〜 6 〜
「闇の目覚めが近い…」
アドニスは、勇む自分を感じた。
「そして、夢の実現も近付く…フフフ、私ともあろう者が、些か昂じてきたようだ。」
「今のは、魔研のシップだったか……?」
イエーガーのブリッジでホーセズが、先程、
艦後方からエスタールへ向けて飛んでいった船影を確認した。
「…間違いないな。しかしあれほどの艇、軍部にもあるまい。一体どういう…」
ホーセズはジェノサイダー…つまり、特殊兵装実戦試験隊の指揮官である。
新兵器に興味を持つのは当然と言える。
「魔研め…どうにも掴めん奴らだ。まあいい。私は私の任務を遂行するまで。」
「艦長! 艦後方より飛行物体接近!さっきのシップと同系機と思われます。」
オペレーターの報告で、モニターに目を移す。そこには、高速で飛ぶ黒い飛空艇が映っていた。
「ほう…まだいたのか。」
「どうします?」
「…捨て置け。好きにさせればいい。」
それはつまり、魔研のシップがエスタールに近付き過ぎて、
自分たちの兵器の巻き添えになろうと一切関知しないということだ。
「お互い、好きにやる。そうだろう、Dr.?」
ホーセズの関心は、既に目の前の戦果に移っていた。
魔学研究所の二艇目のハイ・シップは、あっという間に戦闘空域に突入していた。
「……もう一機は既に離脱したか。フ、ミモザめ、恐れをなしたか。所詮は素人だな。」
戦闘準備をしつつ、エルクスが笑う。
「違うよ、ミモザちゃんはタタカイに来たんじゃないからさ。」
傍らでベリーニが口を尖らせた。
「…フン、研究研究か。数字だけ見て何になる。
実際に戦ってみて、初めて研究の成果も解るというものだ。」
エルクスは軍人の中の軍人だけに、戦場の功を戦果に直結してしまう。
戦場における研究と資料集め等は、大した功績とは思わないのだ。
「……アドニス様…このエルクス、貴方の元へ完全なる勝利を!」
そもそも、戦士である自分と研究者のミモザを戦場で比べること自体間違っているのだが、
普段冷静なエルクスも、ことアドニスが絡むとどうも比較する部分がずれてくる。
「隊長、エスタールです!」
操縦士の声が彼女を戦いへと呼び戻す。
「よし、敵艦左部に横付けしろ。そこから艦内に潜入、ブリッジもしくはメインエンジンを目指す。」
「ハッ!!」
操縦士と潜入要員の兵士が同時に返事した。
ベリーニには、そんな様子も滑稽でたまらない。
だが、それを嗤うよりももっと楽しいことが、目の前には迫っていた。
「ねぇ、艦に入ったらボクらは好きに暴れていいんでしょ?」
「勝手にしろ。定刻に戻れねば知らんがな。」
エルクスは少々顔をしかめながらも、そう答えた。
「わーい♪ ティツィ、良かったね。」
「………。」
ティツィアーノは戦場に至っても、無言、無表情のままだ。ただ、遠くを見ている。
「エスタール左、着けました!」
操縦士は報告する。簡単に言うが、この戦場で敵艦の横に着けるなど、とんでもないことだ。
普通、近付いただけで落とされる。
それを可能にする速力を秘めているというだけで、このハイ・シップは驚異的存在だった。
「よし、主砲用意!進入口を作ってやれ!!」
「そんなめんどくさいこと、する必要ないよ。」
ベリーニは言うが早いか、シップのハッチを開けて外に出た。
「な?お、おい…」
さすがに慌ててエルクスも後を追う。
顔を外に出して見ると、直ぐ傍でベリーニが何か構えていた。
「お前、何をする気…」
「ファイガ!!」
エルクスが言い終わる前に、ベリーニは叫びと共に両手を突きだした。
途端、そこから巨大な火球が飛び出し、大音響の後、エスタールの外壁に大穴を開けた。
「な…魔法玉なしで……」
さすがのエルクスも驚愕した。
魔法玉なくして魔法を使うなんて、通常あり得ないことだ。ましてや、この威力。
「さ、行こ!」
