〜 8 〜

 

        再び、闇に包まれた部屋。

       モニターには、シップと機械兵に対して機銃弾幕を張るエスタールが映っていた。

      だが、部屋唯一人の存在が見ていたのは、モニターではなく、手元の時計だった。

      「………ふむ。そろそろ時間ですね。」

       男は、モニターに目を移す。

      「…先ずは、“一つめの振り分け”……」

      男の表情は変わることはない。ただ、微笑むばかりだった。

 

       「うおおおおおおっ!!」

       ウォルナッツの咆吼とともに、手にした機関銃が火を吹いた。

      銃口の先の兵士達が数名倒れる。が、追っ手は尽きない

      「チィ、何人出てくるんだよぉ!!」

      再び引き金を引くが、反応がない。

      「な?…くそ、弾切れか!!」

       新しいカートリッジを取り出そうとしたとき、すでに眼前には銃を構えた兵士が迫っていた。

      「し、しまっ……」

        ダゥンッ!!

      辺りに激しい発砲音が響く。

       思わず目を瞑ったウォルナッツだったが、身体のどこにも痛みは無い。

      「あ、あれ…?」

      恐る恐る目を開けると、倒れていたのは敵兵の方だった。

      「ウォル、何してんだ、急げ!!」

      振り向くと、煙の立ち上る銃を手にしたオーベルが手招きしている。

      「すまん、オーベル、助かったぜ。」

       胸をなで下ろす暇もなく駆け寄ると、礼を言った。

      「気にするな、今の内に弾を込めとくんだ。アンシャンテ、そっちは?」

      オーベルは背後のアンシャンテに向く。

      そこには工場内資材運搬用のモノレールがあり、そこに停まったレールカーの操縦桿を、

      アンシャンテがなにやら操作している。

      「なんとか動きそう。動き出せば、オートで連れてってくれるわ。」

      「よし、これなら一気に動力炉近くまで行けるハズだ。ここで敵を引き離す!」

      そう言いつつ、アンシャンテの傍らのリッキーを見る。

      リッキーは座席に腰掛けたまま、震えていた。

      『……やはり、リッキーは来させるべきでは無かったか……』

       そう思ってしまうオーベルだったが、今はそんなことを言っている場合でもない。

      「追っ手だぜ!!」

      通路先を見張っていたウォルナッツが、機関銃を放ちながら言った。

      「くそ、もうか! アン、モノレールは!?」

      「エンジンかかった!すぐ発進できるわ!!」

      「よし、ウォル、行くぞ!!」

      オーベルは自身もレールカーに乗り込みつつ、ウォルナッツを呼んだ。

      ウォルナッツは頷くとレールカーに飛び込む。

      「発進!!」

      アンシャンテが手にしたレバーを倒すと、レールカーは軋むような音を立てて、急発進した。

      「身を低くしろ!!」

      オーベルが叫ぶのと殆ど同時に、頭上を銃弾が飛んでいく。

      このレールカーは屋根の無い、トロッコのような形状なのだ。

       だが、その加速は素晴らしく、やがて敵の姿も見えなくなった。

      「ふぅ、間一髪だったな。」

      ウォルナッツが取り出したタオルで顔を拭きつつ言った。

      「安心している暇はないぞ、動力炉まではスグだからな。アン、後どの位だ?」

      「3,4分、ってとこかしら。」

      アンシャンテは計器をチェックして到着時間を割り出した。

      「よし、動力炉に着いたら爆薬をしかけ、またモノレールですぐさま撤退だ。

      巻き込まれたら、ただじゃ済まないぞ。」

       その言葉に、ウォルナッツ・アンシャンテの両名が頷く。

      だが、リッキーは自分の膝上の手を見つめたままだ。

      「リッキー、聞いていたのか?……おい、リッキー!!」

      「え…あ、はいっ」

      慌てて顔を上げる。極度の疲労と緊張が見て取れる表情だ。

      「ボーッとしてると、やられるぞ。」

      「は、はい…」

      リッキーは、再び俯いてしまう。

       オーベルは彼の隣りに座る。

      「…なあリッキー。俺はお前を小さい頃から知ってるが、戦場向きでは無いと思うよ。」

      「……。」

      「だがな、お前は自分の意志でここに来た。来た以上、お前も革命軍の戦士なんだ。

      だったら、最後まで自分の意志を貫いて見せろ。」

       そのオーベルの言葉は、元々ただの技術者であるだけに、重たかった。

