クロイツェル
1 エドガーはサウスフィガロへロック一人を向かわせた事に、後悔していた。
だが、そう思ったのはずっと後の事であったが。
サウスフィガロでリターナー本部に足を向ける帝国兵の足止め作戦に向かってくれたロック、そして一人暴走して逸れた弟マッシュと、炭坑都市ナルシェのジュンの家で再会する。
マッシュはドマ国の騎士、いや武士と言うのだろうか、カイエンという男と、まだ年端もいかないガウという野生児を仲間にして戻ってきた。
そしてロックは、セリスという元帝国軍の女将軍を伴って。
「お主は、帝国軍の…悪名高いセリス将軍! この帝国のイヌめっ! 拙者が成敗する!」
カイエンはいきり立ち、セリスを前に剣を抜く。
「待ってくれ! セリスは既に帝国に疑問を持ち、帝国を裏切って我々協力する事を約束してくれたんだ」
二人の間を裂いて説得するロック。
取り乱したカイエンとそれを止めようとするロックを目に入らぬ様子でエドガーは女将軍を眺めていた。
束ねていない腰までの黄金色の長い髪、自信のある、だが何処となく不安が募る青い瞳。凛とした態度は気品を思わせる。
実はエドガーは以前に何度かこの女将軍との面識があったのである。
ガストラ帝国の新鋭魔導士ケフカは、帝国の常勝女将軍とうたわれていたセリスを伴ってフィガロ城に訪れた事があった。
またガストラ皇帝のエドガー暗殺の刺客としてやってきた事もあった。
勝気で男勝りな女将軍はエドガーの記憶に新しい。
「国王も私を疑うか………仕方があるまい、疑われても…私には前科があるからな」
黙ってその場を見過ごしていたエドガーに、ふいに問うセリス。
一同は驚いたようにエドガーに向き直る。
そして、エドガーとセリスが以前からの顔見知りだったことを知る。
「何者!」
月明かりに照らされた長い金の髪がエドガーの目に最初に映った。
「……」
エドガーの喉元には短剣の先端が向けられている。
暗闇に目が慣れるとその者が2、3日前から城に滞在していた、元帝国の女将軍だとわかった。
彼女はフィガロ城付近の砂漠で倒れているのを城の者に発見され、ここへ連れてこられたのであった。彼女の話からだと帝国から逃げてきたと言う。
「君か…よくこの寝室に忍び込んでこれたな。ここ、国王の寝室は私の支度をしてくれる二人の女官と薬士以外は入れないんだぞ。弟すらここへは入ってはならぬのに。ま、もっとも今は弟はいないがな」
「命が狙われているというのに、よくもぺらぺらと喋るな。この先の廊下で見張りをしている兵士は眠らせておいた」
セリスは声を落として話す。
「さすがだな、常勝将軍さん。しかし、私はレディにこんな姿を見られるのは辛亥だ」
エドガーの束ねていない長い髪は大きな枕に流れていた。
「こんな時にまで身だしなみを気にするとは、さすがは色男とうたわれているフィガロ国王だな」
「一体何の真似かな?」
「皇帝の命令だ」
「帝国はまたもや王を暗殺してしまえば、この国が思い通りになると思っているのか…。それでわざわざ帝国の裏切り者と見せかけて我が城へ忍び込んできたか!
