〜 5 〜
「敵は、フォルト級一艦だけなんだな?」
アーマーを装着しながら、クラーレットが聞いた。
《確かに今のところ、一艦なんですが、その艦が問題なんです。》
応えるのは、ロッカールームに付けられた回線に映るフライアである。
「どういうことだ?」
《先程確認された敵艦影が、先の作戦中に確認されたものと同じだったんです。
重フォルト艦イエーガーと。》
「イエーガー!?……ジェノサイダーか…」
クラーレットは、少なからず動揺した。
『機械兵が相手…ということは、今の戦力だと白兵戦は免れないか…』
その心身の落ち着かなさは、相手がジェノサイダーだから、だけでは無かった。
白兵戦になった場合、最も頼りになる筈のパートナーが、今はいないのである。
そんな自分を、嗤った。
「ガフがいないだけで、こうも狼狽えるとは…脆いものだな。」
《は?》
「…いや、なんでもない。私は、どうすればいい?」
《第一ブロックで待機してください。既に、ヨシノさんが行っています。》
「了解。」
装備を終え、回線を切ると、部屋を飛び出した。
「……第一ブロック……ドックじゃないのか。ギムも、艦内で迎え撃つ気だな。」
「…しかし、なるべくならそれは避けたい。」
ギムレットが、本音を漏らした。
「だから、最初の主砲・副砲の斉射に賭ける! 艦さえ墜としてしまえば、機械兵もガラクタだ。
ギリギリまで近付いて、確実に当てろ! 敵の砲は、フィールドでかわせばいい!!」
キャッスル級飛空艦での接近攻撃など、古今例はない。
しかし、長時間の戦いになれば有利になるのは向こうだ。やるしかなかった。
「艦長、敵射程圏に入ります!」
同時に、望遠映像がスクリーンに出る。
「やはり、イエーガーか。まだだ、まだ撃つな。カウンターを狙うんだ!!」
そして、距離は縮まっていく。…だが、イエーガーからの砲撃はない。
「艦長、このままだと副砲射程にまで入ります!!」
「…どういうことだ?何故撃ってこない??」
「いえ、きました!敵艦から火線!…36発!?」
「フィールド、急げ!!」
ギムレットが激を飛ばすと同時に、エスタールは加速を止め、重力子フィールドの展開を始める。
そこへ、イエーガーからのマイクロミサイルが飛んできた。
が、全てフィールドに阻まれ、あさっての方向に飛んでいった。
「この距離でマイクロミサイルだと!?」
ミサイル兵器は、ビーム以上に重力子の影響を受けやすい。
本来、中・短距離用のマイクロミサイルのような小型では、尚更である。
つまり、エスタールのように強力な重力子フィールドを持つ艦に対しては、遠距離ではほぼ無効なのだ。
「奴らは、遊んでいるのか!?」
「……大事な実験対象を、主砲一撃で沈めるような真似をすると思うか?」
ホーセズは無表情に言った。
「まずは、誘導兵器のテストだ。新型のマイクロは、どの距離まで有効なのか、のな。」
楽しむでもない。期待するでもない。あくまで、無表情・無感情だ。
「今ので届くのは解ったが、当たらなくては威力がわからん。」
ホーセズは目の前のモニターに映る映像よりも、
手元のディスプレイに出るデータの方に注目している。
と、傍らの士官を見やる。
「‘天使と悪魔’は、どうだ?」
「調整完了部位、97%。実践には十分耐えます。」
士官の方も、休み無く届くデータに目を走らせながら、答えた。
「よし、射出しろ。」
ホーセズの命令は、あくまで淡々としている。
カインは、機械兵に備えて甲板に出ていた。
前回の戦いで鎧が激しく損傷した為、
エスタールで借りた青いライトアーマーを間に合わせに装備している。
彼の背後では、出撃できるシップの準備に、皆が忙しく動き回っている。
その為、そこにいる者で‘それ’を見たのは彼だけだった。
「……なんだ?」
敵艦の方から、二つの物体が飛んでくる。シップより少し小さめか。
片方は白。もう片方は黒。形は双方とも、円筒型であった。
やがて二つは左右に分かれ、エスタールを丁度、中間にする位置で静止した。
「飛空艇では、なさそうだが……」
こちらの世界の機械に疎いカインには、それが何であるかは理解出来なかった。
ドックから補助要員としてエンジンルームへと向かうリッキーも、
廊下の窓からそれを目撃していた。
「あれは…どこかで……」
それによく似た物体を、リッキーは見たことがあった。
「そうだ、オーベルさんの!!」
オーベルの部屋にあったガラクタのような模型。生前、オーベルが一人で研究していたものだ。
そして、何枚にも及ぶ製図。その内容もちらっと見た。
オーベルは、飛空艇エンジンの技術者である。ということはつまり、重力子のエキスパートだ。
全てのピースが繋がった。
