〜 5 〜

 

      「全ては、私の手の中で踊り続ける……」

       暗闇の部屋。そこにいる一人の男。目の前に映像として映し出される戦場を見つめている。

      「さて、彼はどう出るか…時間は、そう残されてはいませんよ。」

       男は、薄い微笑みをたたえた。  

 

      「くそ、どうなっちまってるんだ!?」

       ガフは上空の戦場を見て吐き捨てるように言った。そこでは、仲間の艇が次々とやられていく。

       ガフ達A班は、混戦状態も手伝って、工場内に着地、潜入することができた。

       しかし、敵を引き付ける役目をするハズの味方の艇は、引き付けるどころか、一方的にやられるだけだ。

      ガフ達が潜入出来たのは、味方艇の多くの轟沈によって生まれた混乱による、怪我の功名であった。

      いや、功名というにはあまりに代償が多すぎるか。

      「こんな状態じゃあ、作戦どころじゃ…」

      クラーレットも不安の色を隠せない。

      これ以上やられてしまっては、例え工場を破壊しても、次の戦いが危うくなってしまう。

      彼女には、そう、思えた。

      「…いや、こうなったからこそ、作戦は成功させなくてはならない。

      これで作戦も遂行できなければ、戦力差がより大きくなってしまう。」

       ヨシノは、もっと大局的に見た。ガフもそれに頷く。

      「ああ、ここまできたらやるしかないだろう!現に、B班は既に突入してるんだ。

      オレ達がやらなくちゃあ、B班も危ない。やってやるさ!!」  ガフの言葉に、クラーレットも覚悟を決めた。

      「解った。今、出来ることをやろう。どのみち、今は脱出は不可能だからな。」

      「よし、それじゃ二手に分かれるぞ。オレとクラレ、ヨシノとカイン。いいな?」

       ヨシノが頷いた。クラーレットも今度は反対しない。

      クラーレットの技の威力を最大効率で発揮できるパートナーは、ガフだからだ。

      この二人は、この二人で戦ったときが最も強いのである。

      「カインも、いいな。…カイン?」

       カインは、空を見ていた。

      そこには、いつもの空は無い。あるのは、死と隣り合わせの、破壊と焦熱の世界である。

      「……一体、どれだけの……消えて………」

      「カイン!!」 ガフに肩を掴まれて、カインはハッとする。

      「大丈夫かよ?」

      「あ、ああ、すまない。」

       カインは軽く頭を振って、頷いた。蒼い瞳に生気が戻る。

      「頼むぜ、お前には期待してるんだから。」

      「……ああ、解ってる。」

      「…よし、それじゃ行くぜ。死ぬなよ!!」

       ガフが走り出す。クラーレットもその後に続いた。

      「…我らも参ろう。」

      「ああ。」 逆方向に走るヨシノを、カインは追った。

       ふと、空をもう一度見る。先程と、変わらぬ風景。

      『……俺達の世界の比じゃない。これが、この世界の戦争…』

       何か冷たいものを感じずにはいられなかった。

 

       そのころ、もう一つの戦力に動きがあった。

      ジェノサイダーのフォルト級飛空艦、イエーガーである。

      が、イエーガーそのものが動き出す気配はない。動くのは、その内部戦力だ。

       ブリッジで外の戦況を見つめていたホーセズが、突然シートから立ち上がる。

      「少佐?」

      傍らに控えていたスティンガーは、思わずホーセズを呼んだ。ホーセズはそれには答えず、

      「……そろそろだな。機械兵(マシンウォーリア)、出撃用意!」

       その言葉に、出撃を今や遅しと待ちかまえていたスティンガーが小躍りして喜んだ。

      「少佐、モード設定はどうしやす?」

      「モードレベルC、『味方識別コードを発しない遭遇者は全て抹殺』だ。」

       いよいよスティンガーは喜び飛び上がって、そのままブリッジを急ぎ出て行った。

      「……さて、今回はどの程度の成果が出るか……」

       ホーセズにとって、戦場は巨大な兵器試験場に過ぎない。彼は無表情のまま、戦況を見つめ続けた。

 

