〜 7 〜

 

       敵の侵入を許したエスタールの内部では、ヨシノやクラーレットのような戦士以外の者も、

      銃火器を手に戦闘を余儀なくされていた。

       そんな危険な艦内を、ルシアンは一人走る。

      「パロム君!ポロムちゃん!どこ!?」

       ルシアンは、いつも戦闘時には二人を連れて艦の最深部へ退避するように言われていた。

      無論、言われているからだけではない。

      子供の二人を守りたいと思うのは彼女自身の意志でもある。

       しかし今回彼女は、戦闘開始時にカインの部屋に居た。つまり、子供達と離れていた。

      カインが出撃してから、いつもの部屋に急いだのだが、そこに二人は居なかったのだ。

      「二人とも、一体何処に……!?」

       突如、襲う悪寒。

      それは圧迫感にも似た、凄まじい力の存在を感知した瞬間だった。

       しかもその力には激しい憎悪の念が込められている。それは、魔人の意思。

      「なに?……カイン君が、危ないの?」

       葛藤する。いや、本当はすぐにでも駆けつけたかった。

       けれどもパロム達のこともある。放っておくわけにはいかない。

       その両方の意識の末、彼女はブリッジへと駆けだした。

      そこなら、艦の内外の様子が一番解る筈なのだ。

      ただ走るより子供達も見つかりやすいかもしれない。

      「……言い訳、かもね……」

       走りながら、呟いた。

 

       エルクス率いる魔研近衛隊は、徐々に艦の中心へと侵攻していた。

       艦員達も必死に抵抗するが、相手は戦闘のプロである。次第に圧されていく。

      「サンダー!!」

       近衛隊数人が一斉に魔法玉から稲妻を放つ。

       それは廊下の角前に作られたバリケードを一瞬のうちに吹き飛ばした。

      「く、くそっ」

      難を逃れたエスタールのスタッフが、後退しつつ手にした銃を放つ。

      「賢しいな。」

       それをかわしたエルクスが、一つ飛びに彼の元へ迫る。

      「うわ!?」

       目の前に来たと思ったその瞬間、サーベルが唸りを上げ、胸を引き裂いた。

      呻く間もなく、倒れ伏す。

       その血溜まりの床に立ち、エルクスは後方の隊員達に振り向き、

      サーベルで通路の先を指し示す。

      「急げ!動力炉はまだ先だ!」

      「ハッ!!」

       隊員達は挙ってエルクスの前を駆け抜け、廊下の角を曲がる。

      だが、エルクスがその姿を確認して、後を追おうとした瞬間、異変が起こった。

      「ぐわっ!?」

      「アウッ!」

      数名の兵士の叫びが上がり、血飛沫が飛ぶ。

      「何!?」

       急いでエルクスが角を曲がると、そこには赤い髪の剣士が血に染まった二本の刀を手に、

      立ち塞がっていた。

      「貴様は?」

      「革命軍・戦士、クラーレット=フロート!此処から先へは行かせない!!」

       シミターが空を裂き、エルクスを狙う。

      エルクスはサーベルを以てそれを受け止めた。

      「フロート?…その赤い髪と褐色の肌…ディンゴの王族の者か!」

      「なッ!?」

       今度はクラーレットが驚く。

      二人は互いの剣を弾き、間合いを取った。

      「何故、その名を知っている?」

      「知っているさ。いや、憶えているというべきか。私の出世初めの戦だったからな。」

       エルクスはサーベルを構えつつ、笑みを浮かべた。

       かつて西の大陸の砂漠にあって繁栄した王国。

       それは、数年前に大国セントラの奇襲を受けて滅びていたのだ。

      「おかげで、今は魔研近衛隊長にまでなれた。礼を言おう。」

      「おのれッ!」

       クラーレットは怒りと共に、再び斬りかかる。

       刃は交錯し、閃光を飛ばした。

      「ならば、尚のこと生かしてはおけない!」

      「このエルクス=オウン、倒せるものなら倒してみろ!」

      二人の刃は幾重にも残像を残す程の速さで、打ち合い続けられた。

 

