〜 4 〜
「はああああぁッ!!!」
キールが怒号と共に、剣を振り下ろす。
瞬間、巻き起こる衝撃。飛び散る破片。
そして、そこにあったはずの鉄の塊が、その姿を消していた。
「上級飛空艇用・装甲版を、一撃で吹き飛ばすなんて…」
訓練施設の隣のデータ収集室から、ガラス越しに見ていたミモザは、絶句する。
「……僅かの特訓で、これだけの力を引き出せる…正しく、天才ね。
…それとも、激しい感情の成せる技……?」
だが、当のキールは納得していない。
「…まだだ! 奴は…カインは、こんなもんじゃ無かった!この程度ではッ」
再び、気合いを高める。
と、突然けたたましくブザー音が鳴り響いた。
「…なんだ?」
キールは、部屋の隅のインターホンを取る。
「……なんだと? それは、本当か!?」
二言三言しゃべると、受話器もそのままに、部屋を飛び出す。
「キール大尉?」
驚いてミモザも隣の部屋を出たが、キールはそれを押しのけ走っていく。
「ジェノサイダーめ、勝手はさせんぞ! あれは、俺の獲物だ!!」
朝焼けの中、補修作業の進むエスタール。その艦橋でも、異変は起こっていた。
「艦長、南より飛行物接近! フォルト級艦と思われます!!」
オペレーター・カプリの報告が、始まりである。
「フォルト艦?…ち、工場から追尾されていたか。」
ギムレットは舌打ちする。
思えば、母艦であるエスタール自体が、あそこまで戦域に突入したのは初めてだった。
『あれだけ接近すれば、マークされるのも当然か…。それにしても、こんなときにっ』
愚痴をこぼしていても始まらない。艦長には、迅速な決断が必要だ。
「総員、第一種戦闘配備! エスタール、上昇と同時に、急速退避!
距離はまだある。時間を稼げ!!」
「……動くか、エスタール。」
フォルト級飛空艇「イエーガー」のブリッジで、威圧感ある長身の男、ホーセズが呟いた。
「しかし、マークしながら今まで、ただ放って置いたワケではないぞ。」
ジェノサイダーは、艦そのものは無傷だったが、先の戦いで多くの機械兵を失っていた。
その為、エスタールを確認できるギリギリの距離を保ちながら追尾しつつ、
本国から機械兵の増援が来るのを待っていたのだ。
そしてそれは、先程到着していた。
「キヒヒヒヒ、俺様の新型も併せてな。」
ホーセズの傍らで、腰巾着のスティンガーが笑う。
「……あの田舎侍野郎、今度こそバラバラに切り刻んでヤルッ」
さっきまで笑っていたのに、青筋を立てて怒っている。
その狂気は、機械兵の操作に著しく発揮されるのだ。
ホーセズの方は、そんな部下のことを気に留めるでもない。
「目標との距離を詰めろ。その間、戦闘準備。‘天使と悪魔’の調整もしておけ。」
その指令に、少しの昂揚も無い。
手柄にも、国家意識にも興味は無い。
…目標とするエスタールは、ただのモルモットであった。
時間は少々巻き戻る。
キールが聞いたのは、セントラから、ジェノサイダーへの増援機械兵が送られたという情報だ。
「間違いないんだな!?」
キールは、情報の提供主―アドニスに詰め寄る。
「ええ。恐らく、エスタールに攻撃をかけるつもりでしょうね。」
「そんなことは言われなくても解る!
