〜 7 〜

 

       工場の一角をひた走る一人の男がいた。

       特徴的な紫の髪と瞳。キールである。

      「……くそッ、さっきまでの激しい闘気が消えたッ」

       キールは立ち止まり、辺りを見回す。今の今まで感知していたカインらしき波動を失ったのである。

      それは、工場の混戦模様を考えれば、仕方のないことだった。

      「こうあちこちで殺気が起こってはっ!!」

       達人の域であると同時に、天性の資質を持つキールは、あらゆる殺気を感知してしまう。

      このときばかりは、自分の鋭すぎる感性を呪った。

      「く…なら、今一番強く動く闘気へ………あっちか!!」

       キールは方向転換すると、そっちへ向かって勢いよく駆けだした。

 

        「リシュブール!」

      気合いと共に突き出された二本の三日月刀は、兵士の鎧を易々と貫いた。

      だが、そこに別の銃剣が迫る。それも、複数。

       クラーレットは即座に刀を引き抜き、しゃがんで銃剣をかわす。

      と、そこで刀を返して身体の側面に寝かせるように構えた。

      「クローズ・エルミタージュ!」

      錐揉みながらジャンプする。構えた刀が、周りの敵兵をなぎ倒す。

       しかし、倒れた兵の向こうから、新たな攻撃が繰り出されてくる。

      「くっ!」

      なんとか受け止めた。額の汗が玉となって飛び散る。

      「…キリが無い!!」

       そう言いながらも、瞬時に敵を斬り払っている。

      が、さすがのクラーレットも体力は無限ではない。徐々に、疲労が身体を蝕んでいた。

       ガフの方も、同じような状況だ。多勢の敵に囲まれながら、棍を奮う。

      「でえええええい!」

      そのトンファーで殴り倒した数は、もう憶えてないほどだ。

      だが、倒しても倒しても、攻撃が止むことはない。

      「えぇい、めんどくせぇ!モードチェンジ!!」

      ガフは二本のトンファーを繋ぎあわせ、一本の棒にし、スイッチを押す。

      するとトンファーの柄は引っ込み、代わりにジャキッと音を立てて

      棒の先からさらに棒が飛び出し、倍ほどに伸びた。

      「剛撃棍『鉄(くろがね)』!いくぜ!!」

       ガフは棍を頭上で振り回し、数人を一気になぎ倒した。

      だが、敵は次から次から現れる。

      「ったく、どこからわいてくるんだ!?」

      苛立ちの声を上げた。既に小一時間、闘いっぱなしである。

       ガフとクラーレットの二人は、最初の敵は難無く退けたが、敵中枢に連絡させる間を与えてしまった。

       その為、周辺の敵が全て集まってきたのである。

      それは陽動としては願ってもないことなのだが、さすがに多勢に無勢。

      二人はその場に釘付けで、逃げるチャンスもない。

       それでも、大した傷も負わされていないのは、さすがというべきか。

      あまりに多くの人数が集結しているため、敵も発砲できないという状況も手伝ってはいるが、

      それにしても随時数十人を相手にしながら互角以上に闘えるのは、

      二人の並々ならぬ実力を十分に示している。

       とはいえ、このままでは限界が来る。そのうち体力が無くなれば終わりだ。

      持久戦では、やはり人数がものをいうのである。

      「ラ・ターシュ!」

      二本の刀を水平に斬り払い、目の前の敵を倒すと、

      クラーレットは一瞬の隙をついてガフの元へと駆け寄った。

       ガフの方も周りの敵を弾き飛ばし、クラーレットと背を合わせる。

      「よう、まだ元気みたいだな。」

      軽口を叩きながら、構えをとる。しかし、目は笑っていない。

      「ああ…だが、このままでは時間の問題だ。」

      クラーレットは肩で息をしながら答えた。敵の数は一向に減らない。余裕ぶることもできなかった。

      「確かにな。仕方ねえ、‘響かす’か?」

       ガフが提案する。

      「…しかし、体力は残ってるのか?」

