〜 6 〜  

 

       山と森に囲まれた小さな盆地。

      そこには、美しい、というより、可愛らしい花畑があった。

       色とりどりの花々。そして、その真ん中でしゃがみ込み、花を愛でる少女。

       その傍らには、少女より三つ四つ年長であろう少年が立ち、少女の様を眺めている。

      ふと、少女が顔を上げる。

      「おあにいさまは、何色の花がお好きですか?」

       少年はわずかな逡巡の後、

      「白、だな」

      と答えた。

      「白……侍の色ですね。おあにいさまらしい。」

       少女はこぼれるような笑みに乗せて言った。

      だが少年は首を振り、

      「いや、雪の色だからさ。」

        と、微笑みかける。

       少女はほんの少しだけ頬を染め、同じく微笑んで見せた――

 

      「ジェノサイダー、貴様らだけは許さないッ!!」

       常に冷静沈着を絵に描いたような男であるヨシノが、感情を露わにする。

      その鋭い視線の先には、五機の機械兵と、一人の男。

       小柄なその男は、一機だけカスタマイズされた、やたら派手な機械兵の肩に乗っている。

      「なんだぁ?やかましいなあ。」

      オートで敵を捕捉していた機械兵達に遅れて、男も振り向いた。

       いかにも性格の悪そうな形相をしたその小男は…

      「このスティンガー様に何か用かよ?…お? お前ら侵入者か?」

      「!! やはり、あのときの!!」

       ヨシノには、その顔に見覚えがあった。そして、忘れることが出来ない男がもう一人。

      「ホーセズはどこだ!?来ているのだろう!!」

      「何? 何故貴様が少佐を知っている??」

       今度はスティンガーが困惑し、目の前の変わった服の男をまじまじと眺める。

      変わった服。そうだ、この服はどこかで…

      「あ、そのオカシナ格好、前に滅ばした田舎里の奴らのか。お前、生き残りか?」

      「そうだ! 貴様らは我が両親の、妹の、そして一族の仇!!」

       カインにも、ようやく理解が出来た。どうも目の前の敵は、ヨシノの一族を滅ぼした連中らしい。

      ヨシノの激昂の原因も、それのようだ。

       と、スティンガーがヨシノの言葉から何かを思いだしたらしい。

      「妹…そうか、お前あのときの小娘の兄貴だな? はっはっは、お前、運がいいぜ。

      俺は普通、殺した連中なんか憶えてないんだがな、あの小娘は良い悲鳴をあげたからなぁ。

      やはり、死に際した若い女の悲鳴は格別だ。特にあれは最高だった。

      だから、憶えておいてやったぜ。感謝しな!!」

       そこまでは黙って聞いていたヨシノだったが、もはや限界だった。

      「………消してやるッッ!!」

      吼えると共に、疾風の如く飛び出した。

      当初気になったホーセズの居場所を聞くのも忘れている。

      「ヨシノ、落ち着け!!」

      だが、聞こえていない。仕方なく、カインも後に続いた。

       同時に、ノーマルの機械兵四機も動き出す。

      二人の動きに合わせて機械兵も二機づつに別れ、ヨシノとカインのそれぞれに迫る。

      「くっ」

        カインは横っ飛びに最初のクロー攻撃をかわす。

      が、すぐに二機目が胸に内蔵されたガトリング砲を放つ。

      「ちぃッ」

      今度は上に飛んだ。しかし、天井がすぐに迫る為、ジャンプはできない。

      「それなら!!」

       カインは天井を蹴ると、まるで弾丸のように、一直線に機械兵へと向かった。

      そのまま槍で装甲を貫く。

       一機、沈黙。

      続いてすぐさま、隣りの機械兵に槍を振る。しかし、さすがに装甲を凹ます程度だった。

       だがカインは冷静に槍を退くと、間髪入れずに突き出す。機械兵にリアクションの間を与えない。

       今度は、装甲の継ぎ目となる右肩関節部にヒットした。先程のヨシノの闘い方を思い出したのである。

       右肩がショートし、煙を噴いた。カインはさらに左肩を狙う。

      そしてカインが離れると同時に、機械兵は崩れ落ちた。地に伏し、炎に包まれる。

       だが、そこで息をついている暇はない。すぐに、仲間の方を見やる。

      「『熊楠』!!」

