〜 3 〜

 

 革命軍の総力を結集した作戦「シャルトリューズ・ステア」は、結果的にセントラ・革命軍双方の痛み分けという形になった。
 だが、両軍とも大打撃を受けたなら、その後有利なのは兵力・財力・軍事力が圧倒的に上のセントラ側である。
 革命軍は、最小限のダメージで、作戦を遂行しなくてはならなかったのだ。
 革命軍…エスタールは、今回の作戦で約半数のシップ、バードを失った。残った艇の損傷も少なくない。エスタール自体も、着水以来最大のダメージを負っていた。
 さらに、多くの人員も失った。レジスタンスにとって、それが一番痛い。
「こんな状態で……」
 思わず、ギムレットの口から弱気な言葉が出そうになるのも無理はない。
だが、彼はまだ、希望を無くしてはいなかった。艦長が諦めれば、そこで終わりだからである。
 そして、もう一つ。目撃した絶大な力。
「………やはり、彼に期待してしまうか…」
 ギムレットは、心苦しさを感じ得ずにはいられなかった。




「………………。」
 リッキーは一人、明かりもつけない個室の真ん中に、佇んでいた。
 そこは、オーベルの部屋だった。
 リッキーはエスタールに戻って以来、艇の補修作業に没頭し続けた。まるで、自分に何かを考える暇を与えないように。
 しかし、周りの者が放って置いてはくれなかった。リッキーの身体を心配し、半ば強引に休憩させたのである。
 仕方なしにドックを出たリッキーは、知らず知らずのうちに此処へ足が向いてしまったのだ。
 部屋には、小綺麗に掃除されていた。部屋主の性格が感じられる。ベットの上にはキチンと畳まれた着替えも置いてある。それが、未だこの部屋に生活感を残していた。
 整理された棚や床と違って、机の上だけは乱雑だった。何枚もの製図が重ねられている。妙な機械部品もあった。その辺りは、やはり技術者の部屋である。
 リッキーは、その机の上に写真立てを見つけた。
 古い写真である。が、リッキーはそれを知っていた。
「あの時の……皆で、撮ったときのだ…」
 その写真に写る何人かの中に、リッキーもいたのだ。
 写真中央にはモスコー博士とカルーア女史。これは、モスコーの研究室での記念写真だった。
 カルーアの傍らには、幼いルシアンがいる。髪は、肩ぐらいまでしかない。カメラを気にするでもなく、母親を屈託無い笑顔で見上げている。
 その隣りにいるのが、同じく、幼い自分である。何やら、妙に緊張しているようだ。直立不動である。
 そんなリッキーの後ろから、まるでリッキーの気持ちを後押しするように、その肩に手を置いているのが、オーベルであった。まだ、少年の顔である。
 その写真のオーベルを、暫く見つめる。
 ふと、涙がこぼれた。
「オーベルさん……僕は、どうしたらいい?」
 最後まで自分の意志を貫いて見せろ――オーベルは、そう言っていた。
 だけど、僕の意志ってなんだ?
革命軍として戦うこと?…今まで、そう思ってきただろうか?
 ひょっとしたら、僕は…一緒に居たかっただけかもしれない。
 今回だって、強く見せようとカッコつけていただけかもしれない。
その結果――オーベルは、死んだ。
「僕の…僕のせいだ、僕は…此処にいる資格なんてっ」
リッキーは膝をつき、床を叩く。
 まだ、振り切ってはいなかったのだ。そう簡単に振り切れるようなタイプではない。
「くそっ…くそっ!」
 何度も、何度も床を叩く。自分を痛めるように。
 と、突然部屋に光が射す。扉が開いたのだ。
「誰?……リッキー?」
 リッキーはその声の主の方を向く。
「アンシャンテさん…?」
 彼女の背後から射す光と、涙とでよく見えない。
「やっぱりリッキーね。」
 シルエットが、部屋の中へと入ってくる。