      「半分は撃破したな…」 ロブはようやくシートに身を置き、息を吐いた。

       しかし、戦況は自軍に有利とはいえ、まだまだ予断は許されない。

      そしてもう一つ気になること。それはやはり、キールのことである。

      「まだ、無事だとは思うが…」

      ロブは常に、キールには一種の危なっかしさを感じていた。

      だが、キールは精神的にも実力的にも強く、敗北しない為、その状態でも自らを保つことができた。

       それが今回は、一度負けたと本人が思い込んでいる。

      それが、精神のバランスを崩すのでは、とロブは懸念しているのだ。

       元々激情型のキールである。勝利の為に、自らの身さえ省みないかもしれない。

      それでは、命を削ることになる。ロブは、そう思った。

       ロブの意識は、親友のそれより、もはや保護者のそれに近かったかもしれない。

      それは、大人なロブの性格から、とも言える。

       しかしやはり、キールはロブにとって対等であり、大切な親友なのだ。

      それは、彼の境遇からにもよる。

       なんだかんだ言っても、ロブはやはり他の者とは一線を画する程の才能の持ち主である。

      自然、人はロブに一目置くようになる。偶像視もする。近寄り難くなる。

       気のいいロブは、それが嫌だった。特別扱いされるのは、同時に差別でもある。

       そんな彼に、まったく気後れしなかったのがキールなのだ。だから、彼を気に入った。

       それは、キールの側から見たロブという存在と、同一のものかもしれない。

       二人は、お互いに自分が「ただの自分」でいられる場所を見たのである。

      それだけに、その存在を失うのが怖いのだ。

      「キール…無茶をするなよ……」

      だが、ロブにはキールのことばかり考えている暇は無かった。

      オペレーターが、驚愕の事実を知らせてくる。

      「艦長、強力な反重力エネルギーが接近! 90%以上の確率で、キャッスル級です!!」

      「何?……まさか、エスタールか!?」

       と、超長距離用カメラが捉えた映像が、モニターに現れる。

      そこに映し出された巨体は、まさしくエスタールであった。

      「……面白い。ここで、反乱軍の元を叩いてやる!!」  

 

       エスタールは、急速に戦域に接近していく。

      「艦長、もうすぐ敵射程に入ってしまいます!!」 カプリが悲鳴をあげる。

      「まだだ、まだ近づけ!そうでなくては、皆を回収できん!!」

       ギムレットは、昔、戦士だった頃の燃える闘志が蘇ってくる感じがした。

      「敵射程に入りました!」

      「こっちの砲は!?」

      「ダメです、まだ射程外!!」

       エスタールには、二門の主砲と、四門の副砲があるが、それは元から付いていたものではない。

      元々武器の無かったエスタールに、後から取り付けたものだ。

      そのため、最新鋭の武器を装備する敵艦に、どうしても劣ってしまう。

      「敵砲撃来ます!!」

      「反重力ジェネレーター最大出力! 重力子フィールド展開!!」

      ギムレットの命令に応じ、多くの計器が一斉に操作される。

      瞬間後、敵の主砲がエスタールに向かってくる。

      が、その光熱線はエスタールにぶつかる直前に湾曲し、軌道がそれた。

      結果、エスタールを掠めるのみで、何もない空へと飛んでいく。

      「よし、半壊したシップ級の回収を始めろ!」

       ギムレットの声がブリッジに木霊した。

 

       「あの一撃をかわせるのか!? なんて強力なフィールドだ…」

       思わず再び立ち上がって、ロブが唸る。

      そしてそれは、エスタールの性能のみならず、

      直撃の瞬間にうまくタイミングを合わせた敵艦長への驚嘆でもあった。

      「ギムレット=コーディアル……あの、戦神ジン=トニックの右腕だった男か…」

       ジンの時代にロブはまだ軍人では無かったが、その名と伝説は知っている。

      ジンとは、それほどの男なのだ。その右腕と呼ばれた男なら、多少の敬意と畏怖は当然ある。

      「…だが、戦士の戦いと、艦隊戦は違うぞ。そう易々とは後れはとらん!」

      ロブは再び攻撃の指示を出し始めた。  

 

