3 コーリンゲンの村に到着した一行は村人にティナの情報を聞きまわる。どうやら、ティナはここよりさらに南の方角へと飛んでいったらしい。次の目的地を決めた四人だったが、とある屋敷の前に立ったロックの様子が変だった。
「俺は……俺はあいつを守ってやれなかった……」
ロックは微かにそう呟いた。そしてロックは沈黙する。
セリスとマッシュは怪訝な表情であったが、エドガーにはロックが過去の記憶を辿っていた事を知る。
「……ここも…俺が離れている間に帝国の襲撃にあって………俺は、あいつを……!」
ロックは駆け出した。
「ロック!!」
後を追おうとしたセリスの肩を引き寄せ、止めるエドガー。
「ロックも過去にいろいろとあった…。暫くそっとしておいてやろう」
「………」
答えぬセリス。エドガーはそんな様子のセリスに気を止めたが、
「よし、ジドールの町へは明朝の出発としよう。各自の武器や防具の買いだしもあるだろうし、暫く自由行動としよう。明日の朝、宿屋のロビーで落ち合おう」
エドガーの提案により、三人はそこで別れる。
エドガーは宿屋の自室へと向かい、簡素なベッドに横たわる。ケフカによって負わされた傷がまだ痛むようであったのと同時に酷い疲労が襲ってきていたのである。
マッシュは装備品を整えると、修行に励む。
セリスは宿屋の中にあるパブで慣れぬアルコールを一人で嗜んでいた。周りの喧騒さえ気にも止めず一人カウンターに座っているセリス。
≪私を連れ出してくれるというのか? ありがとう…だが、この体では歩くのが精一杯だ。お前の足手まといになる……覚悟は決めている…≫
≪諦めるな…。俺が守ってやる。絶対に守ってやるから! 行くぞ≫
≪ロック…どうして私を守ると……?≫
≪……てるんだ……いや、何でもない。俺自身のためさ≫
セリスはサウスフィガロで初めてロックに出会った日の事を思い出していた。ほんの数日前である。
帝国の裏切り者であったセリスは潔く処刑を覚悟していた。だがそんな彼女を強く助けようとした珍しい青年。
帝国の兵士に酷い拷問を受けたセリスの体力は限界であった。 そんな弱り果てたセリスを何としてもここから脱出させようとするロック。
“守る、守ってやる”セリスは初めてこんな言葉を耳にした。
そして親身になって気遣ってくれる人。
少女の頃から帝国のエリート兵士として期待されていたセリス。男達の中で自身の女としての感情をも捨て去り、エリート兵士として与えられた任務をこなしていたセリス。
セリスは目の前のグラスを飲み干すとパブを後にした。
外へ出てみると、夕日がこの村をほんのりと赤く染めている。海に近いこの村の空気はかすかに海岸の潮を思わせる。
セリスは武器や防具を買い揃え、宛てもなく村を散歩した。
1、2時間ほどは仮眠したであろうか? エドガーは起きあがって窓の外に目をやる。
夕日がエドガーの金色の髪を橙色に染めた。
机の上に無造作に置かれてある書類の束。フィガロ城を出る時に、持ち出していた書類。
エドガーは旅を続けようとも、フィガロの国王である。国王としての職務は逃れられなかった。
小さく溜息をつくエドガー。その書類を手に取ってみたが、いつになく集中できぬ様子であった。
エドガーは鏡の前に立ち、髪と服装を整えると気分転換に外出する。
セリスは北東の屋敷へ入るロックを見つけると、無意識に彼の後を追っていた。あまり手入れの行き届いていない古い屋敷。黴臭いにおいがセリスの鼻を突いた。
地下への階段を降りようとした時、下から話し声が聞こえてくる。
「おお、ロックかい? 久し振りだ! 久し振りだ! ほれ、心配しなさんな。あんたの宝物は大事に大事にとってありますよ…けっけっけっ」