      リッキーは顔を上げる。オーベルだけじゃない、ウォルナッツもアンシャンテも同じ境遇だ。

      ウォルナッツは親指を立てて見せた。アンシャンテは微笑みかける。

      「できるさ。お前は一人じゃないんだからな。」

      オーベルが皆の気持ちを代弁する。

       リッキーは、ただ頷くばかりだった。

      「……! もうすぐ動力炉近辺よ!」

      アンシャンテが操縦桿の傍らのパネルを見て言った。瞬間後、レールカーが停まる。

       幸い、近辺に敵の気配は無い。

      「よし、行くぞ!!」

      四人は一斉に飛び出すと、そのまま通路をひた走る。かなり走ったところで、ドアが見えてきた。

       一つ目のドア。偽造コードキー。開いた。

       二つ目のドア。ノーマルの鍵穴。銃を放つ。開いた。

       そして、三つ目のドアには鍵は無く、すぐさま四つ目のドア…ならぬ、巨大な扉が現れた。

      「この向こうが動力炉のハズだ! キーは!?」

      「パスワードになってるみたい。」

      アンシャンテが扉横のパネルを操作する。が、扉は開かない。

      「ダメだわ、二重、三重にロックされてる!」

      「いっそ、ぶっ放すか?」

      ウォルナッツが機関銃を構える。

      「駄目だ!動力炉に引火したら、吹き飛ぶぞ。」

      「んじゃあどうするんだよ!?ここまで来て引き上げか!?」

      言い合う二人の横で、アンシャンテは懸命にキーを叩くが、扉に反応はない。

      「んもぅ、どうして動かないのよッ!」

      「……貸して、僕がやる。」

       そう言って隣りに来たのはリッキーだ。 思わず男二人も静かになる。

      「リッキー、でも…」

      「アン、代わるんだ。ここは、リッキーに任せよう」

      オーベルに諭され、アンシャンテはパネルを空けた。

       リッキーはパネルを一瞥すると、途端に物凄い速さでキーを叩き始めた。

      ウォルナッツとアンシャンテは呆然となる。

      さっきまで青くなっていた少年とは、まるで別人だった。

      「オーベル、これって…」

      「自分の興味のあるものに遭うと、恐怖も何も忘れてしまう。それが、コイツさ。」

       そんな外野の会話など気にもせず――というより耳に入らず、リッキーはパネルと格闘する。

      「……そうか、ここは記号が数値化して……マシン語の応用を………」

      何やらブツブツと呟いていたリッキーだったが、

      「これだ! これでパスワードが出てくる!」

      と、突然大きな声を上げた。

      「解ったのか?」

      「うん。あとはこうして…」

      リッキーが何事かキーを入力すると、暫時の後、パスワードのである文字が画面に出てきた。

      四人は皆寄り集まって注目する。

      「ん…これは…」

      「『original sin』……原罪?」

      思わず顔を見合わせる。

      「ったく、いい趣味してるぜ。罪っていうなら、セントラのやってることがそのまんま罪じゃねえか。」

       ウォルナッツがそんなことを呟いたとき、扉が徐々に開き始めた。

      「…パスワードは、合ってたみたいね。」

      「よくやったぞ、リッキー。」

      オーベルが褒めると、リッキーは照れ臭そうに頭を掻いた。

      「さて、いよいよ御対面だな。」

       四人は開いた扉の内へと入っていく。

       そこは、かなり広めの部屋だった。天井も、彼方に仰ぐほど、高い。

      中はぼんやりと薄明かりで、何やら振動するような音が耳につく。

      「なんだ、ありゃ。…あれが動力炉か?」

      先頭のウォルナッツが部屋の中央を指す。

       そこには、天井まで届く、まるで柱のような円筒系の物体があった。

      所々に機器が明滅している。

       その柱の中程に、大きな透明の官が埋め込まれていて、中には黒い液体が満たされていた。

      それを見たリッキーが息を呑む。

      「こ、これは……‘魔力炉’じゃないか!!」

      「何!?」

      反応してオーベルも柱の真ん中を見た。沸々と揺れる液体。間違いなく、魔力炉だ。

      「バカな、ここまで完成度の高い魔力炉が、すでに採用されていたのか?」

      二人の慌てぶりを、ウォルナッツは訝しむ。

      「おいおい、何だっていうんだ?魔力炉って、エスタールにも使われてるヤツだろ?

