〜 8 〜  

 

      エスタールのブリッジでは、艦内・外を問わず損傷の報告が休み無く続いている。

      そんな目まぐるしい状況下でも、艦長は冷静でなくてはならない。

     全体に目を行き届かせる為だ。

      そう思ってギムレットは、心中で落ち着いて分析する。

      艦内に侵入を許してしまった敵兵は、なんとか動力部や艦橋への侵攻まではさせていない。

     ヨシノ達が食い止めているおかげだろう。だが、それもいつまで保つか解らない。

      出撃したシップは、即艦内に収容したものを除いて、全滅してしまった。

     突如現れた黒い悪魔の仕業だ。

      機械兵の侵攻がなくなったのは幸いだが、ギムレットが先程目撃した魔人の力から考えれば、

     エスタールも落とされかねない。一刻も早い離脱が必要だった。

      しかし、前方の空域にはジェノサイダーの艦がある。迂闊に動けば、餌食になる。

     何しろ、主砲射程も艦の速力も向こうが上なのだ。

      なら、敵の射程に入るのを覚悟の上で、突進してこちらから撃つか?

     …いや、重力子フィールドが封じられている今、それはあまりに危険過ぎた。

     「状況は…最悪だな。せめて、フィールドさえ使えれば……」

      歯軋りするギムレットだが、

     通常攻撃では重力子フィールドを封じている二機の機械装置を破壊することは不可能だということが、

     傍らにいるリッキーによって知らされている。

     近付いて破壊するにも、シップが使えない。絶体絶命の窮地だった。

      それでもリッキーはなんとか打開の方策を見つけようと、

     必死でコンピューターと格闘している。

      その姿を見れば、ギムレットも諦めるなどという感情は、打ち消されていくのだ。

     「足掻けるだけ足掻く!動けるウチはな!」

      ギムレットがそう決意するのとほとんど同時に、ブリッジにルシアンが飛び込んできた。

     「ギム、カイン君は!?」

     「ルシィ!?」

      ギムレットと共にリッキーも驚きの声を上げる。

     「ルシィ、なんで此処に?」

     「リッキー?あなたこそどうして…あ、そんなことより!」

      ルシアンはギムレットに向き直るとキャプテンシートに駆け寄る。

     「ギム、カイン君は無事!?何かあったんでしょ??」

      その問いに、ギムレットは辛そうな表情を見せた。

     ブリッジからは、甲板での状況も勿論確認出来る。だから、カインの状態も知っている。

      ギムレットの表情が曇ったのを、ルシアンは見逃さない。

     「ギム!カイン君はどうしたのよ!?」

     「彼は…魔人を抑えてくれている、が……」

      ギムレットは唇を噛む。そして、手元のモニターの一つを指し示した。

      それにかじり付いたルシアンは、映し出される光景に息を呑んだ。

     「……カイン君!」

 