       エスタールの左方向上空、そこにミモザの乗るハイ・シップは浮いていた。

       戦闘区域から離れないのは、キールやその他のデータを集める為である。

      だが、送り出した当人達にも、キールの繰り出すデータは驚くべきものだった。

      予想の範疇を遙かに凌駕している。

      「推定エネルギー値、978G!」

      「キャッスル級エンジン並の力?…それが一人の人間に集中してるというの?」

       伝えられる測定値に、ミモザは驚愕の色を隠せない。

       下方で突然発生したエネルギーの源は、勿論キールである。

      しかし、その数値は常識では考えられない。生命体として存在し得ない程なのだ。

      しかも、まだ全力では無いと思われる。

      「カシュクバールで確認された、蒼い竜と同等の力…それを、G.F.で叩き出すなんて…」

       ミモザの脳裏に、戦闘前のキールの姿がよぎる。

      『例え、この身が滅ぼうともな!』

      「……命を削ってまでも、沸き上がる感情…それが、彼にこの力を?」

       それが幸福か不幸か。それは、解らない。

       ただ、自分の感情を抑えて生きる彼女には、何か眩しかった。

 

      「はあッ!」

       渾身の力を込めて、カインは槍を振る。

      しかしそれは、あっさりと受け止められた。

      「くっ…」

      「フフ、どうしたカイン?えらく焦っているじゃないか。」

       魔人と化したキールは、冷たい笑みを浮かべた。

      同時に、槍を受け止めていた大剣で薙ぎ払う。

      「うあっ」

       その威力でカインは十数メートルにわたって甲板を滑った。

      「さあカイン、そろそろ貴様も……ん?」

       キールの背後で機械兵の放ったグレネードが炸裂し、甲板の装甲が一部吹き飛んだ。

      凄まじい爆風が巻き起こるが、キールは全く動じない。

       が、煩そうに貌を顰めた。

      「……チ、喧しい奴らだ。

      カインよ、此処はどうも騒がしすぎて俺達の闘いの場に相応しくない。

      少し待ってろ、静かにする。」

      「なに?」

       立ち上がったカインは、キールの言うことが掴めない。

      「フフ…」

       キールはその黒い翼を大きく拡げた。

       と思った時には、遙か上空に舞い上がっていた。その速さは刹那と言うに相応しい。

      眼下にエスタールと、その周りを飛び交う機械兵とシップが見える。

      「まるで、蠅だな…うっとおしい。」

       言いながらキールの身体から黒い闘気が立ち上る。

      「…蠅は、駆除する。」

       言うと共に空を駆った。

       猛烈なスピードで、機械兵に迫る。

      「消えろッ」

      剣の一振り。それだけであっさり両断した。

       爆光の中、次の獲物へと向かう。エスタールのシップだ。

      「フハハハッ!」

       その横を飛び抜けると、シップは真一文字に斬られていた。

      そんな調子で、機械兵、シップ問わず、次々と落とされていく。

       見上げるカインには、その飛び交う黒い姿が悪魔の様に映った。

      だがそれは、‘あの時’の自分の姿でもあるのだ。

      対視することで、初めて伝わるその恐怖の力。

      「あんなものは…在っては駄目なんだ……」

       だが、キールは止まらない。

      「チィ、一匹ごとに墜としていたんじゃ面倒だな。一気にいくか。」

       と、突如空中で静止し、剣を寝かせて構える。

      その剣に黒い光が集束していく。

       剣に込められた暗黒闘気が今にも暴れ狂いそうになるまで高まったその時。

      「デス・ブリンガーッ!!」

       叫びと共に剣から巨大な黒の光弾が撃ち出された。

      その弾の通る先の機械兵・及びシップは全て吹き飛ばされていく。

       もはや艦の主砲か、それ以上の威力だった。

      「もう一撃だ!」

       後ろに方向転換したキールは、また黒い弾を撃ち出す。

       展開される、消滅の景。

      「ハッハハ、消えろ、消えてしまえぇぇ!!」

       続け様に、全方位に撃ち出していく。

      その黒弾が彼方へ消える頃には、エスタールの回りの空域の戦力は、

      敵味方ともほぼ壊滅していた。

      「これで、静かになったな。」

       キールは悠々と甲板に舞い降りた。

      「さあカイン、やろうじゃないか、素晴らしい闘いを!」

 