       ヨシノの振り下ろした刀が、見事に機械兵の腕を落としていた。

      さらに剣戟を続け、機械兵は完全に沈黙する。

       もう一機は、既に大破していた。

      「へっへっへ、やるじゃねえか。ザコじゃ敵わねえようだな。」

      スティンガーにはまだ余裕があった。その声の方を向く。

       見ると、例の派手な機械兵の、胸頭部の前面が左右に割れ、スティンガーが乗り込んでいた。

      有人型機械兵だ。

      「見せてやるよ、俺の『ガリアーノ』の力!!」

      機械兵の前部装甲が閉じ、スティンガーの姿が完全に包まれた。

       その内部ではスティンガーの頭に、無数のコードを繋いだヘッドギアが装着されていた。

      有人型機械兵は、操縦桿で動くのではない。

      そもそも、3メートル程の大きさの機械兵に操縦桿などで操るスペースはないのだ。ならばどうするか。

       パイロットの思考を直接送り込んで、それを反映することで操縦するのである。

      ヘッドギアは、その為のものだ。

       直接思考で操ることによって、操縦桿で起こりうるタイムラグも無くせるし、

      所詮プログラムされただけの無人兵の動きより、段違いの反応ができる。

       しかし、人間の思考などという複雑なものを読みとるのは、かなり難しい。

      コンピュータが読み切れずに、余計時間がかかってしまうこともある。

       そこで、パイロットにはできるだけストレートで、一本化した思考の持ち主がふさわしい。

      単純に、「戦う」とか「殺す」等と考えられる人物。

       そういった意味でスティンガーは、まさにうってつけの人材であった。

       スティンガーのような不良軍人が、機密機関であるジェノサイダーに採用されているのは、

      そういった経緯からである。

       もちろん、当の本人はそんなことは少しも気付いていないが。

      《さあ、殺してやるぜ!》

       機械兵の内部から、スティンガーの声が響く。

      カインはその機械兵を観察していた。

      スティンガーの『ガリアーノ』は、今までの機械兵と比べて、かなり異色である。

       通常の機械兵は角張っていて、無骨なフォルム。カラーリングも、メタルグレーで統一されていた。

       しかしガリアーノは、まるで角のたくさん生えた、鎧のような鋭角的フォルムで、

      色は白金の地に、赤い斑点が付いている。

       その斑点が血だと気づくのに、時間はかからなかった。返り血を残すのは、スティンガーの趣味である。

      血で劣化しないように、わざわざ金でコーティングしたのだ。

       カラーはともかく、形状の違いは性能の違いを示す。

      その為、カインは間合いを取って相手を探る戦法に出ようとした。

       が、彼の相棒はそんなことを考えていられる精神状態では無かった。

      カインの横を、一陣の風が吹き抜ける。

      「ヨシノ!?無茶だ!!」

      だが、お構いなしである。ヨシノは刀を振り上げ、斬りかかる。

      「うおおおおおおおおっ!!」

      一刀両断にすべく、跳び上がった。

      『……動作が大きすぎる!!』

      カインはヨシノが怒りのあまり、大技を狙いすぎだと感じた。

       瞬間。

      「ぐ!?」

      右手クローの強烈な一撃が、ヨシノに繰り出された。

      「速い!」

       カインは驚きを露わにする。今までの機械兵とは段違いのスピードだ。

      その動きは機械というより、人間のそれだった。思考スキャンシステムの威力である。

       ヨシノは壁際まで吹き飛ばされる。

      「…ぐはっ」

      「ヨシノ!」

      かなりのダメージを負った…とカインは思ったが、ヨシノは即時立ち上がる。

       咄嗟に刀を寝かせて防御したことと、受身、そして気力のおかげである。

      《ふははははははっガリアーノの力はまだまだこんなもんじゃないぞ!》

       と、ガリアーノは大文字に構えを取る。

      「……なんだ?」

      《くらえ、ゴールデン・キャデラック!!》

       一瞬の間の後、ガリアーノの体中の装甲が開き、マイクロミサイルが飛び出した。

      「なんだと!?」

       無数のミサイルがカインの眼前に迫る。後方にはヨシノがいる。かわす間は無い!