     「うぐッ…」

      カインの身体は甲板の上に打ち倒された。もう何度伏したか解らない。

     纏っていた筈の鎧はもう殆ど砕け落ちていた。服も、多々切り裂かれている。

      切り傷も数え切れない程に及び、出血も少なくない。

     意識は、今にも朦朧としてくる。

     「ハハハ、いい様だなカイン!」

      霞んだ瞳に、全く無傷の魔人が映る。

     そのキールがツカツカとカインの傍らまで歩み寄り、見下ろした。

     「どうした、もう終わりか?いつもの元気はどうしたよ?」

      剣を地に刺し、腕を組んで嘲笑う。

     「く…くそ…」

     それを見上げながら、カインは全身の力を振り絞ってフラつきながらも立ち上がる。

     「それでこそカイン=ハイウィンドだ。もっと俺を楽しませてくれよ!」

      喜々とするキールを横目で睨み付け、

     「つあっ!」

      渾身の力で槍を振った。が、それは片手で軽々と受け止められた。

     「本気でやれよ。つまらないだろ?」

      そう言いながら空いている方の手で、カインの右腕を掴む。

     凄まじい力が入り、骨が軋む。

     「ぐああああ……ッ」

      苦悶の表情を浮かべるカインを、嗤い見ながらさらに力を込める。

        バキャッ

     「う、うがああああぁぁぁ!!」

      鈍い音が響き、カインが叫びを上げる。骨が折れたのだ。

     キールは漸く腕を放す。と、カインは痛みを堪え、間合いを取ろうと跳び下がる。

     「遅い!!」

      キールは一気にカインの懐まで追いつき、その身体を蹴り上げた。

     「ぐあッ!」

      カインの身体は上空へ高々と舞い上がる。恐るべき魔人の脚力。

     さらに恐るべきはその飛行速度。

     蹴り上げた次の瞬間には、空中のカインへとあっさり追いついていた。

      そして、カインの首を掴む。

     「うぐっぅ」

      キールはそのまま空中で静止し、カインは宙で吊られる格好となった。

     その身体に、拳を叩き込む。

     「ぐはッ」

     「どうした、どうしたカイン!?」

      一撃では止まない。何度も何度も殴りつける。

     「貴様はその程度なのか!えぇ!?」

      カインには、もはや力も入らない。

     「おい、どうしたよ?」

     「うぐあっ!」

      強烈な一撃がボディを襲い、カインは吐血した。

     「ああ、悪い悪い。アバラを何本かイッちまったかな?」

      キールは嗤ってカインの顔を覗き込む。その表情には既に覇気がない。

     それを見て、キールはつまらなそうに唾を吐いた。

     「……このまま貴様を殺すこともできる。至極、簡単にな。」

     「………。」

     「だが、それでは意味がない!今の貴様を倒したからといって、何が勝利か!?

     俺は、最高の力の貴様を倒さなくてはならないんだ!

     そう、ロブを殺ったときの貴様をな!!そうでなくては、ロブも、この俺も納得できん!!」

      キールはカインの身体を高々と掲げた。

     「ジャンクションしろ!そして、あの時の力を出してみろ!

     俺は、それを完膚無きまでに叩きのめしてやる!!」

      だが、カインは反応しない。

     心の奥底で、まだ何かがあの衝動を抑えている。生死の狭間に至ってまで。

     「何故だ!?何故ジャンクションしない!このまま死にたいのか!!」

      それでも、カインは呻くばかりだった。

     キールは始め、苛立ってカインを投げ出そうとしたが、寸前ではたと気付く。

     「貴様……自分の意思でジャンクション出来ないな?」

      半分当たりで半分はずれか…カインは薄れかけた意識の中でそんなことを思った。

     「ジャンクションは強い念によって成り立つ…さっきの俺がそうだった。」

      キールは暫時、何事か思案していたが、やがて顔を上げて笑んだ。

     「だったら、感情の高ぶる状況を造ればいい。そういうことだな。」

      と、キールは甲板に降り、その端の方にカインを投げやった。

     「ぐあっ」

     「そこでゆっくり見ているがいい!果たして、自分の艦が吹き飛んでも平静でいられるかな?」

     「な…に?」

      キールは甲板から自らの剣を引き抜くと、再び上昇し、エスタールを眼下に静止する。

     「はあああああああああ……」

      黒い陽炎が身体から立ち上る。暗黒闘気が高められているのだ。

     そして、剣を空に掲げた。

      その剣から黒い波動が沸き上がり、キールの真上で球形に集まっていく。

      カインは、その黒い玉がどんどん大きくなっていくのを見た。

     「あ…あいつ、まさか……」

      その予測は当たっていた。

     「や、やめろ…やめろーーッ」

      力無いカインの叫びを、キールは嘲笑う。

     「だったらジャンクションして、貴様が止めるんだな。」

      だが、一番先に行動を起こしたのはカインでもキールでもなく、エスタールだった。

     「…む?」

     キールの眼下で、エスタール中央の主砲が自分を向くのが見える。

     「小賢しい!」

      キールは頭上の球体はそのままに、剣をビームに向け、構える。

     同時に、砲から熱きビームの奔流が迸る。

      そしてその一撃が完全にキールを飲み込んだ…と思われたその瞬間。

     「きくかよぉ!!」

     キールを避けるように、ビームが二つに分かれた。

      なんとキールは、剣でビームを両断したのだ。

     「…フン。」

     光熱が過ぎ去った後、キールは何事もなく再び剣を掲げた。

 

