〜 3 〜 

 

 戦闘前の食堂は静まり返っていた。

 既に戦闘用非常食の配付は成されている。従って、食堂員も艦のどこかに配置されているのだろう。

そもそも、人手不足のエスタールでは、食堂専門の係はいない。

 その誰もいない筈の、静寂の食堂に佇む人影が一つ。

 リッキーだった。彼は、食堂の壁に飾られたガンブレードを見つめていた。それは、亡き父の愛器。

「父さん……僕は、父さんとは違う。

僕は僕なりのやり方で強くなろうと思うし、そうしなくちゃならないと思う。」

 彼は、僅かの間に著しく成長した。少し前の彼とは別人だ。

そして、今その成長を強い決意によって示している。

「…だけど…今だけ、父さんの強さを貸して欲しい。皆を守る意志の力を!」

 そして壁に手を伸ばし、ガンブレードを取り外した。

 ズシリと重く手に響く。だが、その重さが心強さと、安心感…偉大な父そのものを感じさせた。

 顔を上げた少年は、既に精悍な戦士の一面を備えていた。

「ルシィ……必ず助ける!」

 しかし彼は、何も直接戦士として闘おうというのではない。

彼の出来る、彼の最も役に立つ、最善の役割を果たそうとしているのだ。

 それを知ったこと自体が、大きな飛躍だった。

 リッキーはガンブレードを腰に差すと、ブリッジへと走りだした。

 