      「刃よ!!」

      咄嗟に槍を前に突き出す。

       ミサイルは全て命中。煙幕がカインを包む。

      《ふははははははっははっは!死んだ死んだ死んだァ!》

      だが、煙幕が晴れたとき、中から現れたのは巨大な盾だった。

      《…な、何!?》

       その横からカインが顔を出す。無傷。

      「まさか、盾にまでなってくれるとはな……」

      瞬間、盾は蒼い光に包まれたかと思うと、槍の姿に戻った。

      意思に合わせる自在の刃、ブレイブブレイドの力だ。

      「ヨシノ、無事か…!?」

      だが、振り返った先にヨシノはいない。ミサイル斉射の後、またもすぐに飛び出していたのだ。

      「今度こそッ!!」

      《…たまたまかわせたからっていい気になるな、ミサイルが終わりじゃねえんだ!》

       ガリアーノはさすがに先程のような一斉射は出来ないものの、

      身体の各所から数発のミサイルを連続して放つ。

       だが、ヨシノはそれらをあるいは斬り、あるいはかわしながら、どんどんと近付いていく。

      「…焦り過ぎだッ」

       カインは、ヨシノがうまく攻撃をかわしてはいるものの、冷静さを取り戻してはいないことを感じた。

      後を追う。

       ヨシノは凄まじいまでの動きで、攻撃をかわし続ける。ふと、ミサイルが止む。残存が尽きたのだ。

      「もらったぞ!」

       ヨシノは一瞬構えを取ると、一気に直線に駆け出す。

      《甘ーーーーーーい!!》

       スティンガーの叫びと共に、右クローが突き出される。

      と、なんとクローが身体を離れて飛び出した。ワイヤーでボディと繋がれている。

      「何!?」

      ヨシノはなんとか刀の腹で攻撃を受け止めたが、衝撃で地に倒れる。

      《ざまあみろ、死ねぇ!!》

      続いて左のクローが射出。横倒しのヨシノにかわす術は無い。 ヨシノは死を覚悟した。

       ガシュッ だが、貫かれたのはヨシノではない。

      「!! カイン殿!?」

      カインがその身を躍らせ、クローとヨシノの間に入ったのだ。カインの肩部分の鎧が破片となって飛び散る。

       今度はカインが、横倒しとなった。

      「カイン殿!」

      「…かまうな、行けぇぇ!」

      カインは地に倒れながらも叫んだ。クローを両方とも射出した、この状態こそがチャンスなのである。

       ヨシノは瞬時にそれを理解し、ガリアーノへと向かった。

      《うわわ、ま、待て!》

      スティンガーは慌ててワイヤーでクローを引き戻す。

      しかし、ヨシノがその懐に飛び込む方が僅かに早い。

      「桜華流、奥義の‘動’!『鬼桜』!!」

      気合と共に、ヨシノは刀の突きを放つ。一撃ではない。

      無数の突き…まるで百の腕を持つかのように残像まで見える、凄まじいまでの連突きだ。

       それは装甲・間接無関係に、大ダメージを与える。

      《くそ、脱出!!》

       その突きが装甲を破壊して内部パイロットに届く寸前、スティンガーは緊急脱出スイッチを押していた。

      ガリアーノの頭部が開き、スティンガーが放り出される。

       同時に、攻撃に耐え切れなくなったガリアーノは、轟音と共に炎上した。

      「バ、バカなバカな、俺のガリアーノが……」

      と、見つめる炎の向こう側から、ヨシノの姿が見えた。攻撃の構えを取っている。

      「ヒ、ヒイィィッ」

      スティンガーはフロア出口の一つを見とめると、一目散に逃げ出した。

       その姿を確認し、ヨシノは刀を下ろす。

      「……大した威力だな」

      「カイン殿!」