「まさか、セントラはもうあれを実現していたのか?」
リッキーはポケコンを取り出し、何やら計算し始める。
その結果は。
「やっぱり!…大変だ、早く知らせないとっ!」
リッキーは道を取って返し、艦橋へと向かって駆けだした。
その物体は、当然艦橋でも確認されている。
「ミスティ、解析できないのか?」
「解りません、シップクラスの推進力を持ってることしか…」
ミスティと呼ばれた女性研究士も、焦った声で応えた。
「撃ち落とさないのか?」
パナシェの意見に、ギムレットは首を振る。
「高性能爆弾かもしれん。…相手はジェノサイダーだ、何が起こるか解らない。なんとか引き離して…」
その言葉は、フライアの報告で遮られる。
「敵艦より火線!また、ミサイルです!!」
「ちっ、芸のない…フィールドを張れ!」
だが、異常はそのとき起こった。
「か、艦長、重力子が…」
カプリの声が震える。
「どうした!?」
「重力子、拡散!フィールド、展開しません!!」
「…なんだと?」
途端、衝撃が走る。
「艦前面に19カ所被弾!」
しかし、その報告よりフィールドが形成されないことの方が重要かつ不可思議だった。
「エンジンルーム、どうなってる!?」
ギムレットは手元のモニターで、エンジンルームと回線を繋いだ。
映し出されたエンジン技師も困惑している。
《解りません、エスタール周辺の重力が異常をきたしてるとしか…》
「ギムレットさん!あれだよ!エスタールの周りの二つのマシンに重力子が中和されてる!!」
突然ブリッジに飛び込んできたリッキーによって、エンジンルームとの会話は遮られた。
「リッキー!?お前、ドックにいたんじゃ…」
「いいから、これを見て!」
リッキーのポケコンの資料が、ギムレットの手元のディスプレイに送られる。
そこには、例の物体によって、重力子が拡散されていく様が図解されていた。
「つまり、フィールド用に放出・展開した重力子を、全部無効化してしまうんだ!」
「くっ…これでは、射程圏ではあっという間にやられてしまう…」
しかし、離れればこちらからの砲撃も出来なくなる。
だが、迷っている暇は無かった。
装甲の損壊している今のエスタールには、重力子フィールドのみが頼りだったのだ。
それを失ったとなると。
「エスタール、急速後退! 同時に、あの物体をなんとしても墜とせ!!」
「了解!」
同時にエスタールはイエーガーとは逆方向に加速する。
が、引き離せない。二つの物体は定位置を保ち、ぴったりとエスタールについてくる。
「無理だよ、あれはエスタールの重力子に引かれて磁石のように付いてきてるんだ!」
リッキーがポケコンのキーを叩きながら言う。
「なら、やはり落とすしかないのか?」
「それも無理、あれは重力を異常にしてるわけだから、
常にフィールドを張ってるのと同じなんだ。」
「それでは、逃げるしかないのか!!」
ギムレットは歯軋りする。
リッキーは構わず計算を続ける。それは既に重力子についてではなく、この戦況についてだ。
そして出た答えは。
「ギムレットさん、シップの出撃を!機械兵が来る!!」
「何?…解るのか?」
「間違いないよ、この距離ならッ…ジェノサイダーならそうする!!」
エスタールの左右に展開していた円筒型の物体は、まるで口を開くように真ん中から割れている。
その中には、青とも紫ともつかない不気味な色で輝く鏡のような板があった。
「‘エンジェル・ティップ’、良好です!」
「‘デヴィルズ・ティップ’、同じく!」
イエーガーのブリッジでコントロールされる、白と黒のそれぞれの物質は、
お互いに引き合うかのようにエスタールを挟んで、鏡を向け合っている。
「プラス因子とマイナス因子…その間にある重力子は、フィールドを作る前に拡散する。
これで、エスタールは丸裸となった。」
ホーセズは初めて、少しだけ満足した表情を見せた。
「各種ミサイルのテストを続けろ。……ん?」
久方ぶりにスクリーンを見上げると、エスタールが後退する様が映っていた。
「……なるほど、当然の判断だな。マイクロミサイルの射程外か。
なら、機械兵のテストに切り替える。イエーガー前進!‘天使と悪魔’は、
エスタールにマークさせ続けろ。」
イエーガーは急速に前進、エスタールを追う。
しかし相変わらず主砲は撃たない。代わりに、巨大なコンテナを三つ、撃ちだした。
そのコンテナはエスタールにある程度接近すると、突然弾ける。
と、中から何体もの機械兵が飛び出した。その瞬間。
「……何?」
ホーセズは光を見た。数体の機械兵に直撃する。
それは、エスタールから出撃したシップ級の撃った砲だった。
「既にシップを出していたのか?…機械兵の出撃時を狙うとはやるじゃないか。」