 艦員が作業のために忙しく行き来する艦内の通路を、ウォルナッツは行く道も定まらずに駆けていた。

「ウォル、何やってんだ、この非常時に!」

 大きな荷物を抱えながら歩いてきたメカマンが、すれ違うウォルナッツを見咎めた。

「悪い、すぐ戻るから!」

 そう答えながらも、駆ける足は止まらない。

彼が走るのは、人を探している為だ。

「一体、どこに行っちまったんだ?………あッ、いた!」

 ウォルナッツは、通路を曲がりかけた瞬間に、曲がる以前の道の先に走る‘彼女’を見留めた。

 急に止まった際に崩れた体勢を慌てて立て直して、追いかける。

「おーい、ちょっと待ってくれー!!」

 その呼び声に、‘彼女’は直ぐに気付いて振り返った。

 両の腰にシミターを下げた、赤髪の剣士…クラーレットである。

ウォルナッツは彼女の元へ息せき切って駆け寄った。

「…どうした?」

 腰を折ってゼイゼイと息を荒げるウォルナッツを見て、不思議そうに声をかける。

「お前を捜してたんだよ、部屋にもいなかったし…」

 漸く息を整えて、クラーレットを見上げると、彼女はいつもの冷静な様子に見えた。

「……もう、大丈夫なのか?」

 思わず、聞く。

それが、ガフのことを示唆していることは、クラーレットにも当然解る。

「…いつまでも、鬱ぎ込んでもいられないからな。

私は、戦わなくてはならない。死んでいった者達の想いに報いる為にも!」

 そう決意の瞳を見せるクラーレットだったが、ウォルナッツにはそれが危険に見えた。

気力を取り戻したのはいいが、復讐を生きる糧にしては、自分の命も顧みなくなってしまう。

ネガティブな生に思えた。

「それより、用はなんだ?」

 そんなウォルナッツの思いを知ってか知らずか、クラーレットは話題を変えた。

「あ、ああ…これを渡そうと思ってな。」

 ウォルナッツは背負った鞄から、二本の棍を取り出した。

「これは、ガフの…」

 万能棍『夢幻』。ウォルナッツ開発の、ガフの専用武器である。

「これを、私に?」

「ああ。俺が持っていても宝の持ち腐れだしな。それに…多分アイツも、お前に持ってて欲しいと思う。」

 そう言ってウォルナッツは、クラーレットの手に無理矢理『夢幻』を持たせた。

「な、持っててくれよ。もしかしたら、アイツが守ってくれるかもしれないし、な。」

努めて明るく、片目を瞑ってみせる。

「……解った、預かっておこう。」

 クラーレットは了解して、腰の後ろに棍を差し込んだ。

「それじゃあ、私は持ち場にいく。」

 そのまますぐ、振り返ろうとする。

 その機敏な動作が、ふと、生き急ぐ様を連想させた。

「クラレ!」

 思わず、声が出る。

「…なんだ?」

 呼び止められ、クレーレットは再び向き直った。

 ウォルナッツは呼び止めた自分自身にどぎまぎしながらも、

「え、えーと、さ……戦うことばかりじゃなくてさ、戦いが終わった後、幸せに生きることも考えろよ。

ガフのヤツも、それを望んでると思うぜ。」

と、なんとか思ってることを伝えた。らしくない言葉に、多少赤面しながら。

 その姿に、クラーレットはフッと笑んで、

「私は…幸せになるには、人を斬りすぎたわ……。」

呟くようにそれだけ言うと、踵を返して走り出した。

 その後ろ姿を、呆然と見つめるウォルナッツ。

「……ガフのヤツ……死んじまうのは反則だぜ。…絶対、敵わねぇじゃねぇか。」

 段々と小さくなるクラーレットは、やがて通路の角に消えた。

 それが、クラーレットの言動と共に、何か不安を掻き立てた…

 

 ブリッジのギムレットは、キャプテンシート付属のマイクを握り、立ち上がっていた。

戦闘前に、どうしても全艦内に放送しなくてはならないことがあったのだ。

『まもなく、本艦はセントラ大陸に入る。だが、その前に皆に言っておきたいことがある。

…はっきり言って、今度の戦い、上手くいく可能性は薄い。いや、殆どゼロと言っていいだろう。』

 通常、例え可能性が低くても、作戦前に“殆ど成功しない”等と伝える事など有り得ない。

志気に関わってくるからだ。

 しかし、それでもギムレットは言わずにはいられなかった。

『……下手をすれば、全滅するかもしれない。そんな、無謀な戦いだ。

…だから、皆にも無理強いはしない。ドックに、脱出用のシップを用意させた。

参加したくない者は、それに乗ってもらって構わない。気にするな、誰も咎めはしない。

……それぞれの意思で決めてくれ。以上だ。』

 ギムレットはスイッチを切ると、大きく息を吐いてシートに座り込んだ。

「……これで、良かったんですか?」

 左傍らのオペレーター席に着くフライアが、心配そうに声をかけた。

「ああ。俺には、皆に一緒に死んでくれとは言えないよ。…君も、脱出してくれていいんだぞ?」

 ギムレットは強いて笑顔で言った。

対して、フライアも、

「私には、オペレーターとしての任務がありますから。」

と、微笑んだ。

「自分も同じです!」

 ライトオペレーターのカプリも、多少緊張気味に声を張り上げた。

「……誰も、出ていかないと思うぜ。何たってココは皆の‘家’だからな。」

 パナシェが操舵を手にしながら、顔だけ振り返って言った。

「だから、沈めちゃならねぇ。」

「ええ、ジン少佐の想いも乗ってますしね。」

 そう続けたのはスプモーニだ。何やら、拳銃の手入れをしている。

「スプモーニ、そいつは…」

 ギムレットの問いに、スプモーニは笑って、

「もう、憎まれ役はたくさんですからね。これからは、自分に正直に生きますよ。」

と、縁無しの眼鏡を上げた。

 ブリッジのどの顔を見ても、悲壮感は無い。いや、ブリッジのみならず、艦員の全てがそうだろう。

 ギムレットは感動に似たような心持ちで、シートに深く身を沈めた。

「やれやれ、死ぬかも知れないってときに、元気な奴らだ。」

 笑って悪態をついた瞬間、ブリッジの入り口が開く

「遅くなりましたッ!!」

と、飛び込んできたのはリッキーだ。

「一番元気なヤツを忘れてたな。」

 ギムレットが苦笑すると、ブリッジの全員が声を上げて笑った。

リッキーは訳も分からず、ただぽかんとするのみだった。

 ―20分程後、エスタールはセントラ大陸に突入した。それ以前に出撃したシップはゼロだった。

 