      「……機械兵が入って来なくなった?」

       第一ブロックで侵入する機械兵と対峙していたヨシノだったが、

      その相手が侵入して来なくなったことに気付いた。

      「どういうことだ?ジェノサイダーめ、作戦を変えたのか?」

      「いや、違うぜ!」

       その声にヨシノは振り向く。機関銃を手にしたその艦員はウォルナッツだ。

      「ウォルナッツ殿。では一体…」

      「ブリッジからの通信では、何でもとんでもない化け物が現れて、

      機械兵もシップも皆潰してるらしい。」

      「化け物?」

       ヨシノは訝しんで聞く。

      「詳しいことは俺にも解らないが、何にしろ機械兵の侵入は暫く無さそうだ。

      ここは俺が見てるから、ヨシノは第三ブロックへ向かってくれ。敵兵が侵入してるらしい。」

      「…承知。」

       言うが早いか、ヨシノは駆けだした。

       疑問は残る。突然現れた化け物とは何者なのか?

      しかし、それを気にするのは後だ。今は、もっとやらねばならないことがある。

       第三ブロックへは先にクラーレットが向かっている。

      合流して共闘できれば効率がいいのだが…等と考えてる内に、

      ヨシノの俊足は既に目的のブロックへと差し掛かっていた。

      「?」

       衝撃と、破壊音を耳にする。近い。

      急いでその音源へと向かう。徐々に、発砲音や叫び声が聞こえてくる。

       ヨシノは、そこに‘在る’何かの力を感じていた。

 

      「アハハハハハ!」

       一人の子供が、浮いている。ベリーニだ。

      「いくよ〜、サンダラ!!」

       その手から飛びだした雷は、壁を焦がすとともに、人も吹き飛ばす。

      「ぐわっ」

      「うあわああっ」

       レベルが違い過ぎた。魔法玉さえ持たないエスタールの艦員には、抗う術もない。

      「アハハ、面白〜い。皆、ポンポン跳ねていくねぇ。」

      ベリーニは自らの作り出した惨状を見て、無邪気に笑った。

       傍らには、ティツィアーノが立ったままでいる。

      しかし、その瞳はいつもの様にあさってを見ているワケではない。通路の先を凝視している。

      「………。」

      「どうしたのティツィ?」

       その様子に気付き、ベリーニもそっちを向いた。

      「そこまでだ、貴様ら!」

       そこに現れたのは、到着したヨシノだ。

      ベリーニの感性は、すぐさまヨシノの強さを感じ取る。

      「へえ、他のヒトとは全然違うや。キミ、強いねぇ。」

       早速、両手を突きだして構えを取る。だが、その前にティツィアーノが出てきた。

      「ティツィ、あのコとやりたいの?」

      「………!」

       ティツィアーノの赤みを帯びた金の瞳が光る。

      「ん〜、解った、譲るよ。ボクは他のヒトと遊ぶから。」

       ベリーニは仕方ない、というように肩を竦めて、その構えを他に向けようとする。

      「させるか!」

       烈火の如くヨシノが跳び出す。

       しかし、その速さに負けない動きで、ティツィアーノが立ち塞がった。

      「お主、どかんと斬るぞ!」

       ヨシノは素早く刀を抜く。

      だが、ティツィアーノは動じない。…いや、小刻みに震えている。

      「…?」

      「……ウ、グゥルゥウ…グルルルゥオオオオオオオオオオオオ!!!」

       突如吼える。

      と同時に、その痩せ細った身体の筋肉が、見違えるように肥大した。そして肌も赤く染まっていく。

      「な、なに!?」

       驚くヨシノの目の前に、あっという間に身の丈三メートルはありそうな、赤銅の肌の大男が現れた。

      「ガァウオォ!!」

       打ち下ろされる拳。間一髪跳んでかわす。

      と、その拳の炸裂した床に大穴が開いた。

      「チィッ、馬鹿力だけで!」

       跳んだ状態から降下しながら、ヨシノの刀が唸る。

      その刀は確実にティツィアーノの喉元を捉えた、が。

        カキィィィィィィィィィィン!