何やら妖しい老人の話し声だ。
「偶然にできた薬で、あんたの大事な人の亡骸はこのま〜んまの姿で、永遠に永遠に保存されるとはな、我ながらじょうできでっせ。けっけっけっ」
「もし、さ迷える魂を呼び戻すことができるのならば……」
とロックの声だ。
「おぉ、まだ見つかってないのかい。魂を呼び戻すという、幻の秘宝じゃな。それさえあれば、生き返るかもしれないからね。けーけっけっけっ!!」
「俺は…守ってやれなかった……。必ずその秘宝を探してやるぜ。おやっさん、その時まで頼むぜ」
「ほいな」
足音が階段を昇る音がする。セリスは咄嗟に物陰に隠れる。
「レイチェル……」ロックはそう呟くと屋敷を出ていった。
セリスは地下の階段へと戻る。階下にいた妖しげな老人の気配もなさそうだ。そのまま階段を降りていった。
視界に入ったものは、何と若い女性がベッドに横たわっている。先ほど盗み聞きをした会話からこの女性がすでに亡き人だと知るセリスであったが、
驚きを隠せない。若い女性はまるで眠っているようであった。髪も皮膚も生きている人と何ら変わりがない。ただ息をしていないだけである。
「ロック……」
セリスは自身でもわからぬ感情に溜息をつき、屋敷をでた。
「セリス!」
突然呼び止められたセリスはぴくっと驚く。
「!!」
振り向くと長身のエドガーが立っていた。
「エドガー…驚かすんじゃない」
「別に驚かしてなんかないさ。君の姿が見えたから声をかけただけだ。それともここで呼び止められて驚くような、何かやましいことでもしていたのか?」
図星をつかれたセリスは口を閉ざす。
「……ロックの姿が見えたから……声をかけようとしたら、何やら深刻な様子でこの屋敷に入っていって。ついついこそ泥のように後をつけてしまったのだ」
エドガーの目に映るセリスはいつもの彼女ではなかった。
「セリス、海を見にいかないか? ここの村からすぐのところにある」
「……? エドガー?」
外はすっかり日が落ちていて空には小さな星々が輝いている。
「まぁ、いいから…ついておいで。ここから見る星よりも綺麗だよ」
エドガーは歩き出した。
「エドガー!」
セリスは慌ててエドガーの後を追う。
黒い海は真正面の大きな黄色い月の光を受け、時折きらきらと波の動きにあわせて輝いている。空には小さなガラスのかけらが無数に散らばっていた。
二人は砂浜に腰を下ろし、何も言わずにそれらを眺める。波の音が心地よく、潮を含んだ風が二人の長い髪を揺らす。
「月が…綺麗だ」
セリスの言葉にほんの少し微笑するエドガー。
「何が可笑しい!」
「いや…セリスもやはり女の子なんだな。少し前なら『月が綺麗』だなんて、帝国のエリート将軍の口から突いて出てくるとは思えなかったからね」
「からかうな…」
セリスは珍しく覇気のない調子でエドガーをかわす。
「砂漠で育った俺は、この辺りが好きでね。生前の父がこちらの地方へ出向く事がある時は必ずせがんで連れてきてもらったものだった。
大人になって城を自由に動かせるようになった頃にもよくここへ来たものだ。こうして夜の海を波の音を聞きながら眺めているととても穏やかな気持ちになれるんだ」
「……ロックとは付き合いが長いのか?」
セリスは三角座りの膝の上に顎を置いたまま、エドガーの顔を見ずに問う。
エドガーは静かにセリスを見る。
「……そうだよ」
「ロックが…ロックが守ってあげられなかった人は帝国のせいで死んだのか?」
「…知りたいのか?」
「別に……」
セリスは態勢を崩さず、遠くの波を見詰めている。波の音が小さく、そして大きく繰り返す。エドガーもセリスと同じ遠くの波に目線をやる。