       ここで、重力子フィールドの簡単な説明をしておかなくてはなるまい。

      この世界の飛空艇は皆、反重力エンジンによって飛んでいる。

       反重力エンジンとは、大まかに言うと、

      アルカイック分子がガスから分離するときに放出されるエネルギーを利用することで

      極大な重力力場を生み出すものだが、細かな説明はここでは避ける。

       その重力力場は惑星重力とは別個のものであり、惑星のそれと反発するように働く。

      いわゆる、反重力だ。それにより、飛空艇は浮くのである。

       さて、反重力エンジンを最大出力で運転したとき、大型の飛空艇の場合、

      その余剰エネルギーは艇のみならず、その周辺にまで及ぶことがある。

       つまり、飛空艇の周りの空間も、通常の重力状態でない力場に包まれるのだ。

      これは飛空艇開発の副産物であったが、後にこれを利用して、

      一種の防御壁にするという技術が考え出された。

      狂った重力で、敵の攻撃の本来の軌道を変えるのだ。

       それが、重力子フィールドである。

      つまり重力子フィールドは一般的に言われるバリアのように敵の攻撃を弾いたり無効化するのではなく、

      その軌道を変えることで攻撃をかわすものなのである。

       だが、弱点もある。まず、反重力エンジンを最大出力で長時間保つことは、実質不可能なのだ。

      高エネルギーのあまり、エンジンが焼きついてしまう。

      並みの飛空艇で数秒、エスタールでも数十秒でアウトである。

       しかも、エネルギー効率が非常に悪い。

      最大出力にすると、通常航行時の数十倍のエネルギーを消費してしまう。

       さらに、相手の攻撃の軌道も計算して、うまくかわせるようにフィールドを展開しなくてはならない。

      闇雲に展開しても、うまく軌道変更できないのだ。

       すなわち、重力子フィールドを張るのは攻撃の当たる瞬間、まさに一瞬の勝負となる。

      そしてそれを成功させるのは、並大抵のことではない。

      良くて、ダメージを軽減させる程度なのだ。

       だがギムレットは、ほぼ完全にタイミングを合わせ、攻撃をかわした。

      ロブが唸ったのは、そういう経緯からである。

       閑話休題。

 

       「敵の攻撃、きます!!」

      エスタール艦橋で、カプリの声が響く。アンゴスチュラがニ撃目を放ったのだ。

      「慌てるな!再びフィールド展開。タイミングはもう掴んである!」

       ギムレットの叫びと共に、エスタールの周辺が陽炎のように揺らぐ。重力の力場が生まれたのだ。

       そしてそれは、確実に敵の攻撃を歪める。今度も、光線はエスタールを掠めるのみだ。

      「よし、うまく行った……ん!?」

       ギムレットはかわしたはずの光が、眼前に迫るのをモニターに見た。

      「か、艦長、敵の攻撃が…うわっ」 エスタールが轟音を立てて揺らぐ。ブリッジに悲鳴が飛ぶ。

       一寸の後、ギムレットは手元のモニターに目を走らせる。

      「状況は!?」

      「左舷甲板、30パーセント破損!」

       ギムレットは思わずホッと息を吐いた。被害状況としては御の字の方である。

      「重力子の残りカスのおかげか…それにしても……」

      ギムレットは前面モニターに拡大された真紅の艦を見つめる。

      「副砲を主砲の影に隠して撃つとは…やるな、‘赤毛’め。」

      今度はギムレットが舌を巻く番だった。

      ロブは、主砲と時間差で副砲を放ち、重力子フィールドの消える瞬間を狙ってきたのだ。

      それは、反重力エンジンが最大出力になるまでの時間的死角を狙った、絶妙の攻撃だった。

      「…だが、感心ばかりもしていられない。副砲の射程までココに届くとは厄介だ。

      エスタール、敵副砲の射程圏から後退するぞ! シップの回収は続けろ!!」

       ギムレットは、額の汗を拭うことも忘れていた。

 