「オオオオオッ!!」

 カインの気力が叫びと共に繰り出される。

 一気に数百メートル超にまで伸びた槍が、シップ数艇を串刺しにした。

巻き起こる爆炎。その向こうから、続けざまに飛空艇が飛び出してくる。

「邪・魔、だぁぁぁぁ!!」

 身体から闘気が迸り、蒼い火花となって飛空艇を弾き飛ばした。

 その隙にカインは空を翔け、包囲網を突破しようとする。

だが、上昇した途端に、幾筋ものビームがカインを襲った。後方にいたフォルト艦だ。

「チッ!」

 竜人の凄まじい旋回能力は、それらの尽くを紙一重でかわす。

そのカインの後ろから、バルカンの砲火が雨のように迫る。新手のシップ。

「…いい加減にッ」

 カインは伸長する槍を振って、艇を叩き潰した。

 それでも、敵は続けざまに攻撃を仕掛けてくる。

「く…なんて数だ!」

 カインが幾ら墜としても、敵は減るどころか、逆にどんどんと増えているようだった。

それもそのはず、セントラ軍の中でも最大の兵力を誇る首都周辺軍が、ほぼ全て集結してきているのだ。

 逆に言えば、カインがそれだけ首都に近づけているということだが、

先程からの猛攻で、殆ど前に進めなくなってしまっていた。

 それでも、カインは前へ進もうとする。その強烈な意思は、そのまま威力となって表れた。

「くおおおおおっ!!」

 カインの闘気が漲り、身体を包む蒼い光が竜の首を形成する。

 同時にブレイブブレイドは、青銀の牙となって左腕を覆う。

「ドラグーーーーン・グングニルッ!!」

 竜人カインの最強技、オーラを纏った空での突進ジャンプ。それによって、強行突破を謀ったのだ。

 蒼き竜の進む先は、全てその口に飲み込まれる。

こうなっては、数も無力だ。

「一気に…行くッ!!」

 目指すは首都のみ。そのままで進めば、カインを止められるものは何も無い。

……彼以外は。

「そう簡単に行かせるかよッ!」

「何!?」

 遙か上空から黒い矢が、竜目掛けて降ってきた。

  ジャキィィィィィィィィィィィィィィンッ

 カインは咄嗟に、牙でそれを受け止める。刃のぶつかり合う音と共に、

闘気と闘気の衝突で、辺りに激しい干渉波が飛び散った。

 カインの眼が捉えたのは、想像どおりの人物。

「やはりお前か、キール!」

「待ってたぜ、カインッ!」

 二人は一閃と共に離れ、距離をとる。

と、見えた瞬間には、二人同時に突進していた。

「決着をつけてやるぞ、カイーーーーーーン!!」

「こんなところでやられはしないッ!!」

 初めて出会った時から、彼らは闘っていた。

それは互いに竜人、魔人となってまで続き、更には互いに大切な者の命まで奪い合う結果となった。

 それでも…否、だからこそか、彼らは闘い続ける。

 恨み、憎しみ? それとも、既にそれらを凌駕した境地であるのか。

「お前は俺の前に立ち塞がる壁だ! 道を塞ぐ壁は砕く!!」

「闘いだけでしか解決できないのかッ!」

 渾身の一撃同士が重なり、二人は跳ね飛ばされる。

キールは直ぐさま体勢を立て直し、剣に気合いを込める。

 黒い闘気の塊、デス・ブリンガー。

「貴様も、同じだと言ったろ? 力で全てを決める!」

続けざまに放たれた三発の黒弾は、真っ直ぐにカインを狙う。

「全てじゃない! 目に見える力より、強い意思が在る!!」

 カインは槍でデス・ブリンガーを弾きながら、一気にキールへと詰め寄る。

 キールは、その様を見て的確に

「その意思も力の源だと言ったのは、貴様自身だ!」

剣を振り、カインが懐に飛び込んでくるのを牽制する。

「意思は…心は闘う力にもなるが、それ以上のものがあることが、何故解らないッ!?」

 カインは間を取られた分を、槍を伸ばしてカバーする。

 しかし、キールもそれを巧みに受け流した。

「解るさ! だからこそ、俺は力を欲するんだ! 貴様を倒す力を! 