      「へ、甘くみるなよ。人の心配より、お前こそ‘踊れる’のかよ?」

      「私は、問題無い。」

      息を整えつつ、クラーレットは言った。疲労はある。

      だが、ガフはクラーレットを信じていた。反対に、クラーレットもガフを信頼している。

      長年のパートナーとして、お互いの余力は把握していた。

      「そんじゃ、一丁やるか!」

      「ああ!」

      二人は同時に構えをとった。ガフは棍を頭上に。クラーレットは今までになく前傾姿勢で。

       二人の気合いを感じ取ったのか、敵も思わず動きを止めて様子見する。

      先に動いたのはガフだ。

      「いくぜ、モードチェンジ!激撃棍『白銀(しろがね)』!!」

      ガフの頭上の棍が元の長さに戻り、真ん中で折れる。が、鎖で繋がっていた。ヌンチャクだ。

      「G.J.ミドガルズオルム!」

       ガフの首に下げられているジュエルが輝く。

      「アース・サラウンド!!」

      ガフはヌンチャクを地に叩き下ろした。するとなんと床が割れ、大地が揺れる。

      「おおおっ!?」

      敵兵士達は揺れの中、まともに立つこともできない。

      「いくぞ、『シャトー・ロンド』!!」

      同時にクラーレットが飛び出した。

      彼女は揺れる地、割れて段差のある地もものともせず、敵陣に突っ込む。

      地の揺れを、全て熟知しているのだ。

      「ローザン・セグラ! レオヴィル・ラス・カズ! ランシュ・バージュ!」

      まるで踊るように敵の間を縫い、次々と斬る。そのスピードは尋常ではない。

      地の揺れを反動にし、より加速しているのだ。

       もとより立つこともままならない兵士達は、為す術もない。

      その間も、ガフは大地を連打し続ける。

      振り回すヌンチャクは、まさしく目にも留まらぬ速さである。

      「レヴァンジル! ラフルール! バアン・オー・ブリオン!!」

      ますます速度を上げるクラーレット。その動きは優美にて華麗。敵兵さえも魅了する。

      「後ろだクラレ!!」

      一瞬の隙をついて、敵兵の一人がクラーレットに剣を突き立てる。

      が、その刺されたはずのクラーレットの身体が掻き消えた。

      「え!?」

      「残念だったな、私のG.J.はフェンリル。能力は分身だ。」

      兵士が声のする方を振り返ったその瞬間。

      「フィネス、ラトゥール!!!」

       それがロンド、最後の一撃だった。

      その兵士が倒れたとき、立っている者は二人…彼女自身とガフのみだ。

       これが二人の最大の連携技。

      革命軍最強の戦士は誰だか解らないが、最高のペアはこの二人だと言われる由縁である。

      「ヒュゥ、さすがだな!」

       周りを見渡しつつ、ガフが賛辞を送る。

      とはいえ、彼もかなりの疲労度だ。呼吸の乱れを隠そうともしない。

      G.J.を使い続けながら棍を振り回すのは、やはり並大抵のことではないのだ。

       クラーレットの方も疲労は大きい。何しろ、相手の数が尋常ではない。

      さらに、揺れ動く地を見切るのも、相当の集中力を必要とする。

      だが、汗を拭いつつ、

      「大したことはないさ。」

      と、初めて微笑んでみせた。そして、ガフの方に歩いてくる。

       側まで来たクラーレットの顔を、ガフはまじまじと見つめる。

      「?……何だ?」

      「お嬢ちゃん、笑った方が可愛いよん。」

      と、突然に表情を崩しておどけて言った。

      「言ってる場合か!!」

       クラーレットの鉄拳がまたしてもガフの顔面にクリーンヒット…

      するかと思われたが、寸でのところで止まった。

       彼らの戦士としての勘に、何かが感じられたのだ。

       おちゃらけた空気から一変、二人の間に緊張が走る。

      「な、なんだ、この感じ? 何か来る!?」