立ち上がって確認すると、やはり、アンシャンテだった。
 慌てて顔を拭う。
「……アンシャンテさん、どうしたんですか?」
 努めて、平静を装う。だが、察しのいいアンシャンテにはなんとなく解っていた。
だから、深くは追求しない。普通どおり振る舞うだけだ。
「うん、ちょっと整理にね。」
 そう言って、ベットの上の衣服を手に取り、タンスにしまう。
そして、机の前の椅子に掛けられたままだった上着を手に取り、ハンガーに掛ける。
 その一連の動きは、細やかな女性のそれを感じさせた。
 さらに、机の上の整理にかかろうとする。
「あ、待って…」
思わず、リッキーは止めてしまう。
「?…どうしたの?」
「そこは…そのままにして置いてくれませんか?」
 その、乱雑な机の上が綺麗になってしまったら、オーベルの存在が…オーベルがいたということ自体が、消えてしまう様な気がした。
「……気持ちは解るけど、だからといって、彼が戻ってくるわけじゃないわ。」
「で、でも!」
 アンシャンテは首を振って、整理に取り掛かった。
リッキーは、動くこともできず、ただ見つめる。
「……どうして、そんな冷静に……悲しく、ないんですか?」
 返事は無い。あるいは、声が小さすぎて、聞こえなかったのかもしれない。
 バラバラだった製図は一束にまとめられ、機械部品は側のケースに入れられる…
 恐らく、そのケースが開くことはもう無いだろう。永遠に主人を待ち続けるだけだ。
どうにもいたたまれなくなって、また口を開こうとしたその時、リッキーはアンシャンテの視線が留まっているのに気付いた。
 その先にあるのは、例の写真である。
「……彼って、人のことには敏感なつもりだったけど、自分のことには全然鈍かったのよね……」
 そう一人呟いた横顔を、リッキーは、綺麗だと感じた。
 アンシャンテは、美人である。しかも優秀な技術者であり、自ら戦場に赴くような行動派でもある。反面、女性的な優しさや気配りも兼ね備え、面倒見の良い姉御肌のようなところもある。
 そんな彼女であるから、当然、人気がある。隠れファンと称する輩も少なくない。
 だが、完璧すぎる存在というのは、なかなか手を出し辛いものである。高嶺の花とでも言おうか。
 あのガフをして、彼女を口説いたのは二回‘だけ’である。
 しかし、彼女自身がその状況を望んでいたかというと、決してそうではない。
優しく明るい彼女であるから、やはり人には普通に接して欲しいはずである。
 そう、優しい彼女だ。今は、無理に気丈にしているのかもしれない。
そう思って、リッキーは謝ろうと声をかけようとした。が。
「…アンシャンテさん?」
 後ろ姿の肩が、震えていた。
「……ホント、鈍いのよ………気付かずに、逝っちゃうなんて…」
 揺れる小さな呟きだったが、リッキーは聞いてしまった。
それで、ふと、思い当たる。
 アンシャンテを『アン』という愛称で呼んでいたのは、オーベルだけだった。
 オーベルは唯一、アンシャンテに対し意識せず、普通に接していたのだ。
そんなオーベルだったからこそ、彼女は……
 そんなことを考えてるうちに、いつの間にか整理は終わっていた。
そして、振り返ったときのアンシャンテは、いつもの顔だった。
「…アンシャンテさん、僕…」
「彼の物が整理されたからと言って、彼がいた事実が消えちゃうわけじゃないわ。ずっと、心の中に…ね? 元気出しなさい。」
 そう言って、リッキーの肩を軽く叩くと、部屋を後にした。
 再び、部屋にはリッキーだけとなる。
「…アンシャンテさん、ごめん…ごめんなさ……僕はっ…僕だけが…悲しんでるつもりで……」
 最後は、もう言葉にならなかった。
 ――机の上に、一つ残った写真立て。少年の隣りには、同じ歳位の少女が、無邪気な笑顔で写っていた――