驚くエルクスを尻目に、ベリーニはあっけらかんと言ってのけた。
と、呼ばれたようにティツィアーノも出てきて、ベリーニと共にエスタール艦内へと入っていく。
「……あ?……しまったッ」
その後ろ姿に、エルクスは現実を取り戻す。
「遅れるな、我々も行くぞ!!」
「ハッ」
エルクスと魔研近衛隊の面々も、ベリーニ達に続いて艦内に消えていった。
ベリーニの起こした衝撃は、艦内全体に伝わっていた。
第一ブロックで機械兵を防ぐヨシノとクラーレットも例に漏れない。
「何だ、今のは!?」
目の前の機械兵の両腕を切り落としながら、クラーレットが警戒する。
同時に、ヨシノが連携でその機械兵の頭を両断した。
「確か、第三区域の方だと思うが…新たな侵入者かもしれんな。
しかもいきなり側面より侵攻できる、かなりの手練れ…行った方がいいかもしれん。」
《他の心配をしている場合かよッ!?》
「何?」
その声には聞き覚えがあった。
と、突然壁が砕け、ゴールドメタリックの機械兵が飛び出す。
「ちっ」
「くぅうッ」
二人は咄嗟に飛び離れ、鉄の破片を浴びることなく着地した。
《ハハハハハハ、いたな小僧ォォォォッ!!》
機械兵から声が響いたかと思うと、即座にクローが振り下ろされる。
ヨシノはその力を、刀によって的確に受け流した。
「有人型機械兵ッ、あの時の下衆か!」
《このスティンガー様をよくもやってくれたなっ借りは返すぜ!》
スティンガーの乗る新型は自らの肩口から刃を引き抜くと両の手に持って、
通常の機械兵を遙かに超える動きでヨシノに斬りかかる。
「前より速いッ?」
機械兵の一撃は人間とはパワーが違う。まともに受け止めたら吹き飛ばされてしまう。
それ故、より大きな動きでより迅速にかわさなくてはならない。
それでも巧みにかわすのは、さすがヨシノである。
「ヨシノ!」
「クラレ殿、此奴の狙いは某だ!此処は某に任せ、先程の衝撃源へ参られよ!!」
スティンガーの目まぐるしい攻撃をかわしながら言った。
応じて、クラーレットも素直に頷く。
「解った、頼む!」
艦奥へと走り行くクラーレット。しかし、スティンガーは見向きもしない。
《いいのか小僧!?前みたいに助けてくれる仲間がいなくてよ?》
作戦も何もあったものではない。標的は、あくまでヨシノ一人だった。
対し、ヨシノも引くことなく鉄の塊を睨み付ける。
「…以前の某とは違う。貴様のような小物如きには、最早心惑わされることはない。」
《小物!?小物だと!?言ったな小僧ォォォ!!!》
冷静なヨシノとは対称的に、スティンガーのボルテージは上がっていく。
《この新型、“ガリアーノ=エンダ・ジーザス”で、肉片残らず消し飛ばしてやる!!》
途端、ガリアーノの機体から多量のミサイルが飛び出した。
四方に飛ぶが、狭い廊下ではヨシノに向かうのは僅かだ。
当然、ヨシノは難無くかわす…いや、斬り落とした。
爆発が巻き起こり、威力が少なからずヨシノの身体を襲う。
「ぐ…」
《ハッハッハ、かわせないよな?大事な大事なオンボロ船に傷がついちまうからなぁ!》
下卑た笑いが響き渡る。
そうなのだ。此処はヨシノの母艦、エスタールの内部。
ヨシノにとっては、先程ヨシノに向かわずに廊下の壁等を破壊したミサイルの行方さえ、
悩める材料となるのだ。
「ならば、短期決着するのみ!」
ヨシノは地を蹴り、一気に敵の懐へと飛び込む。
《おっと!同じ手は喰わないぜ!》
ヨシノが辿り着く瞬間、ガリアーノの前面に無数の角が飛び出した。
「何!?」
寸前で留まり、串刺しにならずに済んだ。
《ケッ、かわしたか。しかし俺様に近付くことはもうできないぜ!》
ガリアーノの体中の角がドリルのように回転し、さらにプロペラのような横の回転が加わる。
そのあまりの速さに、まるでガリアーノが檻に包まれているかのように見える。
《これでてめえの奥義とやらも使えまい?