      そんなに慌てるもんなのか?」

      「お前は材料工学専門だから知らないだろうが、

      魔力炉っていうのは言ってみれば魔力の増幅装置だ。

      魔力の元があれば、それを何倍の力にまでも高める事ができる。」

      「ふむふむ。」

      「だが、その扱いは困難を極めるんだ。考えてもみろ、

      ‘魔力’なんていう完全に解明されていない力は、固定させておくだけで難しいんだ。

      それを増幅させるなんて、一歩間違えればどうなるか解らないだろ?」

      「ちょ、ちょっと待ってよ、エスタールはそんな危ない物を積んでるワケ!?」

      今度はアンシャンテが問う。

      「エスタールのそれは、あくまで簡易的なものだ。元となる魔力の固まりもないし、

      自然界に散らばっている僅かな魔力をかき集めているに過ぎない。

      だが、それでも数年前の艇であるエスタールを現時点でもトップクラスの出力にしてるんだよ。」

      「…ってことは、コイツの力は…」

      「本格的な魔力炉の出力なんて、想像もつかない。」

      ウォルナッツは傍らの柱を見上げた。気のせいか、先程より不気味さが増したように思える。

      「でも、数年前のエスタールに積めるなら、今のセントラにあったって、おかしくないんじゃない?」

      「いや、おかしいさ。エスタールのそれは、

      魔学者で魔女でもあったカルーア博士の協力があったから出来たんだ。

      今、セントラには魔女は居ないハズ。それなのに、本格的な魔力炉が作れるなんて…

      いや、そもそも魔力の元は何なんだ?」

      オーベルは再び柱を観察する。その視界に、既に柱のパネルを調べていたリッキーが入る。

      「リッキー、何か解るか?」

      「………駄目だ、数値が安定してない。何が元になってるのか、解らないよ。」

      「関係ねえさ。とりあえず、こいつをブチ壊すことが俺達の任務だろ?

      さっさと爆弾仕掛けようぜ。」

      「駄目だ!」

      「駄目だよ!!」

      リュックを下ろして爆薬を取り出そうとするウォルナッツに対し、

      オーベルとリッキーがステレオ止めた。

      「な…なんでさ?」

      「魔力炉物質は最危険物質でもあるんだ!魔力と繋がった状態で破壊したら…」

      「反応を起こして、工場周辺が吹き飛んじゃうよ!」

      二人の叫びを両耳に浴びて、思わず耳を塞ぐ。

      「それなら、どうするの?このまま工場をほっとくの?」

      「いや、そうじゃない。一度魔力炉を止めて、魔力元と引き離すんだ。そうすれば、破壊もできる。」

      「ま、待って!魔力炉の様子が……」

      リッキーの声に、一同が魔力炉を見上げる。

       その中央に埋め込まれた筒の中で、液体が激しく沸騰し始めていた。

      「な、なんだ!?どうしていきなりこんな高出力に!?」

      「解らないよ、見てたら突然……くそっ」

      リッキーはパネルに取り付くと、急いでキーを叩く。

      しかし、魔力炉はあらゆる操作を受け付けず、出力を上げていく。

      「駄目だ、止まらない!このままじゃ、暴走してメルトダウンを起こしちゃうよ!!」

       リッキーが悲鳴を上げる。

       液体は、既に、筒が割れんばかりに煮えたぎっている。

      それを見つめていたオーベルだったが、

      「……皆、来い!」

      と、出口に向かって駆けだした。

      「このままほっといて逃げるのかよ!?」

      「違う!工場の管制塔に行くんだ!

