〜 2 〜
絶望の淵に立つ人間は、強い意志を失ってしまう…
しかし、彼はまだ、それを保っていた。
自分への怒り、それ故に…
彼が飛空艇からセントラルシティの軍専用碇泊場に降り立ったとき、そこには白衣の男が 待っていた。
透き通るような銀髪と瞳。
まるで人間ではないかのような造形美を持つその男…
Dr.アドニ スは、いつもの笑みをたたえて、帰還した“彼”を向かい入れた。
「お疲れさまでした、キール大尉。」
呼ばれた“彼”…キールは、僅かに会釈すると、アドニスをかわしそのまま歩き出す。
「どこへ行くのです? ザルツ閣下に報告ですか?」
その問いかけに、キールは立ち止まる。
「……カインを倒すと豪語しながら、それは叶わなかった。
そればかりか、工場を失い、ロ ブも死なせた。どの面下げて御前に出ろというんだ。」
声はあくまで落ち着いているが、肩は小刻みに震えていた。
「では、あなたはもう戦わないのですか?」
次の問いには、キールは勢い振り返って、
「馬鹿を言うなッ、俺は…俺は誓ったんだ!奴を倒し、必ずロブの仇を取るってな!!」
そう叫んだ。その顔は怒りと憎しみに満ち満ちている。
それを聞いて、アドニスは満足げに頷いた。
「それでこそ、キール大尉だ。手を回しておいた甲斐がありました。」
「何?…手を回すだと?」
不審そうなキールに対し、アドニスはまったく表情を変えない。
「キール大尉。本日付けで、あなたは魔学研究所直属守備部隊の一員となりました。」
「何だと!?俺が、魔研近衛隊にか!?」
「ええ、私が閣下にお願いしたのです。」
相変わらずニコニコと、アドニスが言う。
だが、キールの方は笑ってはいられない。
「馬鹿な、そんな勝手なマネ、素直に聞けるか!」
「そうですか?あなたにとっても好都合だと思うのですが。」
その言葉に、キールが表情を変える。
「好都合?」
「そうです。このまま元の配属に戻ってしまえば、あなたは治安剣士隊。
首都から離れるこ とが出来ず、反乱軍を追うことも出来なくなってしまう。」
「…………。」
「私は何も、近衛隊で、ただ魔研を守っていろと言うのではありません。
あなたに、自由に 戦って欲しいのですよ。そのカインという男と。」
確かに都合の良い話だが、逆に言えば都合が良すぎる。さすがに、キールは訝しがった。
「……何故、そこまでする? 何が狙いだ?」
言葉と共に、キールが飛ばした静かな威圧は、並の者なら萎縮するに十分な程のものだっ た。
が、アドニスは事も無げに笑った。
「フフ、私はただ、あなたがG.J.を使うデータが欲しいのですよ。それ以上でも以下でもな い。」
暫時、二人の視線が絡み合う。
キールはアドニスの真意を覗こうとしたが、その表情からは研究者としてのそれしか、読み 取れなかった。
「……解った。近衛隊に入ろう。だが、俺はやりたいようにやらせてもらうぞ。」
漸くキールは視線を外し、承諾した。
「ええ、それで結構です。連絡が行くまで、お休みになってください。」
「そうさせてもらう。」
と、キールは再び歩き出す。
「あ、待ってください。」
「なんだ、まだ何か?」
「あなたの剣ですが、先の戦いで破損したと聞きました。
魔研の技術で修復して差し上げよ うと思うのですが。」
「何…できるのか?」
「ええ、恐らくは。ちょっと、見せてください。」
言われてキールは腰の大剣を、鞘ごとアドニスに手渡した。
受け取ったアドニスは、剣を少し抜いてみた。
刃には、柄にまで及ぶ大きな罅と、血らしき 汚れがこびり付いていた。
「……ふむ、非常に純度の高い金属で出来ていますね。これなら、10時間程で培養できる でしょう。」
「本当か!?では、頼む。」
そこはキールも、素直に頼んだ。やはり、キールにとって剣は特別なのだ。
「お任せください。明日にでも、届けさせましょう。」
「いい。10時間後に取りに行く。」
「そうですか、ではお待ちしています。」
そう言ったアドニスは、一瞬だけ笑みを強くしたように見えた。
「じゃあ、頼んだぞ。」
それだけ言い捨てると、キールは踵を返し、ツカツカと港の出口へ歩いていった。
見送るアドニスに、飛空艇から出て待っていたミモザが寄る。
「フォーティファイド様。」
「ああミモザ君、ご苦労様です。…どうでした?」
「それが、予想外の事態が…」
そう言って手元の資料を開くミモザは、少し動揺していた。
「予想外の事態?…魔女が消えでもしましたか?」