後は適当にミサイルでもぶっ放していればてめえが勝手に当たってくれるってワケだ!
キヒヒヒヒ、こんな楽しいこたぁないぜ。》
だが、そんな機械兵を前にしても、ヨシノは顔色一つ変えない。
その落ち着いた様子に、スティンガーは苛つきを露わにする。
《気に入らねぇ、気に入らねぇぜ!てめえはもっと焦って俺様に命乞いする!
それを俺様が切り刻んでやるんだ!そうじゃなくちゃあならねえんだよォ!!》
そう叫んで、機体を左右に振り回す。
そんなスティンガーの様子を冷めて見つめながら、ヨシノは言う。
「某に、何を焦る必要がある?」
《なにぃ!?奥義が使えねぇんだ、焦って当然だろうが!!焦れ焦れ焦れ!!》
「…貴様は大きな勘違いをしている。桜華の奥義は破られてはいない。」
ヨシノは刀を両手にし、構えた。
《なんだとぉ!?負け惜しみを!!》
「桜華の奥義は二対なり。‘静’と‘動’、揃って真価を発揮する。」
ヨシノは言い終わると同時にガリアーノに向けて跳び出した。
《バカめ、切り刻まれろ!!》
「桜華流、奥義の‘静’…『夜桜』!」
ヨシノの動きは風に舞う花弁のそれ。
まるで空気のように、何事もなくガリアーノの針を通り抜け、背後を取った。
いや、何事も無くはない。
通り抜ける際に喰らわせたピンポイントの攻撃により、
何本かの角は落ち、ギヤ部分のダメージによって回転も止まる。
《な、なんだと!?》
「『夜桜』は攻防一体。威力は少ないが確実に守り、攻めの機会を作る。」
間髪入れず、ヨシノの刀が唸る。
ガリアーノがヨシノの方へ向く間もない。
「そして、攻めの剣…奥義の‘動’!『鬼桜』!!」
目にも留まらぬ無数の突き、『鬼桜』がガリアーノを襲う。
《キ、キサマ、ガリアーノが爆発すればこの艦もただでは…うぐはぅ!?!》
スティンガーの叫びはそこまでだった。
剣戟が止んだとき、ガリアーノは床に崩れ落ちたが、爆発はしなかった。
「…貴様に言われなくても解っている。だから、『夜桜』で隙間を‘開けておいた’。」
ヨシノの刃はガリアーノの動力部を傷つけず、操縦者の命のみを奪ったのだ。
少しの間、感慨がヨシノを包んだ。
「……あとは、ホーセズ=ネック……」
心惑わされることは無いにしても、やはり、全く気にしていないというわけでも無かったのだ。
だが、今はやるべきことがある。
ヨシノは次なる侵入者に向けて、自らの全身に気を呼び戻した。
「おおおっ!!」
キールの刃がカインの首を狙う。
「ちぃっ」
寸前で、槍によってそれを受け止めた。
そしてそのまま槍を縦に振り切って、攻撃へと転ずる。
カシィイインッ
小気味良い音を立てたのは、槍とぶつかった甲板だ。
キールは既に後方へ跳んでかわしていた。と、着地と同時にカインへと飛び込んでくる。
カインの方も既に槍を振り上げて迎え撃つ。
上段よりの槍と、中段からの剣が激しくぶつかった。
が、一撃では終わらない。互いの刃は幾重にも交錯し、残像を残す速さで打ち合い続ける。
「うぉおおおおおッ!!」
「はああああああッ!!」
その二人の姿は、正しく鬼気迫る、である。
ジャキィンッ
一際強力な一撃の交差の後、二人は互いに間合いを取った。