      ヨシノは振り返ると、既に身体を起こしたカインの方へと駆け寄った。

      「ご無事か!?」

      「ああ、どうってことはない、掠めただけだからな。鎧の右肩が吹っ飛んだだけだ。」

      カインは立ち上がると、軽く右腕を振ってみせた。

      「…それより、後を追わなくて良かったのか?」 ヨシノは首を振る。

      「某、感情のあまり当初の誓いを忘れた。今大切なのは、皆の為に刀を振るうこと。

      感情が先に立つようでは、仇を取る事もできまい。」

      「そうか……なら、行くか。」

       カインは、スティンガーの去ったのとは別の通路を指した。 ヨシノも頷く。

       二人はフロアを出て、再び並んで走り出した。

      「……カイン殿」

       駆けながら、ヨシノが声をかける。

      「何だ?」

      「何故、身を呈してまで、某を助けてくださった? そもそも、危機に陥ったのは某のせいで…」

       カインは肩を竦める。

      「さあな。何も考えてない。ただ、なんとなく、身体が勝手に動いたんだ。」

      「身体が勝手に?」

      「ああ。……騎士道、ってヤツかもな。」

       言ってカインは苦笑した。似合わない台詞だったな…と思う。

      だがヨシノの方は、十分に感銘を受けたようだ。

      「騎士道……なんとも良い響きだ。」

       その嬉々たる様に、カインは再び苦笑した。

 

       が、喜んでばかりいられるほど、状況は改善しているわけではない。

      何しろ、カイン達の撃破した機械兵は、ほんの一部に過ぎないのだ。

       工場の上の艦隊戦は、一時膠着していた。

      アンゴスチュラの主砲はエスタールのフィールドによってかわされる。

      が、エスタールの方も敵の副砲射程に入らないようにするため、味方の回収がスムーズに行かないのだ。

       その膠着状態を破ったのは、やはりジェノサイダーであった。

      「艦長、工場後方から無数のエネルギー反応!」

      エスタール艦橋に、フライアの声が響く。

      「なんだと?今頃新手か!?……索敵班、戦力は!」

      「シップ級8艇、それにバード級が……いえ、バードじゃありません!あれは…機械兵!」

      「何!?」

       ギムレットは身を乗り出して前方を確認する。

      そこにはシップ級であることを示す8つの噴出光と、無数の小さな光とが見えた。

      「最新式トルーパー装備の機械兵、だと?…まさか、ジェノサイダーか!」

      その固有名詞に、ブリッジの一同はどよめく。

       セントラ最凶の部隊が、今目の前に現れたのだ。

      「役者は‘赤毛’で十分だろうに……奴らを相手に、果たして…」

      その先を口にしないよう、自らの唇を噛むギムレットであった。

 

       アンゴスチュラのブリッジにも、動揺が走る。

      「何故だ!? 機械兵はまだしも、何故シップ級が出る? 

      8艇ものシップ級を格納することは、フォルト級艦には不可能なハズだ!」

       ロブはキャプテンシートの肘立てを叩く。ジェノサイダーの艦はフォルト級だ。

      シップは搭載できても、せいぜい3,4艇のハズである。

      ましてや、ジェノサイダーの艦はそのドックのほとんどを機械兵の搭載に割いているはずなのだ。

      「そ、それが、どうやら元々の工場守備艇の全てに出撃命令が下りたようで…」

      「なんだと!? そんなバカな…」

       ロブには理解できない。誰がそんな命令を出したのか?

      「ホーセズか?…いや、奴らは戦うなら自分たちの兵器のみを使うハズだ。それなら、一体誰が……」

       ロブは、自分の知らない処で何かが動いているのを、肌で感じていた――  

 

 

Back

Next