 エスタールの一角にある病室。
 そこのベットに横たわる身体の大きな男は、ガフである。ベットには「絶対安静」の札が付いている。
 出血は止まっていたが、傷は深く、完全にはふさがっていない。
 なにより、血を多く流しすぎた。怪我した状態で戦闘したのが悪かった。
 しかし医師に言わせると、生きていられた方が奇跡らしい。その辺りは、さすがに百戦錬磨の戦士である。
 だが、未だ寝かされているのは、当の本人には不服らしい。
「………こんな時にっ」
 そう言って歯軋りしたガフは、いつもの軽い感じではない。険しい戦士の顔だった。
艦がピンチの時に、動けないのが悔しいのだ。
 先ほど、ポロムが訪れて、まだ魔力が回復しない旨を伝えてくれた。パロムも、戦闘中ほど魔力が出ないらしい。やはり、こっちの世界では勝手が違うようだ。
「本当に、すみません…」
 心からすまなさそうに謝るポロムに対し、軽い調子で気にするなとは言ったが、内心少し期待していた部分があるだけに、残念だった。
 そういうワケの解らない「魔力」に頼ってでも、早く回復し、皆の為に戦いたいと願っている。ガフは根っからの戦士であった。
 と、チャイムが鳴った。誰か来たようだ。
「ん?…入っていいぞー。」
 ドアが開くと、現れたのはクラーレットである。
「よう!クラレ元気か?」
 いつもの軽い調子に戻って、片手を上げる。
「…私より、自分はどうなんだ?」
 クラーレットは呆れながら、ベットの傍らに来た。
「オレは頗る順調よ。いや、怪我したおかげで、久々にいい休暇が取れたぜ。」
 笑うガフは、先程までの苦悶など、微塵も見せない。
「そうか、経過がいいなら、良かった。」
 クラーレットは素直にとって、喜びを浮かべた。
「それよりクラレ、お前こんなところに来てていいのか?皆忙しいんだろ?」
「ああ…だが、私は機械の修理はよく知らない。役には立たないよ。」
 クラーレットは、少し落ち込んだ表情を見せた。
 それを見たガフは、悪戯っぽく笑って、
「ハハ、だろうなー。お前は戦うしかできない、戦闘バカだからな。」
と、さも馬鹿にするように言った。
「何!? それはお前も同じだろう!お前には言われたくないぞ!」
 当然怒るクラーレットに、いつもの調子が戻る。
「ハハハ、冗談冗談。…それにしたって、お前ココに来すぎだぞ?いくら暇だって、やること位あるだろ?」
「え…いや……」
 途端、口ごもる。
 問うてはいたが、ガフには理由は解っていた。クラーレットは、自分のせいでガフが怪我を負ったことに、責任を感じているのだ。
 クラーレットには、真面目すぎるところがある。それに、昔のこともあった。
だから、足繁く見舞いに来るのだ。
「………はーん、なるほど。解ったぞ♪」
 思いついたように、ガフが言う。
「な、何だ?」
「クラレ、そんなにオレが好きなら、言ってくれれば良かったのに。」
 クラーレットの顔が、みるみる真っ赤に染まる。…怒気の方で。
「馬鹿っ! バカなこと考えてる暇があったら、早く怪我直せ!!」
 さすがに鉄拳は飛ばないが、耳がキーンとするほどの怒鳴り声だ。
「あう〜〜〜」
 ガフが頭をフラフラさせている間に、クラーレットはサッサとドアへと歩いていく。
「ったく、素直になれよな。」
 ガフがぼやくと、クラーレットは立ち止まって振り返った。
「…??」
 今度はガフが驚く番である。
「な、なんだよ……」
「…看護員を口説くのは止めろ。苦情が出てる。」
 思わず前のめりになるガフ。
その間、クラーレットは廊下へ出ていってしまった。
「…ったく、驚かせやがって……ま、元気は出たみたいだな。」
 ガフは大きな欠伸を一つ、窓の外を見る。
 もう空は、暗くなり始めていた。




「…カイン君、大丈夫? ……寝てる?」
だが、インターホンから返事は無い。
 暫くの間待っていたが、やがて意を決して、
「カイン君、入るよ?」
と、ドアを開ける。心配で、どうしても放っておけなかったのだ。
 部屋に入ったルシアンの視線は、すぐに目の前のカインを捉えた。
「…カイン君…」
 カインは、ベットに腰掛け、頭を項垂れたままで、顔を上げようともしない。
 そんなカインに歩み寄り、何も言わずに隣に座った。