       「どこへ行くんだ、ガフ!?」

       クラーレットは彼女の前方を走るガフを追いながら、問い掛ける。

      「どこって、別に考えてないぜ。とりあえず、B班の目指す中心部からは離れたほうがいいだろう。」

       走りながら振り返り、ガフは答えた。脱出の時の事など微塵も考えていない。

       クラーレットはさすがに呆れたが、何も言わなかった。

      どうせ、敵の数も配置も、予想とは全然異なるに違いない。

      昨晩考えた脱出経路など、役には立つまい。

      それなら、ガフのように何も考えないで陽動に徹した方がうまくいくかもしれない。そう思えた。

      「よし、そんじゃココにするか!」

       ガフが、手頃な建物を見つけ扉を開けて進入していく。

      ここの工場には大小併せて8つの建物があり、それぞれに開発、実験、倉庫等の役割を担っている。

      ガフが入ったのは、そのうちの1つの、割と大規模な建物だ。

       ガフに続いて、クラーレットも内部に入った。ずっと奥まで、通路が続いている。

      と、ガフが走らずに立ち止まったままでいた。

      「…どうした、ガフ?」 ガフは黙って、前方を指す。数人の兵士たちがいた。

      「!!…やはりか。」

      「ああ、大層な御出迎えだぜ。いっちょ、派手にやるか!」

       ガフはそう言いつつ、背に取り付けてあった二本の鉄の棒を手にした。

      一見すると、太めの鉄パイプのようである。

       クラーレットも両腰の剣を抜く。その小ぶりな二本の剣は独特の形状をした曲刀だった。

      『シミター』…いわゆる三日月刀と言われる刀である。

      「行くぞ!」

      「ああ!」

       掛け声よろしく二人が同時に飛び出す。

      敵の銃撃。ガフはそれをジャンプでかわす。

      「モードチェンジ!双撃棍『鋼(はがね)』!!」

       ガフの手にした二本の棒から、それぞれに垂直な柄が飛び出す。

      ガフはその柄を握って、 着地と同時に先程の兵を殴り倒した。大きめの、トンファーである。

      「へ、コイツは拳と違って手加減効かねえぞぉ」 と、不敵な笑みを浮かべた。敵兵は思わず後退る。

       一方、クラーレットの方も銃撃をかわし、敵の懐に飛び込んでいた。

      「な!?」 あまりの速さに、敵兵は目を疑う。

      だが、クラーレットは逡巡の暇を与えない。

      「エルミタージュ・ラ・シャペル!」

      その掛け声と共に、クラーレットは下段から二本の剣を平行に斬り上げた。

      瞬間後、多量の血が噴出す。 が、その血がクラーレットを汚すことはない。

      何故なら、彼女は既に次の獲物の元へ移動していたからだ。

      「!?」

      「ヴォーヌ・ロマネ!」

      今度は上段から交差させた超速の斬り下ろしである。

      恐らく斬られた男は息絶えるまで、何が起こったか理解出来まい。

      「ヒュー、今日も絶好調だな。」 ガフが口笛を鳴らす。その間にも、敵を二名撃破している。

      「ぐ、おのれ、やってしまえ!」 激昂した敵小隊長が声を荒げる。

      それに圧されるようにして、兵士達がガフ達にかかってくる。

      が、彼らが二人の敵ではないことは既に明白である。

       カシュクバール第6小隊の全滅は確定的であった。

 