君も演技がうまいな。いっそうの事、帝国の将軍なんてやめて女優にでもなれ。その方が君にあっているよ。その美しい顔立ち…将軍にはもったいない」
「貴様! 私をバカにしてるのか!!」
エドガーは怒った女将軍の顔をしばらく眺めていたいと思った。
月光に照らされ、黄金色に輝く見事な髪は波打つようにこの白い顔を覆っていた。
「死んでもらう!」
「親父の二の舞にはならない!」
エドガーはセリスの目にも止まらぬ早さでベッドに忍ばせてあった剣でセリスの短剣を払いのけると同時に、起き上がってセリスをベッドに押し倒す。
「うっ!」
今度はセリスが逆の立場となる。エドガーはセリスの上に圧し掛かり、右手で剣の先端を彼女に向け、左手で細い肩を抑えつける。
さすがのセリスもエドガーの力には敵わない。
二人の動きが止まる。
セリスは普段、見なれている国王の姿とは随分違う今のエドガーに驚いていた。
束ねていない絹糸のような黄金色の長い髪は腰辺りまで波打ち、シルクの夜具の合わせた隙間から垣間見る逞しい胸。それらはフィガロ王ではなく“色男”という名に正しく相応しいエロティシズムを醸し出した一人の男であった。
「殺れ」
突然エドガーは声を立てて笑う。
「セリス、その“国王”という呼び方はやめてくれないかな? 俺にもエドガーって名前があるんだ。それに君はもう帝国の将軍じゃない…我々の仲間だ。ちゃんと名前で呼んでくれないかな」
「私を信じると言うのか?」
「エドガー殿!!」
尚も差し出した剣を引かぬカイエン。
「カイエン、ここは兄貴にめんじて」
マッシュはカイエンの剣を持った手に自身の手をかける。
「うっ…」うな垂れるカイエン。
「わかったでござる。ここはマッシュ殿と、その兄上エドガー殿の言葉にめんじて…だが、おぬしを信用したわけではないぞ。ヘタな真似をするようであるなら、拙者がこの手で成敗いたす!」
「俺はこいつを守ると約束した。俺は一度守るといった女を、けっして見捨てたりはしないからな!」
ロックはカイエンに宣言するように言う。
「ロック…お前、まだあの時のことを…」とエドガー。
「……あの…時のこと?」
セリスは怪訝そうな瞳をロックに向ける。
「……何でもないんだ…」
と言うロックはセリスの視線から逃れていた。
「セリス……そして、ティナ…私達は帝国の陰鬱な策略によって、いろんな人を失った。ロックは大切な人を過去に失ってね…そしてカイエンはつい先日…家族と国を!! 私とマッシュは11年前に父上を暗殺されてね。
過去は過去の事だが、決して忘れられない…いや、忘れてはいけない…そんな意志の元に私達はリターナーとして行動しているのだよ。これ以上私達と同じ犠牲者を出さぬためにもね……。
帝国は悪だ。だが、そこにいた者すべてが悪ではない」
「……すまない……エドガー…私…」
セリスの瞳はエドガーの蒼い瞳をを直視する。
「ふっ、そんな事まだ気にしていたのか? 君らしくないな。ま、尤もしも君があの時のように私に剣を向けた時は今度こそ容赦しないがな」
エドガーは少し悪戯な笑みをセリスに向けた。
セリスも軽く笑って
「もしも、その時は私もあの時のようにヘマはせぬ! 確実にその喉を裂くだろうな」
エドガーが知るいつもの将軍だったセリスに戻る。
笑い飛ばすエドガー。
「エドガー、何だよ、いったいセリスと何があったんだよ」
やきもきしながら問うロック。
「一国の王様とあらば波乱万丈な人生といったところかな?」
「???」ロック。
「??? あ、兄貴、そんなにいつも命を狙われてたとは!! おいっセリス、いかに君とて、俺の兄貴の命を奪おうとした時は俺が命に変えても兄貴を守るからな、覚悟はしとけよ!」とマッシュ。
「マッシュ、貴方がエドガーのボディガードなら私の負けは決ったものだな」
セリスは肩を竦めて冗談を言った。
「さて、これだけの腕のある人数が揃ったところだ。こちらも有利じゃろう。急ごう、今にも帝国が攻めてくる…」とリターナーの指導者バナン。
「幻獣は谷の上に移した」
ナルシェの長老の言葉である。
「よしっ! そこで氷づけの幻獣を死守するぞ! 行くぞ皆!」
エドガーの号令と共に一向はナルシェの奥へと向かった。