アドニスの言葉に、驚いて顔を上げる。
「は、はい!魔力炉暴走の後、生命反応が消失して…でもフォーティファイド様、どうして お解りに?」
「多分、そうなるだろうと思っていたからですよ。」
アドニスは、事も無げに言う。
対して、ミモザは理解できない。
「し、しかし、魔女は死なない筈では…」
「ええ、“魔女のままであれば”、ね。」
その応えに、ミモザはハッとする。
「……まさか、継承…」
アドニスはそれには答えず、微笑んだ。
「…行きましょう、ミモザ君。三つ目の『鍵』は見つかりました。
後は、近付く刻に合わせ、 行動するのみ…」
歩き出すアドニスに、ミモザは付き従った。
………………………………………。
『…………………………誰だ?』
………………………………ねばならん……
『……何を言ってる?』
……強く……お前は強くならねばならん。勝たねばならん…
『親父?………俺は、強く………解ってるよ。』
……強く、強くならねばならん。誇り高きアンペリアルの名を汚さぬためにも…
『……名前ノタメ?……違う、俺は、俺自身の為に戦っている。』
……強く、強くなるのだ。強く強く強く強く……………
『解ってるさ!だから、俺は強くなった。誰にも負けない!勝ち続けるんだ!!』
……強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く……
『黙れ!俺は自分の意志で強くなるんだ!戦うんだ!勝つんだよ!!』
それは、意識の牢獄。出口も無く……ただ、一筋の光を除いて。
『お前が、キールか。噂は聞いてるぜ。俺はB組のロバート。よろしくな。』
「ロブ!?」
瞬間、覚醒する。
「な…に…?」
目の前には、見慣れた天井。セントラルタワー内の、自室だった。
ベットの上で、キールは身体を起こす。ひどく、汗をかいていた。
「あれは…ロブだったよな……」
先程までの夢を思い返す。が、まるで霞が掛かったように、ぼやけていた。
在るのは、ただ、喪失感。
「俺は……俺を失くしちまった……?」
ロブこそ、キールが真実のキールでいられる、唯一の場所であったのかもしれない。
しかし、そう無意識に解っていても、表層のキールはそれを認めたがらなかった。
だから、そのイライラを怒りに転化する。
自分の弱さを自分自身から隠したいのだ。
『……しっかりやれよ。』
奇しくも、それがロブの最後の言葉となった。
「解っているさ…仇は、必ずとる!」
果たしてロブの真意はそれであったのか?
今となっては、知る術もない。
ミモザは一人、魔学研究所内の廊下を足早に歩いていた。
もうじき、キールが来る予定の時間である。準備を急がなくてはならない。
と、突き当たりを曲がった所で、一人の女と出会した。
「あ…」
「む…シャルドール=ミモザ…」
ミモザの名を呼んだその長身の女性は、少し驚いたが、直ぐに落ち着きを取り戻した。
長い珊瑚色の髪は、腰の辺りで縛っている。
赤地に黒のラインの独特な軍服が、スラリと した体型によく似合っていた。
腰には、細身の剣サーベ…ルを差している。
キリッとした表情は、凛々しさと勝ち気さを思わせる。
切れ長の碧の目も、それを増すの に一役買っていた。
「エルクス=オウン少佐…」
今度はミモザが名を呼んだ。
エルクス=オウン少佐。軍内部でもその名を知らない者はいないだろう。
若くして魔研近衛隊隊長にまで上り詰めた、エリート士官である。
その軍功は数知れず、力は勿論、美しさも相まって、正しく戦場の華と呼ぶに相応しい存 在であった。
「…失礼しました。」
ミモザは一礼して、通り過ぎようとする。
「待て。」
エルクスはそのミモザを呼び止めた。
なんとなく予想していた心持ちで、ミモザは振り返る。
「…何でしょう?」
「随分忙しそうだな。また、何かの実験か?」
その物言いには、軍人らしい、多少研究者を揶揄するような雰囲気があった。
だが、ミモザは気にする風でもなく、
「…ええ。ですので、急いでいます。」
と言ってのけた。
それが、エルクスの癇に障った。 ミモザに詰め寄り、肩を掴む。
「くっ…」
「シャルドール=ミモザ……アドニス様から、唯一御名をお呼びすることを許された者…」
瞳の貌が変わる。それは…嫉妬。
「だからと言って、いい気になるなよ。精々、研究でも実験でもして胡麻をすってろ。
私は、 戦場で功を得る。何度の実験にも代えられぬ功を、な!」
それだけ言うと、やっとミモザを開放した。思わず顔をしかめ、掴まれていた肩をおさえ る。