      「こっちはまだ行けそうだな。」

      オーベルは通路の曲がり角から顔を覗かせ、辺りを確認するとリッキー達を手招きし、一気に駆けだす。

      リッキー達三人もそれに続く。

       そして再び曲がり角で壁を背にし、通路を覗く。それの繰り返しだった。

      B班は工場で最も大きな施設、メイン開発部に潜入していた。

      ここの中心に、工場全体のエネルギーを司る動力炉が在るはずだった。

       オーベルは手にした銃のグリップに汗が滲むのを感じていた。

      彼らもA班と同じく、工場敷地内への進入は比較的楽に行えた。

      工場内でも今のところ敵との遭遇は無い。

      何度か見かけてはいるが、なんとか見つからずにやり過ごす事が出来た。

      どうやら、陽動がうまくいっているようである。

       しかし、空戦状況は見ての通りである。明らかに、敵の数が多い。

      それは工場内でも同じ事であろう。見つかるのも、時間の問題に思えた。

       それだけに、行動には慎重に慎重を重ねた。

      彼らが革命軍の鍵なのである。任務完了まで、全滅は許されない。

       オーベルは、戦士ではない。元々モスコー博士の元で働いていた技術者である。

      革命軍でも、飛空艇技師として活躍していた。

       しかし、戦場で工作員として出撃するのは初めてではない。

      それは、リッキー以外の他のメンバーも同じだ。

      技術者が、そのままその能力を工作員として応用する…それが、革命軍の現状だった。

       初めてではないとはいえ、これほど重要な任務は今まで無かった。

      それだけに、緊張も極度のものである。その上、この異常事態。オーベルは心臓が飛び出しそうだった。

      『…こういう時だけは、ガフの気楽さが羨ましくなるな…』

      自分を落ち着けようとして、そんなことを思った。

       だが、オーベルはまだマシな方である。

      その後方に控えるリッキーは、もはや緊張どころの話ではない。

      顔面蒼白、といった状態に近い。ついていくのがやっと、である。

      「……なきゃ、…強くならなきゃ……」

      彼がまだ立っていられたのは、その意志による支えからだ。

      「よし、行くぞ!」

      オーベルの声に、殆ど条件反射的に反応して、走り出す。

       そのときだ。

      「いたぞーっ!!」

      通路の遙か後方に、敵の兵士。仲間を呼んでいる。

      「くそ、見つかったか!」

      B班メンバーの一人ウォルナッツが、肩から下げた機関銃を構える。

      「かまうな、走れ!」

      オーベルはそう言うと、先頭になって走り出した。

      リッキーと、もう一人のメンバーの女性技師アンシャンテもそれに続き、ウォルナッツもそれに従う。

       リッキーは、もはや口を利くでもなく、ただ走るのみである。

      そのリッキーを見やったオーベルは、心に誓う。

      『死なせるわけにはいかない、絶対に!』

 

