〜 4 〜

 

「もっと弾幕張れ! 弾を惜しむな、全てここで使い果たすくらいでないと、半時間も保たんぞ!!」

 ギムレットの怒号が飛ぶ。

 前後左右、何処を向いても敵ばかり。

敵地のど真ん中に等しい戦場で、エスタールは必死の応戦を続けていた。

 ギムレットの命令どおり、エスタールからは主砲、副砲、機銃の全てが火を吹き続ける。

搭載されているシップも、全て出撃していた。

 しかし届けられる報告は、劣勢を知らせるものばかり。

「シャルトリューズ被弾! このままでは墜ちますっ!!」

「自力で着艦させろ!」

「左舷副砲付近に着弾、副砲使用不能!!」

「5分以内に直せ!」

 令を下しながら、自分でも無茶を言ってるな、と思う。

 しかし、この作戦自体が無茶を通り越して無謀な話なのだ。

そして皆、それを知りながらもやり通そうというだけの意気込みは持っている。

 だからこそ、限界を超える要求も出すし、皆それに応えようと頑張るのだ。

 だがそれだけでは活路は見えてこない。

「スプモーニ、突破出来そうな処は無いのか!?」

 航空士のスプモーニは空図とレーダーを交互に睨んでいたが、

「ダメです、前方の敵戦力は、ほぼ均等に展開!」

どうしても敵の陣容に穴が見つからなかった。

「くっ…このままでは首都に少しも近付けん…」

 ギムレットは、もう位置が特定できないくらい遙か先に進んでいったカインが心配だった。

如何にカインでも、一人では首都まで辿り着けるとは思えない。

「満身創痍のこの艦に、どれほどのことが出来るかは分らんが…」

 僅かでも助けになりたい、そう思うのである。

それには、異世界人であるカインをこの戦いに巻き込んでしまったという

後ろめたさも含まれていたかもしれない。

 だが…今はそれ以上の想いがある。ただ純粋に、『仲間』だという想いが。

「なればこそ、進まなくてはならない!」

 その時、艦がまるで生きて身震いしたかのような振動が伝わった。

「な、なんだ!?」

「重力子エンジンの出力が急激に上昇してます!」

 カプリの報告に、すぐさま手元のパネルを確認する。

「出力126%?これは一体…」

「…魔力炉だっ」

 艦全体のエネルギーの流れを確認していたリッキーが、答えを見つけ出す。

「艦中心の簡易魔力炉から、エネルギーが来てるよ!」

「魔力炉? 魔力源も無いのにか?」

《魔力源ならあるぜ!!》

 突然、ブリッジのメインスクリーン一杯に、子供の顔が映し出された。

「パ、パロム君!?」

《私もいます〜》

「ポロム君も!…君たち、どこにいるんだ?」

 と、子供二人がスクリーンから消え、女性士官が現れる。

《魔力炉から回線を繋いでます。》

「アンシャンテまで…何をやってるんだ?」

《ごめんなさい、この子達がどうしても役に立ちたいと言うものだから…》

《オイラ達が、魔力源になってるんだ!》

《前の戦いでルシアンさんから魔力をたくさん貰いましたから。》

 エスタールの魔力炉は、重力子エンジンを補佐する、あくまで簡易的なものだ。

しかしそれは、自然界に散らばる僅かな魔力をかき集めた程度でさえ、

並の艦を大幅に上回る出力を発揮する。

 故に、子供とはいえ魔道士二人分の力を吸収すれば、

そこに生み出される力は計り知れなかった。

 パロム達は先の戦いでルシアンが発揮した魔力が、如何にエスタールの力を上げたかを知っていた。

あの瞬間、彼女が自分達の魔力も回復させてくれたからだ。

 そこから自分達の魔力も役立つのでは、と思いついて技師のアンシャンテに相談したのだ。

「しかし、それでは彼らの負担が大きすぎる!」

《艦長、解ってあげてください…二人の想いを。》

 アンシャンテとて、戦いのために子供に負担をかけるのは本意では無い。

だが、彼女には、彼らの気持ちが痛いほどよく解ったのだ。これ以上仲間を失いたくない…

 再び映像が子供達に切り替わる。

《遠慮なく使ってくれよ、オイラのすんごい力!》

 魔力の光に包まれ、額に玉の汗を浮かべながらも、パロムは笑みを浮かべて言った。

《少しでも皆さんの力になれれば、本望です!》

 同じく、疲労を隠すようにポロムも笑顔で続ける。

 それが余計にギムレットの心を痛めた。

しかしそれ以上に…彼らの強い心意気に打たれた。

 彼らは既に戦士。立派なエスタールの一員である。ならばその申し出を無下に断ることが出来ようか?