     「馬鹿な…この至近距離で主砲が効かないというのか!?」

      ギムレットは戦慄した。もはや敵は、常識さえ凌駕している存在なのだ。

     「ギム、なんとかしてよ!」

      ルシアンが縋り付く。

     「し、しかし、主砲が通用しないのでは…」

     「だって、このままじゃ、このままじゃカイン君が!」

      取り乱すルシアンだが、それも止めたのはリッキーの一言だった。

     「違うよ、あいつの狙いはカインさんじゃない。」

     「え?」

     「この角度、あいつの向き、エネルギーの威力…狙いは、エスタールそのものだ!」

      リッキーはキーを操作しながら叫んだ。

     「な、なんだと!?」

      一同に動揺が奔る。

     だが、モニターに映し出される黒い悪魔を止める術は、何処にもなかった。

      …しかし。

     「艦長、艦の壁面に…!」

      フライアの報告は、まだ諦めていない者の存在を告げるものだった。

     「どうした?……!! あ、あいつはまさか…」

 

     「フハハハハハ、脆弱な悪め、吹き飛ぶがいい!」

      キールは巨大に膨れ上がった暗黒の塊を振り下ろす。

     「くらえ…虚無の一撃を!!」

     剣の動きに伴って、黒い大玉がエスタールに向かい落ちていく。

      その絶望的な光景に、カインは身を震わせた。

     だがその景色の中に、一人の男を見ると共に震えは止まる。

     「……ガフ!?」

      エスタールの主砲間近の装甲の上に立つ男は、紛れもなくガフだった。

     「へッ、男シャンディ=ガフ、一世一代の大見せ場だな。」

     迫る黒弾を前に、ガフは棍を構える。

      その姿に、キールも気が付いた。

     「バカめ…今更何が出来る?」

     「それをなんとかするのがヒーローってもんだろ? いくぜ、剛撃棍『鉄』!!」

      二つの棍が繋がり、一本の長い棍となる。

     「G.J.ミドガルズオルム!全開だ!!」

      ブラウンの輝きが、ガフの身体を包む。

     そして黒弾が艦に接触しようとしたその瞬間。

     「アーーーーーーーーーーース・サラウンドォッ!!!」

      ガフはその棍で黒弾を打ち据えた。

     「振動で弾くつもりか? バカめ、そんなもので俺の暗黒闘気が…む!?」

      キールは驚きを表した。艦を破壊するはずの黒弾が、寸前で止まっているのだ。

     「まさか……食い止めてるのか!!?」

     「うがおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」

      絶叫する。ガフは全ての力を振り絞り、暗黒の進撃を止めていた。

     だが、それでも徐々に圧されていく。

     「ぐぅ…まだまだァ!!」

      と、ガフの脇腹から血が流れ出す。傷が開いたのだ。

     それでも、ガフは諦めない。苦痛よりも、憤怒の表情で。

     「やらせるかよ、この船には…この船にはアイツが乗ってるんだぞ!!!」

 

     「おおおおおおおおおおおっ!!」

      ガフのその姿、その叫びに、カインは立ち上がった。

     自らの起こしうる惨劇に恐怖し抑制する感情より、もっと強い何かが沸き上がったのだ。

     「誰も、死なせるかァ!!」

      その咆吼に応えるかのように、カインの背後からルーザが現れる。

     そして双方の身体から蒼い光が噴き出し、融合していく。

     「ジャンクション!!!!」

      蒼い光は波動となって、辺りに撒き散らされた。

 