 ………その沈黙は、どの位続いただろうか?
やがてルシアンは、カインの方を向く。
 カインは、ルシアンが部屋に入った時のままである。
 ルシアンは再び正面に向き直る。
「……パナシェがね、セントラの昔話したでしょ?魔女と、騎士の話。」
「……………」
「あのお伽話ね、ホントはアタシ、あんまり好きじゃないんだ。」
「……………」
「…魔女が、騎士オーディンに竜機を与えたおかげで、オーディンはずっと楽に戦えるようになったんだけど、それでもモンスターは減らなかったの。まるで、無限に溢れてくるように。」
「……………」
「それで、魔女はモンスターのやってくる、遙か北に行ってみたんだって。原因を探る為に。」
「……………」
「そうしたら、そこには大きな穴があって、その中にモンスターがたくさん蠢いてたの。
その穴は、まるで天から星が降ったような、大きな穴だったって。」
「……………」
「……だから魔女は、そこに聖なる水を張って、その水…湖に、自らの魂を溶け込ませて、封じたの。これ以上、モンスターが増えないように。」
「……………」
「…そして、残ったオーディンは、魔女の遺志を継いでセントラを護り続けるために、自分を精霊に変えたの。永遠の命を持ったオーディンは、今もどこかで、孤独にセントラを護ってるって。石像になった二つの竜機と共に。」
「……………」
「……二人は、いい人だった。皆の為に、戦って、守って…なのに、どうして二人は幸せになれないの?」
「……………」
「二人は、生きることも死ぬこともできずに、永遠に離ればなれのまま…愛しあっていたのに……ううん、愛しあってるからこそ、お互いの守りたいものを守る為に、バラバラになってしまった……でも、そんなのって!」
 いつしか、ルシアンの瞳からは大粒の涙が流れていた。
「…そんなのって……そんなのって、ないよ………」
 その涙は、なによりも汚れなく……
 …再び、静寂の刻が訪れる。


「……だからね、カイン君は、自分を犠牲にしないで。」
「……………」
「誰かが犠牲になって、平和になったって、心から喜べる人なんていないもの。きっと、昔のセントラの人もそうだったと思う。」
「……………」
「それに…カイン君が苦しんでると、アタシも苦しいもの……哀しいもの。」
「……………」
「だから、もういいよ……もう………」


「…………俺は、怖いんだ。」
 また訪れていた沈黙の後、カインが初めて口を開いた。
「……怖い?」
「怖い…そう、怖い。自分が怖い。簡単に消してしまえる自分の力が、心が……」
「……だから、もう、戦わなくてもいいよ。」
「……だけど……お前がいなくなるのは、もっと怖い。」
「…え?」
「……お前を、助けられないこと…死なせること…守れないこと…失うこと……その方が、もっと怖いんだ」
「!」
 カインは、ルシアンを、初めて自分から抱きしめた。
「カイン君……」
「……俺には、オーディンの気持ちが解る。オーディンが永久の命を得たのは、魔女が守ったセントラを、守りたいだけじゃない。…きっと、自分だけ、死んで無くなってしまうのが、怖かったんだ。…守れなくなることが……」
 細い身体は、すぐに儚くなってしまいそうだった。それすら、カインには怖かった。
「……この先、俺はどうなってしまうか解らない。ただ殺すだけの、化け物になってしまうかもしれない。」
「そんなこと!」
「……だけど俺は、まだ人として、生きてる。そして、目の前に、お前がいる。」
「…うん。」
「……だから、今はただ、出来ることをしようと思う。お前を守る為なら…戦える。戦いたい。」
「……カイン君……」
「………俺は…お前が………ルシィ、お前が……!」
 そこから先は、言えなかった。
 彼の唇が、塞がれたからである。
 カインはそれよりも、頬に伝わるルシアンの涙を、熱く感じた。

 

 

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