「…やるな。」
カインの言葉は、心底からだ。
額より流れる汗を拭うことなく、槍を構え直す。
「貴様こそ、さすがだ。俺が倒すべき敵と認識しただけのことはある。」
キールも大剣を構えながら、そう言った。その物言いには、余裕と覚悟が感じられる。
カインは、そのキールの左胸を見た。いつものアーマーも、宝石も無い。
『G.J.も持たずに、この自信……何か、あるのか?』
それを見透かしたように、キールは笑みを浮かべた。
「前座はこれまでだ。貴様は、どこまで耐えられるかな?」
瞬間、カインにはキールの周りの空気が揺らいだように見えた。
「…な?」
「いくぞ!」
次にはもう、キールは跳び出していた。
振りかぶった剣が、上段からカインを襲う。
「ダーク・ソード!!」
「何!?」
キールの打ち下ろした剣の刀身が、黒く輝く。
カインは槍を寝かせて受け止めた。が。
「う、ぐっ?」
いつもの剣戟の倍程の威力がカインを襲い、衝撃となって全身に響いた。
両足の底が甲板にめり込む。
「こ、これは…暗黒剣!?」
「ほう、知っていたか。だが、これはどうかな?」
キールは瞬時に跳び下がると、剣を横にしてその先をカインに向けた。
「デス・ブリンガー!!」
突き出された剣の先から、黒い光の玉が飛び出す。
「!! セシルのッ!」
咄嗟に身体を倒してかわす。
しかし、アーマーの肩部分が掠ってしまった。
その部分が、瞬間後、弾け飛んだ。
「ぐあッ…う…」
右肩を抑えながら、立ち上がる。
痛み以上の戦慄が、身体を奔る。
「お前、どうやって暗黒闘気を…」
「さあな。まさかこんな力が得れるとは思ってもいなかった。」
前髪を掻き上げながら、キールは言った。
「解っているのか? 暗黒剣は、死の剣。闇に身を落とすことになるんだぞ!?」
「闇がなんだ!貴様を倒す為なら、悪魔に魂を売ったって構うものか!!」
さっきとはうってかわって、激昂する。
だが、カインも止まらない。
「聞け! 暗黒剣は、熟練した騎士でさえ命を落としかねない危険な技なんだ。
お前のように付け焼き刃で使っていたら、直ぐに生気を使い果たすぞ!?」
「そんな手には乗るかよォッ!!」
キールの黒い剣が横一文字でカインを狙う。
「ぐっ」
受け止めはしたが、衝撃で跳ね飛ばされた。
「く、くそ……う!?」
横倒しのカインに、追い打ちをかけて暗黒闘気の玉が飛んでくる。
「ぎっ!」
カインはその脚力を生かし、横っ飛びにかわした。
見ると、今まで自分が居た部分の甲板が、大きく剔れている。
「なんて威力だ…」
「安心するのはまだ早い!」
キールが眼前にまで迫っている。
「スピードも上がってるのか!?」
かろうじて槍で受け止めたが、烈火の衝撃が腕に奔り、両腕のアーマーが吹き飛んだ。
「ぐあっ…衝撃波だけで?」
「まだだと言っている!!」
立て続けの暗黒剣。カインは咄嗟に後方に離れた。
空を斬った暗黒剣の風圧がビシバシと伝わってくる。
「どうした、カイン!!」
キールはその風圧に追いつくかのように、即座にカインに向かってくる。
「ロブを殺ったときは、こんなもんじゃ無かった筈だ!!」