      あそこなら、工場の全ての機器の、非常時システムダウンが可能なハズだ!!」

       元々技術者である他の三人も、すぐに納得してオーベルに続いた。

       四人は自分たちが乗ってきたモノレールを目指して、走る。

      と、後方から無数の足音が聞こえたかと思うと、

      「いたぞ、侵入者だ!」

      と、敵兵達が現れた。

      「くそ、長居しすぎたか!!」

      オーベル達は銃器を放ちつつ走っていく。

       今度ばかりはリッキーも青くなってばかりいられない。必死に走り続ける。

       やがてモノレールが見えた。

      先方のアンシャンテが一番に乗り込むと、機動作業を始める。

      「アン、急げ!!」

       オーベルが拳銃を撃ちながら叫ぶ。敵はみるみるうちに迫ってくる。

      「こんなことをしてる場合じゃないってのに!!」

      苛立ちは募る。こうしている間にも、崩壊の時は刻一刻と迫っているのだ。

      「かかったわ、乗って!」

      アンシャンテの言葉に、オーベルが乗り込んだ。

      続いてようやく走ってきたウォルナッツ、そしてリッキーが飛び乗ろうとした。が。

      「うわっ」

      敵の銃弾が耳の側を掠め、リッキーは驚きのあまり転んでしまった。

      「リッキー!!」

      オーベルはレールカーから飛び出すと、リッキーの前に出て、拳銃を敵に放つ。

      「リッキー、早く!」

      「は、はい!」

       リッキーは急いで立ち上がると、転がるようにしてレールカーに乗った。

      「オーベルも早く乗って!もう出ちゃうわよ!!」

      「解ってる……!?」

      もうすぐそこにまで、敵が特攻してきた。

      「チィィィ!!」

      オーベルは新たな拳銃を抜いて、敵兵に撃ち込む。

       だが、そのすぐ後からも敵が来ていた。

      「こ、こんなに多くちゃ…うあっ」

       オーベルは体当たりを受けて打ち倒される。

       だが、仰向けになりながらも銃弾を撃ち続け、敵を倒した。

      しかし、オーベルも腹部に一撃を受けていた。

      『ぐっ…これだけの数の敵……誰かが足止めするしかないか…』

      オーベルは倒れたまま、自分の背を探った。‘それ’があることを確認する。

      「……量を減らせば、魔力炉まで届くまい……よし!!」

       傷を抑えながら立ち上がる。てっきり倒したと思っていた敵兵達が、驚いて足を止めた。

      「オーベル、無事か!早く乗れ!!」

      「行け、俺はいい、行け!!」

       なんとオーベルは、レールカーとはまったくの逆方向…つまり敵の中へ、猛然と突進していく。

      そこは、銃弾の嵐。

      「オーベルさん!!」

       リッキーは身を乗り出して呼んだ。 オーベルは一瞬振り向くと、微笑んだ。

      それは、弟の成長を見守る兄のような瞳だ。

      「オーベルさん、ダメだっ」

      だが、臨界に達したレールカーは、オートで走り出した。

      「停めて、停めてよアンシャンテさん!!」

      「無理よ、ここのモノレールは元々無人用だから、目的地まではオートだし、それに…」

      「オーベルの気持ちが無駄になるだろうが!!」

      ウォルナッツがリッキーを抑える。

      「そ、そんなこと…オーベルさんは、オーベルさんが…」

      「ヤツの言ったことを思い出せ!ココにいる以上、ヤツもお前も戦士なんだよ!!」

       そう言うウォルナッツの声も、震えていた。

        リッキーはたまらず振り返り、モノレールの最後部にかじり付いた。

 

       「………お前は、お前らしく強くなればいいさ……」

      血だらけになりながら、オーベルが背から黒い固まりを取り出す。工場破壊用の爆薬だ。

       「さぁお前ら、あいつらを追うことはない、俺と一緒に行こうじゃないか!」

 

       「オーベルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

      リッキーが絶叫するのと、その見つめる先が閃光に包まれたのは、ほぼ同時だった。

      「!!…う、うああああああああああっ」

       リッキーは哀しみとも怒りともつかない感情を、涙と共に吐き出した。

       アンシャンテ、ウォルナッツともに、目を伏せる。

      「……僕は、僕は何も解ってなかった……僕は、役に立った気になってただけで……僕はッ!!」

       リッキーの怒りは、自分に向けてのものだった。

        ――少年は、成長する。大きすぎる代償、それ故に――

 

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