「……判った。すまんが、君らの力を借りるぞ!」

《任せとけ!》

《任せてください!》

 二人の言葉が重なると、ギムレットは決意の表情で頷いた。

「重力子フィールド展開! 同時にメインブースト最大出力!」

「了解!」

 ブリッジの面々は直ぐさま各々の作業に取り掛かる。

 数秒後、エスタールは陽炎に包まれた。そしてそのまま全速で前進する。

「何!?」

 セントラ守備艦隊は呆気にとられた。

まるでエスタールが自爆しに艦隊に突っ込むかのように思えたのである。

「怯むな、撃て!!」

 だが、全ての攻撃はエスタールの目前で大きく軌道を変え、狙いから逸れていく。

 艦を包む陽炎…重力子フィールドに阻まれているのだ。

「ば、馬鹿な…こんな強力なフィールドが存在するのか!?」

 セントラ艦隊は甘く見ていた。

天才科学者モスコーとカルーアが遺した、エスタールとその魔力炉の力を。

 そしてセントラ艦隊は知らなかった。

嘗て世界を救う戦いに参加し、見事勝利した二人の天才魔道士が、敵艦に乗っていたことを。

 セントラの飛空艦の海を割くようにして、エスタールは首都目掛け進んでいった。

 

 その空は、軍の色に染まっていた。

そう思える程の…エスタールの周り以上の、数え切れない飛空艦が展開していたのだ。

 それらが一斉に、彼に向けて砲を放つ。

 その銃弾の嵐に、カインは自ら突っ込んでいく。

「こんな程度でッ!」

 それは端から見れば、死にに行くような光景だった。

けれども彼は、決して死ぬわけにはいかない。そう、彼女を救うまでは。

 その想いが、彼にかつてない程の力を発揮させていた。

 主砲は、疾風の速度で悉く避ける。

 機関銃弾は、彼の闘気の前に全て弾かれ、四散する。

 そして彼の進行方向に‘居てしまった’艇は、彼がその空間を通り過ぎると同時に沈んでいった。

 鬼気迫る、とはこのことだ。

「………見えた!!」

 飛空艇の渦を掻き分け進み続けるカインは、

その先に一瞬、以前一度だけ見たことのある、天にもとどくかのような高層の塔を視認した。

 セントラの中心、セントラル・タワー。軍事、政治の全てが集まる場所。

そしてそこには、魔学研究所もある。

「あそこに、ルシィが!」

居るはずなのだ。そしてカインの感覚は、確実にルシアンを感じていた。

 存在の感覚が明確になったことにより、カインはより一層の焦りを持つ。

更に焦燥を掻き立てるかのように、目の前に群がり立ち塞がる飛空艇団。

「どけッ!」

 カインは無造作に槍を振り、前進の道を作ろうとする。

だが、敵も必死だ。首都は死守しなくてはならない。全勢力を持って、攻撃してくる。

 カインは再び、空中で立ち往生する羽目になる。

「こ、のッ…」

 業を煮やしたカインは、己の闘気を最大限に集中する。

蒼い光が全身から滲み出し、炎となって彼を包み込んだ。

「ドラグーン・シェルッ!!」

叫びと共に、闘気は無数の小さな刃…竜の鱗の形となって、彼を中心に四方八方へと飛ぶ。

 闘気の鱗はその鋭刃で、周辺の艇を次々と墜とす。

「…開いた!」

 瞬間に出来た隙に、カインは一気に前へと飛び出す。

その速度は閃光の如し。彼は、そのまま首都に接近していく。

「もう少し、もう少しで…!」

 今度は、はっきりと塔が見えた。眼下には広大な街並みも広がり始めている。

「ルシィ、今そこへ……何!?」

 カインは突然に、前方から強力な威圧を感じた。

と、同時に、タワーの後ろから、掠めるようにして現れる巨大な影。それも、二つ。

「…お、大きい…なんだ、飛空艇!?」

 カインの目前に突如現れたのは、確かにセントラの飛空艦だった。

しかし、その大きさが尋常ではない。

キャッスル級の中でも最大級を誇るエスタール、その更に一回りも二回りも大きいのだ。

 二艦の形状は殆ど同一だが、前方の艦は金色で、後方のは銀の装甲だった。

 カインはそこから、凄まじい圧迫を感じていたのだ。

「これは、艇そのものから受ける感じか?……いや、もっと人為的な…」

 動悸が高まるのを感じる。カインは、いつの間にか空中で静止していた。

「…知っている……俺はこの感じを知っている!!」

そう叫ぶのと、自分に迫る幾筋ものビームを視覚するのと、ほぼ同時だった。

 前方の金色の艦が、カインに向けて無数の砲を放ったのだ。

「ぐっ!?」

 さすがのカインも、シャワーのようなその閃光の前に、全てをかわしきるのは不可能。

咄嗟に槍を盾に変え、受け止める。

「う、うおおおおぉぉッ」

 ビームの雨は容赦なく、カインをそのまま弾き飛ばした。

吹き飛ばされ、薄軽い木の葉のようにクルクルと空を回るカイン。

 しかし、そう簡単にやられるカインではない。

何回転かの後、空中で素早く体勢を立て直す。

 そして、艦の方を見やる。だが、睨んだのは自分を撃った金色ではなく、その後ろの艦だ。

「……あれだ! 間違いない、あれに、ヤツがいる!!」

 

