2 氷づけの幻獣と反応して西へ飛ばされたティナを追うべくフィガロ城に戻った一向。
マッシュは10年ぶりの帰城であった。
その夜、エドガーとマッシュはマッシュが城を出る前の思い出話に花が咲き、夜更けまで兄弟水入らずで杯をかわした。
「ゆっくり休めよ」
「兄貴こそ」
二人は各自の寝室へ行くのに廊下で別れた。
「ふぅ」寝室に入ったエドガーは小さな溜息をつく。
今宵も月明かりが煌々とバルコニーから差している。
女官がベッドの上に用意してくれている夜具に着替えて、二つに束ねてあるリボンを解く。チェストにそのリボンを投げると、手櫛を2、3度入れて髪を解した。
ほんの少し酔ったエドガーはバルコニーへ出てみた。夜の砂漠は気温が低く、夜具一枚では肌を突き刺すほどであったが、ほんのり火照っている体にはちょうど良かった。静かな風がエドガーの髪を流す。
同じように流れる砂漠に目を落としながらエドガーは、改めて、マッシュとの再会の喜びを噛み締めていた。
ガツンッ!!
突然エドガーは後頭部に激しい痛みを感じたがそのまま意識を失う。
ピシッ!
聞いたことのない音と共に激しい痛みを感じたエドガーは意識を取り戻す。
かすかに後頭部の痛みも感じながら、自分の身に何が起こっているのか把握するのに時間を要したようである。
「ヒッヒッヒッ」
何故か、目の前にいるケフカ。
朦朧とした意識の中、エドガーは自身の姿を確かめる。
どうやら十字架に磔(はりつけ)になっているようである。いや、それだけではない。それに加え一糸纏わぬ自身の裸体。
「!!!」
「いやぁ、君は綺麗だよ、本当に。さっきから眺めさせてもらってたがね。顔も美しいが、体も美しい…。まるで神の偶像、または絵を思い出させるよ。
あぁ、綺麗だ本当に…芸術だ!!! こうして見ているとまるで、神のようだ…」
「…狂ってるな。一体私に何の用だ!」
エドガーは観念して呆れた様子である。
「ふん、この間は、よくもこの私に恥をかかせてくれましたね?」
「?!」はて、何の事やら…。
「いきなりチンケな城を沈めやがって! あの時の仕返しは充分させてもらいますよ!!」
ケフカのケバケバしい化粧の下の肌は憤怒で赤みを帯びる。
「ティナが幻獣と反応したらしいですね! ティナを何処へやったのですか!! 今度という今度は吐かせてやる!!」
「ティナね。私達も何処へいったのか知らないのだよ。それに例え知っていたとしても、君に教える必要なないな」
ケフカの憤怒は頂点に達する。
「くーーーっ!! 生意気ですね!! 全く! 吐かぬと言うのなら、こうしてやる!」
ピシッ、バシッ!
「うっ!」
エドガーは激しい苦痛の声を伴って眉間に皺を寄せる。
先ほどのこの痛みの原因はこれだったのか、と改めて知る。
ケフカの右手の鞭。
「どうですか! さすがに、吐く気になったでしょう? ヒッヒッヒッ」
エドガーは無言で顔にかかった髪を払い退けようと首を振る。そしてケフカに憎悪の目を向ける。
「このやろー! 強情なヤツだっ!! 許しません!!!!」
ビシッ、バシッ、ピシッ、バシッ、バシッ!!!
何度も何度もケフカの手の鞭がエドガーの胸を打つ。
その度に「うっ、くっ!」と苦痛を伴うエドガーの声。
次第に唇を噛み締めその苦痛に耐えようとするエドガーの顔は歪む。
「えーーいっ! これでも吐かぬか!!! 本当に前王に似て強情なヤツだ!!」
ケフカの手は尚も止まぬ。ケフカは我を忘れて無心に鞭を振りまわしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
我に返ったケフカは目の前のエドガーが首をうな垂れている事に気付く。
「気を失ったか…ちょっとやりすぎましたね」
ケフカは呼吸を整えようと深呼吸をする。そして「おいっ!」と控えていた兵士に声をかける。
「はっ!」
「こいつをしっかり見張っておけ! 私は行かねばならぬからな。こいつは後で私のコレクションにする! 飾っておきたいくらい綺麗だからな…。絶対に逃すでないぞっ!」
「はっ! ケフカ様!! 肝に銘じて」
「殿下! 殿下! 陛下が!!」
マッシュの寝室の外が騒がしい。
マッシュは夜も明けぬ時間に何事だと思い、寝ぼけながらドアを開ける。見ると、エドガー付きの近衛連隊長が取り乱している。
「な、何だぁー!」
「殿下!! 陛下がケフカに攫(さら)われました」
「何!!!!!」
一瞬にしてマッシュの目が覚める。
マッシュ、ロック、セリス、カイエンはまだ薄暗い朝に閣議の間に集まる。
マッシュは落ち着かぬ様子で大きなテーブルの周りをいったりきたりしていた。
「くそっ! ケフカめっ! 一体兄貴を何処へ連れ去ったんだ!!」
静寂の部屋。マッシュの足音だけが響く。
「そうだっ! あそこかもしれない」と、突然セリスが呟く。
「あそこって何処だ!」
マッシュはセリスに掴みかかるように近付く。
「帝国を裏切って私が捕らわれていた所だ。サウスフィガロだ。ロックが私を助けてくれた場所だ。ロック、あの場所を覚えているか?」
「あぁ、ばっちり覚えているぜ、あそこは」
「よしっ、こうして何も行動を起こさぬより、ましだ、そこへ行こう!」
と言うセリスの言葉に4人はサウスフィガロを目指した。