      「今までの敵とはまるで違う……誰だ?」

       二人の視線が通路奥の曲がり角に注がれる。

       ‘何か’は段々近付いてくる。もう気配まで感じられるほどに。

      そして現れたのは一人の剣士。

      「チッ、やはりはずれか。」

       立ち止まった彼は、ガフ達を見とめるや否や、そう呟いた。

      「お、お前は…治安剣士隊のキール!?」

       そう、剣士はキール=アンペリアルその人であった。

      彼が先程感じた闘気は、ガフ達のものだったのである。

      『し、しかし…どこか違う……』

      ガフは、データとして知っているキールの実力以上の“何か”を、感じていた。

       気迫。威圧感。念。圧倒的存在感。

      だがキールは踵を返すと、そのまま走り去ろうとする。

      「ま、待て、どこへ行く!?」

      「…決まっているだろう? 俺の敵を探しにだ。貴様らでは話にならん。」

      キールは振り返って一瞥の後、再び走り出そうとする。

      「なんだと! 私達を甘く見るなよ、そう易々と行かせはしない!!」

       クラーレットは刀を構え、一気に飛び出した。

      「待てクラレ!そいつは普通じゃない!!」

      だが、ガフの声を振り切り、キールへと向かっていく。

      「ふん、無駄なことを。貴様など敵ではない。」

      「ほざけ!! くらえ、シャンベルタン!!」

      クラーレットはダッシュの勢いに加えて、二本の刀を振り下ろす。

       だがキールは瞬時に剣を抜くと、その剣を以て軽く攻撃を受け止めて見せた。

      「く、まだまだ!!」

      クラーレットは少し後退すると、再び斬りかかる。

      「メルキュレー! サン・ジョセフ! ジゴンダス!!」

      凄まじい連撃。だが、それすらキールは悉く受け止める。

      「バカな、クラレ以上の速さだってのか?」

       ガフは驚愕する。キールは、その場から一歩も動いていない。

      つまり、完全に相手の剣筋を視認して、半身の動きだけで受け止めていることになる。

      それはキールの反応速度がクラーレットの剣速以上であることを示していた。

      「くぅう、ヴォーヌ・ロマネ!!」

      クラーレットは刀を交差させ、必殺の一撃を振り下ろした。

      が、キールは難無く交差の中央を止めてみせた。

      「そ、そんな…」

      「…軽いな。そんな攻撃をいくら繰り出しても、俺には届きはしない。剣とは、こうして扱うのだ!!」

       キールは剣を手元に引き戻すと、真一文字に振り払った。

      「!!」

       クラーレットは二本のシミターでなんとか受け止めたが、そのまま壁際まで吹き飛ばされる。

      「あうッ」

      「クラレ! おのれぇッ!!」

      今度はガフが棍を以て、キールに襲いかかる。

      しかしキールはその強烈な一撃も、巧みに受け流す。

      「な!?」

      「直線的過ぎる。力があれば良いというものではない。」

      そして体制を崩したガフのボディに、膝蹴りを加えた。

      「ぐふっ」

      ガフはその場に沈みそうになりながらも、腹を押さえつつなんとか飛び離れた。

      「く、くそ、コイツは…」

      クラーレットも立ち上がる。

      「バカな、こんなに実力差が在るはずは…」

       そうやってキールを見やったクラーレットだが、瞬間、ゾッとするような強烈な意思を感じた。

      『怒り?憎悪?…そんな言葉では表せないほどの、戦いの意思…?』

      「……まだやるのか?」

       見透かしたようなキールの言葉。

      クラーレットは気圧されそうになる心を奮い立たせ、刀を構える。

      が、このときクラーレットはキールに気を取られるあまり、他の気配を完全に失念していた。

      「クラレ、危ねぇ!!」

      「え?」

      振り返るのと、ガフが跳んできてクラーレットを抱き抱えるのと、ほぼ同時であった。

         ダゥンッ!!