「ふん。」
エルクスは進行方向に振り向くと、さっさと歩いていった。
ミモザは暫く、それを見送る。
「エルクス……私にはあなたが羨ましい。何も知らない、あなたが……」
キールが魔学研究所に着いたのは、予定より少々早かった。
逸る気持ちや、剣が気になった、という事もあるが、夢のせいであまり眠れなかったというのが真相である。
「こちらです。」
所員に案内されて、とある扉の前まで来た。“特殊金属培養室”、とある。
「所長、キール大尉がお見えです。」
所員がインターホンにしゃべりかける。
『ああ、お待ちしていましたよ。』
アドニスの声が返ったかと思うと、ゆっくりと扉が開きだした。
そこは、薄明かりのみに照らされた、暗い部屋だった。
「ようこそ、キール大尉。早かったですね。」
部屋の奥から、アドニスが現れた。
「ああ…悪かったか?」
「いいえ、どうぞお入りください。」
アドニスは笑顔で招き入れる。と同時に扉が閉まっていく。先程の所員は、一礼して去っ ていった。
扉が閉まると、そこはますます暗くなった。
さすがのキールも、見知らぬ研究室とあって は不気味な心持ちだ。
「すみませんね、光を嫌う培養質もあるので。」
見透かしたように、アドニスが言った。
「いや、構わない。それより、俺の剣はどこだ?」
「ああ、あれですよ。」
アドニスの指した方を見る。
そこには、巨大な水槽があり、緑の液体で満たされている。
その中に、キールの剣が沈められていた。剣からは、細かな気泡が無数に生まれている。
「まだかかるのか?」
「ええ、正確に計算したところ、予定所要時間は10時間27分47秒でした。まだ、40 分はありますね。」
アドニスは機嫌良く答えた。
「そうか…待たせてもらうぞ。」
「それは良いですが…ただ待っているというのはつまらなくないですか?」
「何?」
キールが、アドニスに向いた。アドニスは相変わらずの笑顔である。
「いえね、面白いものがあるのですよ。是非、あなたに見て頂きたくて…ミモザ君。」
「はい。」
アドニスが呼ぶと、どこにいたのか、ミモザが妙な機器を台車に乗せて現れた。
自然、キールの目はその不可思議な機器に向く。
たくさんの計器のついた機械の上に、かなり大きな透明の球体が納まっていた。
球体には、何本ものコードが接続されている。
が、一番キールの目を引いたのは、球体の中身だった。
何か、黒い光のような陽炎のようなものが、球体の中で煌めいたり陰ったりと、激しく動き回っている。
そこから出たがって るようにも見えた。
「これは?」
「新種のガーディアンですよ。」
アドニスは答える。
キールは、ますます‘それ’に視線を注いだ。宝石化する前のガーディアンを見るのは、 初めてだった。
「……どういう力のG.J.になるんだ?」
「いえ、G.J.にはしないつもりです。」
「何?」
キールは不思議そうにアドニスの方を向く。
アドニスはいつも通りの笑顔だったが、黒い 光に照らされて、キールに闇を感じさせた。
「これには、G.J.を超える新しいシステム…G.F.を採用しようと思うのです。」
「G.F.…なんだそれは?」
「G.F.、即ちガーディアン・フォースとは、ガーディアンを宝石化せず、
エネルギー体のままで使用者に接続・内包する方式です。
つまり、使用者の精神そのものが宝石に代わる器に なるということですね。」
説明を聞いても、キールにはいまいちピンとこない。
「それは、つまり…G.J.とはどう違うんだ?」
「G.J.は、言うなればエネルギーを無理矢理封印した状態。扱い易くはなりますが、その分、
得られる力も限られてくる。せいぜい、普通では出来ない特殊能力を得る位のものです。
し かし、G.F.はエネルギーを固定しないから、より強力な力を得られる。
多種多様な能力を得 る…それだけでなく、使用者の身体能力まで飛躍的にアップさせられるのです。」
話を聞いて、キールは再び球体に目を移す。先程までと違って、その光に強烈な力を感じ て見えた。
「その精神接続を、我々は『ジャンクション』と呼んでいます。」
「ジャンクション!?」
途端、キールの目の色が変わる。浮かぶのは、空を翔る蒼い竜。
キールは、カインが‘あれ’になるとき、「ジャンクション」と叫んだのを聞いたような 気がした。
そんなキールの気を知ってか知らずか、アドニスは続ける。