そうでなくては…お前を倒さなくては、俺はッ!!」

 そして叫びとともに、キールの波動が全身から激しく溢れ出す。

「…キール? お前…」

 カインはその時、キールの中に今までとは明らかに違う想いを感じた。

「お前を倒すことで、俺は俺自身を解き放つ!!」

 キールのオーラが、キールごとを黒い矢に変える。

「ダーク・ロワイヤル!!!」

 そのままカインに突っ込もうとしたまさにその瞬間。

 二人の間に、煙を上げたフォルト艦が割って入った。

「なに!?」

「チッ!」

 火を吹き、沈みゆく飛空艦に危険を感じたカインは、咄嗟に飛翔して離れた。

 だがキールは止まれず、そのまま艦へと突進してしまう。

既に轟沈必至だったその艦は、キールの一撃でとどめを刺された格好となり、轟音を響かせながら爆発した。

「…今のは!?」

 上空に逃れたカインは、フォルト艦の流れてきた方向を見やる。

その先には、無数の敵艦と共に、見慣れた巨大飛空艦があった。

「エスタール!?…今のはエスタールの砲が沈めたのか?」

と、エスタールから青い信号弾が上がる。

「‘ここは任せろ’、か。…すまない、皆…」

 カインは前に向き直ると、首都目指して再び空を駆った。

「皆の為にも、必ずルシィは救い出す!!」

 一方、艦の爆発に巻き込まれたキールだが、勿論その程度ではやられる筈もない。

だが、その間にカインを見失うこととなった。

「くそ、カインめ…逃がすかよ!!」

 キールは辺りを見渡すと、即座に首都の方向にカインの感覚を捉え、すぐに追って飛ぶ。

 彼にとって、反乱軍の母艦すら、もはやどうでもよかった。

 狙うは、カインただ一人。

「見てろドール! 俺は、絶対カインを倒してみせる!!」

 彼も、譲れないものを背負っているのだ。

 

「追って!」

 上空で待機していたハイシップは、ミモザの叫びとともに一気に加速した。

その凄まじい速度をもってしても、キールを追うのは容易ではない。

「もっとスピード出ないの!?」

 悲鳴のようなミモザの声に対し、

「これが限界です!」

操縦員も必死に操縦桿を握りながら、応える。

「急いで、このままじゃ…」

 近距離レーダーからキールが消える。ミモザは焦った。

 今、キールから離れるとよくないことが…取り返しのつかないことが起こりそうな、そんな気さえした。

 彼を、失いたくない…そう思った。

と、同時によぎる自己嫌悪。

 自分は新たな居場所を求めているだけなのかもしれない…そうも思えた。

「私……嫌な女、ね。」

 自嘲気味な彼女の呟きを、聞いたものはいなかった。

 

 常闇の部屋。

 そこに佇む、白衣の男。

「…この空間には、微粒子のような意識の塵が降り積もってくる…」

 彼は、感じていたのだ。

「そう、全ての者達がこの地に集ってきている。時は刻まれる……」

 彼の目の前には、無数のコードに繋がれた黒い球体があった。

そして、その上の台座には、十字架。

「…全てのキーは揃った……もうすぐだよ、ヴェル。」

 磔にされ、気を失っている少女を眺めながら、

―しかし、想いに、その少女以外の別の誰かを見ながら、アドニスは笑んだ。

 

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