……くそ、ジェノサイダーめ、エスタールを追いかけていたとは…」
焦りが、ある。
カインがジェノサイダーにやられるとは、思っていない。
だが、カインがやられなくても、エスタールが墜ちるかもしれない。
それでは、カインに戦う意味が無くなる。戦いに出てこなくなる。見つからなくなる。
キールが問題にしているのは、そこだった。
「出撃しますか?」
キールの気持ちを悟っているかのように、アドニスが言った。
「当然だ!…だが、間に合うのか?」
「魔研のハイ・シップなら大丈夫ですよ。乗ったでしょう?」
「あの黒いのか……あれなら、確かにな。よし!」
言うが早いか、キールは飛空艇碇泊場へ向けて駆け出した。
「あ、大尉、ミモザ君も連れていって下さいよ。」
「勝手にしろ!」
振り返りもせず応えたキールの姿は、やがて廊下の角に消えていった。
「フフ…さて、もうひとつお膳立てしておきますか。“鍵の覚醒”を早める為の、ね。」
アドニスは笑んで、別の部屋へと向かった。
「……と、いうわけで、ジェノサイダーが戦闘を行うのに便乗して、
魔研の素材もテストしたいと思います。」
アドニスは、魔研内の会議室に揃った、魔研近衛隊に向かって言った。
「出撃ですね?」
近衛隊の先頭に立つエルクスが、いきり立つ。
「ええ。ハイ・シップや、近衛隊の魔法玉もテストしたいですからね。それには実戦が一番です。」
アドニスは微笑んで答えた。
功を狙っていたエルクスには、願ってもないチャンスである。
「それでは、直ちに出撃します! 全ては、お美しいアドニス様の為に!」
「あ、待ってくださいエルクス君。」
早々に踵を返そうとしたエルクスを、呼び止める。
「なんでしょう?」
「実は、近衛隊だけでなく、魔研の人材も同行させたいのですよ。
…ベリーニ君、ティツィアーノ君。」
アドニスが呼ぶと、後方のドアが開き、二人の人物が現れた。
一人は、ハッキリとした色の金髪の少年だった。いや、少年というより子供だ。
10か11位に見える。顔立ちの整った、可愛らしい子供だ。
普通の金髪の者と比べて、どうも違和感があるのは、彼の瞳まで髪と同じ色だったからである。
もう一人は、妙に痩せ細った男だった。背は、ひょろりと高い。
少し赤みを帯びた金髪で、瞳も同じである。その瞳は、何を見ているのか解らない。
「紹介します。こちらの少年がスパークリング=ジョヴァンニ=ベリーニ君。
こっちの背の高いのが、スパークリング=ルビー=ティツィアーノ君です。
彼らも、連れていって戴きたい。」
「は…アドニス様の仰せとあらば。」
しかし、不服を唱えたのは紹介された方だった。
「えぇ〜〜グンジンと行くなんて、むさ苦しくていやだよぅ」
おとなしそうに見えた少年の顔が、だだっこ風に歪む。
「はは、我慢してくださいベリーニ君。それに、エルクス君は野暮な軍人とは違いますよ。」
アドニスに言われて、エルクスは思わずその端正な顔を赤らめた。
「ふ〜ん、アドさんがそう言うなら…ティツィ、我慢する?」
少年…ベリーニは、傍らのひょろ男…ティツィアーノを見上げる。
「…………。」
「へえ、さっすがティツィは大人なんだ♪ それじゃ、ボクも付き合うよ。」
ベリーニは漸く機嫌を直したようで、アドニスに承知の旨を伝えた。
「それでは、エルクス君、二人をお願いしますね。」
「は、はいっ」
アドニスは、部屋を後にした。
エルクスの最敬礼を、ベリーニはクスクスと笑って見ていた。
十数分後、エルクス達は空を行くハイ・シップに乗っていた。
ハイ・シップとは、魔研特製のシップ級である。
通常のシップ級より大きく、性能も火力も段違いであった。
そのハイ・シップの乗務員席で、エルクスは、二人のゲストと対していた。
「君達は近衛隊員ではないが、本作戦行動中は私の指揮に従ってもらう。いいな?」
しかし、ベリーニはてんで聞いてはいない。スクリーンに映る外の景色に目を奪われている。
「わー、速いなー、あの雲。…あれ、船が速いんだっけ?」
ティツィアーノは無言で立っているが、あさっての方を向いていて、
こっちもとても聞いてるようには見えない。
二人の様は、エリート軍人であり、部隊長でもあるエルクスの逆鱗に触れた。
「貴様ら、聞いているのか!! 作戦中は、君らは私の部下なんだぞ!?」
その怒鳴り声に、さも迷惑そうにベリーニが振り向く。
「……だ〜からグンジンは嫌なんだよ。意味もなく威張っちゃってさ。」
「なんだと!?」
エルクスの怒りを買うことは、並の士官であれば震えが来る程だ。
しかし、ベリーニは動じることもなく、嘲笑っている。
「ボクらは、アドさんに言われたから大人しくついて来たんだ。
本来なら、キミなんか相手にもしないってことさ。あ〜あ、ミモザちゃんの船が良かったなぁ。」
「貴様!!」
エルクスは、ベリーニの胸ぐらを掴む。
「やるの?…いくらキミでも、ボクら二人を相手にしたら…死ぬよ?」
ベリーニは笑ってはいたが、目は獲物を狩る獣のそれだった。
エルクスはその時、この幼い少年に内在する、凄まじい力の片鱗を感じた。
ベリーニは微笑んで、エルクスの手を襟から離させる。
「…キミが他のグンジンと違うのは認めるよ。チカラもある。
……でも、遊ぶのは、ボクらの自由にやらせて欲しいんだ。