      ガフの身体は、既に装甲にめり込んでいた。

     「ぐはっ…」

      何度となく大量の血を吐く。それでも、黒弾を食い止めている。

     「弱き者のクセに…いい加減に、死んでしまえ!」

      キールが再び力を込めようとしたその刹那。

     「ドラグゥゥゥゥン・グングニル!!」

      蒼き竜が側面から黒弾に衝突する。

     「何!?」

     「おおおおおおおおおおおおッ!!」

     そして、そのまま直進して黒弾を弾いた。

      黒弾は、空の彼方へと吹き飛ばされる。

     しかし、キールにはその行方などはどうでもよかった。

     突如空に現れた、その‘存在’の方を視認する。

      そして、満足げにほくそ笑んだ。

     そこにいたのは、蒼き竜人…カイン。

     「漸く本領発揮か…待たせやがって。」

 

     「………へ、人の見せ場を横取りしやがって……う、ぐふっ」

      横たわったガフは、再び吐血した。四肢はもはやピクリとも動かせない。

     だが、表情は安堵していた。

     「…ま、役者が違うってことか……顔はオレのがイイんだがな……」

     段々と、視界が狭くなっていく。やがて、耳も聞こえなくなる。

      そんな中、ふと思い出される自分の台詞。

 

     『ったく、素直になれよな。』

 

     「……へ、まったく誰に…言って……る…ん……だか、な…………」

      瞳が、閉ざされる…。

 

     「ガフ!!」

      カインは急いでガフの元へと飛ぶ。

      傍らに着地して、もう一度名前を呼ぶ。

     だが、もうガフには返事は出来ない。

     「…すまない、俺が…俺がもっと……」

      カインはガフの両手を胸の前に合わせた。

      そして空を仰ぎ、吼える。

     「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

      その瞳の先には、浮遊する魔人がいた。

     「キーーーーーーールッ!!」

      魔人目掛け、一気に飛翔する。

     そして槍が凄まじい勢いで空を斬った。

        カシィィィィィン

     剣とぶつかり、火花が散る。

     「キール、お前はァ!」

      カインの攻撃は怒濤となって、止むことはない。

     だがキールも、同等の力で迎え撃つ。

     「仲間を殺されて悔しいか? だがな、それは俺も同じなんだよッ!!」

     「だったら何故…それを知りながら何故、お前は闘いを繰り返す!?」

     「闘うことが俺だからだ!俺が感情を吐くのは、闘いしかない!!」

        ジャキンッ

      激しい打ち合いの後、二人は距離を取る。

     「貴様も同じ筈だぜ、カイン=ハイウィンド!!」

      キールはデス・ブリンガーを三発同時に放った。

      カインはそれを悉くかわしながら、再び間合いを詰める。

     「同じだと!?…違う!俺は守る為に闘っている!!」

      刃は交錯し、二人は空中で均衡する。

     「フン、それはただの誤魔化しだな。貴様も、闘いを欲している。ただ、闘いをな。」

     「違う!!」

      カインは大きく槍を薙ぎ払う。

     キールはそれを翔てかわした。

     「…ならどうしてそんなに苛立っている?貴様自身、気付いているからだろ?」

     「違うと言っている!」

     「そうやって誤魔化し続ける限り、貴様は俺には勝てない! 

     怒り、憎悪…それらをストレートに闘いにぶつけられなくては、

     ジャンクションの真の力は発揮出来ないのだからな!!」

      キールの剣に黒い光が集中する。

     「ストレートな感情が力なら、守る心も力になるハズだ!!」

      カインの刃も、蒼き輝きに包まれた。

     二人は、同時にお互いに向かって空を駆る。

     「うおおおおおっ!!」

     「はああああぁッ!!」

      力と力は激しくぶつかり合う。

      それは、彼らの意思の衝突と同義であった。

 

     『……悪い、先に行く。…お前は当分来るなよ、な?』

     「え?」

      突然、頬に一筋の涙が流れた。

     それを感じたクラーレットは、思わず動きを止める。

     「私……哀しい? どうして?」

     だが、その感傷に浸る暇は無かった。

     「何をしてる!!」

      エルクスのサーベルが向かってくる。

     クラーレットは瞬時に意識を闘いへと取り戻し、そのサーベルを受け止めた。

      激戦の中、理由も知らない哀しみは、暫し忘れられる……。

 

 

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