」
セッツァーはエドガーの仕草に驚くが、金の髪を掬って掌に溢す。
「なぁエドガー、俺がいるから。一人で頑張るな。俺は、もう、お前を死なせたりはしない。絶対に!」
エドガーはセッツァーから離れる。
「“もう”私を死なせたりしないと?」
目を伏せて笑った。
「何か思い出したのか?」
「いや。ただ、お前を死なせないと」
「私は、ケフカを倒し、国を、マッシュを、世界を救えるのなら、死んでも構わない…と思っている」
「死ぬなんて言うじゃねぇ! もう誰も死なないんだ!!」
セッツァーの怒号にエドガーは驚く。
「俺は、おまえを死なせない。もう…」
薄暗い空から降る白い雪が、エドガーの髪と肩に積もる。セッツァーの銀の髪をしっとりと濡らし、二人の吐く息は白い。
「セッツ、何故そんなことを」
「さぁな。思い出せねぇんだけど、俺はお前を守る」
エドガーは金の長い睫毛を伏せた。
「私は……。セッツ。国と弟を…助けたい。そして、私も、もう誰も死なせたりはしない! 誰も二度と…」
セッツァーはエドガーの紺碧の瞳を覗き込んで強く頷いた。
夜が明けよとしているのに、黒い雲と白い雪が光を阻み、東の空は明るくなろうとはしない。
暫時沈黙の二人。雪が金と銀の髪の上で踊っては消え、冷たく濡らした。
「少し眠るんだな」
「君こそ…。酒と、煙草と、女の香り。こんな世の中でも、その習慣は治らなようだね。夜更かしはお互い様」
エドガーはようやく、いつもの笑みを浮かべ「ありがとう」と呟いて甲板を後にした。
次々と仲間の生存を確認し、ファルコンに再びかつての仲間達が戻ってきた。
リルムやガウ、モグ達が戻ると、ブラックジャックの時のようにファルコンも賑わった。
ロックが生きていた事にセリスが初めて幸せそうな笑顔をみせる。
仲間達に笑顔が戻った。だが、ここにマシュはいない。国と弟、そして世界の民の笑顔を取り戻したいとエドガーは願った。
「ややこしいが、だいたいはわかった。要はケフカをぶちのめして、マッシュを連れ戻せばいいんだろ? だが、一体、どうやってケフカを殺るんだ?」
ロックはトレジャーハンターとしての鋭い感が働く。
「止めは色男がやればいいんでしょ?、ね、ティナ」
「拙者共はエドガー殿の助太刀をすればよいのでござるな」
「ティナ、セリスの強力な魔法や、シャドウ、カイエン、そして、エドガーの剣術があれば大丈夫じゃろうゾイ」
と言ったストラゴスだったが、いつもの様子とは打って変わって声に自信のない発言だ。
「おじいちゃん! リルムの魔法だって強力だよ! それに他の皆の力だって!」
もう! とリルムは口を尖らせた。
「頼りにしているよ」
エドガーはリルムの前に片膝を付き小さな手の甲にそっと口付けをした。
リルムは手の甲とはいえ、初めて男性からの口付けに驚き頬を赤らめた。ティナとセリスは目を合わせてくすっと笑い、ロックやセッツァーは微かに肩を竦める。カイエンは狼狽して背を向けた。
「フィガロ王家に秘宝と呼ばれているものがある」
エドガーは周りの様子に気にも留めず立ち上がって言った。
「秘宝か!」
ロックはわくわくするぜと呟き目を輝かせた。
「王笏(しゃく)という杖のようなものだ。先端に、このくらいの蒼い石がある」
エドガーは片方の掌で石の大きさを示した。
「それは!」
ティナの碧の目が微かに翳った。
「あれか! お前だけが持っていた杖」
「そうだよ、ロック。さすがだな。そんなところまで、よく見ている」
エドガーは肩を竦めた。
「城といえば…とくに古い城には、お宝がたんとあるからな」
「何、それ? どろぼう」
リルムがロックを見上げる。
「チビ! どろぼうじゃねーって! 俺はトレジャーハンターって言ってんだろ」
エドガーはくすっと笑った。
「悪いが、色々とお前んとこの城は物色させてもらったぜ。まぁ、これも俺がトレジャーハンターという職業柄だ」
腕を組んでカジノ台に身体を預けるロック。
「王の間に行く廊下にエドガーを含めて即位した時の王様達の肖像画がある。記念の絵には代々受け継がれているお宝だの秘宝だので着飾るだろう。どこの王家もそうだ。
だがエドガー。お前だけが、あの杖を持っている。あれこそ特別な秘宝なんじゃねぇのか? とまぁ、睨んでいたところだ」
「特別な秘宝……。確かに、あの王笏は私にしか持てない」
「エドガー。きっとそれよ! あなたにしか持てない、その蒼い石」
ティナは軽く目を瞑り胸に手を当てた。
「城にあるんだろ? 取りに行こうぜ」
やっと本物が見れるぜとロックは少年のように透き通った瞳でエドガーを見上げた。
ファルコンはフィガロへと向かう。
世界の空が厚い雲に覆われ薄暗い大地に白い雪が降りている。
だがファルコンが向かっているフィガロの夜明けの空が赤黒く染まっていた。
緋色に染まった雪がフィガロに舞い降りる。
「思い存分怒りをぶつけるがいい」
象牙色のケフカの顔色が薄紅に変わる。
けたたましい哂いの声がフィガロの夜明けの空に響いた。
貴方は
愛や憎しみを
試しているのですか?