セリスが何日か前に監禁されていた部屋。ロックはその何日か前と同じようにその部屋を覗き見る。
正面のエドガーを捉えたロックは言葉を失う。
「どうしたっ!」
焦るマッシュ。
ロックはもう一度中の様子を見る。見張りは一人の兵士だけだ、あの時と同じように。そしてやはり、あの時と同じように居眠りをしている。
ドアのノブに手をかけてみる。いとも簡単に中へと進入できた。
中へ入ると、覗き見していたロックが言葉を失ったのと同じく、マッシュ、セリス、カイエンも言葉を失って立ち尽くす。
十字架に磔にされているエドガー。そのうな垂れている顔は長い豊かな髪が覆っていたが、体は被うものが何もない素のままであった。
ドア付近から誰も一歩を踏み出す事ができずに、立ち止まる。
だが、暫くしてカイエンがその沈黙をやぶる。
「み、皆、何をしているでござるか。マッシュ殿、はやくエドガー殿をおろして差し上げるでござる!!」
そう言われて我に返ったマッシュはエドガーの手足の鎖を解く。
エドガーはその場に蹲(うずくま)り微かに意識を取り戻したようだ。
「レネー……」
「エドガー殿、寒かろう! さぁ!」
カイエンはエドガーの足元にあった薄手のシルクの夜具をエドガーの肩にかける。
「すまない、カイエン」
エドガーは弱々しい声を発しながらカイエンにかけてもらった夜具に袖を通し、前を閉じる。
ここでいきなりいきり立つマッシュ。
「うぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー! ケフカめッ! 俺の兄貴に何って事しやがるんだっ!!!」
「まぁ、待てマッシュ」とエドガー。
「マッシュの気持ちはわかるが…」とロック。
「拙者もケフカは許さぬでござるよ。だが、マッシュ殿、今はとにかくエドガー殿とフィガロ城へ戻るのが先決でござる!」
とカイエン。
セリスは沈黙し、その場に立ち尽くしたままである。
「そうだ、皆の言う通り、ひとまず城へ戻ろう。早くティナの行方をつかまないと大変な事になる」
エドガーはそう言って、痛みと疲れた体を起こして立ちあがる。
「くそっ! 髪はボサボサだし、服装はこんな夜具一枚。フィガロ国王である俺がこんな情けない格好でサウスフィガロの町を抜けなければならぬとは……」
マッシュから見てもあまりにも哀れな兄の姿であった。
「これじゃぁ、平和と秩序を何よりも重んじているフィガロ国の主とは思えんな…」
エドガーは半分諦めたように自嘲した。
セリスは他の3人をみる。自分もそうであったが、他の3人もかなりの軽装であった。セリスはそっと髪を掻きあげ、肩から垂れている白いマントのボタンを外す。
「せめてこれでも」
セリスはその白いマントをエドガーの肩にかけた。
「!? セリス?……」
当初驚きを隠せないエドガーであったが、すぐに優しく微笑んで「ありがとう、セリス…」と呟く。
「長い髪の毛で顔を隠すでござる。顔を隠せば国民にはわからぬでござるよ」
カイエンの言う通り顔を隠すエドガー。
「こうか?」
「うん、兄貴、急いで町を抜けるぞ! ロック、手を貸してくれ!」
マッシュがエドガーの左肩を自身の肩に乗せた。
「おぉ!」
ロックはエドガーの右肩を自身の肩に乗せる。
「ありがとう…みんな…よしっ、急ごう!」
「エドガー、その体ではまだ無理だぜ」
懸念するロック。
「もう一晩休むでござる」
フィガロ城の閣議の間に集まったパーティ。
「我々には時間がないんだ。一刻も早くティナを追わなければ…。もうマッシュには、城を移動させるように伝えてある」
エドガーの強い意志によって、フィガロ城は潜伏し、ひとまずコーリンゲンの村を目指す。
エドガーは夜具を腰まで落とし上半身を露にしている。
鞭によって受けた傷は赤く蚯蚓腫れとなっていた。
「っ!!」時折発するエドガー。
エドガーの正面でその傷に消毒液をたっぷり含んだ綿を満面なく這わせているセリス。
「っ!! 痛いっ! セリス、レディなんだから、もう少し優しくしてくれよ」
「うるさくって、我侭な王様だな…何なら、陛下付きの薬士に代わるぞ!」
「いや、時間がない! 仕方がないから、君でいいよ」とエドガー。
ゴゴゴゴゴツーーーーーーーーーーーー!
激しい音をたてて、突然動き出す城。
セリスは正面のエドガーの胸に突っ込んでいた。ロックはセリスの後ろに立っていたので彼女に覆い被さるように倒れる。
「ら、乱暴だな…ここの機械室の方は…」
セリスはそう言って、エドガーから素早く離れる。
「いてっ!」ロックもそう呟くとセリスから身を離す。
それから何事もなかったようにエドガーの傷に消毒の綿を這わせるセリス。
戻ってきたマッシュは当然の如くエドガーの後ろに立つと、手に持っていたブラシで手際良く兄の髪をときほぐし、持ってきていた青いリボンで二つに束ねる。
エドガーは一通りセリスの応急処置を終え、マッシュに髪を整えてもらうと、一旦自室に戻り、いつもの装いへと戻って閣議の間に現われた。
「さぁ、コーリンゲンに着いた、行くぞ!」
エドガーがマントを翻して颯爽と歩むのに続くマッシュとロック。
「いやはや、さすがは先代フィガロ王のご子息でござるな…」とカイエン。
「ただの色男とは思えぬ。この世界を救う為とあらば命をも賭けかねない国王だな」
セリスはエドガーの中に宿る情熱を垣間見た。