それにボクはまだしも、無理に縛ろうとしても無駄だと思うよ、ティツィはね。」
エルクスは、傍らのティツィアーノを見やる。
終始、無言のままだ。その目は、何を考えてるのか全く掴めない。
寒気に似たものを感じさせた。
「アハハ、だろ?ティツィは‘同じ’じゃないと、話せないんだよ。ね?」
「…………。」
「ハハ、ティツィもミモザちゃんのが良かったって? だよね〜。
キミも、もうちょっとミモザちゃんみたく、可愛くすればいいのに。」
「…フン。」
エルクスは踵を返すと、さっさと操縦席の方に行ってしまった。
「あ〜あ、やっぱり可愛くないの。ま、いいや、許しちゃおう。
折角、久々に暴れられるんだしさ。」
「…………。」
「ティツィも嬉しいかい? だよね、施設じゃぁなかなか全開させてもらえないから。」
ベリーニは、さも楽しそうに嗤った。ティツィアーノは、無表情のままである。
そのエルクス達のハイ・シップの遙か前方を行くのは、
キールとミモザの乗るハイ・シップである。
彼らのハイ・シップの乗組員は、戦闘員より研究員の方が多い。研究資材も多く積まれている。
戦うことを前提としているのではなく、あくまで、キールとG.F.のデータを取る為の船なのだ。
そのシップの中で、キールは上半身裸で、複数のコードを付けられて座っていた。
「……数値、全て正常。むしろ、訓練中よりも安定している…」
機器を見ながら、ミモザはチェックを入れる。
「フン、だから、こんな面倒なことをする必要は無いと言っただろう?」
キールは嘲るように言った。下ろしたままの前髪を、邪魔そうに払う。
「でも、G.F.はまだ実験段階の新型。用心に越したことはありません。何が起こるか…」
「何が起ころうと構うものか!俺は、ヤツさえ倒せればそれでいい。
例え、この身が滅ぼうともな!」
キールの言葉は、決して誇大ではない。本気で、そう思っているのだ。
ミモザには、そういうキールの感情は驚きだった。
「……何が、貴方をそうさせるの?」
思わず、問う。研究者としてではない。一個の人として、だ。
突然の問いに、キールは訝しがりながらも、
「簡単なことだ。俺が、そうしたいから、さ。」
と、答えた。
「………貴方は、自分に素直なのね……」
「あん?」
ミモザの呟きは、キールには聞き取れなかった。
だが、大して気にもしない。そんなことは、どうでもいいことなのだ。
「ヤツさえ…カインさえ、俺の手で殺せればな!」
エスタール内には、警報が鳴り響き続けている。
「艦長、速力があがりません!」
「エンジン出力、67%が限界です!」
「……やはり、ダメージが残っていたか……」
前回、アフターバーナーで飛んだ後遺症だ。重力子フィールドを多用したせいもある。
装甲の破損個所も多い。出撃できるシップは僅か。弾薬も減っている。
「敵艦との距離、発見時の半分!このままだと、8分後に敵射程圏に入ります!!」
「絶対絶命、というやつか…」
ギムレットは、恐怖した。
死ぬことへの恐怖ではない。かつて戦場で死線に触れたのは、一度や二度では無い。
しかし、今度はかつてとは違う。自分の采配一つで、艦内全ての人員の生死が決まるのだ。
死ぬことではなく、死なせることへの恐怖だった。
尤も、それは一瞬のことである。直ぐに、彼は冷静な判断力を取り戻す。
それも、今までの戦場で得た経験・力であろう。
「エスタール、静止して、反転。海上にて、迎撃する!」
「了解!!」
パナシェは大きく舵を振る。艦が軋むような感覚が起こり、反転した。
しかし、他の者は容易に了解できない。
「艦長、迎撃しても勝てる可能性は、殆ど…」
スプモーニが確率演算しながら、言う。
だが、ギムレットは落ち着いたものだった。
「…逃げていても、どのみち追いつかれる。
それなら、逃走で消費する分のエネルギーを攻撃・防御に回した方がマシだ。」
理論的には解るのだが、その決断は並大抵のものでは無かっただろう。
皆、ギムレットの思いを理解した。
「主砲副砲、発射準備!機銃への弾装填も忘れるな! 重力子フィールドも用意しろ!」
「…行くか。」
警報を聞いて、カインは立ち上がった。
「カイン君ッ」
残るルシアンが、思わず呼び掛ける。
「……」
立ち止まり、顔半分だけ振り向いた。
「……コドモだと、思ったから?」
「………いや。」
カインは首を振った。
「俺にはまだ、自分自身が解らない。この先の、自信が無い。
だから、それが明確になるまでは、自身の答えが見つかるまでは、
……相応しくないと思ったからだ、お前には。」
「………勝手なんだね。」
「……すまない。」
「でも、らしいよ。」
「…かもな。」
言って、今度は、ちゃんと振り返る。
「行って来る。」
「うん。……答え、見つかるまで、いなくならないでよ?」
「……約束する。」
そしてカインは踵を返し、扉の外へと消えていった。
「………あ、れ……また、泣いてる?」
外の光へと溶け込む様が、何故か無性に淋しかった。
どこか、久遠へ離れていく様に。
「…アタシ……繋ぎ止めておきたかったのかな……?」
解らない。自分の感情の全てを理解出来る者など、いないのだ。
ただ、自分の中の何かが、とてつもなく大きな不安の訪れを告げているのは、確かだった。