「ロックの不注意による事故で彼女が記憶喪失になってね。ロックの献身的な行為も虚しく彼女の両親に疎まれ、この村を去るしかなかった。
それから1年後、ロックがここを訪れた時には、帝国からの襲撃の被害にあった彼女は既にこの世を去っていたんだ。
彼女を知る者の話によると、死ぬ直前に記憶が戻って、ロックの名を呼んでいたらしい」
セリスは何も言わない。
「……ロックの想い出の人さ。もう過ぎ去った……」
「エドガーにもそういう人はいるのか?」
セリスは顔をあげてエドガーの横顔を見る。
「俺の事を聞いてどうするんだ? ロックの事が聞きたかったんだろ?」
「エドガーはたくさんありすぎて、どれがどれだったか混乱しそうだな」
セリスはくすっと笑う。
エドガーは小さく溜息をついて
「それはひどいな。俺にだってちゃんと想い出の人はいるさ」と肩を竦めて言う。
「もし、できるのなら、その人を生き返らせたいと思うか?」
「!?」
エドガーはセリスの言っている意味は解らぬ様子である。
「ロックはあそこの屋敷の地下にその想い出の人を大事に安置してあるぞ」
「何だって!!」
エドガーは驚倒したかのような声を出した。
宿屋へ戻り、セリスと別れたエドガーはロックの部屋を訪ねる。
「エドガー? どうしたんだよ」
眠そうなロックはエドガーを迎える。
「お前…まだ、レイチェルのことを…」
ロックはそれには答えず簡素なベッドに腰を降ろして、エドガーに椅子に座るよう促した。
エドガーはそれに応じず、尚もロックに近寄る。
「そればかりか、屋敷の地下に遺体を保管してあるそうだな!」
「!! 何で…それを?!」
「………偶然見つけた……」
エドガーは敢えてセリスから聞いた事を伏せる。
「どうするんだよ。伝説の秘宝とやらを見つけ出して、彼女を生き返らせるつもりなのか?」
ロックはエドガーから顔を背ける。
「エドガー、色男のお前なら、一つや二つ…いやお前なら多数あるかもな…そんな大切な人がいただろうと思うけど、その想い人を無念のかたちで失ってしまったら……どう思うか?」
エドガーは少し呆れた様子でロックを捕らえていた視線を窓の外へとやる。
「想い人を……無念のかたちで失ってしまった……もし俺にもそんな人がいたとしても、俺は決してその人を生き返らせようとはしない。それは死んだ人の意思ではないのでは? 生返らせる…それはロック、お前のエゴだ。生返らせて何になる?」
ロックは首を左右に激しくふった。
「わからない…わからないけど…俺は…俺の所為であいつを守ってやれなかったことが、それだけが心残りで……あいつに謝りたくて…」
「それだけか?」
「!?」
エドガーは再びロックに視線を戻す。
「セリスはレイチェルの変わりなのか?」
「エドガー?!」
ロックは驚いてエドガーの蒼い真摯の瞳を射抜く。
「……初めてセリスに会った時は……似てると思った…けれど、今は、多分、違う」
「……似ている……か」
エドガーは自身に問い掛けるように自嘲した。
「セリス自身を見ているというのか?」
小さく頷くロック。
「じゃぁ、何故、何故レイチェルを!」
次第にエドガーの声が大きくなる。
「お前の言う秘宝とやらが手に入って、もしレイチェルが生返ったら、どうするんだ!? セリスの気持ちはどうなるんだ?!」
ロックはエドガーの眼差しから逃れようと床に視線を落とす。
エドガーはロックの襟元につかみかかる。
「ロック!!!」
苦しそうにエドガーを見上げるロック。
突如、隣室のマッシュが隣の部屋の喧騒に気を咎め、ロックの部屋へとやってきた。
「兄貴!!」