      「!?」

       金属の響きと共に、刃が弾かれる。

      未知の存在に危険を感じたヨシノは、着地後、即距離を取る。

      「な、なんだ此奴は?」

      「ティツィのG.J.は‘ウルフラマイター’。怪力と、無敵の皮膚を持ってるんだ♪」

       ティツィアーノの後方に浮くベリーニが、代わりに解説した。

      「無敵の皮膚?…む!」

       ヨシノの眼前で、ティツィアーノが右手を掲げる。

      その腕が徐々に変貌していき、巨大な刀の姿へと変わっていく。

      「なんだと!?」

      「ギ、ガ…ント、ソード!!」

       激しく空を切りながら、振り下ろされる剣。

      ヨシノは咄嗟に刀でそれを受け止めた。

      「…ぐっ!?」

       強烈な重圧がかかり、関節を軋ませる。

      足は床にめり込み、風圧の衝撃のみで床のあちこちが剥がれ飛んだ。

      「へえ、すごいや。ティツィのギガントソードを受け止めたヒト、初めて見たよ。」

       ベリーニが手を叩いて賞賛した。

      だが無論、それを受け止めたからと言って終わりではない。

      ティツィアーノは再び剣を振り上げる。

      「くっ」

       ヨシノは急いで離れた。

      あの攻撃を何度も受け止めていたら、それだけで身体の方がまいってしまう。

       腕の痺れを感じながら、刀を構える。

      其処へ赤の巨人が突進して来て、片刃の超大剣を繰り出す。

       力だけではない。そのスピードも相当な物だ。

       ヨシノは間一髪で身をかわす。

      今までヨシノが立っていた鋼鉄の床に、刃の亀裂が長く入った。

      「…化け物というなら、此奴とて十分化け物ではないかッ」

       言いながらも、避けた所から刀を振る。

      しかしその刃も、赤銅の肌に弾かれるのみだ。

      「くぅ…並の攻撃じゃ通用しないのか!」

       奥義しかない…その思いがよぎる。

      だが、ティツィアーノの重くも素早い剣の前には、

      奥義を放つため懐へ飛び込むことも容易ではない。

      「だが、進まねば道は開けない!」

       ヨシノは強引に加速をかける。

      当然、大剣は振り下ろされる。

      「『夜桜』!!」

       流れる動きでその大剣を受け流す。それでも、衝撃は走る。

      だが受け流しつつ、進行は止めない。

       結果、ヨシノは見事、間合いの内側に入ることに成功した。

      「くらえ、『鬼桜』!!」

       幾筋もの閃光を造る無数の突き。

      その一撃一撃が放たれるごとに、金属音が鳴り響く。

      「はあっ!!」

       最後の渾身の一突きによって、ティツィアーノは打ち倒された。

       …だが。

      「!?」

      「…グゥルオオオオオォォッ!!」

       すぐさま立ち上がり、吼える。

      奥義をもってしても、ダメージを与えるには至らなかったのだ。

       だが、ヨシノの瞳も死んではいない。

      「然からば、何度でも喰らうがいい!」

       無敵の肉体と、刃の奥義。その二つはさらにぶつかり続けた。

 

       喧噪から僅かに離れた居住ブロック。

      その通路を、一人の男が脇腹を抑えつつ、歩いていた。

       ガフである。装いは、病室で寝ていたときのままだ。

      「……こんなときに、一人で寝てられるかよ……」

       そうは言うが、額には玉の汗が浮かんでいる。痛みは相当激しいのだ。

      だが、彼の闘志は痛みによって削られることは無い。歩みは止まらない。

       手にした愛用の棍を、力強く握りしめる。

       戦士シャンディ=ガフが目指すのは、戦場のみであった。

 

 

Back

Next