ホーセズは、笑った。
「しかし、シップで最新の機械兵とどこまでやり合えるかな?」
ホーセズの言うとおり、機械兵に対しシップが有効な攻撃を取れたのは、初弾のみだった。
近接戦闘では、速力・旋回能力共に、機械兵の方が遙かに上回る。
シップは機械兵がエスタールに近付かないように牽制するのがやっとだ。
だが、その防御網も、直ぐさま突破される。
シップの間をぬって、まず一体目の機械兵がエスタール目指して飛んできた。
が、その機械兵は突然火を吹くと、落下する。その背を槍に貫かれたからだ。
「そう簡単に、やらせるものか。」
甲板にいた、カインだ。甲板からジャンプで飛び、上空から貫いたのだ。
だが、止むことなく次々と機械兵は迫る。
二機目、三機目と墜とすカインだが、敵の数は余りに多い。
何体か突破され、エスタールへの着陸を許してしまった。
「チイィッ」
……だが。
その危機を目の前にしながら、カインは未だ、‘カインのまま’だった。
ジャンクションすれば勝てるかもしれない。なんとかなるかもしれない。
しかし、‘あの時’のような衝動が沸き上がってこない。
『俺は…恐れている…』
自らストップをかけてしまっていることに、カインは気付いた。
「ならば、今の自分でやれるだけのことをするまでだ!」
思いを振り切るように、カインは飛んだ。
艦の扉を吹き飛ばし、機械兵が進入してくる。
廊下を見回し、熱量探知で艦員を探す。
「だが、そこまでだ。」
機械兵のカメラがそちらを向く前に、その首は飛んでいた。
「さすがだな。」
後ろで見ていたクラーレットが賞賛する。
機械兵の首を切り落としたのは、ヨシノの刀であった。
ヨシノは頭を振った。
「…まだ、これからだ。奴らは、これより先には絶対進ません!!」
やはり、機械兵相手では気合いが違うのか。…いや、そうではない。
彼も、この船とそこに住まう人々を守るため、必死なのだ。
「当然だ。行こう、次がくる。」
クラーレットも同じである。
二人は機械兵が突き破った扉の向こうへと、駆けだした。
「…やはり、潜入は免れなかったか……」
ギムレットの危惧は当たってしまった。
「尤も、最初からシップを出しておかなかったら、とっくに艦内まで来られていただろうがな…」
そう言いつつ、傍らのリッキーを見た。
リッキーは、ポケコンの代わりに、あてがわれた席で懸命に演算している。
彼は、彼に出来ることをやろうと必死なのだ。
『しかし…コイツはもしかすると…』
だが、ギムレットにゆっくり考えている暇は無かった。
「艦長!敵艦方向から急速に接近する物体が…は、速い!?」
報告しながら驚いているフライアのデータを、覗き見る。
「なんだ?シップか??…いや、こんなに速いシップなんて…」
「……なんだ!?何かが来る!!」
甲板の上で相対した機械兵を潰したばかりのカインが、
それを感じると同時に、突然黒い影がエスタールの上空を走った。
超高速の、黒いシップ級。
その速さは尋常ではない。
いくら混戦しているとはいえ、迎撃する間もないとは通常、考えられない。
その黒い船が、特別な推進力を使っているのは明らかだった。
だがカインが感じたのは船ではなく、その中の人物の波動だ。
「この感じは…アイツか!」
シップが静止した一瞬に、それは飛び降り、カインの前に降り立った。
同時にシップは離れていく。まるで、彼をカインの前に置く為だけに来たように。
いや事実、そうだったのだ。彼自身が望んだこと。
黒に赤のラインの、コートのように大きな軍服。しかし、カインが知らないのはそれだけだ。
下ろしたままの紫の髪が、風に靡く。
左頬には、鋭い刃の痕。
そして、手にするのは、より磨きをかけられた大剣。
「…いきなり出会えるとはな。嬉しいぜ。」
そう言ってコートを脱ぎ捨てる。上半身には、アーマーはおろか服さえ纏っていない。
防御を捨て、完全に早さのみを求めている。その身のことは省みていないのだ。
「……俺は、嬉しくないな。迷惑な敵だ。」
カインは言いつつ、槍を構えた。照準を一つに絞ったのだ。
他を気にしていて勝てる相手ではない。
「褒め言葉と受け取っておこう。…以前とは違う俺を見せてやる……」
大剣を構え、闘気が高まる。
その周辺は激しい戦闘が行われているのだが、二人の間では静寂だった。
と、二人の威力に大気が震える。
「カイン=ハイウィンドッ!!」
「キール=アンペリアル!!」
瞬間、闘気は炸裂し、二つの刃が火花を散らせた。
「殺してやる、殺してやるぞォーーーッ!!」
「俺はッ…俺は、負けるわけにはいかないんだ!!」
それぞれの意思は、力となって衝突する。
カインとキール。最も近く、最も遠い、戦士二人であった。