振られた暗黒剣を紙一重でかわす。最早、受けることすら危険と判断したのだ。
「お前の力を見せてみろッ!」
再び迫る、黒い光弾。
そして、嵐のような黒い剣戟。
カインは避けるのが精一杯だった。
その状態で一頻りの攻防が続き、かわすのみのカインに焦りが生まれる。
それは、隙となった。
「死ね、カイン!」
僅かな隙を見逃さず、光弾がカインに向かう。
「くぉッ!」
間一髪、カインはジャンプで空へと逃げ延びた。
空中からキールの姿を確認する。
「あの威力…ただの暗黒剣じゃない。暗黒闘気によって、身体能力まで飛躍的に伸びている。
そんなことが可能なのか?…一体、ヤツは何を…」
無論、思考しているだけではない。降下する際、その刃はしっかりキールを狙っている。
カインの十八番、ジャンプ攻撃だ。
だが、降下先のキールを見て愕然とする。
「な!?」
キールは剣を立て、カインに向けていた。デス・ブリンガーで狙い撃ちするつもりのなのだ。
「飛んだのは失敗だったな、カイーン!!」
キールの声が届く。
空中、殊に降下中では、動きの幅が限定される。竜騎士のカインであってもだ。
それはつまり、下から狙い撃ちされやすいということでもあった。
普通ならカインの速度には追いつけない。しかし、相手がキールでは、話が別である。
『しまった!』
カインは、攻撃を受けることを覚悟した。
そして同時に、少しでも被害を減らそうと空中での僅かな退避行動と、防御姿勢を取った。
「今更、無駄だ!喰らえ、デス・ブリンガー……!!?」
しかし、暗黒闘気は向かっては来なかった。
カインは訝しがりつつ、キールからある程度距離を取って着地した。
「…なッ?」
カインは当然、直ぐさまキールを見る。
キールは、前のめりになり、口をその手で押さえている。
「…う…ぐふっ……が、がはぁっ」
キールは、吐血していた。
カインにはその理由が直ぐに思い当たる。
「身体が保たなくなったか…」
カインの知っている暗黒剣の常識からすれば、当然と言えば当然の結果だった。
キールはあまりにも、連続して暗黒闘気を使い過ぎたのだ。
「こ、こんな…あ、あと一歩で…」
キールはその剣で身体を支え、憔悴した…それでも鋭い目を、カインに向ける。
「あと一歩で、俺は奴を…カインを倒せたんだ…倒せるんだ!」
「キール!」
なんとキールは、荒い息を吐きながらも、再び剣を構えた。
「そう、倒せるんだ!…まだだ、まだ終わっちゃいない! 俺は、俺は…俺はぁぁぁぁァァ!!」
大剣に、黒い闘気が集まる。
「やめろキール!それ以上暗黒剣を使ったら、本当に死ぬぞ!」
「黙れ!! か、構うものか、貴様…貴様さえ殺せれば、俺は死んだってかま…うもの…がはぁッ」
今までに無く大量の血を吐いて、キールは鉄の地に伏した。
「ち、力が…力が入ら、ない……」
そればかりか、力はどんどん失われていく。血の流れと、意識の薄れと共に。
「…お、俺は…俺は死ぬのか?…死?死?……カインを倒さずに?…俺は、闘えなくなる?……」
一瞬、キールは覚醒する。
「ふざけるな、俺はキールだ!キール=アンペリアルだぞ!?
その俺が、何故殺されもせず、一人で死ぬ?