       そして、響く銃声。クラーレットは立ち上がると、銃声のした方を振り向く。

      重症を負いながら息絶えていなかった敵兵士の一人が、煙の昇る銃口を向けていた。

      「チィッ!」

       クラーレットは一つ飛びにその兵士の眼前まで迫ると、刀を振った。

      今度こそ、確実なとどめ。

      「フッ…女、仲間に感謝するんだな。」

      一連の出来事を見守っていたキールだが、その場を去ろうと背を向ける。

      「ま、待て!逃がすか!!」

      「バカめ、そんなことを言ってる場合ではあるまい。」

       いきり立つクラーレットに、キールは指し示す。見ると、ガフが地に伏していた。

      その下の床が、鮮血に染まっている。クラーレットをかばって、銃弾を受けたのだ。

      「ガ、ガフ!!」

      クラーレットは急ぎ近寄って、その身体を抱き起こす。

      傷口は背の腰辺り。絶え間なく紅が流れ出す。

      「…それじゃあな。」

       走り通路奥に消えていくキールだが、今度はもう見向きもしなかった。

      「ガフ、しっかりしろ!死ぬな!!」

      クラーレットは血の気の引いたガフの顔に向かって、必死に呼びかける。

      「私がお前に勝つまで、死ぬなんて許さないぞ!勝ち逃げするつもりか!!」

      「……おいおい、勝手に殺すなよ、な。」

       ガフがその両の目を開ける。

      「ガフ!」

      「…大丈夫だ、急所は外れた。死にゃしないさ。尤も、お前が止血してくれたらだけどな。」

       その言葉に、クラーレットは慌ててガフのアーマーを外し、服を裂く。

      傷口は正確な円を描いている。弾丸は、貫通したようだ。

       クラーレットは緊急用のバンソウコウを貼り付けると、包帯を取り出してガフの腹をきつく締める。

      「いててっ…もっと優しくしてくれよ。」

      「バカ! 優しく縛って血が止まるか!!」

      クラーレットは叱咤しながらも、表情は浮かない。

       そのまま淡々と作業は続く。

      「…私は……駄目だな…」

      包帯を二重三重に巻きながら、クラーレットがポツリと言った。

      「…あん?」

      「……今度は…今度こそは、私が守ると誓ったのに、また同じことの繰り返しだ…

      ちっとも強くなんかなっていない……」

       クラーレットはますますと沈鬱な表情へと落ち込んでいく。

       ……沈黙。包帯が巻かれるときの衣擦れの音だけが微かに響くだけだ。

      暫く後、あさっての方向を見やったまま、ガフが口を開く。

      「……まあな。無敵のオレ様の背に、二箇所もカッコ悪い傷つけさせたのは、ぜ〜んぶ、お前のせいだな。」

      ガフが、そうやってクラーレットに対し、責める口調で言うのは初めてのことだった。

      「……すまない…」

      クラーレットは消え入りそうな声で素直に謝った。

       それを聞いて、クラーレットに向き直ったガフは悪戯な笑みを浮かべ、

      「だけどな、オレは、守らせる位のか弱い女の子の方が、好みだぜ?」

      目を落としたクラーレットの顔を、無理矢理持ち上げて言った。

       眼前に、ガフの顔。どこか、からかうような表情だが、瞳は純真な子供のようだった。

       思わず顔を逸らす。何故だか熱くなるのを自覚した。

      その意識は、反動となって表れる。

      「バ…バカなことばかり言うな!!」

       クラーレットはガフの顔を突き飛ばした。再び地に倒れるガフ。

      「あぐっ…怪我人はもっと優しく扱えよ。」

      だがクラーレットは、ガフを見ないままに立ち上がると、

      「治療は終わりだ!行くぞ!!」

      と、そのまま駆け出す。

      「お、おい待てって…あてっ、あ痛たた……」

      ガフも傷を抑えながら立ち上がり、身体を引き摺りつつ後を追った。

       だが、クラーレットは容赦せず、全力で走っていく。何かを頭の中から振り払うかのように。

       けれども、そう簡単に追い出せる程、相手は従順ではないらしい。

       いつものすかした表情が、しつこくつきまとう。

      「……本当、バカなんだから。」

       クラーレットは、走る速度を、少しだけ緩めた。

 

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