エドガーは弟マッシュの姿を捉えて、ロックを掴んでいた手を離した。
「……セリスは…お前のことを……。セリス自身を見てやれよ」
「エドガー? お前……?!」
「兄貴……!」
エドガーは静かに踵を返してロックの部屋を去った。
ゾゾでティナを発見した。だが、ティナはまるで幻獣のような姿で意識は朦朧とし、怯えていた。
ティナを見守る中、四人はラムウという幻獣から、衝撃的な事実を聞く。ガストラ帝国の魔導研究所のことも。
セリスは心が痛かった。自身はその幻獣達によって人工的に魔導の力を持っている。複雑な気持ちになっていた。
一行は魔導研究所へ行くことを決める。そこへ行けば何らかの手がかりをつかみ、ティナを助けてやれると信じて。
ナルシェにいたメンバーもここへ集結していた。
「帝国が幻獣から魔導の力を……」
エドガーは説明する。
「本当なのか? セリス」
驚くマッシュ。
セリスは止まり、うな垂れた。
「私達は眠らされたまま魔導の力を注入されたのではっきりとは覚えていない。でも、そういう噂は聞いた事がある……だが、そんな事実の上に私にこの力があったとは……」
セリスはひどく傷ついていた。
「セリスは解らなかった事だ。そう自分を攻めるんじゃない。それよりも、先に進む事が大切だろう。どうして、幻獣から力を取り出して人工的な魔導戦士を作りだしたか。
また、そんな事をするガストラ帝国…これ以上、セリスや、また幻獣の被害を出さないように、止めるのが我々の役目だ」
エドガーはセリスの肩にそっと手を置いてそう言った。
「そうだな。行って確かめなければならぬ。私が帝国に行きます。帝国内部の情報は詳しいから」
セリスは意を決したように言う。
「何なら、俺もついていくぜ!」
と背後から、ロックの声。
「俺も行く、マッシュ行くだろう?」
とエドガー。
「おうよ! 当ったりめぇよ! 帝国は許さねぇからな!! 親父の仇を取らねばな!!」
マッシュもそれに応じる。
一同はとりあえず、ジドールの町を目指す事に決めた。
「ロック、何故私と一緒に帝国へ行くと…」
セリスはロックの後を追って問う。
「ん? 探している宝の事もあるしな…」
「宝……?!」
セリスはコーリンゲン地方の海岸で聞いたエドガーの話を思い出していた。
ロックはそれを知らない。
「世界一のトレジャーハンターの俺は、どんなときでも宝探しは欠かさないって事だよ。それに帝国にも恨みがあるから、どんな所かこの目でしっかり確かめておきたいってのもあるしな」
「………そう」
セリスはそっけなく答えた。
セリスが顔をあげ、その視線を辿ると、蒼い瞳のエドガーが自分を捉えていたことに気づく。
エドガーはセリス自身の複雑な想いに揺れ動く彼女を遠くで、温かく見守ってやりたかったのである。
一瞬エドガーと絡み合った視線、セリスは素早くその瞳を反らす。エドガーのあの透き通るような蒼い瞳には何でも見透かされているようで、恥ずかしくなった。
「じゃ、行こうか! カイエン、ガウ、ナルシェをしっかり頼んだぞ。必ず無事に戻ってくるからな」
エドガーはカイエン達に頼む。
「エドガー殿、心配なさるな。こちらはしっかりと拙者におまかせ下さい。それより、エドガー殿の体が心配でござる。ケフカにあんな仕打ちを受けてまだ、それほど経ってないでござるよ。無理をなさらずに」
カイエンはいつになく優しい。
「大丈夫だ! 兄貴には俺がいるさ!」
と頼もしいマッシュであった。
「うむ、ありがとう、カイエン。俺は大丈夫だ。セリス、行こうか!」
「ええ、無理をせずにな、エドガー」
こうして、四人はひとまず、ジドールの町へ戻る事にした。