「ただ、これはあくまで実験段階。接続すれば、どのような弊害が起こるか解りません。
か といって、並の者では力に耐えられず、試験もままならない状態で…」
「俺が、やる。」
間髪入れず、キールが申し出た。
「俺が、実戦で直接テストしてやる。だから、俺にジャンクションさせてくれ。」
「しかし、本当にどのような事態が起こるか…」
「構わない。覚悟の上だ。言った筈だぞ、俺は自由にやると。」
そう言ったキールの表情には、もう意志が固まっていた。
アドニスは、笑顔で頷いた。
「さすが、キール大尉。お見逸れしました。それでは、早速やってみますか?」
「望むところだ。」
「それでは、其処に掛けてください。」
アドニスが指した先には床に固定された大きな椅子があった。
キールはさっさと歩み寄ると、その椅子に腰掛けた。
「それでは、行きますよ。気持ちをこの光に集中させてください。」
アドニスは台車をキールの前に運び、球体の中の光を示した。
キールはそれを凝視する。
「いいですね、精神が集束していく。…ミモザ君。」
「…はい。」
言われてミモザは球体の側の計器を操る。同時に、黒い光の動きが活発になる。
瞬間、キールは何かの声のようなものを聞いた。
「なんだ?…ディ…ア…?」
「エネルギー向上率218%! 封印壁から漏出し始めてます!」
そのミモザの声が、キールの意識を元に戻した。
「フフ、いよいよですね。封印電圧を最低レベルへ。…キール大尉、行きますよ?」
「ああ。」
キールは見た目には非常に熱量を持っていそうなその光の奔流に、背筋の冷たさを感じて いた。
「エネルギー臨界!封印壁を飛び出します!」
「ベクトルを、前面へ。…放射!」
アドニスの令とともに、黒い光が球体から弾けるように飛び出した。
それが黒い波となり、 キールに向かう…と思ったときには既に、胸に接触していた。
「おぉ…おおおおおお!?」
波は吸い込まれるように、胸からキールの体の中へと消えていった。
まさに、一瞬の出来事である。
訪れた、静寂。
「ガーディアンD、被験者に精神ジャンクション、完了しました。」
暫時、計器をチェックしていたミモザが、そう報告した。
「成功のようですね。」
アドニスが、微笑んで言った。尤も、実験中とて笑顔が絶やされたことは無かったが。
「気分はどうですか、大尉。」
椅子に座ったままのキールに話しかける。
キールは、別に放心してるわけでもない。意識ははっきりしているようだ。
「……これといって、変化は無い。ただ…」
「ただ?」
「……何か、ザワザワするような感覚があるな。…あと、力の潜在を感じる。」
キールは自分の、両の手の平を見つめながら言った。奥深くに何かが在る。そんな気がし た。
「ふむ、結果は、実際に能力を発揮してからですね。
キール大尉、これからはこのミモザ君 を付き添わせますので、何かありましたら言ってください。」
「付き添い?…そんなものは要らない。」
キールは、アドニスの傍らのミモザを一瞥してぶっきらぼうに言った。
「そう言わずに。ミモザ君はこの研究の担当なんです。お役に立ちますよ。
それに、データ も集めなくてはね。」
「データか…そういうことなら仕方ない、か。」
自分が魔研の技術を使えるのは、実験対象であるからである。
データ集めと言われては、 折れるしかなかった。
「…よろしく、お願いします。」
ミモザが頭を下げる。が、キールは無反応に立ち上がった。
「Dr.アドニス。この力、試してみたい。場所を貸してもらえないか?」
「ええ、勿論です。魔研内の実験訓練施設を使うといいでしょう。ミモザ君、ご案内して。」
「は、はい。」
言われてミモザは、部屋のドアを開ける。
「…訓練にまで、付き合わせるのか?」
「ええ。彼女のアドバイスを受けた方が、より力を引き出し易いと思いますよ。」
「……フン。」
キールはミモザの開けたドアから足早に出ていった。慌てて、ミモザがそれを追う。
一人残ったアドニスは、頭上を見上げた。
高い天井が、時折明滅する小さな光を放っている。それは、夜空にも似ていた。
「……生と死の狭間の力。それこそが、私の夢に華を添える……」
その時、彼の背後の水槽がブクブクと音を立て出した。
「ああ、どうやら剣も直ったようですね。
…しかし、キール=アンペリアル、彼はいろいろ なものをもたらしてくれる……」
アドニスは剣の方に向いた。
だが、見ていたのは剣のそれではなく、その後ろに隠れた小 さな水槽であった。