死んでたまるか、奴を殺すまでは!!この、滾る憎悪ある限り!!!」
キシュゥィィィィィィィィンッ
胸の奥で、何かが奔る。
「な、なに?」
カインは、キールの身体が黒い陽炎に包まれるのを目撃した。
「なんだ?…暗黒闘気? い、いや、それだけじゃない、もっと深い…うッ!?」
突然、辺り一面が闇に包まれる。
キールの身体の陽炎は上空に立ち上り、そこで次第に大きくなっていく。
「あ、あれは…」
やがてそれは、一つの形を成していく。
巨大な、人影。
翼。
長い尾。
赤と黒の肌。
そして感じさせる、圧倒的な力と闇。
『目覚めよ、猛き者よ。』
脳に直接響くような、重い声。
キールはゆっくりと目を開ける。自分の真上に、それは‘いた’。
「な、なんだ、貴様…」
『我は、闇よりの使者ディアボロス。先刻まで、主の心に棲んでいた。』
「俺の、心に?」
『そうだ。そして、主によって今、現世に呼び覚まされた。主の怒り、憎しみ、嘆き。
それらの闇の思念が、我が意思と同調したのだ。いわば、我は主と同じ心を持つ者。』
「同じ心…」
『故、主の望む物も解るぞ。主は、力を求めている。何よりも誰よりも、絶大な力を。』
「力…そう、力だ!俺は、力が欲しい!ヤツを…カインを殺す力が!!」
キールはいつしか、立ち上がっていた。
『なら、口にするがいい。主は知っているはずだ。心を同じくするものが、一つとなる術を。』
ディアボロスは、その翼と身体を大きく拡げ、キールを影に包んだ。
「やめろキール!闇に身を委ねてまで、何を欲しがる!」
そう言うカインに、振り向く。
「決まっているだろう?お前のイノチだよ。」
キールは、笑った。
「ディアボロス、俺の意思に応えろ!!……ジャンクション!!!」
途端ディアボロスの躰は溶け、黒い塊となる。
それが帯となり、キールへと降り注いだ。
「うご…う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
暗黒の光に包まれ、キールの姿が見えなくなる。
咆吼のみが、あたりに響いた。
「お、同じ…俺と同じだ…」
カインは戦慄する。
悪夢が、再び現れようとしている。しかも、自分以外の者によって。
『力…力が溢れてくるぞォォ!!』
黒の光は浮き上がり、空中で静止する。
その波動は奔流となり、辺りに撒き散らされた。
『うがあああああああああああああああああああああああああぁぁッ!!』
……そして。
闇は消え、再びいつもの空となる。
「あ…う……」
カインはその瞳に映る光景を信じたくなかった。
背には、黒い翼と、雄々しい尾。
手足には、鋭い紫の爪。
肌は、鋼よりも硬質であろう黒と赤。
そして、髪。背にしたその髪は、足元にまで伸びている。
しかも元々の髪の部分は紫なのだが、伸びた先の部分は、全て漆黒だった。
それが、より異常さと恐怖を掻き立てる。
額からは、鋭角な角が二本、生えていた。
手にした大剣の刀身は、常に真っ黒に染まっている。
だが、異形な中にあって、その透き通る紫の瞳と、顔の真白い肌は、凍れるように美しかった。
その頬にある刃傷が、まるで大罪であるかのように。
「……よう、カイン。何をそんなに脅えてるんだ?」
見下ろした位置で、‘それ’は言った。
そして、カインの眼前に舞い降りる。
「なぁ、俺は今最高に気分がいいんだ。遊んでくれよ。」
「くッ」
カインは槍を構える。が、その時にはもうそこに‘それ’の姿は無かった。
「な?……うぐっ」
カインの身体は大きく仰け反って、倒れた。‘それ’は既に背後にいたのだ。
「おいおい、しっかりしてくれよ。じゃないと、一瞬でカタが着いちまう。
俺は、お前を殺したくて殺したくて堪らないんだからなぁ!!!」
叫びと共に、‘それ’は強力な波動を吐き出した。
それだけで、周りの機械兵やシップが、何機か沈む。
「フハ、ハハハハ…フハハハッハハハハハハハハハハハハハハ!!」
底知れぬ闇と暗黒の脅威と、人外の美との協演。
“魔人キール”の誕生であった。