       「はあっ!!」

      カインが槍を以てなぎ払う。

      勢いに飛ばされた兵士は、壁に叩き付けられ、失神した。

       その隣ではヨシノが刀を振り、敵をなぎ倒していた。 先程からずっと、このような光景が続いていた。

       二人は、ガフ達よりももっと工場中心部に近い建物内の、少し広めのフロアにいた。

      あまり中心から離れすぎるより、ある程度近付いた方が陽動として効果的であると践んだのだ。

      それならば、B班に向かうはずの敵も引き寄せることができる。

       その策は一応上手くいき、しばらくB班の行動の自由を確保したが、

      結果、多くの敵を相手にしなくてはならなくなった。

      「……キリが無いな……」

      カインは倒しても倒してもどこからともなく現れる敵に対してぼやいた。

       それはまだ戦えるという余裕の表れでもあろうが、

      このままでは徐々に体力を消費してしまうのは目に見えている。

       それはヨシノにも解っていた。周りの敵を斬りつけつつ、カインに背を合わせる。

      「カイン殿、このままでは埒があかん。一気に突破するぞ。」

      「ああ、それじゃとりあえずあそこを目指そう。」

      カインが、広場から先に伸びる通路の一つを目で指した。

      「承知した。…では参る!」

      ヨシノとカインは、同時にその通路目掛けて切り込む。

      慌てて銃剣を構える兵士達だが、二人の方が一呼吸先である。

      「桜華流、『鷹勇』ッ」 ヨシノが真一文字に斬り流し、そのまま走り抜ける。

      カインも槍で払いつつ、先程から見せられているヨシノの技のキレに驚嘆していた。

      『俺達の剣術とは違う、流れのようなものがある…』

      ある種、芸術めいた無駄のない動き。ヨシノはそれを体現していた。

      「桜華流、『吟翔』!」

       ヨシノは駆けながら軽く翔び上がると、空中で瞬時に三人を斬って捨てた。

      そのまま翼の如く袖をはためかせ、着地する。と同時に、また一人斬り倒す。

      「……これで、活路は造った。」

      そしてすぐ後ろのカインを振り返る。カインとて見とれているばかりではない。

      槍をして剣以上の速度で繰り出してみせる。

      リーチ、威力でただでさえ剣に勝る槍で、それを剣を超える速さで使われては相手にはどうしようもない。

       ヨシノの方も、カインの力に感心する。

      「…見事。」

      ヨシノの元に辿り着いたカインに、そう声をかけた。

      「褒めるのは全部終わってからにした方がいいぞ。」

      カインは通路へと駆け出しながら言った。ヨシノも後を追う。

       そのまま二人は通路に入り、ひた走る。すぐ後ろから、多数の敵が追ってくる。

      「…しつこいな。どうする?」

      「案ずるな。」

       そう言うとヨシノは、通路の角を曲がったところで立ち止まり、振り返る。

      「?」

      「桜華流、『熊楠』!!」 気合い一閃、通路の角部分を斬った。

      そのままその壁は倒れ、通路を塞ぐ。

      さすがのカインもこれには唖然とする。壁は、強固な金属なのだ。

      それを易々と斬って見せられれば、カインでなくても驚く。

      「これで多少の時間稼ぎにはなろう。」

      ヨシノは振り返って再び駆けだした。並んでカインも走る。

      「……まさか、壁まで斬るとはな。驚いた。」

      「…我が『菊正宗』に斬れぬものは無い。」

      ヨシノは表情を変えるでもなく言った。

      が、瞬間、左の壁に異変を感じ険しい表情となる。

      「カイン殿、伏せろ!」

      「何!?」

      と、同時に壁を貫いて、巨大な三本の爪が飛び出す。

      だが二人とも間一髪でかわしたため、爪は何もない空間を切り裂いた。

      「何だっていうんだ!?」

      起きあがりながらカインはその得体の知れないものに対し槍を構える。

       だが、反応の激しさはヨシノの方が顕著だった。

      「こ、これは…これはまさか……」

      「……ヨシノ?」

      ヨシノは初めて、明らかな動揺を見せた。身体が奮えている。

      恐怖からではない。もっと、内的感情からくるもの…。

       そうこうしているうちに、爪の主がその爪をもって壁の穴を無理矢理広げ、姿を現す。

      「な、何!?」

      カインの目の前に現れたそれは、身長3mはありそうな鉄の巨体である。

      「ロボット?」

      「……セントラの無人機械兵、マシンウォーリアだ」

      キュインキュインと機械音を立て、機械兵がそのカメラでカイン達を見る。

      「識別コード感知不能。敵ト見ナシ、排除シマス。」

      機械音声が響くと同時に、その鉄の爪を振り下ろす。

      「ちっ」

      「うわっ」

      二人はその場から飛び離れ、攻撃をかわした。爪に叩かれた床はえぐれ、大穴を造った。

      「なんて威力だ…しかし!」

      カインは槍を突き出そうと、機械兵に向かう。が、ヨシノが斬り込む方がワンテンポ早かった。

      「桜華流、『三千盛』!!」

      ヨシノの連撃が、機械兵の関節部を数カ所、的確に貫いた。カインは息を呑む。

      それは、先程までの動きをさらに超えた、鬼人の如き気合いだったのだ。

       機械兵は膝をつき、そのまま沈黙する。

      ヨシノはそれに見向きもせず、機械兵が入ってきた壁の穴を抜け、走る。

      「お、おい、ヨシノ!?」

      突然走り出したヨシノを、慌ててカインが追いかける。

      「どうしたヨシノ、どこへ行く!?」

      だが、ヨシノは聞いてはいない。ただ、前を見据えて走り行くのみだ。

      「……クロータイプは…クロータイプが配属されているのは…‘奴ら’だけ!!」

      「…ヨシノ?」

      一心不乱に走るヨシノに、カインは鬼気迫るものを感じた。

       やがて二人は初めよりもさらに広いフロアに出た。どうやら、兵器試験場のようだ。

      ヨシノはその中央辺りに、数機の機械兵をみとめた。

      その中に一機、やたら派手なカラーリングと鋭角的なフォルムの機械兵があった。

      他の機械兵に何か指示を出している様子である。

      「!! やはりかぁ!!」

       機械兵が一斉に声の主、ヨシノの方を向く。しかし、ヨシノは気圧されることもなく、逆に気合いを込めて叫ぶ。

      「遂に…遂に目の前に現れたな……我が仇、ジェノサイダァァァァァァァァァ!!」

      ヨシノの咆吼がその広いフロアの隅々まで響き渡った。   

 

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