「ふむ、さすが最終防衛要塞の“ソドム”ですね。

主砲副砲、合わせて13門のビーム砲は伊達ではないらしい。

近・中距離用も含めれば、何十にもおよびましょうか…」

 後方の銀色の艦…“ゴモラ”のブリッジで、

指揮官の座に着いたアドニスはスクリーンを眺めながらフッと微笑んだ。

 このブリッジに来てまで白衣のままなのが、なんとも彼らしい。

「しかし、その攻撃をまともに受けて無事でいられるカイン君の方が、

もっと凄いと言えるかもしれませんけどね。」

 そう言って、嬉しそうに笑う。首都にまで接近されながら、未だ余裕である。

 超重甲型キャッスル級“ソドム”と“ゴモラ”。

ある者は、キャッスルを超えた「フォートレス級」である、とまで言う。

 その攻撃力、装甲は他の艦とは桁違いで、まさしく空飛ぶ要塞である。

二艦の形状は殆ど同じで、性能も近しいのだが、役割分担の為多少の差違がある。

 “ソドム”は、アドニスの言うように、首都の最後の守りとなるべく建造された。

その為、攻撃力・防御力が非常に高い。

主武装も、ビーム兵器をふんだんに使っている。敵の攻撃に耐える為、装甲もかなり厚い。

 対して“ゴモラ”は、前線拠点となるための艦だ。

あらゆる状況に対応できるようにと、エネルギー消費を抑えるため、実弾兵装が多い。

ビーム兵器は“ソドム”の半数程度だ。

また、装甲が“ソドム”より多少薄く(それでも他の艦よりは遙かに頑強)、

その分、機動力の面で勝る。移動の多い前線では、足が重要なのだ。

 そういった点を加味すると、

この戦いでザルツ将軍が“ソドム”を自らの旗艦として選んだのは当然のことだろう。

この局地戦、“ソドム”の方が向いているのだ。

 それでも、もう一方の“ゴモラ”の全てを任されるということは、大変なことだ。

並の軍人なら、震え上がってしまう。歴戦の勇士だとて、緊張は禁じ得ないだろう。

 しかし、並どころか軍人でさえないはずのアドニスが、笑っている。

まるで、こうなることを予見していたかのように。

「……さすがのカイン君も、この軍勢に“ソドム”と“ゴモラ”が加わっては、

そう簡単には突破できないでしょうね。

……とはいえ、その位でカイン君が参るとも思いませんが。」

 まるで他人事のように言うアドニスに、ブリッジの軍属士官達は首を傾げる。

アドニスの余裕が理解できないのだ。

いや、彼を理解できる人間は、どこにも居ようとは思えないが。

と、ブリッジの扉が開いた。入ってきたのはティツィアーノだ。

「ん、どうしましたティツィアーノ君?」

「…………。」

「ほう、ベリーニ君がいないと。…ま、行き先は解りますよ。

多分、エルクス君に便乗したんでしょう。問題ないです。」

「…………。」

「心配なら、行っても構いませんよ?」

「…………。」

 ティツィアーノは軽く頭を下げると、終始無言のまま、ブリッジを後にした。

 アドニスはそれを見送って、また微笑む。

「それにしても…エルクス=オウン君は面白い人材でしたね。フフ…」

 そしてまた、スクリーンに向き直る。

「さて、カイン君も私に気付いたようですし、いよいよクライマックスですねぇ。」

 一瞬だけ、瞳から笑いが消えた。

 

 密集して浮かぶ飛空艇の中、艦隊も陣形も無視して最高速度で飛ぶ艇が一つ。

 明らかに他を上回る速度、ブラックメタルの装甲…魔研のハイシップだ。

 操縦するのは、ただ一人。

赤地に黒の軍服、長く美しい珊瑚色の髪、

意志の強そうな切れ長の目、碧の瞳…魔研近衛隊長、エルクス。

 その近衛隊長たるエルクスが、何故たった一人でシップを走らせているのか。

「私は…私の目的は、エスタールただ一つ!」

 エルクスは隊長就任以来、初めて命令外の行動を取った。

彼女は、彼女自身の力のみでエスタールを沈めるつもりだった。

「そうでなくては…そうでなくては私は、いつまでもアドニス様に近づけない!」

 浮かぶ焦燥。

 彼女は、魔研で『プロジェクト・アドニス』のファイルを見たことで、

アドニスからの絶望的な距離を感じた。

 しかしベリーニやティツィアーノ、そしてミモザは、自分の知らないアドニスを知っている。

付き合いの長さも遙かに違う。そして、自分より確実にアドニスに近いのだ。

 その現実を突きつけられた結果、彼女はその距離を埋める為の事柄として、

最も軍人らしい結論を出した。即ち、彼女以外の誰も出せない手柄を取ること。

誰よりもアドニスのために戦うことであった。

 それは哀しい答えなのかもしれない。

が、軍人として育った彼女には、その答えしか見いだせなかった。

 そしてそれを予測していた者が一人。

「ハハ、頑張っちゃってるねぇ♪」

 突然の呼び掛けにエルクスは驚いて振り返る。

 シート裏からひょっこり現れたのは、ベリーニだ。

「貴様、いつの間に…」

「始めっから乗ってたよ。中で寝てたんだ。

折角、キミっていう‘足’を用意したんだからさ、乗り遅れたら困るじゃない。」

 ベリーニは楽しそうにケタケタ笑う。

 それでエルクスは理解した。

「…貴様、その為に私にあのファイルを見せたんだな?」

「まぁね♪ アドさんに頼んでもさ、連れてってくんないかもしれないから。」

 エルクスの睨みにも動じず、ベリーニは隣りのシートに腰掛けた。

「ま、気にしないでよ。キミの邪魔はしないからさ。

ボクはボクの目的さえ果たせればいいんだ。」

「貴様の目的?」

「うん。…フフ、アイツらの魔力を感じる…スゴイ、スゴイ大きな魔力だ。

アレをコワせるかと思うと、ゾクゾクするよ。」

 ベリーニはまた笑ったが、それは今までとは違う、闇を含んだゾッとするような笑みだった。

「……勝手にするがいい。私は私の目的の為に動くのみだ。」

 エルクスからしても、ベリーニのすることに興味は無かった。

今は自分の…否、アドニスのことだけで頭が一杯なのだ。

 そんな自分に、心のどこかで戸惑っていた。

「私は…いつの間に、こんな風になってしまったのかな…」

 常勝の勇士エルクス=オウン少佐は、自嘲気味に笑った。

 

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